15話 #桃の花弁 そう、コイツは“関わるべからずな人”
異世界生活3日目
話は遡り、白兎へと手紙を送る前日。
朝日が窓から差し込む。
その日の光に促され、俺は目を開いた。
天井が見えて、少しゴワゴワした布団の感触を肌で感じる。
ゴソゴソと布団の中で蠢き、俺は起き上がった。
目を擦り、キョロキョロと周りを見渡す。
窓を開けると、外には昨日も見た時計塔が見えた。
6時21分だった。そして、昨日も見たどっかの誰かのお屋敷も見えた。
まあ、見えたからってどうということはないが。
そしてまた視線を動かすと、チラリと神城の姿が見える。
………神城はまだ寝ていた。
相変わらず朝弱いな。
そんな感想を抱いて、俺は動き始めた。
顔を洗いに井戸へと向かい、水を汲んで顔を洗う。
次に服を脱ぎ、今着ている服を洗う。
洗剤なんてものはまだ買ってない……というかあるかもしれないが、知らん。
残念ながら今の俺には、水洗いしか選択肢はなかった。
……これで傷口から細菌が入って悪化とかないよな。
食事の時にも思った、今更過ぎるそんな心配を抱きながらも、洗わないという選択肢はなく。
一通り洗い終えるとそれを宿の庭に干して、神城の買ってきた服から適当に取ってきた服を着て。
俺は部屋へと戻った。
……神城は、まだ寝ていた。
俺はその様子を見て、改めて昨日の話し合いを思い出す。
金策。すなわち、バイトについての話し合いだ。
………………
………
…
「んで、アルバイトだろー?僕も働き口探さないといけなくってさぁ」
「一緒に話そうぜー!」
そんな言葉に不安さをはちゃめちゃに感じながらも、俺たちは英雄志願者へと耳を傾ける。
そして、そわそわしながら話を聞いた。
「それで、何か心当たりとかあるの?」
「心当たり…。うん、これでも村から上京したからには事前にある程度は聞いてきたからね」
「この都会での稼ぐ方法はいくつか知ってるよ」
「そうだね……まずは、」
「士官!弟子入り!やっぱりこれでしょ!」
その言葉に、空白の時間が生まれた。
………ん?
俺と神城に同時にはてなが浮かぶ。
いやだって…なんか思ってたアルバイトと違うワードが飛び出したんだもん。
士官……、弟子…入り……?
「やっぱり僕は騎士様にお手合わせをお願いしたりして、認められたら雑用をこなしてー…とかがやっぱり。いやでも戦闘が得意じゃなかったら、鍛冶屋とか商人とかの見習いとか手習いになるのがやっぱ一番かなー」
「あ、後は王道だけど傭兵とか。ただあれ結構ヤクザな仕事だからなぁ」
「「………」」
俺と神城は絶句する。
いや、絶句せざるを得なかった。
だってそういうのはもうさ、アルバイトとかじゃなくて真っ当な職じゃん。本業じゃん。
アルバイ……え?翻訳ミスとかそういう感じ?
それとも……え?もしかしてこの時代ってそういう仕事しかないん?
神城もまたそのことを疑問に思ったのか、そのことを口に出す。
「うんっと……そういうのって長期の仕事じゃん?俺たちこれからのこととか全く決まってないからさ、短期の……それこそ日雇いレベルのが良いんだけど」
「日雇い……あー、なるほどなるほど」
「しっかりとした専門職じゃなく、かぁ………」
ドキリ、と嫌な予感がした。なんか、またこの間と同じ流れになりそうな予感が。
「………ごめん、知らん」
「村で聞いた出稼ぎの仕事は今言ったような仕事しかなくて……」
そして、見事にその予感は的中した。
その言葉に、俺と神城はそろって同じことをする。
そう、ため息だ。
「「はぁ………」」
「ちょっ、やめて!ナチュラルに傷つくからそういうの!」
「分かった!ちょっと待ってて、今から下の女将さんに聞いてみるから!それで名誉挽回させて!」
そう言って、英雄志願者は下へと向かった。
まあ、予想はできたこととはいえ……やっぱりアイツはアホだ。無知だ。頭脳派というより武闘派だ。
その後、俺たちは世間話でもして時間を潰し、帰って来たアイツに話を聞いて、今日の予定を決めた。
女将さんが言うには、"口入れ屋"という、ハロワとか、人材派遣会社的なものがこの世界…….というかこの領にはあるらしい。
んでまあ、早速そこで仕事を紹介してもらおうと思ったんだけど……そういう訳にはいかない。
やっぱりここは、中世ヨーロッパという時代とのことだろう。
新参者は信用がないから、普通だと場所を教えてくれない……だそうだ。
まーあ、その言葉で俺たちはガッカリしたんだ……が、
女将さんは言った。
私の方で口効きをしてやる、と。
まあ、惚れたね。
上げて落とされたね。飴と鞭だよ。
というか、これは幸運なんじゃ?遂にツキが来たんじゃ……?
