9話 #桃の花弁 教戒 猫の唄
異世界生活2日目
夢か現実かの狭間の中で、俺はいくつか…おかしな体験をした。
一つは爆発。
とてつもない光が窓から降り注ぎ、俺の視界を真っ白に染め上げた爆発だ。
確かそれが起きたのは……11時位だった気がする。
神城があの数字の分からない時計台の時計の針と自分のスマホを照らし合わせて、針の位置が一緒だって確認してたから多分確かだ。
夜中、その光によって時計台が照らされ…その記憶が鮮明に残っている。
そしてそのすぐ後に沢山の血が辺りに散乱……とんでもない悪夢だ。
そしてもう一つは……やけに多かった鐘の音。
あの大時計は、一時丁度、二時丁度と、一時間ごとに鳴るらしい。
でも俺の頭の中では……10回以上はその鐘の音が鳴っていた。
凄く、うるさかった。
………意識が段々と覚醒する。
俺は、ゴソゴソとベッドの中で蠢く。
ボロボロになった制服を着て、蠢いた。
近くには瓶やタオルやらが散乱しており、動いた時にそれらに当たる。
ゆっくりと瞼を開けると、眩い光が目の中へと入ってくる。
そこでようやく、俺は自分が眠っていたことに気がついた。
えーっと、俺はいつは眠ったんだっけ。
そうぼーっとする頭を働かせて、俺は思い出そうとする。
「三月猫はっ、猫である♪」
「猫が嫌なのは奴も嫌♪」
「猫が好きなのは奴も好きっ♪」
そんなことを思い出そうとして…耳に声が入ってくる。
神城の、歌声が。
椅子に座って……白鳩に向かって歌う、歌声が。
日々ヶ崎市に伝わる唄。
教戒 猫の唄。
神城の実家の神社が祀る…ある化け物の唄。
俺も越して来た時、よく近所の子供どもが歌っているのをよく聞いた。
近所って言っても結構遠いけどね。
「三月猫はっ、魔っ物であるっ♪」
「魔除けの類は大嫌い♪」
「だから会ったらすぐ逃げろっ♪」
「泣いて喚いてすぐ逃げろっ♪」
神城の両親が営む神社の祀るのが、この三月猫または三日月猫。
怨霊信仰によって、化け物を鎮める神社だ。
……うん、なんで起きてすぐに俺これ聞かされてんだろ。
この唄を聞かされながら、俺はそんなことを思った。
とりあえず俺は起きようと思い、むくりと体を上げる。
「おはよ」
そして、朝の挨拶をした。
そこで、初めて神城の顔が見えた。
……始めは、疲れた顔だった。
目の下の隈と、泣き腫らした痕が目立っていた。
けど俺の挨拶に気づくと神城はほっとしたような。
でもどこか不安を滲ませて、こちらを見る。
そして段々とアイツの顔は歪んでいって……。
俺はそれをしっかり見ようとして……違和感があった。
微妙に、景色がぼやけているのだ。
あれ?っと思っていると、目の前に、アイツが飛び込んで来た。
なんで…?という疑問が浮かび上がる。
でもすぐに、彼の声を聞いてその疑問は氷解した。
「良かった、効いて……」
ポロポロと涙を流して……彼は俺を抱きしめる。
俺はあっと昨日のことを思い出す。
昨日俺は、死にかけた……っていうか殆ど死んでたことを。
……ってことは、この微妙にぼやけた景色は最後に刺さったあの木片のせい、か。
えーっと、じゃあ……と、俺は左腕を動かそうとすると、鋭い痛みが走る。
あー、なるほどね。
あの戦闘の後遺症を感じて…うん、結局分からない。
「え?俺なんで生きてるん?」
そう思わず声に出した。
しかし、その問いに誰も答える人はおらず、依然として俺は彼に抱きしめられ、彼の涙を一身に受けていた。
そんな中、俺は気を失う記憶を探る。
えーっと確か、白い鳩がやって来て……100年前の世界がどうとかって書いてあった手紙を届けてくれて……、
返信を一生懸命神城が書いてたよなぁ。
そして…ちょっとずつ苦しくなって……、爆発。あれ?あれって夢だったっけ?
んでまあ、その後すぐに気を失ったんだったよな。
……で、なんで俺は生きて?
