18話 #桃の花弁 作戦会議
「……で、どうやって彼女と会うの?」
白兎と会うことを決め、神城にそれを話した後、次に考えるのはそれだ。
どうやって、100年先の彼女に会うか。
根本的な、問題だ。
「まー、ぱっと思い付くのは付与具を使うか、その能力を持っている人間を雇うかとかだよなぁ」
俺がそう言うと、神城も「そーだよなぁ」と言って頭を捻らした。
だが、俺はそれ以前にまず一個の懸念があった。
まずをもってして能力を使って会うことは出来るのかっていう疑問だ。
だってそうだろ?時を超えるなんていう大それたことをしようとしてるんだぜ?
一応あの伝書鳩はそれを為しているとはいえ、リアルタイムじゃないし。
能力がある世界とはいえ、そんなことが出来る能力者は居――
――脳裏に、今日の朝のことが思い浮かんだ。
謎に2回も同じ刻を繰り返した、あの朝を。
あー、うん。大丈夫っぽいな、これ。
俺はそう悟った。
そうして俺が遠い目を向けていると、神城は呟いた。
「能力……やっぱり、何か特殊な能力でもないとどーにもなんないよなぁ」
「そうだよなぁ。うーん……やっぱ、時間はかかるけどあの口入れ屋に募集の木簡とか持っていくのが一番かなぁ」
「あー、確かに。だけどあれって相場幾らぐらいなんだろ」
「あんまり高いなら無しにせざるを得ないよなぁ」
「それに時間はかかるだろうし、確実性はない」
「後は何があるか……。」
話す。ひたすらにアイデアをお互いに絞り出す。
そうしてその後十数分。うーん、うーんと俺は神城と頭をひねらせ、幾つかのアイデアは思いついたものの、これぞ!というアイデアは思いつかなかった。
歩き回ったり、窓の外を見たり、また神城の歌う三月猫の唄を聴いたりするが、一向に思い浮かばなかった。
「………ハァ」
俺はため息を吐いた。
諦めたのだ。考えることを、じゃない。奴に頼らないことを。
うん。正直マジのマジでアイツに頼るのは嫌だ。
だって敵になる相手に自分の情報を自発的に教えるんだぜ?
ありえねぇだろ。
……だけど、このままこうしてても一向に埒が開かない。
俺は立ち上がった。
「ん?どしたん?どっか行くの?」
「ああ、とりあえずついて来て」
そう聞いて来た神城に、有無を言わせずついて来させる。
そして、そのままドアの方向へと歩き、ドアを開く。
そしてそのまま歩いて、向かいのドアを開ける。
ガラッとドアが開く音の後に、叫び声が聞こえた。
「んんっ!?え、ん何!?」
そして、中には上裸で懸垂をする……奴が居た。
ポカーンと口を開け、1番キツいであろう体制をキープする奴に俺は言う。
「手ぇ貸してくれ、英雄」
「お節介焼きこそが英雄の根本……だろ?」
その言葉に、「このタイミングで!?」とツッコミながらも続けて……、
「俺は、何をすれば良い?」
と言った。
「えー……とりあえず今の俺たちの現状と、さっきまで話してたことを話すぞ」
俺は力が抜け、宙にプラーンと垂れ下がる英雄志願者に今の現状と、白兎に会いたいということを話した。
「――で、未来の同郷と話したい訳なんだよ」
「何か良い能力者とか付与具とか知ってたりしない?」
その言葉に、英雄志願者は一言返した。
「……それ、俺の能力使えば良くね?」
と。
「……………」
「……………」
沈黙が走った。引き続きプラーンとぶら下がる英雄志願者を見て、俺たちは静止した。
「…………あれ、お前の能力なんだっけ?」
「え、俺も聞いたことないんだけど」
そうして数秒後、俺と神城はそう言葉を返した。
「えー……」と若干の呆れを俺と、(何も聞いていない)神城に見せながら、英雄志願者は懸垂をやめ、地面へ降り立った。
そして、説明を始めた。
「えっとね……まず、僕の能力の名前は"コネクト"」
「一回説明したと思うけど、僕の能力は、対象2人を異空間に入れることができる能力」
「人、場所、時間を指定して、その異空間に閉じ込める能力だ」
――時間。そういえば、前話してた時も、そんなことを言っていたような気がする。
「へー、そーなんだ」と感心している神城を尻目に、英雄志願者は説明を続けた。
「僕も元々は、人と場所の指定だけだと思ってたんだよね」
「だけど、僕が子供の時に一回だけ。過去の人間と話せたことがあるんだ」
「あれは……五年前とかかな。村の爺ちゃんに、あることを聞かされたのがキッカケだった」
「僕の村に昔……"シンラバッハの英雄"って呼ばれる人間が来たことがあるんだよってね」
「昔の……大体70年前くらいにね」
「詳しい話は…まあ、気になるんだったら後で聞いてよ」
「えーっと、それでその話を聞いて暫くして、僕が自分のこの能力を練習してた時、ふとその話を思い出しちゃったんだ」
「それで70年前、8月2日、シンラバッハの英雄…って感じに条件を指定しちゃって」
「そして……うーんと偶々?偶然?…良いように言えば運命?…その時、その英雄に対して僕の能力が発動したんだ」
「ほんと、その時はマジでびっくりしたよ!だっていきなり渋いおっさんの声が聞こえてくるんだもん!一瞬"傀會酖"かと思って!」
頭にはてなが浮かぶ。
"傀會酖"……?
