11話 #桃の花弁 シンデレラボーイ
目の前に並ぶのは、朝食と比べるとかなり豪華である昼食。
宿屋の飯とはテイストの異なったこの食べ物たちは、古びたこの机には中々に似合っていた。
机に乗せたられたのは、朝食にもあった硬いパンと、芋と肉の炒め物。最後にシチューのような白色のスープ。
それらが並んでいた。
ほかほかと、湯気が見える。
同時に、ほかほかと俺の頭からも湯気が漂う。
今一度、俺の現在の格好を説明しようか。
頭はビシャビシャ。服もビシャビシャ。身体は軽く火傷。
そう、ここの爺さんは俺たち3人に食べ物を配るまでに、俺に3回食べ物をぶっかけたのです。
ま、いつものことなんだけどね。流石に3回は珍しいけど。うん、3回は珍しいけど。
そして本日朝食を含めて4回目ってのも珍しいけど。珍しいというか殆どないが、まあそれはいい。
何度目か分からない配膳でようやく俺の昼ご飯。初異世界飯にありついたんだ。細かいことを気にするのは野暮ってんだ。
俺は恐る恐るパンを手に取った。
まずは細かく千切って一口。
異物がないか、自分の身体に害はないかを念入りに確かめる。
そして暫く口に含んで、漸く即効性の何かがないことを確認し、食べ始めた。
日本で食べてたそれとは違い、少し硬めのパン。
けど、そんなことが気にならないくらいには……美味かった。
むしゃむしゃと、俺はその味を噛み締めた。
そして、俺は隣に座る英雄志願者への印象を見直した。
どーせ君のことだから、とんでもない料理を美味しいっていって僕らに提供するんだと…そう思っていたよ。
あー、美味い!パンだけでこれなら、きっとメインは……、
そこまで思って、俺はフォークを手に取り、ハタリと止まる。
俺は、気付きたくなかったことに気付いたのだ。
待って……、
――この食事って、病気とかありありじゃね?
日本でも食事には細心の注意を払っていた俺ではあるが、あそこはもうコンビニ飯でさえも滅菌の施されたものばかり。
警戒する必要なく、俺は食っていたが、この世界では話は別だ。
中世の衛生状況なんて悲惨としか言いようがないほどに悲惨。
詳しいことは知らないが、まあ食べ物全てが病原菌の塊と思った方がいいレベルには汚染されている。
……え、避けようがねぇじゃん。
俺の死確定したよな?もうこの世界で何よりも早く病死でこの世界から脱出すること確定したよな?
俺はその出した結論を頭の中で泳がせ、否定出来る要素を探した。
--3秒後--
無理だということを悟った。
だってどー足掻いても避ける方法ねぇぜ?
例えそれを検知出来る付与具を手に入れてもさ、買う前のものにその検査させてくれるとは思わないし、大体そんな付与具を手に入れる金ねぇし。
ほんと、都合よく滅菌できる付与具を手に入れたりしない限り不可能だよ。
と、まあそれは追々期待しておくのはまあいいんだ。
……今、俺は何をもって食うかを決めるか。
「食わねぇなら僕が……」
そう手を出してきた英雄志願者の手を払いのけ、俺は決めた。
よし、もう病気になったら諦めよう。
避ける手段がない以上、考えても仕方ねぇ!よし!
俺はガッと皿を手に取り、ガツガツガツガツと食べ物を胃に掻き入れた。
こうして何も考えずに食うのは久しぶりだなぁ、と感慨に耽りながら、俺はガツガツと胃を食べ物で埋め尽くしていく。
食べる、食べる、食べる。ひたすらに食べて、そして――
英雄志願者は、食事の手を止めた。俺よりも一足早く配膳された為、今食べ終わったのだ。
カチンっと食器の当たる音が鳴る。
嫌な予感が、頭をよぎった。
そして、彼は口を開いた。俺もまた、口を開いて待機した。
英雄志願者は声を出す。
「なあ、結局あの時計「パス」」
「なあ、結「パス」」
「ちょっ、聞「パス」おーい!」
俺はひたすらに話を遮った。
「話 を 聞 け ー !」
英雄志願者はドンっと机を叩いた。
そしてギロリと俺を睨む。
俺はそれに呼応し、はぁっとため息を吐いた。
――ついに……アイツめ、遂にその話題に触れようとしてきやがった……!暫く食事シーンで無理矢理誤魔化してたのに……!