俺は目の前のコイツを引っぺがして何があったか聞こうとし……涙と涎でグチャグチャになったアイツの顔を見て、思い留まる。
ハテナだらけのこの状況を問いただしたい思いをグッと留め、仕方がなく俺は彼が落ち着くまで、そのまま抱きしめられていた。
…………………
………
…
「……なるほど。ここは白兎たちのいる世界の100年前の世界」
「そして、俺はその白兎から送られた回復薬で生きながらえた……と」
数分後。落ち着いた神城に俺はひとしきりの説明を聞いて、コクンと頷く。
そして一言。
「うん、意味が分かんない。まず…え?ここって100年前の世界なん?」
「らしい」
「っていうか回復薬って何?」
「異世界っぽいよねぇ〜」
「全然、全く分からないんだけど」
「分かる」
そう合いの手を受けながら、俺ははてなを浮かべまくる。
だって意味分かんないじゃん。謎に謎塗りたくんなよ!
っていうか回復薬ってなんだよ!そんな異世界要素今まであった!?
そう心の中で怒りを露わにしていると、神城はほいっと俺に手紙を渡した。
俺はペラリと手紙を開き、中の文章を読んで、これが贈られた手紙だということに気付く。
懐かしみを感じる筆跡……そこに苛立ちを感じる俺は、いよいよ白兎にアレルギーを持っている可能性すら感じてきた。
拝啓 百歳君へ
春か夏か秋か冬か。
影法師伸びる時とか月の綺麗な日とか、オリジナルの言葉で作ってみるか。そもそもビジネスレターじゃないんだから、しないとか。
季節が分からないこの異世界で時候の挨拶をどうするのか結構悩んだんだけど、まあとりあえずそれは置いておくよ。
単刀直入に言うね。
ここは異世界。私たちは異世界にいる。
そして、百歳君。君は…100年前の異世界にいます。
私は現在、オルガルド王国にて私含め四名のクラスメイトと共にお城に泊めてもらっているます。
理由は、私たちが"彼方者"だから……らしいです。
その為か、一週間後に我々一同は王様との謁見を行うこととなりました。
頑張って元の世界の知識などを武器にしながら、私たちはこの世界で礼儀作法を学んでどうにかこうにかする予定です。
また、そこでこの国を知る為に私は本を読んでいました。
そしてそこで……あなたの記述を見つけた。
さて、百歳君。
あなたは現在、旧パリストフィア帝国フェールド領に居ますね。
いや、昔だから旧はないか。
あなたは現在、パリストフィア帝国フェールド領に居ますね。
私の居るお城の書庫にあった本に100年間の歴史に記されていて、そこにそう書いてあったの。
だからもしこれが事実なら……百歳君は確実に100年前に居るってことなんだ。
もしそうなら、返事を書く時に事実かを書いてほしい。
後、欲しいものとかあったら教えて。
これで送るから。
逆にこっちからも何か頼むかもしれないから、その時はよろしくね。
最後に、この能力は1日1回しか使えないので悪しからず。
-10-
白兎より。
簡易的な現状報告と事実確認。
そしてそこにプラスして……手紙の下に、-10-と書かれていた。
10…10、なるほど銃か。
俺はすぐに悟った。
どうやら白兎には、記憶があるようだ。
そしてそれを確かめようと、俺に知ってるひとならすぐさま勘付ける暗号を入れた、と。
いや、まあそれは置いとこうか。
………100年前の異世界。
昨日あの英雄志願者から聞いた話だと、この場所はパリストフィアのフェールド領であってる。
……事実、かぁ。
まあそう錯覚させる為とも考えれるけど、十中八九これは嘘じゃあねぇよなぁ。
それにしても、あっちは謁見か。なんだか面倒なのに絡まれてるなぁ。
ただ……何だろう。
元の世界の知識を武器に、礼儀作法を学んで挑む。
確かに、それは真っ当な行動だとは思うんだけど……なんだろう。
……すごい、違和感があった。
「……因みに神城。なんて返信したの?」
「ん?えーっとぉ」
「百歳重体。回復出来るものを求む」
「だったかなぁ」
……なるほど、と俺は頷いた。
質問に一切答えなかったのね。なるほどなるほど。
