12話 #紫の花弁 これが私たちの異世界生活
異世界生活2日目
朝日が、窓の外から入り込む。
チュンチュンと、小鳥の鳴く声が聞こえた。
そんな中私は……私は……、
布団の中で、ひたすらに頭を抱えていた。
有り体に言おう。
私は、完っ全にやらかしたのだ。
昨日、神城君のくれたコーヒーを飲んだ後も……私は暫く調べ物をしていた。
することがなかったからね。
そしてその後、12時になり、手紙を送った。
その後も暫くは調べてたんだけど……さすがに寝ようと決め、1時くらいには部屋に戻った。
そして、私は布団に入って……入って……、
眠れなかった。
目を閉じると、百歳君の死んだ姿が脳裏に浮かんでしまって……一切と言っていい。寝付けなかった。
後は、寝る前にコーヒーを飲んだからっていうのもあるかもね。
とにかく、私は眠れなかった。
うん、今めちゃくちゃ眠い。助けて。
ただまあ幸い、私はショートスリーパーだ。
普段は寝るのが結構好きだから寝てるけど、3時間程度寝れば問題ない。
……一睡もしてないのは流石に体に響くが。
今日の夜にでもしっかり寝れば大丈夫。大丈夫な筈だ。
そんなことを思いながら、私はチラリと時計を見る。
示す時間は……4時30分。
朝だ。早朝だ。
元の世界ならまだ二度寝が許される時間。
……ただ、この世界は活動時間が全体的に早いのよね。
今の時間から寝たら、確実に寝坊する。
……仕方ないわね。
ゴシゴシと目を拭いて、頑張って目を開く。
そして、布団から起き上がった。
チリンと朝のチャイムが耳元で鳴った。
今日の予定は、朝使用人さんたちから伝えられる。
多分、皆で集まる朝食の時間に知らせてくれるのだろう。
そう他のクラスメートたちにも伝えた。
だから、とりあえずそれまでは暇だ。
……寝たいなぁ。
起きたくない。眠い。すごく眠い
……でも、時間が空いているならするべきことがある。
イギリス被れのようなこの国慣習。謁見に持ち込まないといけないもの。
手土産の作成。私にしか出来ない、私だけの仕事。
昨日は出来なかったから……今日からは頑張る。
それにこれは私以外には出来ないし……任せられない。
気張るのよ、私。
よしっと拳を握り、私は動き出した。
私は布団から這い出し、ふと窓の外を見る。
……外には、古巣君が居た。走っていた。
こんな時間から偉いなぁ。
……私も、頑張ろう。
そう思った。
私は顔を洗った。
扉を開けて、外にいる使用人さんに頼んで水を持って来てもらって顔を洗った。
昨日、身の回りのお世話を命ざれたとかで私の着替えとかを手伝いを彼女は手伝おうとした。
けど、私は断った。だってあの性格の悪い顔も知らぬ王様に私の行動を把握されるとか恐怖しかないもん。
と、言うわけで私はこの城では自分のことは自分でしなければならないのだ。
私は顔を洗い終わると、手鏡を見ながらよしっと呟いてあるものを取り出した。
化粧である。女の嗜みという奴だ。
まあ時代が中世ってこともあって、あまり充実したものはないし……ちょっと怖くもあったけど。
皆さんは覚えているのでしょうか?中世の化粧品というものを。
きっと世界史の授業とか日本史の授業とかで小耳に挟んだこともあると思います。
白粉による鉛中毒。慢性鉛中毒事件。塗ったその人だけでなく、その子供までもの多くの者が死に至り……そこまではいかなくとも重篤な後遺症を患った人間もいる歴史を。
実は中世ヨーロッパでも同じような歴史があって……簡単に言うと、信用出来ないのよ。この時代の化粧品を。
ただ、残念ながら謁見となれば身綺麗にして挑まないといけないから……と思って私!
昨日、調べました。化粧品の毒性を。
え?何?科学反応とかを調べたのかって?
いや〜、するかは迷ったんだけどねぇ。この世界元の世界と同じ法則が成り立ってる保証ないし。
だから私、単刀直入に聞いて来ました。使用人さんに。毒があるのかを。
そしたら一瞬でないって返されました!
何故かを聞いたら、毒があるかを確認する付与具があるかららしいです!
