14話 #紫の花弁 恋とは斯くも面妖な
報告遅れてしまい、ごめんなさい。
タイトル変更しましたが、戻しました。
なんか……違うと思いました。
それと、明日以降の投稿は0時投稿から7時投稿へと変更させて頂きます。
ご迷惑をおかけしますが、今後ともこの作品をよろしくお願いします。
異世界生活 4日目
朝、5時30分。
コンコンと扉を叩く音で目が覚めた。
今までより明らかに寝たのにも関わらず、ダルさが残る。
昨日の疲れを身体は忘れてくれない。
それに、影梨ちゃ――
――やめよう。これを考え続けたら、きっと動けなくなっちゃう。
私はそのことを考えないように意識しながら、眠い目を擦って、身体を起こして扉へと向かう。
耳飾りがゆらゆらと揺れた。
扉の前へと辿り着くと、私はドアノブに手をかけて扉を開く。
そこには、使用人さんが立っていた。
「朝早くに申し訳ございません」
「こちらをお届けに参りました」
そう言って彼女は私にスマホを差し出した。
あー、……そうだ。そういえば写真をお願いしたんだった。
私はぼーっとそんな事を思い出しながら、彼女からスマホを受け取る。
「ありがとうございました」
「はい。私はこれで」
そう言って、使用人さんが去っていく姿を見ながら、私は扉を締めた。
そして身体を返し、ベットにダイブした。
仰向けになりながら、私はスマホの電源をつける。
充電は、残り32%。
……これくらいなら、多分写真を見てアイデアを書くのは大丈夫ね。
私はスマホを机に置いて、私は一晩で作り上げた資料を手に取る。
百歳君に渡す、色々な情報を添えた資料だ。
今日読んだ本は8冊。殆どが著者の書かれていないものたちだ。
まあ法律とかそこらへんは流し読みだけど。
《法律》
【旧オルガルド帝国憲法】著者:なし
【オルガルド帝国法令集】著者:なし
【旧パリストフィア王国法令集】著者:なし
《宗教》
【聖書】
【カザンダの福音書】著者:カザンダ
【マルトスの福音書】著者:マルトス
【ロールライフの黙示録】著者:ロールライフ
《童話》
【ドルダンの英雄】著者:なし
【シンラバッハの英雄】著者:なし
まず、法律関連のものはいずれ調べないと……とは思ってた。
この国のものなんて、調べておかないと知らない間に逮捕されちゃうかもだし。
それに、昔の…旧オルガルド帝国の法律も知ってれば、絶対役に立つ!
知ってる?国の重役さんとか、年老いた偉い人に対して昔の…初期の頃の実情なんか知ってると、結構簡単に相手は好感を持ってくれるんだよ?
ってことで、【旧オルガルド帝国憲法】と【オルガルド帝国法令集】を借りて来たんだけど……はい、こちらをご覧下さい。
【旧オルガルド帝国憲法】
告文
此レハ臣民ノ幸福ト国家ノ発展繁栄振興ヲ趣意トスル戒律デアル。
朕ハ此れヲ以ッテ我ガ帝国ニ永劫不滅ノ物トシ、我ラガ祖霊、天高ク見守リ賜ウ運命神カラノ恩恵ノ報恩トスル。
朕ガ国ノ伝統タル……
さて、この文を見て、授業を真面目に受けてた人……文系の人は見覚えがあるんじゃないかしら?
それじゃあ言わせてもらうわね。
大・日・本・帝・国・憲・法・か!
なんで昔の日本的文字になってるのよ!ちょ、著者を変えなさい!女性の文字ならこんなことにはならないってことなんでしょ!?
っていうかこれ知らない文字で書かれているのよ?
この世界の文字で書かれて、それが何故か読めるのは今更気にはしないわよ。
そう、すなわちこれは翻訳の結果!!翻訳かけるならもっと読みやすくしてよ!