そう心の中でふむふむと頷いていると、また神城手紙を取り出す。
そして、それを俺に渡した。
「……これは?」
「今日の分。回復薬と一緒に贈られてきた手紙」
「……なるほど」
俺は再度ペラリと手紙を開いた。
再び彼女の書いた文字の集合体が目の中に入ってくる。
拝啓 百歳君へ
籠の中には、恐らくなにとも分からない瓶が3本入っていると思います。
中級回復薬2本と、上級回復薬1本を送りました。
赤のラベルの貼ってあるのが上級回復薬です。
ひとまず上級回復薬を飲んで、それでも痕傷が酷いような中級回復薬を使って下さい。
それでも不具合が残るようでしたら、返信お願いね。
あと、前回の手紙の返信もお願い。
そして話は変わるけど、あなたがいるであろう場所についての情報があります。
旧パリストフィア帝国フェールド領領主館と、現在私たちのいるオルガルド王国の王城の別館は、一緒。同じ場所です。
なので、私たちと話すことか出来る能力者を確保、またはそういった能力を持つ付与具を見つけたら教えて下さい。
直接話すことができるかもしれません。
こちらでも、探してみます。
また、使うかどうかは分かりませんが、未来の私の居るお城周辺の地図と、昔のその場所の地図を送るので、比較して見て下さい。
最後に一応ここに居るクラスメイトたちを紹介しておきます。
私、白兎 三葉
影梨 瑞稀
古巣 晶
神城 結
です。
-10-
白兎より。
パタンと手紙を閉じた。
そして目を上へと向けると、神城はちょいちょいっと窓に指を指す。
俺は、窓へと近寄った。
節々の痛みを引きづりながら、窓への近寄った。
すると、そこからは少し遠いけど大きなお屋敷が見える。
「……あれが、領主邸?」
「そそ、あのオレンジ少年が言ってた」
オレンジ少年……ああ、英雄志願者か。
えー……でそっか。
……100年後のあそこに、アイツらが居るのか。
俺は、添付されていた地図を開いて見てみる。
街の大きな道なんかは…あまり変わってない。
今は使うことはないけど、いずれこの地図も使うのかな。
そんなことを思いながら、俺はペラリと再度手紙を捲る。
居るのは……白兎、影梨、古巣、神城。
………ん?
白兎、影梨、古巣、神城白兎、影梨、古巣、神城白兎、影梨、古巣、神城白兎、影梨、古巣、神城白兎、影梨、古巣、神城白兎、影梨、古巣、神城………んん?
「え!?おま、お前…」
俺は振り返り、神城を見た。
神城はこくりと頷く。
そして、言葉を放った。
「なんか、100年後に俺のドッペルゲンガーがいるみたい」
……………マジですか。
……マ ジ で す か !
マ ジ で す か ! !
俺は混乱した。混乱魔法にかけられた。
いや、うん。混乱しかしない。
「え、心当たりとかは?」
「ない。全くもってありゃあせん」
「………そっか」
「うん、でもこういう展開は何回も見たことあるぜ」
未来の俺がそいつだったり…実は双子〜とか…と、神城はぶつぶつと呟いた。
俺はジト目で神城を見る。
……もしかしたらこの神城が偽物……。
じーっと見て、見て見て見ていると、神城は諭すように俺に言った。
「とりあえず分かんないことは考えないようにしよ」
「だから後はぁ……その手紙の返信、頼んだよ」
「んぇ?」
俺は目をぱちくりとさせて俺は手紙を見る。
そして「あーそっか」と思い出す。
これ、返信を書かないとなのか。
クルッポーと机の上で待機する白鳩がそれを象徴した。
……ダラダラと、汗が流れる。
「え?俺が書くん?」
「うん、前回俺が書いたから頼むよ」
「………マジか」
あわあわと俺は心の中で馬鹿みたいに慌てる。
だってそうじゃん。俺、彼女にフツーに返信出来る気がしないもん。
えーっとぉ、とりあえず、どうにかして記憶がありますアピールを。
後、歴史書が合っているのかを返答しないとな。
それに、歴史書に載ってるってことは当然……この後のことも知っている筈だ。
俺は生きてここを出られるのか……いつ、俺は死ぬのか。
後はそれもプラスで聞いて……っていうか俺まともに書けるぅ!?