俯きながら、俺は心の中で思いを吐露した。
もうさ、俺考えたくねぇんだよ!
今は…というか暫くさぁ、時計の謎置いておこ?ね?
食事を楽しもーぜ?な?
っていうかほんとにさ!マジのガチで意味わかんない展開が続き過ぎて、本当に嫌なんだよ!
もう俺に謎を提供すんな、馬鹿!
ひたすらに心の中で不満をぶちまけた。
いや、もうフラストレーションが、フラストレーションがぁ!
俺は半べそを書いて、机に突っ伏した。
丁度そのことを話そうとした時に飯が来たから、話をうやむやに出来ると思ったのに……。
「はぁ……」
またため息が出た。確実に疲労が原因だろう。
そんな俺の心を知ってか知らずか。
いや、十中八九知らずだろう。
「んでぇ、結局あの時計は何だったの?」
そう無理矢理奴はぶっ込んできた。
「そうだよね、俺たち二人は見てないもんね」
「えー?分からん。マジで分からん」
「いや、俺、もう考えたくない。何この異世界謎が多すぎだろ」
「ねー、もう本当訳わかんないよねぇ」
俺がそうぼやくと、神城がその言葉に賛同した。
その様子にはぁっと息を吐き、英雄志願者が、
「仕方ないなぁ、とりあえず保留とするか」
そう話を締め括った。
そしてそんな雰囲気の中、食べて食べて食べて――
――残った緑のそれを二人に押し付け、お金を払って店を後にした。
金額は、三人で銅貨2枚に青銅貨4枚。高いのか安いのかは分からない。
「はぁ、お腹いっぱいだね〜」
「あー、美味かった!」
「だろ?気に入ってもらえて良かった良かった」
そう口々に満足さを言葉にして……神城が口を開いた。
「あ、そういやぁさ。この国の貨幣価値ってどんくらいなの?」
「貨幣価値……つまり、それぞれの貨幣でどんくらいの金額かってこと?」
「そそ、あの飲食店もあの宿屋も、貨幣の枚数…例えば銅貨何枚とかって言ってたから」
その言葉に、「あー」と思い出す。
確かにこの国で今の所、数字を使った金額の表し方を聞いていない。
まあでも識字率が低いなら、数字の計算とかも厳しそうだよな。
そう考えると、枚数なら一桁だし楽……なのかもしれない。
そんなことを考えながら、俺は英雄志願者の説明を待った。
「えっとそうだね……じゃあまず貨幣の種類から」
「下から灰銅貨、青銅貨、銅貨、銀貨、金貨って感じ。そんで、それぞれ10枚集めると一つ上の硬貨と同じ価値になる」
「でー、大体青銅貨一枚でパン一個位の価値かな」
「なるほど」
青銅貨一枚でパン一個。
時代なんかも諸々考慮して考えると……大体日本円にすると、青銅貨は大体100円くらいかな?
となると、
灰銅貨<青銅貨<銅貨<銀貨<金貨
灰銅貨 10円
青銅貨 100円
銅貨 1000円
銀貨 1万円
金貨 10万円
って感じか。
ふむふむっと頷いて、俺はそう理解した。
そして、思う。
……あれ、俺たちの所持金結構多くね?