いや〜………流石異世界って感じよね。
悩んでたのが馬鹿らしくなっちゃうわ。
失敗を積み重ねて最適化されてきた現代に軽く追いつける"能力"の存在。
……ズルいわよね。ほんと。
と、言うわけで…化粧品は自由に使えることが分かりました。
私たちの住むこの城には、少なくはあるが、貴族様方も居る。
仕事場は本邸の方でするらしく、何故こっちに居るのかは謎だが、居るのだ。
また、至る所に使用人さんたちが徘徊している。
となれば、私はその人たちに弱味となるような姿を見せる訳にはいかない。
そして、私はお化粧を始めた。まずは下地から………
使用人さんに用意してもらった横に並べられている数種類の粉、液体、塗料を見て私は気付いた。
化粧の仕方が分からないことに。
「…………」
数秒後…私はメイド服に身を包んだ女の人に、ペタペタと顔を触れられいた。
……こ、これくらいの生活力がバレたって、べ、別に問題ないからね!?
あ、あえてこの国の技術力的なそれを把握する為の……そう、あえてのあえてなのよ!?
そして、心の中で、誰に言い訳するでもなく、そう主張した。
私はペタペタと顔をこねくり回されながら、時間を確認して、自分が落ち着けることを確認する。
深呼吸し、大丈夫。そう判断すると、私は机に紙を置いて書き始めた。
元の世界の知識を。交渉する為の準備を。
考え始めた。
何を手土産として献上するかを。
そして段々と、日は昇っていった………。
………………
………
…
AM 6:25
朝食の時間となり、私は外へと出た。
そしてバッと、神城と出会った。
着ていたのは制服ではなく、きちんとした正装。
いつもボサボサだった髪もきちんと整えられた姿。
衝動的に挨拶をする。
「おはよー」
「おはよ」
「なんか眠そう?」
「うん、眠い。あんま寝れなくて」
そう軽く会話を交わし、一緒に食堂へと向かう。
足取りは…重い。少し気分が暗い。
十中八九寝不足だろう。
けれど、それを少しも表に出さないように堪えて、私は歩いた。
そして、食堂へと着いた。
食堂。昨日、昼と夜の食事にも使った場所だ。
どんな場所かというと……広い。
使うのは私たち"彼方者"4人だけなのに、かなり広いのだ。この食堂。
机も長テーブルだから、かなりスペースは余る。
まあ、とはいえ別段気に留めることじゃあないんだけどね。
私はさっと椅子を引き、座った。
古巣君に話しかけられる。
私はそれに答えていく。
「これからなんか、色々の予定があるんだよね?」
「うん。使用人さんにその予定を教えてもらって、とりあえずはその通りに動いていけば謁見は多分大丈夫だと思うよ」
「なるほど……他に俺たちがするべきことって、何かある?」
私はそう聞かれて、チラリと王様に献上するつもりの紙が頭をよぎった。
……でも、
「大丈夫、何もないよ」
私は衝動的にそう答えた。
何もない。だって、私は君たちを……信用できないから。
そして暫く経ち、時間になったのだろう。
続々と使用人さん達が食事を運んできた。
食事のカロリーやタンパク質を気にする古巣君以外は、全員同じメニュー。
本当、この世界に来ても徹底して食事制限をするなんて……流石だ。
そして、そのまま使用人さんたちは下がって行った。
てっきりこの時に使用人さんに話されると思っていたんだけど、私たちの食事を置くとささっと彼女たちは去って行った。
私たちはガヤガヤと話しながら食事を行った。
どんな食べ物が置かれたか?うーん、異世界っぽいというか昔っぽい物ばっかりだった。
堅パンとスープと野菜と……うん。別にこれといってエグゾチックなものはなかった。
昨日の昼と夜と同じ。
特に、言うことは…ない。
ああ、強いて言えば……あんまり味を感じられなかった。
そのくらい、だった。
食事を終えると、ソワソワとした様子で影梨ちゃんは私に聞いてくる。
「ねぇ、これからどうするの?使用人さんから予定を教えてもらうって言ってたけど」
「あ、そういえばまだ聞いてなかったね」
「それまではここで待つべきなのかな?」
そんなことをガヤガヤと話していると……カツッカツッと足音が聞こえできた。
来たか?と一瞬思い、すぐにその疑念は消えた。
これは……使用人さんの足音では、ない。
彼女たちは基本、存在をアピールしないようにスタスタと近寄って来るからだ。
それならこの音は……一体、誰だ?