え、出来る!?出来るかな!?
そんなことを考えていると、神城は立ち上がって……机の上に置いたお金の入った皮袋を持つ。
そしてテクテクと扉の方へと歩き出した。
咄嗟に俺は疑問を口に出す。
「え?どうしたん?」
神城は無言で俺を指差した。
俺はさっと視線を下へと向ける。
ボロボロの制服から更にボロッボロになった制服。
片っぽなくなった靴。穴だらけの靴下。
………なるほど、服買いに行くのね。
俺はすぐに察した。
「あ、サイズ…」
そして神城はそう呟くと、俺の身包みを剥いだ。
ブレザー、シャツ、ズボンと靴。
全て剥がされた。俺は今下着のみである。
因みに着てた防弾チョッキは脱がされてた。
近くに置いてあるのを見て、予想以上にぼろぼろでショックだった。
………あれって、あんなに凹むんだね。
それにスマホなんかもなくなったし……本当、あの戦いはキツかった。
そんなことを思っていると、神城は口を開く。
「一応言っとくけど、お前は昨日何が原因かは知らないけど殺されかけたんだからな」
「そして、同時にお前は病み上がりの身でもある」
「絶対に、勝手に外に出るなよ」
「こんな格好で出るって俺ぁ変態かっての」
俺がそう言い残すのを聞きもせず、神城はそそくさと外へと駆け出していった。
……鍵を掛けずに。
「はーい」っていう返事をし、内側から鍵を掛ける。
そして、俺はベットに倒れ込んだ。
一晩寝たからといって、疲れが完全に取れた訳ではないのだ。
……主に、精神的な疲れが。
とはいえこのままぼーっとしている訳にはいかない。
時間は……有限だ。
とりあえず俺は、今山積みにしている問題について考えてみることにした。
これからのこと……主にクラスメイトたちのこととか、金策なんかは神城が帰ってから考えるとして、俺の頭に残ったのは三つだ。
衛兵であった"彼女"……リリさんの存在と、あの白髪の男の存在……そして根源的な問題。
誰が、俺を殺したかという問題だ。
どーしても、それらの問題が頭に残ってしまう。
まず、"彼女"は、親切に……懇切丁寧に、この世界のことを教えてくれた。
十中八九、"彼女"が居なければ俺はこの世界のルールを知らずに、すぐに"魔族"として殺されていたと思う。
……でも、そんな"彼女"は、俺を騙していた。
確定的な証拠があった。周りのものの全てがその事実を示していた。
……"彼女"は、何が為に俺を騙したんだろうか。
そんなことを考えていると、チラリと……神城のことがよぎった。
クラスメイトの中に、俺たちを殺した"彼"が居る。
誰かなんて分からない……じゃあ、それが神城だったら?
ドクンと、心臓が鼓動する。
………待て、待て待て待て待て待て待て。
仮にそうだとしたら、今相当ヤバいぞ。
だって今……
アイツが全財産持っているんだもん。
服を買う為だと偽って……持ち出した可能性が、頭に浮かび上がる。
そして瞬く間にその可能性は、シャボン玉のように頭から消えた。
……否、消させた。
だってそうだろ?朝まで回復薬やらなんやらを使い続けて……一生懸命に俺を世話したアイツを疑うなんて……馬鹿らしい。
そもそもアイツが腕輪を持ってきてくれなかったらしんでたんだぞ?
ああ、馬鹿らしい本当に……本当に。
……でも、他の可能性も考えられないことはない。
俺に利用価値があるから生かしたり……いや、違う。こんなことを考えてる場合じゃない。
ぶんぶんと首を振り、俺は考えを軌道修正しようとした。
そしてそこで…ある疑問が俺の頭の中に沸いた。
思わずガバッと、ベットから起き上がる。
……っていうかあれ?
俺今さ、ベットに横に…というか、昨日一日ベットに横になってたんだよな?
………神城、どこで寝たんだ?
添い寝?いや、アイツが病人の横でぐーすか寝るようには思えない。
……俺が起きた時、アイツ椅子に座ってたよな?
まさか、椅子の上で1日……?
「……マジで?」
思わず声が出てしまった。
………これは、もう信用して良いんじゃないか?