……いや、というよりこういう幸運はむしろ不運の前触れを感じるんだよな。
と、まあいいか。そう言うわけで……場所を教えるから明日の8時30分にでもその場所に行ってくれ……そんなことを昨日言われたのだ。
教えて貰った場所は英雄志願者が知ってるらしく、とりあえず8時にこの下で集合して行くことになったのだ。
っていうか改めて考えると英雄志願者から教わったこと殆どないな。うん。
上京したての田舎者ってこんな感じなんだろうか?
俺たちも似たようなものなのに。
そんなことを、今更ながらに思った。
時計塔を見る。
6時30分近くになった。
………朝食も準備もあるし、そろそろ起こすか。
俺は寝ている神城を蹴り飛ばす。
「んぁっ!な、え?」
「よし、起きたな〜準備しろー」
そうして、異世界生活3日目の活動が始まった。
………………
………
…
朝食を食べに一階へと降りる。
椅子に座り、机の上に置かれるのを待つ。
隣には、まだ眠いのか瞼を擦る神城が。
二人で椅子に座ってボケーっとしていると……、
ふと、異変が視界に入った。
宿の中ではない。
外からコチラを見る人影が見えた。
一瞬目を向けただけだが……そいつらは確かに、こっちを観察していた。
何者だ?何が狙いだ?何が、何が、何……あ。
心当たりが、あった。
昨日の……シンデレライベントのことだ。
アレで、俺たちは確かに事件の容疑者となった。
……つまりこれは、容疑者の監視か。
違う可能性も少し考えてみるけど……でも多分、そうだろう。
……下手なことをしないように気をつけよう。
俺は一つ、頭に注意を叩き込んだ。
朝食を終え、諸々の準備を終えて一階へと降りる。
そして、時間通りに集合場所に到着。
既に英雄志願者は到着しており、合流した。
そして、移動開始を始めた。
それまでの間に、特筆して言うようなことはない。
………あ、一つだけあった。
手紙が来たのだ。白兎から。
まあ、丁度行く直前だったから中身は見てないが。
帰ったら見ようと思う。
そんな事があった位で、フツーに動けた。
そして、ガヤガヤと話しながらも、フツーに例の場所へと到着した。
女将さんから伝え聞いた、場所に。
そして、やっぱり俺たちを観察する人影がある。
監視者という推測は間違いなさそうだ。
さて、到着したこの場所の見た目はぼろぼろの民家。
一般人は寄りつかないような見た目の民家だ。
ドアがなければ、中も真っ暗。空き家にしか見えないぼろぼろの民家だ。
女将さん曰く、ここが"口入れ屋"。いわゆるハロワとか人材派遣会社とかと同じ役割の場所らしい。
「行くか」
そう呟き、英雄志願者が先導して中へと入った。
ドアがないのと、中が真っ暗なのがより一層怖さを増している。本当にここがそうなのか心配になるボロさだ。
俺たちはそれに続き、中へと入った。
木造じゃない為、ギシギシといった音はないけど……石造りというのもそれはそれで怖い。
至る所がヒビ割れてるし、足元も石ころでジャリジャリしてる。
廃墟感満載の場所だ。
ゆっくりと進んで、進んで、進んで……そして、見えた。
部屋の隅に三角座りをしている誰かの影が。
こちらに背を向けて座っている誰かの影が。
暗くて、良く見えない。男か女かもよく分からない。
年齢すら分からない。
怪しい。物凄く奇しい雰囲気だ。
「すいませーん、俺たち女将さんの紹介で来たんですけどー、"口入れ屋"で宜しいでしょうかー!」
そんな雰囲気を……うん、きっと一切感じてないのだろう。
英雄志願者は大声で、目の前のその人に質問した。
すると、その人は背を向けたまま答える。
ドキドキと心臓が暴れる中、俺は目の前の人間から放たれる言葉に注目した。
目の前の謎の人物はか細い声でこう言った。
「帰れ」
ただ一言、そう言った。
声色から判断するに、恐らく女。そして、多分機嫌が悪い。
その言葉に怯まず、英雄志願者は言葉を返す。
「ヤダ。女将さんから話はいってるでしょ?仕事紹介して」
俺はこの時ばかりはコイツが恐ろしくなった。
声色が低くて怒ってそうな、こんな怖そうな奴に堂々と正面切って返答できるのは、流石すぎる。
俺も神城も怖さに震えて一言も話せてないのに。流石だ。
鋼メンタルだ。
いや、まあ敵に正々堂々殺害宣言する奴がまともな訳ないか。
久しぶりに、そんなことを思い出した。
「……何がいい」
その女は、依然としてこちらを向かず、そう聞いてくる。
「うーん……そうだなぁ」
少し、悩んだ素振りを見せて、彼は俺たちの方を向き、聞いてくる。
何がいい?と。
何がいい?やっぱり日雇いかな。
そうだね。まだ予定が決まってない以上長期拘束されるのはマズイよね。
よし、日雇いにしよう。そうしよう。
そう軽く話し合い、
「日雇い労働でお願いします」
と返答した。
すると、彼女は近くの箱からゴソゴソと書簡を取り出す。
そこには、何かが書かれていた。
何かは分からん。読めない。
目の前の彼女はは、暫くゴソゴソと漁り、選別し終わったのか、全てを一つの箱に入れて俺たちに渡した。
その際にも彼女はコチラを向かない。
……何?やっぱり機嫌悪いの?