と。
確か金貨とか結構入ってたよな。
はえー、すげー
こそこそとこの結果を神城にも話してみる。
すると、少しギョッとした顔で驚き、懐から俺の渡した金を取り出し、数え始めた。
同時にわざとらしく突っ込んでくる浮浪者と思わしき人から俺はその金をガードした。
舌打ちをして去っていくその人を見て、ほっと一息吐いて安心した。
そして、そんな一悶着の後。英雄志願者は思い出したかのように言った。
「あ、ただ今君たちが持ってるのはセシルス硬貨だからね」
「別の種類の硬貨だとまた値段が変わってくるから」
と。
神城はの硬貨を数える手がピタリと止まった。
そして、「まさか……」といった顔で俺を見た。
俺も「いやいやいや…」と首を振って否定する。
そ、そーだよ。いかにリリさんといえど、いかに俺を騙した人とはいえど流石に価値の低い硬貨を紛れこましたりなんて……うん、宿屋とかでは使えたしね?偶々そのセシルス硬貨?ってのを出した訳じゃないでしょ。……分かんないけど。
そうして、「だ、大丈夫だよね?」と英雄志願者に鑑定してもらうように頼んだり、一応全てのお金がセシルス硬貨であったことを確認してもらったりして……、
俺たちは戻って来た。
宿屋"白鳩の籠"に。
なんだかんだで結構な時間、外で観光をしてたなぁっと、宿の時計を見て思った。
同時に思い出したくもないものも思い出しそうになったので、すぐに視線をそらした。
そして、そのままさーっと中へと入っていき、それぞれの部屋へと英雄志願者と別れた直後、俺は見た。
何やら怪しげな人間が俺たちの部屋の前に居るのを。
色っぽい女の人だった。言うなれば娼館の人的な、サキュバス的な、そんな感じの人だった。
……俺は、怪しさしか、感じなかった。
「これって所謂あれかな、美人局的なやつかな?」
「確かにそうは見え……いや、なんでここに?」
「うーん……押し売りとか?」
そんな会話をコソコソとしつつ、そういえば俺も美人局の経験はあったなぁっと過去の仕事を思い出す。
……と、そんなこんな考えていると……目の前の人は、俺たちの存在に気付き、口を開いて尋ねた。
「すみません、あなた方はこの部屋の人間でしょうか?」
そんな彼女に話しかけられた。
……え?……話しかけられた!?
え、何、怖い!食い物にする気!?お金的にも性的にも!?
いや、違う。落ち着け……落ち着くんだ俺。冷静になるんだ。
狙うとしても……そう、なんで俺たちなんだよ。
もっとこう…太客が別…に……
俺たちの所持金には金貨がまあまああった。
すなわち、結構持っている。
お金 ◎
貨幣価値知らず。相場知らず。場所知らず。
俺たちは知らない人に色々と聞いた世間知らず。
騙しやすさ ◎
結論 俺たちはカモです。
ってそうじゃん!!俺たち完全に騙しやすい太客っつうかカモじゃんか!!
あ、ああああああああヤバいヤバいヤバい。
完全に俺たちを引っ掛けに来てるよ!!
えーっと、いや落ち着け。分かってればなんてことない。
ただそのままお帰り願えば……あ。
お金、神城が持ってんじゃん。
ここで俺が断っても神城が断らないと意味ないじゃん。
……いやいや、いやいやいや、神城だっていくら田舎者とはいえそれくらいの分別は……それに奴には影梨という彼女が居る……
「は、はい!お、俺たちは二人でここに……」
ボケーっとした顔で、神城はそう返答をした。
【田舎者、都会の人に騙される】
今の光景を見て、咄嗟にそんなキャッチコピーが頭をよぎる。
………終わった。
白髪に殺されかけた以上の絶望を、俺は感じた。
「そうですか。……うーんと」
「ここでは何ですので、中で少しお話しを……」
その女の人は、色っぽい仕草でそう言葉を切り出す。
「は、はい!了解です!」
そしてその言葉に食い気味に乗っかる神城。
俺と神城は、誘われるがままに、部屋の中へと誘引された。
「用が済んだらすぐ帰って下さいね」
「はいはーい」
俺にこの場面で出来ることとすれば、こうして言葉で少し誘導するくらいだけだった。
……どうか穏便に事が済みますように。
俺は、神に祈りを捧げながら中へと入った。
そして全員入り切ると、彼女は扉を閉める。
ドキドキと、鼓動が高鳴る。
大丈夫かな。有り金全部渡したりしないよな。
大丈夫だよな。
緊張が、全身に走った。
「さて、それじゃ…」
「ちょっと…これを履いて貰える?」
そう言って彼女は腰に下げた袋から、靴を取り出した。革靴だ。
その靴に、当然だが、物凄く既視感があった。
革靴だ。ただの靴じゃない、革靴。元の世界じゃありふれたものだし、自分のか一目見ても分からなかったかもしれないけど……この世界じゃ、あんな上等な靴、俺と神城を除いてあんな靴を履いた人はいなかった。
つまりあれは……俺の履いてた靴。戦闘の時に無くした靴。
しかも、大分状態が綺麗だ。
……なんで、それをこの人が?
靴を持ってる。事件のことを知ってる。関係者?ということはあの事件の調査をしに……!だとしたら何しにここへ?靴は何のために?
何をしようとしてる。まさか正体がバレたのか?それとも何か目星が。何が、何が、何が起きている。
背筋に、冷や汗が流れる。
神城の純情とか考えてる場合じゃなかった。
……何か、ミスをしていないかと、色々なことが頭を巡った。
真っ先によぎるのが、部屋に入れてしまったことへの恐怖。
何か。何か、何か、この部屋にマズいものとか置いてなかったか?大丈夫か?