ほんっと、何この文!明らかに寄せにいってるわよね?ふざけんじゃないわよ!!
古めかしい言葉やら、知らない言葉やら、そもそも読みづらいわで、ざっと読むだけでもこの本一冊にめちゃくちゃ時間かかったのよ?
はぁ。謁見でちょっとでも使えればいいなと思って読んだけど、もうこれ使えなかったら……、
……この本、グシャグシャに破ってやるわ。
と、まあそんなこんなでかなりの時間をこの本に使わさせられた訳だけど。
他の法律関連の…【オルガルド帝国法令集】と【旧パリストフィア王国法令集】はかなり参考になった。
【オルガルド帝国法令集】は、商人になる上で気をつけるべき法律とか……この国特有の法律なんかは、知っておいて損はない。
謁見とかで使えるかは……うん。分かんないけど。
役に立つのは明白だ。
そして、百歳君に伝えようと思った【旧パリストフィア王国法令集】。
きっとあっちじゃ市井の図書館なんてないだろうし。
百歳君。いつの間にかに罪を犯してて逮捕ーとかありそうだし。
と、まあそんな訳で……めぼしい法律は紙に書いて送った。
きっと使えるものとなっている筈だ。
そして、宗教。
運命の神様を崇める…この世界唯一の宗教、フェルフィア教。
その聖書と、その中の福音書であるこれらは、旧パリストフィア王国でも…オルガルド帝国でも、どちらでも重要な意味を持つものだ。
だから一応一通り読んだ。
聖書の内容は簡単。運命の……運命値の存在の強調。
運命は尊ぶべきものであり、決して逆らうことは出来ない。
逆らう意志を持っても逆らえない…神の意思だ、と。
そして、それを具現化した運命値において、マイナスを示すもの。魔族は絶対的な悪。
神に見放された……見限られるような存在である、と。
そんな感じのことがつらつらと、婉曲的で、格式ばった書き方で書かれていた。
そして、その…運命値を測る神具。安直に、運命石と呼ばれる石が与えられた時の状況なんかが事細かく記載されていた。
そして福音書は、与えられた当時の……それぞれがそれぞれの自分自身の周りに起こった歴史の流れみたいなものを書き記していた。
【ロールライフの黙示録】。ただ一つの、それを除いてね。
まあ、名前から分かるように、これは予言書。
ヨハネの黙示録やムハンマド。後は有名なノストラダムスの大予言よろしくの、所謂な予言書だ。
ただこれは……なんていうか……なんていうのかな?
物語。そう、物語っぽく書かれていたの。
他の二つとは違って……、いや、違うのは当たり前なんだけどそうじゃなくて。
童話みたいに。それも複数の童話集的な感じに描かれてた。
なんか中身も他の福音書たちとは違うっていうか……いえ、違うのは当たり前なのだけど。
とにかく!物凄く、変だった。妙に既視感があるというか何というか……そう、変だったの。
もう少し時間が経てば多分、この違和感が何か分かると思う。
と、まあ……それが宗教関連の本を読んだ、感想。
あまり参考になるかは怪しいけど……でも、いずれは教会とも懇意になるかもだし、読んでおいて損は無いと思う。
さて、最後に童話のこの二冊。
【ドルダンの英雄】と、【シンラバッハの英雄】。
これは百歳君に、「英雄について調べて欲しい」って頼まれたから読んだ本。
民草に伝わる有名な詩とかを製本した、英雄譚。
正直、何故頼まれたのかは分からない。
内容だって、至って単純なものだ。
【ドルダンの英雄】は、何百匹もの猛獣の群れから街を守った英雄の話。
【シンラバッハの英雄】は、姫様と結婚するために、竜を討伐した英雄の話。
……ええ。やっぱり特筆して言うことはないわよね。
ただの、英雄譚だ。
これが、私の読んだ本の全てだ。
改めて積み上がった資料の山を私は見直す。
そして、予め書いておいた手紙を読み直して、籠の中に入れる。
そして、私が書いた資料の山も中へと入れた。
その後、私はどこからともなく白鳩を召喚する。
そして、クルッポーと鳴くその白鳩の口先に籠をかけた。
……この重さ、持ち上げられるかしら?