一晩中看病してくれて…泣き声一つ言わずに寝床を譲って……。
しかし、同時に俺の中の警戒心が強く信用という言葉を拒絶する。
気を許せば、死ぬぞ。そう訴えかけてくるのだ。
……うん。とりあえず、保留ってことにしよう。
今そんなことを考えてもな?確かに神城は優しくしてくれたから、さっき言い忘れてた「ありがとう」とお礼は言わないとだけどな?
雑巾で汗を拭ってくれたり、俺の着けてた包帯を巻き直したり……?
……しかし、そこでふと思う。
これ、病原菌とかそういうの大丈夫なのか?
と。
ダラダラと汗が垂れる。
だってそうだよな、ただ治癒しただけだと俺絶対病気で死ぬもんな。
今まで何ともなく生活出来てたのって結構厳重に病気とか確認したお陰だもんな。
回復薬ってそこら辺対応してるよね?
え?大丈夫?大丈夫だよね?ねぇ?
そう焦って焦って考えがまとまらない。
……でも、考えても分からない。
よし、とりあえず考えないようにしよう!
次は……あの白髪の男か。
まあ、目下の問題は奴だな。
次、アイツに戦うことになったら俺は……多分死ぬ。
生き残れる未来が、少し見えなかった。
だとするならば、俺がするべきは戦わないようにする努力だ。
まず、俺が狙われた理由だが……確か"魔族"だった筈だ。
じゃあそれをどうやって知ったか。
主に思いつく方法は二つ。
運命石による発見か……彼自身の能力によるものか。
うーん、白髪の男の能力だったら能力無効化アイテムでなんとか出来るけど……ん?
待てよ、もしかすると……
俺はゴソゴソと布団から這い出し、無効化の腕輪をつける。
そしてその上で……運命石を自身の肌につけた。
すると……、
運命石には、何も表示されなかった。
これがどういうことか……簡単に言えば、能力無効化の腕輪の効果は、運命石にも効く。すなわち、運命石を使おうがどうしようが、腕輪を着ければ運命値が表示されることはないということだ。
ふふ、ふふふふふ、ふっははははははは!!
勝った!勝った!
俺はあの時、認識阻害のアンクレットはつけていた。
ならば、彼は俺本体を認識出来ていないということだ。
となれば、俺が二度と見つかることはない!
完璧だ。誰と分からないリリさん。ありがとう。
俺は騙してきたあの女を思い浮かべ、感謝を伝える。
さて、これで考えることは一通り終わった。
ちょっと疲れたし、後はゆっくり身体を休ませ……待てよ。
そういえば、と忘れていたことを思い出す。
俺、まだ能力使ってねぇ。
いや、今は血があんまりない状態だし、試すのは危ないけど……うん。
とりあえず契約書だけでも作ーー
ーーバーンっという音を鳴り響かせて、彼は俺たちの元に登場する。
手に朝ご飯を携えて。
オレンジ色の髪を靡かせ、溌剌とした笑顔で俺を見る。
ぼやけていてもすぐ分かった。
英雄志願者だ。
その姿を見て、ああ….俺昨日から何も食べてなかったな…….と。
そう、気付いた。
そして同時に鍵は?あれ?合鍵?
そう混乱したのは仕方ないだろう。
……でも、それ以上に混乱したことがあるのも仕方ないだろう。
俺はベットに横たわってはいたが……布団を被っていた訳じゃない。
それすなわち、俺の下着姿をがっちりしっかりと英雄志願者に見られたということだ。
……叫ばなかったのを感謝して頂きたい。
「大丈夫だったか?、モモトセ」
「今、大丈夫じゃなくなったよ」
そして、心配そうに英雄志願者は俺に声を掛ける。
俺はそれに若干の苛立ちを込めて返した。
「別に男に見られても問題ないでしょ?」
「心持ちじゃ心持ち、いきなり見られるのは違うわ!」
俺はそう弁解し、ハァっとため息を吐いて質問に答えた。
「ま、怪我は見ての通り大体は神城のお陰で完治したよ」
「おお、そりゃあ良かった」
そう安心した顔で彼は朝食の乗せたプレートを持って佇んだ。
大概コイツも何考えてんのか分からねぇんだよなぁ。
改めて、俺はそう感じた。
目の前に死にかけの"魔族"が居た昨日は、一切といって登場しなかったし。
治りかけの今に登場する意味はなんだ?
