13話 #紫の花弁 “彼“
異世界生活3日目
私は、本を手に机の上で震えた。
ちょっと、怖くなったのだ。
え?何がって?
まあ、色々理由はあるが、一番はこれだろう。
寝 ら れ な か っ た 自 分!
ちょっとこれが今は一番気がかりだ。
いや、言い訳をさせてくれ。
だってさ、だってさぁ………、
"彼"が影梨ちゃんなんだよ!?
この衝撃的事実に脳が耐えられなかったんだよ!
もう無理!訳わかんない!というか"彼"なんだから男であれよ馬鹿!
後ね、昨日はサラッと流しちゃったけどさぁ。
神城君が二人って情報が更に意味分かんないよ!
なんだよ、どっちかが"彼"とかならまだ分かりやすい展開なのにさぁ、意味分かんないよ!ふざけないでよ!
「ハァ……」
ため息が出る。
耳飾りがゆらゆらと揺れた。
ため息を吐くと幸運が逃げるらしいけど、まあ私には幸運が沢山あるし、大丈夫……じゃなくて、
………今日、ちゃんと影梨ちゃんと神城君と話せるかな。
そんな心配が、さっきから脳によぎりまくる。
まあ、昨日とか一昨日も"彼"への警戒やら何やらで上手く話せた気はしないけど、さ。
でも、でも〜……!
そんな事をぐるぐるぐるぐると頭の中で回した一夜。
手土産のそれも、レンガのことを書き終えた私は、いよいよその混乱で手が動かなくなっちゃった為。
私は何もせずに夜が更けるのを恐れて、途中から寝るのを本を読んだのだ。
知識で頭をいっぱいにしている間は、何も考えずに済んだ。
さて、それでは私が丸一日かけて読んだ本を紹介しましょう。
【土地勘】 著作:ベルツマー
【商人のすゝめ】 著作:ミドルガルド
【オルガルド王国 〜建国への長き道のり〜】 著作:リト
【オルガルド王国 〜今に至るまでの歩み〜】 著作:リト
四冊!この長い夜で四冊しか読めませんでした!
……マズイ。本当に、マズイ。
しっかりと手土産を用意しないとなのに、本当にマズイ。
ただまあ、どの本も参考にはなった。
【土地勘】は、この国近辺の土質から種類、地面の硬さなんかの情報が多く載っていた。
余程の土好きがこの本を書いたのだろう。
本当に、事細かく載っていた。この本を参考に建築方法なんかを紙に書くのはアリだと思う。
【商人のすゝめ】は、今後私たちが活動していくならば商人だろうな〜って思って手に取った本だ。
この世界には冒険者とか傭兵とか吟遊詩人とか、そんなロマン溢れていそうな職業が沢山あるらしいが、残念ながら現実的に考えてその職業に就くのは厳しいだろう。
そんなこんなでこの本を読んで分かったことは、この世界はまだ遍歴商人…旅商人がメジャーな商人らしい。
元の世界では、初期は遍歴商人……そこから一箇所に止まる定住商人が主要なものへと切り替わったことを考えると、やっぱりこの世界はまだ文明が発達していないことが分かった。
私たちも実際に商人として動くのなら、遍歴商人が良いだろう。
他のクラスメイトの所在も不明だし、帰る方法も分からない。
こうなりゃ旅に出るしかないでしょ。
そして、その他にも商人となる為のコツとかも色々と書いてあったんだけど……ちょっと一つ、よく分からない部分があった。
商人とは、商いを行う者。
基本は物を売ることだが、その他にも貴族様方に見初められる為にお抱えのギャンブラーを持つ者も多い。
お抱えのギャンブラーを雇用することが出来ない素寒貧な商人は、自らのギャンブル能力を上げましょう!
……うん、商人がなんでギャンブルをするの?
おかしいわよね?私の感覚が狂ってる訳じゃないわよね?