心配そうに私はその白鳩を眺める。
パタパタと羽をはばたかせると、少しだけその白鳩は浮かんだ。
そして暫く浮遊して、すぐに落ちる。
……はぁはぁと、苦しそうに、無言でこちらに視線を向けてきた。
私は一言、その鳩に伝える。
「行けそうね。行ってらっしゃい」
白鳩は、ガーンといった表情で固まった。
恐らく気のせいだろう。鳩に表情なんて分かるわけないしね。
それに、あれ本物の鳩じゃないしね。
そうして、その白鳩は窓へと飛んで行った。
一応重さの限界値は超えてなかったし、きっと無事に届けてくれる……ええ、その筈よ。
飛んでいくその姿を見て、私は自分を納得させるように、そう心の中で呟いた。
っと、とりあえず積んでいたやるべき事は終わった。
なら後は……、お土産用の資料制作か。
私はスマホを開き、写真を見る。
全123枚。しっかりとあの使用人さんは役目を果たしてくれたみたいね。
……それじゃあ、時間になるまでアイデアを積み重ねましょうか。
詳細を書く時間は無さそうだし、アイデアだけでも。
働いて……少し休んで、また働く。
身体を限界まで酷使する。徐々にこの訳の分からない現状から精神が崩壊していきそうな、そんな現実から目を逸らす為。
私はひたすらに働いた。
そして、そうしてボロが出ない能力が、私にはあった。
2枚目と17枚目。民家の柱が直接地面に当てられている。
確かこの地域は多湿だったわよね?
石場立てはどう……?うん、アリ。レンガに続いて二つ目だ。
お、84枚目から88枚目まで。これ家の中の写真だ。
建築方法は……うん。
この国は木造壁式工法っぽいな。
んじゃあ、木造軸組工法も入れよう。これで三つ目。
65枚目から67枚目は上からの写真か。
予想はしてたけど……道が汚いわね。
区画整理の提案……いえ、それに現代の知識は必要ないわね。
後は……屋根?いえ、別に問題はないわね。
じゃあ次。
23枚目。48枚目。115枚目。全て洋鞍か。
鞍にも種類があるし、一通りの種類は書いてしまおうか。
四つ目。
ガラスレンズ。五つ目。
活版印刷。六つ目。
機織り機。七つ目。
友禅染め等の染色技術。八つ目。
ファセットカットやブリリアント・カット等。九つ目。
ダイヤル錠。十個目。
そして、その十個目が描き終わり……6時23分。
朝食に行かないといけない時間になった。
………………
………
…
「おはよー」
朝食の時間となり、挨拶をして食堂へ。
「今日は遅いね」
そういう古巣君に、「まあね」と返したすぐ後に食事の時間。
その時、視界の端に口を開きかけた影梨ちゃんの姿が視界に入る。
私に話しかけようとしていた。
――胸が痛くなった。苦しくなった。
私は、彼女が分からない。敵か味方か。裏切られたのかそうでないのか。
分からない。だからこそーー話さないといけない。
「おはよ、影梨ちゃん」
ーー胸が痛くなった。苦しくなった。
そんな私の心情をよそに、会話は続く。
「おはよ、そういえば謁見の日が前倒しになったんだってね」
「あ、それ聞いた。ってことは今日明日で――」
そして……、そのまま何事もなく。朝食を終えて、休憩時間を終えた。
一切の違和感を、おかしな点を。昨日と同じく、見つけることは出来なかった。
そうして、宮廷作法教室の時間となった。
……はぁ。もー、ほんと訳わかんないわ。
私は心の中でため息を吐いた。
と、まあそれはそうと改めまして宮廷作法教室のお時間です。
影梨ちゃんと会話しなくていい時間って考えると、大分気楽です。
最初は昨日と同じく、お辞儀と跪くことのテストから。
私は当然のように受かったのだが、他3人に関しては結構心配だった。
だって昨日物凄く皆下手だったし。
全員ダメダメだったし。
……でも、昨日のそれと今日のそれは全く違った。
古巣君、完璧!