俺はその疑問を言葉に出した。
「ちょい待ち、かいかいたんって?」
「んえ?あー、まあ簡単に言うと、ここら辺で有名な妖だな」
「大量の化け物どもが集まったって言われてる怪物」
「酒で耽溺した奴らがよく見る怪奇」
「ま、ただ迷信に近い話だからなんとも言えないんだけどな」
「まあ、そんな感じで……僕は、過去の人間と会話したことがある」
「だからきっと、未来の人たちとも話せるよ」
英雄志願者は、そう話を締め括った。
俺たちはこくりと頷いて、情報を飲み込む。
とりあえず出会った経緯なんかは考えなくてもいいだろう。
……未来のアイツと会う方法。能力者は、英雄志願者。
――幸運、だな。
偶然、偶々、会う為に必要な能力を、身近な人間が持っていた。
幸運だ。幸運だ。
白兎の関与することだから……か。
……ハァ。ほんっと、嫌になってくるな。
まあ、今回は助かるから良いっちゃ良いんだけど。
それでもやっぱり……気に入らないな。
そんな思考の陰りをぶった斬るように、神城は声を張った。
「さ、それじゃあ作戦会議を始めよっか」
その言葉に、俺はいそいそと自分の部屋へと戻った。
そして、俺は紙とペンを用意し、作戦の流れを書いていく準備を整える。
英雄志願者はようやく下へと降りて、一通りの情報のすり合わせを行った。
そうして、神城は作戦会議の火蓋を切った。
「さて、それじゃあまず始めに…どうやって白兎さんと会うの?」
「そうだな……英雄志願者、どんな状況下なら未来の人と話せるんだ?」
そう聞くと、少し思案しつつも彼は言葉を返す。
「えっと……僕の能力は、大体この部屋いっぱいくらいの大きさの異空間を生み出すこと」
「そして、その場にいる二人以上の人間と会話をさせるっていうのがコンセプトになってるんだ」
「この時……未来の人と会話するなら、必要なことは2つ」
そう前置きし、指を折って説明した。
「一つは、未来の人間が同じ場所に居ること。僕の囲える範囲の中に居ることが一つ目の条件」
「二つ目は、その未来の人間の時間を指定すること」
「日にちと時間を分単位で指定すれば、おそらく可能だと思う」
そう言われ、なるほどと頷くと共に、一つ疑問が生まれる。
「お前……さっき、"シンラバッハの英雄"と話したって言っていたよな?それって……」
「あ、違う違う!流石の僕も分単位で一日中試しまくったり、分単位までそのことを知ってた訳じゃないから!」
「その日は一日中その人がその場所に居たって聞いて、ふと設定したら繋がっちゃっただけで!別にそんな…川辺の石を積んだりとか、永遠に1人で水切りしたりとか、そんな時間を持て余したようなことはやってはなくて……」
その弁明に、ものすご…そこはかとなく必死さが感じられたのは、恐らく気のせいだろう。
そんな……過去を持ち合わせていないことを、俺は願った。
「……うん。まあ、とりあえずは良いとして……」
「なるほど、その二つさえクリア出来れば問題ないんだな」
俺は頷いて、思考を巡らす。
条件②の時間は、手紙で知らせるとして……前確かめた時は時間は確かこっちと全く同じだったよな。うん、なら大丈夫。
それなら問題は場所……今日見たあのお屋敷に居る白兎と話すこと。
……いや、いけるんじゃね?これ。
俺がそう頭の中で確信すると同時に、それを声に出した。
「うん、これ普通にいけるよ」
「え?どうやって?」
「まず時間は手紙でどうにかするとして、場所だってさ――」
「――会いに…行けるだろ?」
その言葉に、ワッと英雄志願者が盛り上がる。
「なるほどなるほど、それすなわちこれからあのお屋敷に潜入ってことか!それはいいね!物凄いスリリングじゃん!」
その言葉に、マジで?と訝しげに神城がこちらを見る。
「……お前、本当に英雄志望なんだよな」
…….テロリストの卵とかそういうんじゃないよな!?な!?