一定間隔で鳴る足音。そして段々と姿を表してくる。
ようやく姿が見えると……私はああ、と納得した。
その姿で、彼女の素性がなんとなく分かったからだ。
……完全に、外見を元にした判断だけれどもも。
えっと……まず、顔は結構怖い。綺麗や美しいとかの評価の前に、まずそのイメージが来た。
常に相手に威圧を与えるような……そんな顔でした。
なんか、ザ・鬼教師。みたいな。そんな風貌ね。
そう、だからこの人は多分…….頼んでいた教師の人だろう。
多分、歩き方とかでの判断になるけど……ダンスの先生。
確か、昔は踊りを教える人と礼儀作法を教える人が同じだったんだっけ。
そんなことを思い出すと同時に、私はある人を思い出す。
昔の私の家庭教師だ。あの人も本当、怖かった。
……ヤバい。ちょっと懐かしいかも。
そう思うとこの人の顔立ちとかも似ているし、そこはかとなくあの人の親戚感がする。
……まあ、ここ異世界だし有り得ないんだけど。
そんな私を除き、ほぼ全員がその迫力に気圧されていると……目の前の彼女は、口を開いた。
「皆さん。おはようございます」
私は昔の懐かしさのままに、挨拶を返す。
「おはようございます」
「「おはようございます」」
そして、それに釣られてまばらに皆が挨拶を返した。
「………」
彼女は無言で、ジッと私たちを観察する。
私は思う。
……やっぱり、どうやら彼女は昔の私の先生にそっくりだなぁ。
と。
「もう一度。ハキハキと、丁寧に、大きな声で返答しなさい」
「皆さん、おはようございます」
「「おはようございます!」」
こう、何というか……しっかりと教えてくれるけど、周りから怖がられて嫌われるタイプの先生っていう所が。
私もよく怒られて……嫌いだったし。
「……良い挨拶です。よく出来ました。それでは本題に入りましょう」
私たちの挨拶に満足したんだろう。目の前の彼女は、コチラを向いて言葉を出した。
私たちは彼女の話に耳を傾けた。
「本日より一週間、皆さまの礼儀作法を教えることとなりました。フルーシェスト・ウルボスと申します」
「皆さま、よろしくお願い致します」
「「よろしくお願いします」」
やっぱり先生か。
そう改めて思うと、目の前の彼女は持っていたカバンから紙を取り出し、机に置く。
「それでは、本日からのスケジュールをお知らせ致します」
そして、そう大々的に宣言し、説明し始めた。
まあ、要約してしまえばこの予定表通りに過ごせ。
宮廷作法講座は今目の前に居る彼女が。
言葉遣い講座は、ここには居ない別の先生が教えてくれるとのこと。
・予定表
6時30分〜 7時30分 朝食
8時00分〜12時00分 宮廷作法講座
12時30分〜13時30分 昼食
14時00分〜17時00分 言葉遣い講座
17時30分〜18時30分 夕食
さて、まず始めは宮廷作法講座。
場所を聞くと、どうやらここで行うらしい。
……他の部屋が空いてないそうだ。
現在、7時50分。後10分は休め……
「後10分……良いでしょう」
「少し前倒しですけど、始めます」
……マジか。
いそいそと準備を進め、講座を始めようとする先生を見て私は思った。
否、恐らく皆思った。
この先生嫌い、と。
そんな私たちの思いを知ってか知らずか……いや、恐らく知ってだろう。
スパルタ講座が、幕を開けた。
…………………
…………
…
一言でこの講座を話すとするならば……飴と鞭。
ただ、それだけだった。
とにっかく厳しく躾けられる。
一番最初に姿勢矯正として真っ直ぐに立たされて……2時間耐久。
いや、別に最初っから2時間じゃあなかった。
ただ……、少しでも、1人でも姿勢が緩んだら淡々と時間を増やされて、始めは10分だったのがが2時間に化けた。
何もせず……ただ、私達は立たされた。
私?私は問題ない。昔やったし。
いや、まあ私がした時は30分くらいだったけど。
それに、これに関しては異世界ギャップとかない。だって人体構造は変わらないし。
だから、問題はなかった。……2時間何もせずに立つのは辛かったけど。
そして今度は歩き回された。
まあ、立つことと歩くことは基本だが……残りの2時間も全て歩かされるとは思わなかったよ。
体力が……死ぬ!