と、まあこんなよく分からない一文もあったが、概ねしっかりと参考になるものだった。
そして最後の二冊は……うん。
普通の、この国の歴史の書かれた本だった。
【オルガルド王国 〜建国への長き道のり〜】は、元々の位置に在った国の、建国に至るまでの歴史。
【オルガルド王国 〜今に至るまでの歩み〜】は、この場所に在ってから今に至るまで。
前者はあまり参考にはならなかったけど、後者はこの国の産業や貿易情報、軍事情報や国家間での対立が把握できたから良かったと思う。
……うん。この本読むまで、流石にこの国が鎖国状態だとは思わなかったよ。
貿易をしていない、なんてね。
まあ、読んでいったら理由は分かったけど……流石は傑物と言われた王様。判断力がおかしいわね。
と、まあそんな具合で夜が更けた。
紙に書くのは……まあ、あんまり進まなかったけど。
とりあえずはこの情報を元に、今日は色々と検証をして、書く内容を決めましょう。
そんなことを思いながら、私はゴツンと机に頭をぶつける。
……あー、でもやっぱりこれは失敗だったわね。
私は今更ながらに、頭がぼーっとしているのを感じた。
だってさ、なんだかんだで私昨日も満足に寝れてないのよ。
その上今日も……ほぼ2日ほぼ徹夜はきつい。
だはーっとベットに転がって、これからの予定を改めて確認する。
とはいっても、昨日とすることは一緒なのよね。
ただ紙に書き込むスピードは上げないとだけど。
窓の外へと視線を向ける。古巣君は、今日も外を走っていた。
……偉いなぁ。
私も頑張らないと。
そんな、昨日と同じ感想を抱いていると「あ、そうだ」と私は手紙の存在を思い出す。
とたとたと机の前に移動し、そこに置いた手紙を持ち上げた。
……これは、百歳君への手紙。
本来なら、百歳君への一通りのやり取りが終わったから、まだ確認出来てない人たちへ送るべきだった……手紙だ。
でも、出来なかった。
次手紙を送る時には手遅れになってる未来が見えて……送らない選択肢を選べなかった。
でも、今日彼に送ると……その分、刻一刻と別の人の安否確認が遅れる。
それでも決定してしまった……非合理な、百歳君に手紙を送るという結論。
……ハァ、つくづくダメだな、私。
色々と、今日はダメだ。
でも、この結論は覆せない。無理だって自分で分かってしまってる。
鳩に手紙を持たせた。すると、白い羽をばさりと広げ、その鳩は飛ぶ準備を始める。
数回、羽を上下させると、鳩は宙に浮いた。
その後、窓を突き抜けて飛び立つ。
その光景をぼーっと眺めていると……途中でパッとその鳩が消えた。
いつ見ても慣れない……この不思議な光景に。
送った……送ってしまったんだなぁって改めて実感した。
私はゆっくりと椅子に腰掛ける。
そして息を吐き、考えを切り替えた。
とりあえず、今考えることは……あの二人と上手く話せるか、だね。
って違う!そうじゃない!それで満足しない!
私が今考えるべきことは……影梨ちゃんから、情報を得ること。
神城については……本当に、分からない。
片方偽物なのか、両方偽物なのか……それとも両方本物なのか。
だから、神城にはとりあえず普通に接するだけでいい。
するべきことは影梨ちゃんから、情報を得ること。
何が起きているのかを、把握する為に……、
疑え。疑って、情報を引き出せ。
講義中は話すことはないだろうけど、その他の時間が問題だ。休憩時間とかの自由時間に。
――ボロはを出さないかしら。上手く情報を引き出せるかしら。
不意にそんな不安が頭をよぎる。
うーんっと少し考えて、私はすぐに結論を出す。
"大丈夫"という結論を。
数々の社交場を経験してきた私だ。
本心を隠すなんて、訳ない。
……だから、大丈夫。大丈夫よ。
私は、上手く動ける。大丈夫なのだ。
大丈夫……なんだ。
そして、私は使用人さんに化粧をしてもらった後。
朝食までの時間、本を読んだ。あの四冊を読み返した。
私は知識を頭に入れた。
……これで、書くもの。国が欲しがるであろうものを探せ。
そうして、時間になった。朝食の時間だ。
「おはよー」
始めに会ったのは神城だ。
「おはよ」
私は普通に返答した。
そして、彼を私は観察する。
まあここ2日違和感を持たなかったんだ。
多分何も分からないだろうけど……やるだけやってみよう。
背格好とか外見は?……変わった様子はない。
一切と言って、そのままだ。
それなら性格は?