チラリと周りを見る。
制服なんかは目立つから、と朝ベットの下に隠したのはよかった。
俺たちもきちんと靴まで着替えたのも良かった。
机の上には手紙と所持金、元の世界のものを入れた袋二つ。
そして……回復薬の入っている瓶と、空瓶3本。
……これが回復薬だとバレたら、少しマズいような気がする。
怪我をしたということがバレるだろうし……もしこの回復薬がめちゃくちゃに高価なものだったりすれば、余計に怪しまれる。
……この時代のガラス細工的に、この瓶は普通のものと見られるか?大丈夫か?これも隠すべきだっただな。マズいな。
クッソあの時二人に「早く行こう」と急かされなければもっとしっかりと隠したのになぁ。クッソぅ。
そんなことを俺が考える中、彼女は口を開く。
「これはある事件の物証なんだけど……何故か、どの能力の検査も効かなくってね」
俺はその言葉に少し、ほっと安心を覚えた。
だってそうだろ?つまりは、この腕輪がきちんと作動したということなのだから。
ただ、そんな中ここにやって来たということは……何が、どんな目的が……
「それで、とりあえずこの靴のサイズに合う人を探すことになっのよ」
その言葉に、あっと納得する。
そうか、確かに能力が効かないならその方法が使えるのか。
しかも革靴っていうのはこの世界では目立つし……だからこれが被疑者の者だっていう確信を得られたのか。
うわー、あったま良い〜……じゃねぇよ!
能力が効かないからしらみ潰しに……うん、まあそのまんまだけど、これ疑われるの回避しようがねぇじゃん!
シンデレラボーイ……という言葉が頭に浮かんだ。
シンデレラ。靴を落としたシンデレラを王子が探す、物語。
……うん、あらすじはそっくりだけどこれは……嫌だなぁ。
だって目的ほぼ真逆じゃん。
ほんと最悪。
しかもシンデレラボーイって皮肉かよ。
いや、まあ他に手掛かりがないし、お国がそう考えるのも当然、か。
まあ、俺にはそんなこと思い付かなかったけどな。
……っていうか、証拠がこれだけだと若干被疑者が多すぎる気がするな。
となると……いや、今考えることじゃないか。
そう思い、彼女に再び向き合うと……、
「さ、履いて」
有無を言わせない…そんな表情で、そうグイッと靴を近づけて来た。
逃げる……いや、無理か。
……仕方ない。
そう命じられるがまま、俺はこの靴に足を入れた。
もちろん、元は俺の靴……すっぽりと足が入った。
「なるほど……ご協力ありがとう」
「次は、君ね。さ、履いて」
そう彼女は神城に命令する。
俺はその光景を見ながら、考えた。
……うん、避けようがなかった。
だって、実際にこれ、俺の靴だし。
無理矢理入らないふりをしたり、誤魔化す手段はあったけど、見破れたら元も子もないし。怪しまれて、回復薬を見られるよりかは圧倒的にいい。
それに、多分大丈夫。
だって、これはシンデレラという童話じゃあないのだから。
シンデレラという物語では、靴を履けた人が今までにおらず、シンデレラが最初の一人だった。
そしてそのまま、すんなりと王子様との結婚となったのだ。
しかし、これは現実。
当然俺のように、俺と同じ26.5の足のサイズを持つ人はこの国にごまんと居るだろう。
他にも絞る条件があっても、きっと俺1人に特定はいかに俺が不運でも不可能。
それに、あくまでこの足が入るから…というのは参考程度にしかならない。
多少の誤差は考慮しないとだし、候補はいっぱい――
――神城は、靴を履いた。
――すっぽりと、靴が入った。
お前も俺と足同じサイズなのかよ!!