影梨ちゃん、いいね!良い感じ!
神城君、うーん……及第点!
相っ変わらず不器用ね、神城君。
と、まあそんな感じ。
今日は誰も引っ掛からなかった。
そしてその後すぐに……セラ先生が扉からやって来た。
フルーシェスト先生はそれに気付くと、
「シロウサギさん、こちらへ」
「あ、他の皆さんはセラ先生から事情を」
そう言って、私を手招いた。
一切の心当たりがなかったが、流されるがままに、私は外へと出ていく。
チラリと後ろを振り返って、プルプルと震えるセラ先生の姿を見て、少し3人が心配になりながら。
さて、私は先生に呼ばれて、食堂の向かいの部屋に入れられました。
ほして、そこでようやく先生が口を開いたのです。
「さて、それでは今日は早速。形式的な儀礼が終わった後の、本題に入った時の台詞を決めてもらいましょう」
キリリとした声色でそう言われ、私は昨日そんなことを言われていたのを思い出す。
すっかり頭から抜けていた。
そうか。今から台本の間の部分を決めるのか。
いや、でも台詞を決めるってどう言う……?
そんな混乱する私の心の中を透かしたかのように、先生は説明を始めた。
「この謁見は……この国の謁見は、とても礼儀に厳格で、少しでもおかしな部分があれば、遠慮なく外に放り出されるわ」
「並の貴族ですら、きちんと準備をしていかないといけない程にね」
「でもね……、」
「でもね、この謁見は、準備をすれば確実に自身の願いを王様に伝えられる」
「多少の難題でも、謁見で問題がなければ受け入れてくれることが多いの」
淡々とそう話されるものの、一向に話の本質が見えてこない。
先生は一体何を言いたいの?
そう頭にはてなを浮かべていると……、先生は懐から紙を一枚取り出した。
そしてそこには、今まで渡されていた台本の、抜けている場所が記されていた。
謁見の台本
入場
………………
……
「短い時間となりますが、どうかこの不遜の身がおけるご無礼ご無体をご覧になることをお許し下さい」
「本日は、よろしくお願い致します!」
他全員
「「よろしくお願い致します!」」
近衛兵が近づいて来るのを合図に代表者が立ち上がり、手土産を取り出す。
規定に則った渡し方で渡したら、立ち上がったまま止まる。
--渡したものの説明をする--
*説明が不十分だと質問されることがあるので、丁寧に説明すること。
王様
「有り難く頂戴しよう」
「では本題に移ろう」
「諸君らの望みは何だ」
代表者
--交渉条件を乗せた台詞--
*作るべき部分
王様
「あい分かった。それではこちらからは」
--条件の擦り合わせ--
【望み】
……………
……
「此度の謁見。誠に意義深いものであった」
「この場に相応しい、素晴らしいものだった」
…………
……
渡された紙をじっと見ていると、先生は改めて言った。
「そう。貴方には、今からこの交渉条件と、王国側に求めるものを、決めて頂きます」
「そして、この後の空白部分は明日王様が埋め、返します」
「なので、お互いにこの台本通りに動けば問題ありません」
「…………」
私は改めて思った。
なんか、つくづくこの謁見は謁見じゃないな、と。
公的な交渉場所のように思える。
というか……会話という会話が王様からの要求の返答しかないのが、もう交渉とも言えない。
……でも、確かにこれだけ貴族と庶民の格差が酷いと、普通に交渉をするのが無理よね。
ならまあこれだけギチギチに決まって……いえやっぱこの国おかしいわよね!?