「昨日のレッスンはどうだった?」
「いや〜……マジでキツイ。無理。死ぬ」
そう顔を暗くし、声色を低くしてそう言った。
私は続く言葉に耳を傾ける。
「知ってると思うけど、俺ぁ基本学校のテスト全部赤点スレスレなのよ」
「あれ?そうだっけ?…スレスレどころかいつも赤点じゃなかったっけ」
「え?いや、……まあそれはいいとして」
「だから……ね。あの敬語。尊敬語と謙譲語とかの区別とか…国語の授業なんて全く授業聴いてなかったからさっぱりなんよ」
「授業は聞きなさいよ」
「いや、…うん。善処するよ」
「だから、言葉遣いの講座がちょっとキツイ」
「そんでもって礼儀作法も結構肉体労働したからさ、筋肉痛になるかもな〜って思ったし」
「……ねぇ、ちょっと今日の講義とかサボっちゃダメかな」
私はその言葉に思った。
ねぇ、影梨ちゃん。こんな奴のどこを好きになったの?
それに肉体労働って。
ただ4時間立って歩いただけだよ?筋肉痛になる訳ないじゃない。
「そんでさー、あの後出された宿題も……うん、終わらせるのにいくら時間かかったか」
「そして案の定、今日の朝筋肉痛だしなぁ」
……え?
なったの!?あれっぽっちで筋肉痛に!?
「とりあえず、今日も頑張らないとだけど……頑張れるかなぁ」
そう心配そうに呟く神城に、私はこそっとアドバイスをする。
「でもさぁ、礼儀正しい男ってカッコよくない?」
「なんかビシッとしててさぁ」
「そ・れ・にぃ、宿題はさぁ……」
「影梨ちゃんに教わればいいんじゃない?」
「自然に関係を縮めるチャンスだよ」
そうぼそっと話すと、さっきとは打って変わった様子で彼は前を向く。
そして、自信満々にこう言った。
「俺、今日から頑張っていける気がするよ」
私はその言葉で核心した。
あ、このチョロさ本物だって。
同時に心の中でほくそ笑んだ。
だってコイツに影梨ちゃんの行動をある程度把握して貰えるもの。
一石二鳥。万々歳ね。
その後のことは、まあ言うことはないかな。
普通に会話を楽しんだ。それだけだ。
さて、それじゃあ彼が本物だと、本物としか見えないと確信出来た以上、やっぱり攻めるべきは……、
影梨ちゃん、その人だって。
私は、そう思った。
そしていつも通り、食堂へと向かう。
そこには既に……影梨ちゃんと古巣君の姿があった。
「おはよ」
「「おはよー」」
挨拶をすると、二人揃って挨拶を返してきた。
私は影梨ちゃんの方に顔を向け、素知らぬ顔で観察する。
何か違和感がないか、何かおかしな所がないか。
チリンっと耳飾りを鳴らしながら私はじっと彼女を見つめる。
そうして観察しながら、私は椅子に座り、彼女に話題を振った。
「ねぇねぇ、どう?テスト大丈夫そ?」
「テストかぁ……まあ一応練習したけど、自信が……」
「そっかぁ……私もこの世界のだからあんまりよく分からなかったんだよねぇ」
会話に不自然な点は……うーん、分からん。
そもそも人との会話で粗を探すなんて苦手なのよね。
社交場だったらある程度会話の推移が読めるから違和感を突けるんだけど……やっぱり人との対話だと事前情報が少ないから分からん。
嘘かどうか…とか、嘘だとして目的が何か……なーんて私はきっと分からない。
だから、私はしっかりとした反応が欲しい。
だから、私は今から自然な流れで聞く。
直接、あの時に使われた銃種についての話を。
もし知ってて、そんな話をいきなり振られたら動揺は必然だろう。
動揺がなかったら……なんだろう。
無実か……それとも、嘘を吐き慣れているのかどうか。
無実なら、彼女は何か。操られたりしたのかなんなのか。
……分からない。
けどとりあえず動揺したら……、
その瞬間……私は、彼女が"彼"であるとみなす。
別の可能性も考えられるけど……、でも。
私は、彼女が"彼"であるとみなそう。
「あ、そういえば!」
「ねぇ、白兎ちゃん。私たちってこの謁見が終わって外に出たらさぁ…何するの?」
そう影梨ちゃんが聞いてきた。