訝しげに彼を見つめ、俺は疑問を口に出す。
「なぁ、昨日の夜は何をしてたんだ?」
「昨日の夜?ああ、俺はね」
「死にかけのお前を運ぶカミシロにこの宿への道案内をしてた」
……え?あの時居たの?そしてしっかり協力してんの?
「そして帰ってから今日の朝まで良い回復薬がないか探してたし」
いや、予想以上に頑張ってた。
「あ、お礼にお前の夕飯食ったから感謝は大丈夫だよ」
あ、俺の夕飯そうなったんだ。
思わずそんな感想を抱いた。
英雄志願者が……俺たちっていうより俺、"魔族"に協力。
コイツマジ何考えてんだよ。
英雄……英雄?
頭がハテナだらけになった。
とはいえ流石にコイツの前で契約書の制作とか出来ないし……なぁ。
考えがまとまらない。
だから俺はとりあえず、目の前の朝食に手をつけることにした。
パンとおかずのお肉。そして野菜だ。
食器は、フォークとスプーンである。
……異世界なのに、食器は元の世界とそのままなんだ。
でもよかった。素手じゃなくて。
そんな感想を抱きつつ、俺はそのプレートを手に取ろうと手を出す。
英雄志願者は差し出そうと足を前に出そうとしてーー床板の出っ張りに足を引っ掛けた。
あー、そういえばこれもよくあったなぁ。
普段あんま外食せずにコンビニ飯とかお弁当だったから、忘れてたわ。
そして、足を引っ掛けた英雄志願者は、そのままの勢いで俺の頭にそのプレートを叩きつけた。
そしてまた流れのまま、英雄志願者は華麗な身のこなしで倒れることなく着地。
俺は肉の油やらパンクズが顔に塗れた。
プレートはそのまま重力に従い、下に落ちる。
「……………」
「えー……とりあえず、ごめん」
そう謝る英雄志願者の方を見ながら、俺は自らの不運を改めて噛み締めた。
……俺の異世界の食事はおあずけか。
そんなことを考えて。
「と、とりあえず俺掃除用具借りてくるわ!」
英雄志願者は猛スピードで部屋を出て、この惨状を片すべく動き出した。
俺は、屈んで床に落ちたパン拾い、近くに居た白鳩に欠片を食わせてみた。食った。
これって俺たちが餌を用意しないといけないんだろうか……
そんな取り止めのないことを考え、現実逃避に走ったのだ。
そして、そういえばと思い出し、俺は扉に鍵を掛けた。
そして振り返って鳩にまた餌をと思った瞬間――
ドドドドという足音の後、
――ドーン!と再び扉を開いた。
「戻ったぞぉ」
英雄志願者はそうバケツとモップを持って元気よく、俺に言った。
「鍵……は…」
俺は勢いよく開かれた扉の衝撃を一身に受け……そう言い残して、気絶した。
…………………
…………
…
意識を取り戻すと、英雄志願者はすっかり床に散乱した朝食は片付けており、俺の汗とスープでぐちゃぐちゃになっていた制服を洗っていた。
片されたのは朝食の残骸だけでなく、他の色々な汚れもしっかりと片されていた。
視線をずらすと、俺の枕元には水を張った桶とタオルが置いてあった。
俺は身体を拭きながら、英雄志願者に質問する。
「なぁ、この部屋の鍵は?」
「あー、壊れてんだよねぇ。昨日帰ってきた時に気付いたんだけど」
その返答に、俺はまた自分の不運を嘆き、ため息を漏らした。
「ハァ……」
後で直しておこ。
とりあえずそう決心した。
そして俺は身体を拭いていると、気付いた。
俺の身体には傷一つないことを。
……回復薬ってすげぇなぁ、こんなに痕傷が綺麗に消えるのか。
繁々と、俺はそう思った。
そして拭き終わった頃と同時に、彼は洗濯を終え、バケツを受け取って、持って行った。
一段落ついた。やることは終わった。いやまあ朝食は食べれなかったがそれは別にいい。やることは終わったのだ。
今、英雄志願者はいない……すなわち、作業を進められる。
俺は不運のことを頭から振り払い、自身の能力に期待を寄せた。
にっと前を向き、紙とペンを用意する。
……よし、じゃあ契約書を作――