やっぱり劇とか芝居とかやってる感じだわ。
「………分かりました」
この国の…というか、この謁見のおかしさを少し時間をかけて飲み込んで、私は返答した。
「えーっと……それじゃあ、まずは何からすれば」
「そうね……。まず、貴方達が要求したいことの整理から始めていきましょうか」
「なるほど。なら、私たちはここから出たら商人になりたいと考えているので…………」
そして、話し合うこと約3時間。
次の授業…言葉遣いの講座まで侵食して、漸く完全版の台本が出来上がった。
台本
私たち
入場して、レッドカーペットの手前あたりまで歩く。
そして跪いて面を伏せた状態で待機。
王様
「初めまして、彼方者諸君」
「今日は良くぞ参った」
「よろしく、頼もう」
騎士様方が一斉に剣を突く。
音が鳴った一拍後に聞かれる。
王様
「面を上げよ」
一拍後、一斉に地面に拳を打ちつける。
その後、バッと一斉に顔を上げる。
胸に手を当てて言葉を出す。
代表者
「勿体ないお言葉痛み入ります」
「本日は私どもの為にこのような場を設けて頂き誠に有難う御座います」
「短い時間となりますが、どうかこの不遜の身がおけるご無礼ご無体をご覧になることをお許し下さい」
「本日は、よろしくお願い致します!」
他全員
「「よろしくお願い致します!」」
ここまでが、定型文。
そして、ここからが私が作り上げた台本。
王様
「それでは、手土産の献上を」
代表者
近衛兵が近づいて来るのを合図に代表者が立ち上がり、手土産を取り出す。
規定に則った渡し方で渡したら、立ち上がったまま止まる。
「こちらは我々の世界の知識を記した紙束です」
「この15個の叡智は貴国の繁栄と発展に貢献できると確信しております」
「仔細はその紙にあります。お納め下さい」
王様
「有り難く頂戴しよう」
「では本題へ移ろう」
「諸君らの望みは何だ」
他3人も立ち上がる。
古巣君
「我々は彼方者です。先程渡した産物は周知のように我々の世界の知識の束」
神城君
「これが、これこそが世界の住民らと唯一のアドバンテージです」
影梨ちゃん
「よって…私たちはこの世界で商人を目指そうかと愚考しております」
代表者は一歩前に出る。
代表者
「なのでどうか、全面的な支援をお願い致します」
王様
「あい分かった。それではこちらからは」
--条件の擦り合わせ--
【望み】
・商会の設立に必要な資金提供。
・王国側の後ろ盾。
・城への立ち入り許可証。
……これが、かれこれ3時間考えて決定した台本。
とりあえずはこれをコピーして皆に配って覚えて貰えば、終了だ。
そして……、残りの時間は私だけがする動きの練習となった。
まずは、一通りの台詞の暗記を。
次に、献上品を渡す時の仕草を。
紙の場合は、懐から取り出す時は右手。そこから左手で掴んで、自分の側に正面がくるように渡すそうだ。
そして最後に、自分だけ動くタイミングを身体に刻み込んだ。
途中昼食を挟んだものの、休憩時間という休憩時間は与えられず、食堂に戻ることも許されなかった。
徹底的に、今日は1人個別での練習に励んだ。
そうして刻一刻と時間が減って行き……終了時間間際に、私は食堂へと戻された。
そしてそこで私が見たのは……、別世界の風景だった。
汗をポタポタ垂らし、顔を真っ青にしながらも一心不乱に動き続ける彼らは、まるで血に飢えた猛獣、殺戮を求める修羅のよう。
私が帰ってきたことに目もくれず、徹底的に徹底的に、動いていた。
……ヤッバ。
私は一言、そう思うだけだった。
もうなんか、全てがヤバすぎて。
迸る熱気とか、汗ダラダラなのもそうだけど、一番はやっぱり目!!目がヤバい!!もう、何か劇的な体験を二、三度経験したかのような見開いた目がもう、ヤバい!!