他の二人も興味津々に近づいてきて、聞いてきた。
私は少し考えながら答える。
「うーん……まあ、私たちがこの世界で生きていくなら、何か定職に就かないとよね」
「だからそう考えた時1番現実的なのが……商人」
「命の危険も少ないし、必要な技術はある程度私たちは持っている」
「算術とか筆記とかね」
そう一通り説明し終わると、それぞれが重い思いの反応を残す。
「あー、確かになぁ」
「なるほどね」
「異世界だし、冒険者とか憧れてたんだけどなぁ」
「あ、そうだ」
古巣君はまた思いついたかのように聞いてきた。
「俺たち、何かするべきことはある?」
「大丈夫、何もないよ」
私はまた衝動的にそう答えた。
そしてその後すぐに、サッと影梨ちゃんに近づく。
そして、
「ちょっと、聞きたいことがあるんだけど……いいかな?」
そう聞いた。
「うん、いいよ」という返事の後に、私が言葉を出そうとして……、
声を出そうとした瞬間、カツカツと足音が聞こえた。
その足音は、昨日の朝に聞いた。妙に耳に残った音だった。
「おはようございます、皆さん」
そう凛とした声で挨拶をするのは、礼儀作法の先生である、カルディネーム・ウルボス先生。
その声を聞いた瞬間、皆がびくりとしたのも必然だろう。
昨日の彼女の授業は、かなり厳しかったし。
そんな反応をしてしまうのも必然だろう。
……ただ、
「あの先生……なんでここに?」
それだけが、疑問だ。
だって、まだ朝食が届いてもない時間だ。
時間を間違えた?
……いや、そんな感じの先生じゃあなかったし。
っていうか後ちょっとで聞けたのに!どうしてこのタイミングで来るの!?
そう心の中で文句を叫ぶ。
嫌な予感が頭をよぎった。
「ちょっと、今日から全ての食事の時間でも、食事の礼儀作法。テーブルマナーを教えてあげようと思いましてね」
「という訳で…皆様方、どうかよろしくお願いします」
腰を曲げ、そう言った彼女に皆の顔色が青ざめる。
かく言う私も……、
……話すタイミングが。話せるチャンスが!
少なくなっちゃったー!
そう心の中で喚いて、顔を青くしたのも仕方ないことだと思う。
そして、朝食が終わった。
この国のテーブルマナーは、まあ結構面白かった。
現代でも国や地域によっても色々と種類があるように、この国はその一つの派生のような感覚がした。
単刀直入に言おう。元の世界とあんまり変わらない。
だから私は、余裕だった。ええ、簡単だったわ。
因みに、このタイミングでテーブルマナーを教えた理由は、謁見時に試されるかもしれないから……らしい。
……この国の王様、何を考えてるんだろう?
そう聞かされて、思わずそう思ってしまったのは仕方ないと思う。
それにしても、まだ教わってから二日目なのに、新しく覚えることを増やすなんて……なんだろう?何か切羽詰まったことでもあるのかしら。
……謎ね。けど、まあとりあえずそれはいいとして……、
うん、話すタイミングが全然なかった。
次の講座を待つ間は影梨ちゃんは神城君と話して…うん、ほんとに話すタイミングがなかった。
という訳で、次は礼儀作法の講座。
今日最初にやったのは、昨日言った通りの立つのと座るののテスト。
そして、合格できなかった人は夕食後それぞれ10分の補習となった。
きっとそれもまた崩れたら延ばされるんだろう。
んで、結局合格出来なかったのは神城君と影梨ちゃん。
……神城君は素だろうけど、きっと彼女はわざとね。
イチャイチャイチャイチャ……羨ましい!クソぅ。
私も百歳君と……
そんな妄想しながら思う。
そしてやっぱり……私は彼女が"彼"だとも思えない。
……と。そして、その後私たちはお辞儀の仕方と跪く時の姿勢を教わった。
その二つの練習で講座丸々を使って今日の授業は終わった。
ただ、昨日とは違って…皆、この講座で全然進歩がなかった。
そう……全体的にガタガタだったの。
お辞儀も、跪くのも……まー、悪いとはいえないわよ?