ほんと、へっとへとになったよ。
そして……それなら、ただ厳しい訓練だったんだけどさ。
褒め言葉が凄い!ほんと、凄い!
この4時間、ずっと自己肯定感を高めさせるような褒め言葉を話続けて……ほんと、飴と鞭の闇を見たね。
褒め言葉一つでぶっ続けで私たちを動かさせるのは本当に、凄い。というか怖い。これが先生かって思ったよ。
かく言う私も……まあ褒められて悪い気はしなかった。
ええ、悪い気はしなかった。別に良い気になった訳じゃないんだからね!
……っと、まあそんな感じだった。
疲れた。本当に疲れた。
……でも、疲れは良い。何も、考えられなくなるから。
講義は終わった。
最後に、「明日立ち姿勢と歩行姿勢のテストする」という言葉と、皆の顔に絶望が宿ったこと以外は問題なかったと思う。
講座中の静けさとは打って変わって、皆がガヤガヤと話し始める中。
トコトコと外に出ようとする影が1人見える。
フルーシェスト・ウルボス先生だ。
私は耳飾りを鳴らしながら駆け足で彼女に近づき……、
「先生、少し……お話を宜しいでしょうか?」
そう、先生を呼び止めた。
「……はい。大丈夫ですよ」
少し戸惑いながらも……先生はそう言って、私の方を向き合う。
私はグッと拳を握り、先生と向き合う。
この機会に、貴族様と個人的な繋がりを。パイプを繋げておかないと。
生き残る為に。生きていく為に、使えるものは何でも使わないと。
そして口を開きかけたその時、
「一つ聞かせてちょうだい。貴方達。一週間後、あの王様と謁見するのよね」
そう先生は私に再三、そう確認をした。
私は思わず、あの王様?と繰り返し呟いた。
すると、先生はゆっくり、説明するように話し始めた。
「この国の王様は……凄い人よ」
「知ってるかしら?……"空白の期間"って」
そう問われ、私は本で読んだ内容を思い出す。
空白の期間……一年間、誰も彼もの記憶にも残っていない期間。
何があったかは分からないが、気がつくと誰もがどこかへと散り散りとなった厄災。
それが、何に関係するんだろう?
「知ってます。本で読みました」
「そっか……じゃあ完結に」
「この国の王様は、誰よりも早く生活基盤、国としての昨日を……王国の再建を行った」
「他の大国……パリストフィア帝国なんかよりも、ずっと早く」
「確かに元はこの領地なんかはその帝国のものだったよ。大国だった。……でも、そんなことは関係ない」
「僅か半年足らずで、城を造って民の支持を得て……、」
「僅か50年足らずで、この国を大国と肩を並べるレベルにまで育て上げた」
「元弱小国のこの国を……ね」
ほうほう。それは凄……
それまでの言葉を聞き、そんな感想を私が抱いてすぐ、彼女は私の心の声を遮るようにこう言った。
「この情報を聞いて、貴方は何を思ったのかしら」
「凄い?さすが?……そんな、生優しいものじゃないわ」
「王様はそれを、わずか齢9歳の時から行った」
「現在、かの国王は60過ぎ……本当に」
「正に怪物。傑物。……それが、この国の王様」
「アルダス・ドレアス・オルガルド国王陛下よ」
私は、この時初めてこの国の王様の名前を知った。
……私はまだ、この国の建国事情はあまり読めてない。
けど、特殊な成り立ちから、ちょっとヤバい王様じゃないか……とは、思っていた。
……9。9!?
いや、ていうか半年!?
足りない所も多かっただろうけど……半年ね。半端ないというか、最早違和感を感じてしまう程の速さ。
アルダス・ドレアス・オルガルド国王。アルダス王。
そんな相手に……私は、交渉を……できるの?
ただの一介のお嬢様。ただの何でもできる天才。ただ全てが私の思うがままの、幸運の星の元に生まれた完璧人間。
……なんだか、できるような気がしてきた。
そんな私の楽観視に水を刺すように、先生は続けた。
「そんな王様の今までの謁見で顕著に現れていたことは、礼儀作法が一定水準以上でなければロクな支援をもらえないというもの」
「後一週間……私も本気で頑張らせてもらうけれども、厳しいということだけは伝えさせてもらうわ」
先生のその言葉と眥に、私はごくりと固唾を飲んだ。
そして、続けて私は聞いた。
「……因みに、その王様の風貌は?」
「風貌?」
「ええ、もしかしたら、この城に居る間に会うかもしれないので」
そう説明すると、少し悩んで、先生は答えた。
「そんなことあるのかしら……まあ良いわ。1番分かりやすいのは、青いマントを羽織っているってことかしら」
「この国の紋様が刺繍された青いマントを」
「わざわざ染料を使って青くした服を着ている人は、おそらく他にこのお城には居ないと思うわ」
「……それと、王様は若いわよ」
王様については、一度。どこかしらて会っておきたかった。
見て……どんな印象を抱くか、気になるからだ。
……青いマント。それが、目印。
そして若…え、60過ぎよね?