俺はそんな感想を抱きながらもその様子をじーっと眺めて…少ししたら、その人は渡したその箱を指差す。
「日雇いのバイト」
そして一言、そう言った。
「えーっと……ここから好きなのを見繕えってことですか?」
意図がよく理解できずにそう聞いた英雄志願者の声にこくりと彼は頷いた。
よしっと意気込んで、英雄志願者が見繕い始めると、俺は文字が読めないことを伝える。
英雄志願者は、
「分かった。それじゃあ片っ端から読んでいくからメモっとけよ」
と俺たちに向かって言い、俺は俺はその言葉を聞くと、懐からメモ帳を取り出して、メモを取る。
その準備を確認し、英雄志願者は読み始めた。
「まずは……」
そして、メモしたものがこちら。
あ、因みに今日は4月 15日 らしいから悪しからず。
集合場所 内容 時間
南区 土木作業 4月 16日 7時〜16時
(役立つ能力者募集)
北区 配達作業 4月 17日 12時〜19時
(移動系能力者募集)
中央区 配達作業 4月 18日 8時〜17時
(保冷能力者募集)
北区 飲食店 4月 19日 7時〜17時
北区 鍛冶屋 4月 16日 6時〜16時
(加熱能力者募集)
北区 清掃作業 4月 16日 9時〜16時
(役立つ能力者募集)
南区 清掃作業 4月 16日 8時〜17時
(役立つ能力者募集)
中央区 清掃作業 4月 20日 13時〜17時
(役立つ能力者募集)
だった。
……うん。俺、ここに来て初めてこの領に地区があることを知ったよ。
因みに能力者の制限は、その名の通りその能力を持っている奴しか募集していないそうだ。
当然、この中に俺と神城の能力で該当するような部分はない。
小声で英雄志願者にも聞くが、フルフルと頭を振った。
……となると、当然俺たちにそれは選択出来なくなる。
つまり、俺たちが仕事としてできるのは、
北区 飲食店 4月 16日 7時〜17時
これだけとなる。
んじゃこれ受けっか。
そだね。
オーケー。
そんなことを話していると、目の前の彼女は一言、言葉を付け加えた。
「……募集人数」
と。
え?と疑問に思う間もなく、続けて話したその条件をメモしていく。
飲食店 1人
どうやら、この1人しかこのバイトには参加できないそうだ。
すぐさまに神城は主張した。
「よし、んじゃ俺がやるよ」
「オッケー」
俺は、その言葉に返事をして……気付いた。
……あれ、となると俺その時間英雄志願者と2人っきり?
ということに。
初対面で英雄になる事を主張し、敵と談話しまくる彼と一日2人っきりだという事に、気付いたのだ。
今更神城の代わりにバイトに立候補しようかと考えるが、もう神城が担当ということで話は進んでいる。
相も変わらず彼女は後ろを向きながら、話していた。
……よし、とりあえず当日は速攻で外に出よ。
俺は決心した。
そしてどうやら細かい点も話し終わったのか、
「……地図」
と呟いて、机の上に置いてあったそれを指さした。
そこにはしっかりとバイト場所が記されており……それからその人が口を開くことはなかった。
というか、あの後部屋の隅から動くことはなかった。
その後、仕方がないから俺たちは外へと出た。
……ずっと後ろ向いてたのは何だったんだろう。
そんな疑問を残しながら、俺たちは外へと出た。
……依然として、監視者たちは外に居た。
きっと外での行動は基本監視するように言われているんだろう。
後、食事の時とかも。
部屋の中まで監視されてたら流石に嫌だな……。
そんなことを思っていると、神城は口を開いてお別れをした。
「んじゃ、俺は行ってくるわ」
「はーい」
「了解!」
そして、すぐに俺たちは神城と別れた。
監視者たちが複数居たのか、依然として視線を感じる。
まあそんなことは今更気にせず、コツコツと、足を鳴らし、俺と英雄志願者は宿へと戻った。
2人っきりとなったのだ。
一歩一歩歩いて宿に帰る。
歩く。歩く。歩く――静かに、歩く。
やべぇ、話す内容がねぇ。
そんなことをぐるぐると思って……そして、
奴が、英雄志願者が、足を止めた。
「?……どうしたんだ?」
思わずそう呟く。
彼はその質問に答えず、俺の方に振り返った。
そして、言葉を発する。
「僕、何個か君に聞きたいことがあったんだ」
「………?」
「"魔族"になった感想。"魔族"って、どういう存在だと思う?」
周りには人が沢山いた。
なんなら、俺たちをつけ回す監視者たちもいる。
そんな人混みの中で、彼は堂々と質問した。
冷や汗が流れる。背筋が凍る。
マジで……意味がわからなかった。
言葉の意味ではない……コイツが、ここで言った意味だ。
はぁ!?コイツっ!は、え?はぁ!?
コイツはやっぱり頭おかしい。
そう、再度俺は確信した。