きっと演劇とかなら全然良しとされるレベルではあったんだろうけど……でも、実践レベルには、到底辿り着いてはなかった。
……まあ、まだ三日あるし大丈夫でしょ。
そしてまた、明日はその二つのテスト。
……げんなりする皆の姿が見える。私も肩を落とした。
追伸。どうやら使用人さんたちから教わった跪く姿勢は、貴族様方用のものらしい。
……それを昨日、私は王様にしてしまった。
殺されないか心配だ。
その後は昼食。
昼もまたテーブルマナーを意識した食事だった。
……流石に話すことは無理だった。
と、まあそういう訳で昼休み。
……昼休みに影梨ちゃんと話すことも考えたが、私はそれを諦めた。
その他にもすること……すなわち、手土産を考えること、だ。
それも、ただ当てずっぽうに考えるのは時間の無駄になっちゃうから、私が探すのは効率的に探せる方法を、だ。
それを夜に探すことも考えたが……仮に影梨ちゃんの秘密をここで聞き出したら、どうせモヤモヤとして悩んでしまうと思う。
そしたらきっと、しっかりとそれを探すことが出来ない。
だから、私は今……この場で探す。
探さないと、いけない。
「ごめん、ちょっと出掛けてくる」
「んぁーい」
「わぁったぁ」
「いってらっしゃい」
神城君と、影梨ちゃんは食べながら、古巣君は筋トレをしながらそう答えた。
そしてカチャリと、私は扉を閉めた。
ゆらゆらと耳飾りを揺らし、ゆらゆらと行き先も決めずに歩き、頭を回した。
私は考える。……ひたすらに、
悩む。悩む。悩んで悩んで悩んで……、
……レンガ。
そこから私は、着想を得た。
私はどこからこの国にそれが……その技術が足りないと判断した?……見てくれだ。
この城がボロかったから。この国の成り立ちが特殊だと知ったからでしょ。
となれば、その方向性で考えていくのならば、私は色々な光景を見て、この先の書くべきものを捻り出すのが1番の得策。
よし、そうと決まれば建物を見て回りましょう。
えーっと、確かこの別館は昔の領主邸を流用したものだからここを見ても意味がないわよね。
お城……も多分あんまり参考にならない。
っていうか、この場所だと余り参考にするものがないわよね。
市井を見て考えるのが、やっぱり1番だと思う。
かといって私は外には出られないし……。
えーっと…………あ。
私は、それの存在を思い出した。
異世界の、魔法道具を。
「すみません」
私は、近くに居た使用人さんに声をかける。
「はい、何でしょうか」
そう聞いてくる彼女に、私はポケットからをあるものを取り出した。
黒い四角の物体。現代人なら誰しもが持つそれ。
現代技術の結晶。オーバーテクノロジーの魔法道具ーー
ーースマホだ。
私は続けて説明する。
「これで外の景色……料理だったり、建物だったり、並べられている商品だったり……とにかく沢山、撮ってきて欲しいんです」
「……撮る、ですか?」
そう疑問符を浮かべる彼女に、私はスマホの利用方法について教えた。
充電は、この場所に来てから一度も使ってないから85%ある。
そして、これなら……外に出ることを禁じられている私でも、外の様子を見ることが出来る!