そう思わず心の中で叫んだ。
俺がその衝撃の事実に愕然としていると、目の前の彼女は靴を持って――
――机の方へと向かった。
「そーだ。お姉さんこの瓶気になっていたのよね」
「中に何が入っているか……見せて貰おうかしら」
俺はその動きを見て、思わず悪態を吐く。
クソッ、やっぱり気にならせてしまったか。
段々と机に近づく。近づく。近づいて……彼女は手を伸ばす。
俺はスゥッと息を吸って、言葉を発した。
「帰れ!」
俺は一言、そう念を込めて言った。
――その言葉を発した瞬間、ピタリと彼女は動きを止めた。
ドキドキと、鼓動が早まる。怖い。一言でも言葉の選択を間違えれば……死ぬ。そんなことが頭によぎった。
俺はそのまま言葉を続ける。
「すいません。それ、俺の大事なものなんです。おいそれと他の人に見せたくはなくて……」
すると、彼女はひらりと体を翻し、コチラを向いた。
「あら、そうとは知らずにごめんなさいね」
笑みを浮かべ、彼女はそう言った。
そして彼女は、その瓶に触れることなく、扉の方へと戻る。
そして、笑顔をこちらに向けて扉を開く。
「2人共ありがと、ご苦労様。それじゃーね」
そして、そう言い残すと彼女は扉を閉めた。
俺たちはこっそりと扉を開き、外の様子を覗く。
彼女は、次は…と、英雄志願者の部屋へと向かっていた。
ガチャリと扉を閉め、俺はその光景にはぁっとため息を吐いた。
未だにドキドキと、鼓動が暴れてる。
「どう、これってヤバそう?」
そう不安気に聞いてくる神城に、俺は答えた。
「……詳しい事は分かんないけど、ヤバいとは思う」
「正体がバレたかまでは分からないけど……今ので相当怪しまれた」
と。
その言葉に、やっぱりといった顔で俺を見る。
まあ、神城から見てもさっきの言動はおかしかったんだと思う。
確実に……さっきの言葉で、怪しまれた。けど阻まなかったら何をされてたか。
俺は神城に説明するように、自分の心を落ち着けるように、言葉を発する。
「まず、国中の……領中の人間を調べるっていうのは予想以上に大変なんだよ」
「俺も似たようなことやったことあるけど……まあ、当てずっぽうに探すのはキツイ」
「人数もそうだし、どこにどれくらいの人が居るか…なんてことはマジで分からない」
「だから、一つの証拠があってもそれを片っ端から調べるのは至難の業なんだ」
「ほうほう」
そう説明する俺に、ふむふむと神城は頷いた。
「となれば、探すにあたり、居そうな所…優先順位を決めていかなければならない」
「そうでなければ、国は動きようがないんだ」
「ただ……」
「俺は、その優先順位の判断が分からない」
「事件場所の近さ?最近宿を取った人間?……うーん、どれもしっくりこない」
「探すっていう行動に移すってことは何かあるんだろうけど……」
「きっと、俺たちが気付いていない…何かの情報を、彼らは掴んでいるのだろうと思う」
「そしてそんな中で……俺は結構な強硬手段で彼女を返した」
「それがさっきの……。確かにヤバそうだな」
「百歳。これからどうするか……とか、考えてる?」
そう聞かれ、俺はうーんと考える。
どこまで相手は勘づいているのだろうか。
門での検査を見た限り、"魔族"であることは既に割れている。
じゃあ、他は?身長、体重、肌色や体型…奴は、どこまで気付いている?
……ダメだ、分からない。情報が無さ過ぎる。
そしてどこまで怪しまれているか分からない以上、対策という対策が思いつかない。
「怪しまれることはしない」
そんな対策しか立てることはできず、俺たちはうーんと顔を見合わせた。
そして暫くの間の後……、俺たちは対策を講じることを諦めた。
「ダメだね。思いつかない」
そう互いに見合わせて言った。
仕方がなかった。情報が圧倒的に足りないのだ。
……はぁっとため息を吐き、俺たちは地べたに座り込む。
疲れたのだ。あの彼女の来訪によって、神経をすり減らされているのだ。
グダ〜っとして脳みそを溶かす。
そんなことをして……暫くして、神城が声を上げた。
「……金」
「え?」
「いや……俺たちさ、この世界で生きていくならさ……金を稼ぐ手段を考えないとな〜って思って」
その言葉に、「ああ」と俺も賛同する。
……お金である。
金だ。何をするにも金だ。
不運の星の元に照らされる俺には……常に周りの何かしらののものを壊していく破壊者である俺には確かに膨大な金が必要だ。
「今の所持金は?」
俺はとりあえず、とそう聞いた。
「ん?あー……いくつだっけ。ちょっと待ってね。今数える」
そう言って懐から金の入った袋を取り出す神城を見ながら、俺は考える。
手を首に当て、うーんと唸りながら考えた。
まず、この世界はアルバイトとかあるのだろうか。
識字率の低さからして……直接雇って貰うように言ったりとかするしかない気がする。
とはいえこの世界は基本仕事は家業を継ぐことだし……えー、働けるか?