思わず俺もそのバイオレンスな考えを持つ英雄志願者にツッコミながら、思考を整え声に出す。
「違うよ。ただでさえ不運で不運で死にそうなのに、わざわざ自ら死にに行くなんて正気じゃねぇだろ」
「俺が言いたいのは、俺からも会いに行くが……白兎からも会いに来て貰う」
「俺は一歩もあの敷地内に入らず……アイツも一歩も敷地外に出ることなく、会う」
会う為に必要な条件①は、囲う空間内に二人が存在すればいい……すなわち、
「外と中とで、塀を分け隔てられながらでも……俺は、彼女と会う」
犯罪じゃないからお咎めなし。
あの領主邸の近くに居て、怪しいと思われるのが少し危険だが……それは仕方ない。
これが、一番現実的な案だ。
「えー、ちょっとそれカッコ悪くない?もっと大胆かつ劇的かつ物語的にさぁ」
「無理だ。諦めろ」
俺が彼の意見をバッサリと切ると、英雄志願者はガクリと首を落とした。
「えっと、つまり手紙で場所を伝えて……お互いに会いに行く」
「そう。今日貰った地図と照合して、良い感じの場所を言ってね」
「……なんか地味」
そう文句を垂れる英雄志願者を無視して、俺と神城は穴がないかを確かめていった。
そして少しして英雄志願者が言った。
「ねぇ、監視者たちはどうするの?」
と。
そう言われ、久しぶりにその存在を思い出す。
監視者……外に出た時、確実に着いてくるであろう奴ら。
「放置……は流石に怖いよな〜」
「怪しい行動を取ることには変わりないからねぇ」
2人が漏らした言葉に頷き、どうしよっかなぁと頭を悩ませる。
監視者……彼らが俺たちを監視していたのは次の二つの時。
食事をとっていた時と、外に出た時。
ここは2階で、窓ガラスもクリアじゃないから部屋の中に居る時での監視は不可能。付与具は、英雄志願者から聞いた価値観じゃあり得ないから大丈夫。
足の大きさで監視してるから、流石に人数も多いだろうし、盗聴能力や透視能力を持っていないと思う。思いたい。
まあ、白兎の為の行動だしきっとない筈だ。
と、すれば外に出ても監視されない為には……、
「外に出たことが、バレなければいい」
「それなら、監視はされないよな」
その言葉に、こくりとそれぞれが頷く。
「ただ……、俺は認識阻害のアンクレットがあるから問題ないんだけど」
「2人が出たら、確実にバレるよな」
「……確かに」
俺の言葉に、神城はこくりと頷く。
どうするか……。いっそのこと1人でことを…いや、無理だ。英雄志願者の能力を使う以上、それは不可能だ。
なら、どうする?裏口?いや、流石に把握されてるだろうし、何か妨害?いや、そんなことすれば犯人がこの宿にいることを知らせるだけに……
どうする?どうすれば、バレずに外に……
「あ、それなら大丈夫」
ぽんっと、英雄志願者はそう言った。
「へ?」
「僕ね、村から認識を撹乱させられる香水持って来たんだ」
「……お前、本当に英雄志望なんだよな」
再三、俺は思わずそう突っ込んだ。
だって、確実にそのアイテム都を混乱させる系の人間が持つものじゃん。
マジで怖い。やべーよやっぱ。
……それにしても、やっぱり幸運だな。
こうも簡単に不足してたものが埋まるなんてね。
……そうだ、
「因みに他だと何を?」
「えっと…煙幕とか、眠り薬とか、後は……」
「ごめん、もういいわ」
俺はその言葉に辟易し、ハァっとため息を吐く。
もうコイツに関して考えるのはやめだ。
だって意味わかんねぇもん。
そしてまたため息を吐いて……考えを戻した。
「その香水、どれくらいの効果時間がある?」
「えっと、一回30分で大体50回くらい使えるよ」
なるほど、とその情報を噛み締めて、俺は頭を回す。