建築だけじゃない……他の分野のものも、しっかりと。
この方法なら必ず、私は残り14個を探すことが出来る筈。
「とりあえず、明日の朝にでも撮った写真を届けてくれれば大丈夫です」
「……かしこまりました」
そう期限を設定し、私は一通りの使い方の説明を彼女にして、昼休みを終えた。
そして、次の講座が始まった。
言葉遣いの講座は始めの2時間は依然として対話。
まあ、これに関しては慣れなのだろう。
皆の指摘される回数も減り、私は昨日は何回かあった指摘も今日はなかった。
そして、私は今日は話題が尽きることはなかった。
まあ、私にとっては当然と言えば当然だけど。
と、言う訳で……意外にも講座は順調。
良かった。本当に、良かった。
これなら謁見も大丈夫だと思う。多分。
その後は昨日配られた台本で、一連の行動の併せを行った。
台本はこんな感じ。
私たち
入場して、レッドカーペットの手前あたりまで歩く。
そして全員同時に跪いて面を伏せた状態で待機。
王様
「初めまして、彼方者諸君」
「今日は良くぞ参った」
「よろしく、頼もう」
騎士様方が一斉に剣を突く。
音が鳴った一拍後に聞かれる。
「面を上げよ」
一拍後、バッと一斉に顔を上げる。
代表者
「勿体ないお言葉痛み入ります」
「この度は私どもの為にこのような場を設けて頂き誠に有難う御座います」
「短い時間となりますが、どうかこの不遜の身がおけるご無礼ご無体をご覧になることをお許し下さい」
「本日は、よろしくお願い致します!」
他全員
「「よろしくお願い致します!」」
そして、私は立ち上がってその後にお土産を王様に献上。
ここから先の内容は、私が明日先生たちと話し合って決めるらしい。
これが、始まりの台本。
終わりは、
王様
「此度の謁見。誠に意義深いものであった」
「この場に相応しい、素晴らしいものだった」
「我々は貴殿らの考え、知識、能力等を如実に計ることができた」
「感謝を伝えよう」
代表者
「皆々様に、最上級の感謝を」
代表者がお辞儀。
「ありがとうございました!」
他全員お辞儀。
「「ありがとうございました!」」
といった具合だ。
文言の始まりが全て王様が話し出す辺り、私たちに自由を与えないという意思が感じられる。
そして、幾つもの工程を挟むこの儀礼に、私は少しの絶望を感じた。
だって、これ結構複雑よ?
学校の卒業式みたいにバラバラで言葉を合わせたりするのは明らかにアウトだし、何回かの行動を間に挟むのはほんっとに面倒!
……これ、出来るのかしら?
台本を貰ってすぐに思ったそんなことを、改めて私はそう思った。
……そして、実際にこの場で皆で合わせた。
始まりの方だけ。
はい、結果。
合わない、遅い、下手くそ、の三拍子!
まず、皆で一言話す台詞。
……合わない!ほんっと、卒業式クオリティだった!
次、跪きと顔を上げるところ。遅い!バラバラだし、不恰好!
もうさっきの練習から何も変わりなかった!ダメダメ!
……総評。単刀直入に言って下手くそだった!……私も含めてね。
そう。私が無理矢理皆に合わせにいって、皆が本来の私に合わせにいってのグダグダだった。
2時間繰り返したおかげで、多少はマシにはなったけど……それでもまだまだだった。
……謁見が大丈夫じゃないように思えてきた。
と、まあそんな具合に言葉作法の講座は終わり……、
そして、気がついたら夕飯の時間が終わっていた。
話そう、話そうと思っていても、何故か全くと言っていい程に機会がなくて……、結局、ここまで話せなかった。
チラリと周りを見ると、既に自室に戻ろうとする彼女の姿が。
そして、その彼女に宿題をしようと迫る彼が見えた。
――え、ヤバっ!
私は耳飾りをブンブンと暴れさせながら、その間に割り込んだ。
「あのさー「ねねっ、影梨ちゃん!」……!?」
話しかける神城に割り込んで私が間に入る。
ギョッとした顔で神城はこちらを向く。
私はチラリ見返し、小声で言った。
「ちょっと……ちょっとだけ時間頂戴!」
「……分かった」
ムスッとした顔で神城は返事を返す。
そしてトボトボと去って言った。
「え?何何?二人で私を取り合い……?」
私は視線をそう変な方向に考えへと向かって行っている彼女へと向け、改めて繰り返し深呼吸をする。
恐らく、これが今日の、最初で最後のチャンスだろう。
チリンっと耳飾りが鳴った。
……心の準備はもうとっくに終えていた。
聞くものは、"彼"の使用した道具の名前。茶色い軍用の銃火器。
私たちを殺したあの時を思い出させる銃だ。
さあ、聞け、聞け、聞け、聞け!