「……な、なるほど、ありがとうございました」
そうお礼を言って、私は皆の会話の中へと戻ろうとした。
……傑物と謳われる王様。
一抹の不安を抱えながら………。
………………
……
…
PM 2:00
昼食を終え、言葉遣い講座の時間となった。
そして、その時間ちょうどに…私達の座る食堂に1人の先生がやって来た。
さっきの先生とは全くの違うタイプの先生だった。
ローブを被り、顔は下を向いた……全体的にオドオドとした先生だ。
「…セラです。皆々様方、よろしくお願い存じます」
「「よろしくお願いします」」
そう返事をすると、彼女はビクリと反応し、声にもならない悲鳴をあげる。
「………!……??」
私たちは冷たい目で、その光景を見ていた。
……なんだろう。
もう初めの挨拶から卑屈さが滲み出てたのに、なんか更に彼女に対する株が下がっていってるのだけど。
だって私たちは平民よ?教える相手……雇い主と考えたって"皆々様"とか"お願い存じます"とかは流石におかしいでしょ。
いえ、まあ高圧的に来られたらそれはそれでイラッとしちゃうから別に良いんだけどね?
……本当に、この人が先生で大丈夫なのかしら?
そんな不安を抱えて……講義は始まった。
そして、その不安は的中した。
この人はあれだ。教えることに向いてない研究者気質の人。
コチラもまた一言で講義を表すのなら……うん。
オタクと形容するのが一番適しているんだと思う。多分。
まず私たちは一応、基本的な尊敬語。謙譲語。丁寧語が身について……というか、授業で習って知っていたので。
対話。2人1組での対話を、3時間丸々していた。
どうやら、謁見において言葉を発することは、代表者以外は一文か二文と、ほとんどないらしい。
しかし、あの先生から伝え聞いた通り、王様はあれならしく、恐らく話していない人に話しかけられるかもしれない…とのこと。
その為、全員が咄嗟に言葉を出す時に、しっかりと受け答えが出来るように訓練をしていたのだ。
さて、この対話で重要視されていたのは上のものに対する敬語。
自身が下の者であることを前提とし、両者で相手を上のものとみなして話した。
テーマがフリーだったのが……ほんとに、難しさを増していた。
まず尊敬語と謙譲語をごっちゃにしたら怒鳴られ、言葉に詰まったら怒鳴られ、話題がなくなり話すことができなくなったら怒鳴られた。
あのオドオドとしてたのはどこに行ったのか分からないレベルで怒鳴られた。
そして早口で色々と予備知識とかを話されて……うん。
この講義は、オタクと形容するのが正しいと思う。再度言うが、教えるのには向いてない説教の仕方だ。
そうして、ただひたすらにこの3時間怒られまくれた。鞭オンリーのこの講義。
私は尊敬語、謙譲語、丁寧語の区別は大丈夫だったけど……話題がなくなった時に何を話すかがわからなかった。
結構怒られた。皆と比べれば少ないけど……結構怒られた。
精神的には圧倒的にこっちの授業の方がキツイかった。
そして、最後に私たちには、謁見における定型文の台本を渡された。
話す人は、殆どが代表者1人で…他はそのタイミングに合わせて行動する。といった具合だ。
そんな代表者決めは、夕食時にサラッと私に決まった。
まあ、実際私がするのご適任だろう。だって私だもん。
んでもって、どっかのタイミングで私はその台本の間のやり取りを決めなければいけないそう。
まあ、まだまだ後の話だ。
その後、私は1番最初に食べ終わったので、1人先に部屋に戻ろうとした。
部屋に戻ろうとして……して……、
カツカツと、足音が聞こえた。
私は咄嗟に片膝をついて、首を下げた。
耳飾りが、揺れる。
二度目となるが、この別館にはあまり貴族様は居ない。でも、居ても少数だ。
だから私の幸運のおかげか、この別館に来てからは、こうして首を下げることはなかった。……でも、
……威圧が、雰囲気が、私にこうしろと身体を動かした。
そして……曲がり角を曲がり、その人物は私の居る廊下へと足を踏み入れた。
視線が下にある以上、姿は見れない。
誰だ。誰だ、誰だ、誰だ……この、貴族様は。
カツ、カツ、と足音が。段々と近づいてくる。
影が近づくのが見えた。そして……視界に、足が入り込んだ。
そして……、"青"が見えた。
それは確実に……"青いマント"だった。
カツ、カツ、とどんどん足音が離れていき……やがて、音が消えた。
緊張が解け、私は床にへたり込む。
……これが、王様。王様の、威圧感。
冷や汗が流れる。酷く緊張したせいだろう。
身体が…信じられない程に冷たくなっていた。
ちょっと私の幸運!会いたいとは言ったけど早いって!!