まあ、所持金はあったし…急ぐことではないけど。
うーん……最悪、未来からの白兎からの献金で生きる無職って選択肢も無きにしも非ず。
ただまあ、とりあえず片っ端から声を掛けるのが大事な気がする。
そんなことを考えていると、神城は所持金を言う。
「えっと、日本円で言うと…大体50万位ある」
その言葉に、俺は思わずフリーズする。
ちょっとその言葉を飲み込むことが出来なかったからだ。
50万…… え?、5 0 万 ?
50万、50万、5 0 万 !
えっと、宿屋で二泊で一万だから、百泊。
食事代とか、俺の迷惑料を含めても、結構な日数泊まれる。
……元手が50万。これが、50万の重みか!
「え、働く?働かなくてよくね?」
神城が衝動的にそう言ってしまうのも仕方ない気がした。
しかし、俺はそれを必死に否定する。
「いや、働くよ。大金を手にしたからって…‥油断しちゃダメだ」
俺は、過去のトラウマを思い出すように…‥カタカタと震えながら、そう言った。
……忘れられない。あの足元が崩れ出すような感覚を。
一睡も出来なかった不安さを。野宿がいかに危険かを思い知らされたあの日々を。
「それに、いつそのお金が消えるか分からないし」
そして俺は、顔を暗くしてそう言った。
その言葉に、すごい重みを神城は感じた。
「あー、了解っ」
「さて、それなら……あー、結局バイトどうしよっか」
「そうだねぇ、とりあえず片っ端から探しに――」
――バーンと扉を開ける音が聞こえた。
そして、そこに仁王立ちする…一人の男。
俺はもう既に定型文となったその登場の仕方に、半分呆れて見返した。
英雄志願者…奴である。
「お前、うるさいんだよ。もうちょっと静かに扉開けろ」
「そーだそーだぁ」
そう囃し立て、うざったさをアピールする中、彼は堂々と宣言する。
「バイトの話だろ、俺に……任せな!」
多分、これが俺と神城の心が通じ合った初めての瞬間だろう。
((信じられねぇ〜))
二人同時に、そう思った。
いや、だって…ねぇ、コイツだもん。
信じるの無理だろ。
そうぼーっと考えていると、先に正気に戻った神城が聞いた。
「あ、そうだ。さっき靴履いたでしょ?どうだった?」
と。
自信満々に彼は答えた。
「ああ、ピッタリだったぜ!」
と。
((お前もかよ!))
俺は、……否、俺と神城は同時に肩を落とした。
これはなんというか……うん、ひどい。
俺の周りの全員の足が同じとか、どんな奇跡だ。
……もしかしたらこれも、俺の不運のせいなのかもしれない。
そんな有り体もないことを考えていると、彼は話を戻して言った。
「んで、アルバイトだろー?僕も働き口探さないといけなくってさぁ」
「一緒に話そうぜー!」
俺は、心の底から嫌だと言いたかった。
だって、俺たちを正々堂々捕まえるとか言う奴と職場を共にって……どんな地獄だ。
……だが、俺たちだけで探すと碌な仕事が見つからない気しかしなかったのもまた事実。
仕方ないといえば、仕方ない、か。
よし、やるぞー!と乗り気になっている神城に続き、俺たちはアルバイトについて話し合った。
…………………
………
…
夜…というには日が高い気がするが、夜である。
現在7時。この世界は…というより、昔は活動可能時間が朝方だったせいだろう。
窓から下を見るが、外を歩く人は殆どいない。
景色は思ったより、前の部屋と変わらない。
ん?あ、そうそう。夜に近づいてからだけど、そういえばベットが一つしかないことを今更ながら思い出して、部屋を変えてもらったんだ。
とはいえ、部屋を変えても、特筆して変わったところはない。
ここからだと、多少門の外とか今日の観光で見た大きな屋敷とかが見やすくなったくらい。
時計塔は依然として見えるし、ベットの数が増えただけだ。
っと、まあそんな事はさておき。問題です。
俺は今、何しているでしょう?
アルバイトについても話し合いは終わり、候補は決まった。
明日、働き場所を尋ねることは決まった。
晩御飯も、もう食べた。
そうして一通りのやるべきことが終わて……俺は今、何をしているでしょうか?