小声で、こっそりと……私は彼女に耳打ちした。
「ねぇ、影梨ちゃん…… "SigSauer"って知ってる?」
彼女は動かない。彼女は反応しない。ただただ彼女は、口を開けて言った。
「何それ」
と。
「いや、知らないならいいの。それじゃ」
私はそのまま歩いた。彼女から離れた。
すぐに彼女へと神城が向かって行くのが視界の端に見える。
何度も何度も頭の中で、さっきの返答の違和感を探す。
……でも、何も思い当たらなかった。
確実に存在を知らない顔……嘘じゃ……ない、と思う。
分からない。分からない。分からなかった。
普通の返答なのに、嘘じゃないはずなのに、彼女が裏切ってないと思える返答なのに。私の友達が無だという証拠の筈なのに。
――どうしても昨日の結果が頭にこびりついて離れない。
それと同時に、自分の違和感だらけの質問の仕方に辟易する。
……本当に、ダメだ。上手く思考できてない。
もうダメね。今日は早く寝ましょ。
スッキリした頭で考えたら、もうちょっと良く考えられるはず。
ふと振り返ると、もう一度影梨ちゃんにアタックしようとする神城の姿が見えた。
私は気に求めずに自室に帰ろうとして…近くに居た使用人さんに呼び止められた。
「白兎様、ですよね」
「伝言を預かっております」
……伝言。誰から?
頭にはてなを浮かべる。
しかし、今はちょっと考えるのは無理だ。
私は思考停止しながら話を促す。
「………何でしょうか」
「はい、実は……」
「王様のスケジュールに空き時間が埋まれまして」
「謁見日を一日前倒しに……今日から3日後の10時頃に変更させて頂きたいと、王様から要望が」
そう、目の前の使用人さんは言った。
その言葉を聞いた瞬間……ガツンと、自分の意識がその情報に殴られた。そんな気がした。
呆然と、私は答えを返す。
「了解致しました」
と。
頭は上手く働かない。色々と考えないといけないことがあるはずなのに……少しも頭は動かなかった。
ただ分かったのは……この予定変更は、どうしようもない決定事項ということだけ。
だってそうでしょ?これは王様の決定だ。
それに意義を唱えることは出来ない。
これはいわば、決定事項。
選択肢に"はい"しかない、選択だ。
1日前倒し……たった1日。いや、されど1日だ。
1日早まっただけなのに……この情報は、私の思考を破壊するのに十分だった。
……なるほど、だから先生はいきなり朝からテーブルマナーを学ばせようとしたのね。
そんなことが……ふと、頭の中に巡った。
私は、ぼーっと…茫然自失として、ゆらゆらと耳飾りを揺させて、部屋へと戻って行った。
扉を開けて、閉じる。
部屋に戻って、一通りの作法の練習。そして、台詞を通しで何回も読み直す。
そして、私は休憩なしに書庫へと向かう。
そして、適当なものを見繕い、自室へと戻った。
暫くすると、白鳩が窓の外からやってきた。
私は足に括り付けられたそれを手に取り、内容を読んだ。
拝啓 白兎様へ
白兎の居る館周辺の地図と、俺たちの居る時代でのその場所の地図。
それと、“英雄”について調べて欲しい。
そして、その他の俺たちに有益な情報をください。
百歳より。
英雄?……有益な、情報?
疑問が頭の中を通り抜けたが、そのまま止まらずに抜けてしまった。
私は手紙を机に置いて、そのまま再び書庫へと向かった。
――11時、12時、1時、2時……
本を読む。紙に文字を書く。休む暇もなく永遠と。
一日前倒しになったんだ。なら、多少身を削ってでも作業を進めないと。
時間が周る。身体に負荷をかける、明らかなオーバーワークだと分かっていても……止められない。
そして、時計が3時に差し掛かる少し前に……私は自室に戻って眠りについた。
……5時30分に起きた。今までよりも明らかに多く眠った。
……けれど、
少しも身体が休まった感覚はなかった。