怖い!ほんとに怖かったから!
そう心の中で喚き散らかすものの、少しも身体は動かなかった。
暫くの間……、私はその場でへたり込んでいた。
その後、私は一人で部屋に戻って、明日のテストの対策がてらに歩行と直立の姿勢を軽く練習した。
……多分大丈夫。大丈夫だと思う。
そんな感想を抱いて、私はその練習を早々に切り上げた。
ああ、それと…念の為に配られた台本は全部暗記しておいた。
正直、今すぐに必要になるとは思わないけど……念には念を入れて、ね。
そして、私はそれらを終わらせると、例の作業の続きを行う。
朝書いていたものの続きだ。
元の世界の知識を元とした、作り方を。
何の作り方か?まあ、ふと思いついただけのものだから大した意味はないんだけど……、
レンガである。
まず、私がこのお城に来た時。物凄く気になったところがあったのよね。
それは、このお城……というより別館が異様にボロボロだったということだ。
この時代、お城というのは自国の権威の象徴である。
他国との貿易だったりと言った時に、このお城のボロボロさはちょっと……いや、かなりの悪印象をお相手に植え付けるキッカケとなってしまう。
なら、何故そんな状態で放置しているのか。
これは推測に過ぎない。事実かどうかは分からない。
というか、元の世界の知識がある私にとっては……ほんと、ありえないと言わざるを得ない、そんな荒唐無稽な推測だ。
……でも、それでいい。
それが推測できるという事実を知らせれれば…それでいい。
それに、ここは異世界だ。あり得ないことがあり得ることだって、あるかもしれない。
恐らく、この国ではレンガの作り方が…失伝している。
本来なら他国で作れるものなら、それほど難しくなければすぐに広まる。
現代なら情報規制は難しくはないが……この時代で失伝するのは、まずあり得ない。
ただ……この国の在り方は特殊だ。
無理矢理他国の領土を奪い取り、その後は恐らくかなり神がかり的な手段で色々として、今に至るのだろう。
だからきっと……きっと、色々と足りないんだろう。
だから私は、足りないものを、知らないであろうものを予測して、紙に書く。
目安は……15個くらいかな。
その位書けば、私の幸運に任せれば大体の予想は当たると思うし。
と、いう訳で……この国の砂とか石とかの種類を調べたり、よく使われるレンガとかを調べて、私はここに書き記す。
この城で使われてるのってかなり原初的な焼きレンガだし。
……さあ、頑張って書いていこうか。
チク、タク、チク、タクと音が鳴る。
カサカサと、紙に書き込む音が耳に入ってくる。
暗闇が段々と段々と深くなっていく。
そして段々と段々と、百歳君への不安がぶり返していって……、
私の元に、手紙が届いた。
ゆっくりと、私は手紙を開く。
怖かった。訃報ではないかと、嫌な予感が頭を駆け巡って、駆け巡って、そして……、
私は、読み始めた。
字は、震えて読みづらかった。
文章も全体的に、辿々しかった。
でも、その字は確実に……百歳君の字だった。
……これ、私と百歳君とで文通してるって、そういう認識で良いよね、ね?
そう思わず思ったのも仕方ないだろう。
手紙の内容は、
拝啓 白兎様へ
回復薬ありがとう。
君のおかげで生き残ることができた。
本当にありがとう。
後それと、質問に答えようと思ってね。一枚目の。
今、俺はパリストフィア帝国のフェールド領に居る。
すなわち、君の言っていたことは正解だ。
だから、俺は……俺たちは多分100年前の世界に居る。
とりあえず、そういうことでよろしくね。
それと、もう一つ言わないといけないことがあるんだ。
今、俺は神城と一緒に生活してる。
でも、そっちにも神城が居るんだよね?