――そう思った最中……神城が帰って来た。
袋をぱんぱんにして。両手に…なんかヤバそうな服をぶら下げて。頭の上に鳥籠を乗せて。
「帰って来たぞー」
そう、元気よく言い放った。
お前らタイミングぅ……
思わず、そう思った。
そんなことを知ってか知らずか、まず初めにっと神城は靴や靴下を渡してくる。
それを履きながら、俺はさっき言い忘れてたお礼を口に出す。
「昨日はありがとな。一晩中看病」
「んー?いやぁ、アイツも一緒に見てくれたしそんなだよ」
「まあ無事で何より。万事オーケー!」
そう謙遜する神城に、俺は例のことについて聞いてみた。
「そういや昨日お前どこで寝てたん?」
「あー、俺?俺はぁ……」
少し溜めて、言い放つ。
「あの英雄志願者と寝てたよ!あ、腐った妄想はやめてね?」
「お前とアイツでするか!……いや、まず腐った妄想なんてしねーよ!」
俺はその発言に思わず突っ込んだ。
そしてあーっと納得した。
英雄志願者と看病して、回復薬が届いて安心して2人で寝る姿が簡単に想像出来る。
……まあ、椅子の上で寝るなんて苦行をしてなくて良かったな。
そう思うと、「ささ、着替えて着替えて」と促されるままに着替えた。
制服はあの様子じゃ今日一日また着ることはないだろう。
すなわち、今日はこの服を着て過ごすってことだが……、
……うん、あんまり着心地はよくない。
まあ、現代の靴と比べるのが悪いか。
そして次に、神城の持つ洋服を手に取った。
こっちはこの時代にしては……なんか現代風の洋服だった。
けど、やっぱりどこか古臭さを感じさせた。
けど……あれ?あの奇抜な服は?
両手に抱えていた服は俺の服じゃないのか?
そう疑問に思って、前を見ると……、
「やっぱりおしゃれをしないとね」
そう呟き、そのド派手な服を着る神城が居た。
……まあ、確かに制服じゃ目立つから自分の着替えを用意するのは分かるけど……その服セレクトは何?
「………ねぇ、それフツーにダサいよ」
「え?マジで!?……いや、でも都会人はこのくらい…」
そう駄々を捏ねる神城を無理矢理鎮め、俺の服の予備として買ったものを着させようとあーだこーだ話し合う。
そして、話し合いながら白鳩を籠の中へと押しやった。
餌は必要か分からないから、とりあえずパンと水を中に入れとく。
そんなことをしていると、英雄志願者も帰ってくる。
そして、彼は俺らの着るものが珍しいのか、じーっと俺の方を見つめた。
……うん、ちょっと恥ずかしいからやめてほしい。
これ神城セレクトだから!俺のセンスが悪い訳じゃないから!
心の中でそう言い訳させてもらった。
そして着終わると、どどん!と神城は宣言する。
「さ、英雄志願者君。昨日言ったように、案内してもらおうか」
「……え?あん…ない?」
俺が呆気に取られ、呆然と言葉を繰り返すと、神城は言った。
「そそ、俺たちこの世界……っていうかこの国について全然知らない訳じゃん」
「んだから、ここがどういう場所かを案内してくれって昨日頼んだんだよ」
「あ、一応言っておくけど、なるべく目立たないようにね」
「と、いう訳でお任せあれ!ということさ!」
そう仲良さげに会話する二人を見て、俺は呆然とする。
俺が死にかけてた時に、頼んだ?
え?俺が死にかけてたんだよね?あれ?
俺が生きてて朝涙流してたよね?え?
っていうか病み上がり…ええ!?
俺は混乱状態のまま、神城と英雄志願者に引っ張られ……とりあえず見られちゃいけなそうなものを片付けてる。
例えば、神城の――俺のは庭に干されてる――制服とか、なんか見られたらちょっとヤバそうなのはテキトーにベットの下に隠した。
……エロ本を隠すみたい、と神城に言われた。
後、暫く帰ってこないかもだから、鳩の餌としてパンクズを置いておいた。
勢いよく食べる鳩を見て、これ餌必要かぁと少し落胆した。
そうして俺はそのまま外に連れ出された。