「その香水を使うとして……神城、あっちの予定表を見せてくれない?」
「オーケー、百歳」
・予定表
6時30分〜 7時30分 朝食
8時00分〜12時00分 宮廷作法講座
12時30分〜13時30分 昼食
14時00分〜17時00分 言葉遣い講座
17時30分〜18時30分 夕食
「時間的に余裕があるのは朝か夜。6時30分前か、18時30分後のどちらか」
「そうだね。気分的には夜が……」
そう2人が話す中、俺はその意見を切った。
「ダメだ。その二つとも、ダメだ」
「え?何で?」
「理由は簡単……その時間に外出っていうのは、目立ち過ぎるんだ」
この世界は、朝も夜も人が少ない。こんな時代、だからだろうけどな。
あの夜の帳が落ちた時間あたりから、一気に人が減っていく。
そんな時間に……認識阻害をかけているとはいえ外出する人が居るなんて怪しいにも程がある。
更に、監視者たちに見つからなくても、その後領主邸の周りをウロウロする不審者に俺たちはなる。
人っ子1人いないであろうその時間帯に……だ。
明らかに捕まる。邪魔される。
「……だから、その時間帯に出るのは危ないと思う」
「なるほど。確かにそうだね」
「ただだとすると……、いつ、会うの?」
そう聞かれ、少し悩みながらも俺は答える。
「17時から17時30分。この休憩時間の間…だな」
「このあたりの時間ならまだ人通りも多いし、いいと思う」
「うん、そうだね。ただ……、僕たちの夕食も、17時30分っていうのがちょっと怖いけどね」
そう言われ、あっと気付く。
17時30分に俺たちも夕食の時間。
その時間に、監視者たちは俺たちが居るかどうかを見張る。
そっか……それじゃあ、その時間に会うとするなら……、
「終わった後、17時30分までに帰らないと……か」
流石にそれはちょっとリスキーかもだな。
だとするなら、怪しさが高い朝か夜……いや、どっちもどっちな気がするなぁ。
どうする?とはいえ他に選択肢は……
「良いんじゃない?時間帯はそこで」
「他に候補もないんだし…….、ならチャチャっと決めて別のことを考えよ」
「……そうだな」
英雄志願者のその声に、俺は納得し、頷いた。
「よし、それじゃあ時間帯は17時から17時30分の間」
「英雄志願者の香水と、俺のアンクレットでこっそりと外へと出て、領主邸にて能力の発動をする」
「俺が話している間は…2人には周囲の警戒とかを任せておきたいんだけど……いいか?」
「うん、大丈夫」
「任せてよ」
そうまとめた後、神城はそういえばと俺に尋ねた。
「この作戦って、いつ決行するの?」
「え?明日」
俺がそう答えると、二人はマジかーと呆れた顔でこちらを見る。
けど、出来る限り俺は早く話したい。
だから、明日だ。
……早くしないと、俺の気が変わっちゃうかもだからな。
俺はふぅっと一息吐いて、顔を上げる。
……さて、作戦の大元は決まった。
後は細かい点なんかを洗い出して決めていくだけだ。
さあ、もう一踏ん張り頑張ろうか
そして俺たちは話し合った。
段々と段々と……夜が更けて行った…
……………
……
…
時は夜。PM 7:00
一通り作戦を立て終わり、白兎に手紙を送った。
「よし、明日は気合い入れていくぞ」
そう意気込みを呟くと、神城があっと何かに気づく。
「どうした?」
「いや……」
「結局、お前白兎に何話すん?」
その言葉に、俺もあっと気付いた。
俺が、白兎に話すこと。
……話す、こと。
やっべー!マジで完全に失念してた!
ぼんやりと何かを話すってことは決めてたのに!肝心の何話すか決めてねぇ!
え、どうする?とりあえず明日の時間までに決めないと、決めないと、決めないと。
そしてまた、夜は更けていった――