正解は……、
「ほら、手ぇ動かせ手ぇ!さっさと書けぇ!」
「いや、無理!ほら手が震えて、ほらぁ」
神城に白兎への手紙を書かされてる、でした。
そんでもって……さっきから手が震えてまともに書けません。話が進みません。
いや、本当に…マジで白兎アレルギーがさ、ヤバいんよ。
本当に腕が動かないんよ。
マジ窓の外でも見て黄昏て気を逸らさないとッ!!いやマジほんと嫌!!
「書く内容は決めたでしょ。ほらさっさと書けぇ!」
「無理ぃ!もう交代しよ!」
「ダメ!この手紙の宛先は君なんだから、返事は君が書くの!」
うん、こうして押し問答を繰り返してかれこれ1時間。
マジで、進みまん。
そんな、カタカタと腕を震わせる俺に、スマホで時間を確認した神城は一つ、言葉を発する。
「そういえばそろそろだよな………あ」
「っていう百歳、お前昨日見てなかったっけ?夜になる瞬間」
俺はその言葉に、少しも心当たりがなくて、頭にハテナを浮かべた。
そして思わず呟く。
「夜になる瞬間?」
って、何………?
その疑問に答えようとしようと神城は口を開きかけ……あっと、外を指差す。
俺はその指す方向へと顔を動かす。
そしてゾッとした。
……俺はその光景に魅了された。
そこは……"異世界"だった。
帷が落ちた。
日の当たる世界から…夜の世界へと変わり、燃え上がった。
何が?世界が、だ。
日が落ちて…火が昇った。
あまり高くない城壁のおかげで、しっかりとその光景が見えた。
森の木々が、草花が真っ赤に燃えた。
火が爛々と明るく赤く赫く光り輝いた。
そしてドンッと…世界が、爆ぜた。
世界が明るく輝く。
俺はそこで初めて、しっかりと"この世界"を見た。
燃える森、真っ暗な空にがその光に照らされ見える……浮かぶ幻想に生きる生物。
ヨーロッパ地方である、家々と…お偉いさんが住んでいるであろうお城
ブワッとスクリーンの一面のようなこの光景に……俺は映画を見た時のように、魅了された。ゾッとした。
そして段々と光が収まっていった。
マジで…めちゃくちゃ、綺麗だった。
「……良い」
そう神城が言葉を漏らしたのも仕方がないと思った。
ここは……本当に、異世界だ。
異世界生活2日目の終わりを、俺はその光景で感じた。
「……やっぱりめちゃくちゃこれ綺麗だよなぁ。昨日はお前を探す途中で見たからあんまりしっかりとは見えなかったんだけど」
「あ、ちなみに、今の光はは、月の木とか月の花って。えーっと、総じて月の灯って呼ばれる植物たちが夜にだけ発する光で、そこらにある街灯の光なんかもあの木なんだよね」
「なんか季節ごとにこの光の色も変わるみたいで、今は春なんだけど……いや〜やっぱ綺麗だよなぁ」
そう言った後に、「ほら、あれあれ」と指を指した方向には街灯があって……爛々とあの外の光の如く輝いていた。
「……うん、綺麗」
俺と神城がその光景を見て惚けて……思い出したかのように、あっと俺に向かって言葉を発する。
「ほらぁ、そろそろ書いてー」
俺は渋々と、「……はーい」という返事を返した。
そして、夜は更けていく。
ゆっくりと、静かに………
……そして、神城が寝静まった頃。
俺は、いつものルーティンを行った。
昨日は無理だったけど、今日はできる。
これは、毎夜行うルーティンだ。
俺は……持ち物袋からサイコロを取り出した。
そしてそれを……振った。
1。
もう一回振った。
1。
もう一回、もう一回、もう一回、もう一回!
1。
きっと、サイコロの目に不変的な運の価値をつけるならば1は不運……6は幸運となるのだろう。
成否は分からない。真意は知らない。だからかは、知らない。
けど……俺がサイコロを振ると、必ず1が出る。
必ずだ……絶対だ。
だから、俺は毎夜希望を持ってサイコロを振っている。
1以外の数字が出ることを願って。
毎日、毎日、毎日、毎日、毎日……!
サイコロを、振っている。
俺はこれからも振るだろう。
そしてきっと、これからも……1だけが出るのだろう。
…… そして、夜は更けていく。
ゆっくりと、じっくりと………