え?何、私が居ない間に何かあったの?それともセラ先生に何かされたりしたの?
そんな疑問符の絶えない状況を見ていると……、先程からセラ先生と話していたフルーシェスト先生が、こっちを向いて言った。
「それじゃ、最後にシロウサギさんを交えて練習をしましょうか」
と。
そして、その言葉に皆は声を張り上げて言った。
「「押忍!!」」
と。
私は首をブンブン振って、ひたすらに拒絶しようとした。
先生、この狂気すら感じる猛獣たちの中に私を突っ込む気ぃ!?
え、いやよ。だってすんごい怖いんだもの。
「……あ、白兎ちゃん帰って来てたんだぁ」
「ほんとだぁ。…じゃ、ラストよろしくねー」
「…………」
グリンっと首を曲げて、瞬き一つしない目で彼らはこちらを見た。
そしてすぐに、前へと向き直る。
え、怖い怖い怖い怖い!?え、ほんとにやるの?っていうかこんな状態でしっかりと皆動けるの?
混乱を隠せないまま、私は先生に促されるままに皆の前へと出た。
そして、先生がカウントダウンを始める。
私はバクバクと暴れる心を沈むようと、胸をさする。
い、未だに何が何だか分からないままだけど。一番前にいる私から後ろの皆の姿は見えない。
そ、そう。それなら関係ないわよね。
するべきは、為すべきことを為すだけ。
そして、カウントが0になると、王様のセリフを先生が読み始めた。
「初めまして、彼方者諸君」
「今日は良くぞ参った」
「よろしく、頼もう」
そして、本来騎士様方が一斉に剣を鳴らす音を手を鳴らすことで代替えとした。
そして、一拍おいて代表者……私のセリフ。
勿体ない……
「勿体ないお言葉痛み入ります」
問題ない。さっきも練習した言葉。昨日何回かやった台本の台詞だ。
この程度の恐怖で声が上擦るほどやわじゃない……あ、ヤバい。背中がちょっと熱っ、熱気が……!
そして、一礼。
その後私は顔を上げ、言葉を続ける。
え、ええ。これも問題はない。何ごともなく、しっかりと動けてる。
こ、怖くはないわよ?本当だからね?
そして、前回から問題あったのは……この後の、
揃って全員での一礼だ。
この度は……
「この度は私どもの為にこのような場を設けて頂き誠に有難う御座います」
短い時間と……
「短い時間となりますが、どうかこの不遜の身がおけるご無礼ご無体をご覧になることをお許し下さい」
本日は……
「本日は、よろしくお願い致します!」
そして、私は一礼した。
後ろから声が響いてくる。
「「本日は、よろしくお願い致します!」」
声は……かなり合っていた。
でも、この程度だけなら、今日しっかりと練習をしたんだなで終わってしまうレベル。
最も問題視していたのは――次の一礼。
私は耳を澄ませる。
そして――風切り音が聞こえた。
本来、お辞儀に音なんてものは発生しない。
しかし……布の擦れる音、風を切る音等が合わさって聞こえれば、音はまとまって耳に届くこととなる。
……凄い。これは、本当に。
「そうね、この部分は及第点をあげられるわ」
その言葉を最後に、今日の授業は終わった。
だから、私はまた意を決して影梨ちゃんに話しかけに行こうとした。
…………影梨ちゃんは、すぐさま部屋へと戻った。
……………
……
…
部屋へと戻る。
今日の、影梨ちゃんへの対応に、何か不備でもあったのかと、猛省してみた。
そしてすること約1分。
私、おかしな所なかった筈よね?