どういうことかは分からないけど、どうやら今神城は100年前と今に居るみたいだ。
詳しいことは分からないから、判断は任せるよ。
後、2枚目にあった話すことの出来る能力者だけど、今のところは知らない。
今後何かあったら伝えます。
百歳より。
というものだった。
そしてその手紙には、出席簿のイラストが書かれていた。
先生が殺された時に書いていた、出席簿のイラストが。
どうやら百歳君も、"彼"のことを覚えているようだ。
まあ、今それはいい。
軽くだが、予想していたことだ。
……で、神城君が二人?
意味が分からない。けど、それは今に始まったことじゃない。
だからまあ、置いておこう。
「百歳君が、無事だったぁ」
涙が出た。とても人には見せられないような顔をした。
そして……とても、安心した。
肩の荷が降りた。嬉しかった。安心した。安心した!
枕に顔を擦り付け、私は声にならない悲鳴をあげて喜ぶ。
チャリチャリと、耳飾りが暴れた。
本当に今日は一日、気が気じゃなかった。
けど、ようやく、ようやく……安心できた。
そして……そしてぇ!!
君のおかげで生き残ることができた。
本当にありがとう。
私は衝動的にその部分をペーパーナイフで切り、胸ポケットへと入れる。
そして私は人に見せられないような顔で破顔した。
だって彼からの感謝のメッセージだよ?あの百歳君からの!
初めてじゃない!?めちゃくちゃ嬉しいわよ!?
私はだーっと布団の上を転がり、この安心感とハイテンション共に心が安らいでいく。
もう既に夜遅い。このまま眠ってしまいそうだ。
……でも、まだ私は、やるべきことがある。
ぎゅっと、私は拳を握りしめた。
朝から、一つ決めていたことがある。
もし今日百歳君から返信が帰って来てから……精神的余裕があるなら。
私は、これをしようと、決めていた。
仮に精神的余裕がなかったら、きっとこれをしたら、私は自殺をしてしまうかもしれない。
そのレベルのことを、しようと決めた。
私は懐からサイコロを取り出す。
そしてじっとそれを見つめた。
私は、幸運だ。
だから、ある程度当てずっぽうに選んでも……選択肢があれば答えを当てられるのだ。
四択問題とか無双しまくりなのよ?
「…………」
私たちの中に、"彼"が居る。
だから、選択肢を作れば……私の幸運が、"彼"が誰かを指してくれる。
サイコロの目、
① 影梨
② 神城 100年前
③ 神城 今
④ 白兎
⑤ 古巣
⑥ 百歳
とする。
そして、今から投げて出た目が……出た人が、"彼"であるとしよう。
何回か投げて、別々のものが出たら存在しないとみなそう。
………そう、しようか。
これで、"彼"が分かる…….かも、しれない。
もしかしたら"彼"は私の幸運すらもどうこうできる存在かもしれないから、一概には言えないけど……でも、
ある特定の人物を指していたら、ほぼその人と考えて良いだろう。
投げようとする……でも、腕が止まった。
だって、怖い。誰が"彼"が分かるのだ。
まがりにも一年同じ教室で過ごしたクラスメイトの中に、裏切り者がいるのだ。
知りたく、ない。分かりたく、ない。
でも、皆の安全を守るには知らないといけない。
ぎゅっと拳を握り、覚悟を決める。
スーハーと深呼吸をした。
そして……私はほいっとサイコロを投げた。
1。
"彼"は、影梨 瑞稀。彼女だ。
もう一度投げる。
1。
もう一度投げる。
1。
もう一度。
1。
もう一度
1。
もう一度、もう一度、もう一度、もう一度、もう一度、もう一度、もう一度、もう一度、もう一度、もう一度、もう一度、もう一度、もう一度、もう一度、もう一度、もう一度、もう一度、もう一度、もう一度、もう一度、もう一度、もう一度、もう一度、もう一度、もう一度、もう一度、もう一度、もう一度………、
1。
そして、夜は更けていく。
衝撃的な事実を私の頭に残して。
…… そして、夜は更けていく。
ゆっくりと、じっくりと………