そんな結論を出して、反省せず終わった。
私は寝転んでいた身体を起こす。
チラリと視界に、今日の朝書いていた、アイデアリストが目に入る。
……やらないと。
そう使命感に突き動かされ、私は朝の構想の続きを練ることにした。
机の上に置いたスマホを手に取る。
電源を付け、画面を見る。
表示されたスマホの充電は残り9%。
また見て考えるには、心許ない量。
……ちょっとまずいかも。
となれば、画像から考えるのはやめて、適当にアイデアでも出してみる?
そんなことを思って……「あ、時間だ」と呟いて、窓の外を見た。
窓の外に散らばる白い光を、私はぼーっと眺めていた。
夜の帳が下りると、この世界では……この森は、白く燃え上がる。
実際には燃えている訳ではなくて、冷たい冷気を発しているらしいけど……光っているから、初見で勘違いしてしまうのも仕方ないと思う。
私はそんな幻想的な景色をぼーっと見て……冷気に燃える木々を見て、私は一つ思いついた。
鍬とか良いかもしれないわね。
軽量化だったり掘ることの最適化を求めたフォルムになっていったあれなら、きっとこの世界のものと全てが被ることはないでしょうし。
作るのも簡単だし……ええ、良いわね。
そして、鍬がアイデアの一つに選ばれた。
ああ、そういえばこの世界にそろばんとかってあるのかしら?
いえ、多分あるんでしょうけど、きっと前の世界のように何回も改良されている筈。
なら、完成系である現代のものを書くのはアリね。
あ、保存食。これは方法が色々とあるし、数あればきっと刺さる方法もあるでしょ。これも入れよ。
後は……そうだ、この世界って確かギャンブルがメジャーだったわよね。
なら期待値の求め方なんかを書いたら……あ、でもそれよりもまず初めに確率の求め方を知らないとよね。
じゃ、ラストは2つだしその2つを載せましょう
……っと、これで合計15個のアイデアが揃ったわね。
レンガ
石場立て
木造軸組工法
鞍
ガラスレンズ
活版印刷
機織り機
友禅染め等の染色技術
ファセットカットやブリリアント・カット等
ダイヤル錠
鍬
そろばん
保存食
確率の求め方
期待値の求め方
計15個。
……今は、とりあえずアイデアを出しただけ。
これから作り方やら何やらを書いていかないといけない。
………………これ、終わるかしら。
しかもこれを異世界語で……?
あ、レンガのやつ全部日本語じゃん。あー……、書き直さないと。
………………これ、終わるかしら。
いえ、一応今日明日時間を使って作ってもいいって言われてるし、夜もあるし、きっと大丈夫よね。…….ね。
寝不足の顔が、少しやつれた目元が、死にかけの目が、窓に映った。
……大丈夫じゃないかも。
私がそんな風に絶望を感じていると――
――鳩が窓から返って来た。
そこで私は、朝手紙を送ったことを思い出した。
私は鳩から手紙を取り上げ、読んだ。
拝啓 白兎様へ
明日の17時10分頃に、下の地図で記した場所に来て下さい。
会いに行きます。
百歳より。
私はまた、情報でガツンと殴られた感覚がした。
脳が動き出すのを感じる。
そして私は、思った。
………これって、あれ?もしかしてこれって、
告白なのでは?
と。
いやだって場所と時間を指定されて……え?え?、あれ?
あってるよね?え、違うの?でも確かに百歳君は私を嫌って……いやでもこうして彼から何かされるのって初めてよね。
え?じゃあやっぱりこれは…え?え?ええ?え?
恋とは斯くも面妖なものだ。
【恋は曲者】。
恋は、人にどんな影響を与えるか分からないということわざだ。
そうことわざで謳われるだけのことはある。
昨日今日の気分の落ち込みを、一瞬にして盛り上がらせてしまうのだから。
ただ……、【恋は思案の外】ということわざも忘れないで欲しい。
【恋は思案の外】。
その影響は、理性によって測れるものではない。
結論から言おう。
今日もまた、寝られなかった。
理由……ドキドキが。ドキドキがぁ!!
恋が効きすぎたから。