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ライラックを青く染めて  作者: 春夏 冬
プロローグ
1/31

0話 #白の花弁 プロローグ

新作長編です。


とりあえず20話程度毎日投稿します。


面白いと思ってくれたら幸いです。

 ーー俺は不幸だ。



 紛争地帯に生まれ、少年兵として戦争に参加させる為に育てられた。



 ーー俺は不幸だ。



 戦争が激化し、俺が兵士としての役目を果たせる歳になる頃には決着は着いてしまっていた。負けたんだ。



 ――俺は不幸だ。



 俺は役目を失い、まともに生活することもままならず、ボロ切れのような姿になりながら水を求めた。



 しかし、そんな俺にも幸運なことがあった。







……否、そこで俺の幸運は使い果たしたのだろう。



 俺はある組織に拾われた。


裏の仕事やら表の仕事やらをする何でも屋のような組織に。


そこで俺は裏方……主に不人気な仕事の処理や雑務を行うようになった。


そうして、そこで初めて安定した生活…それが手に入りそうになった。


しかしその瞬間、



 ――俺は不運になった。



 ああ、そのまんまの意味だ。


別に何か悪いことが起きたわけではない。


ただ、日常のあらゆることにおいて運がなくなった。


それだけだ。



 外に出れば野犬に襲われ、気軽に食事をすれば食中毒。


運の絡むゲームを行えば理論値(最低値)を叩き出し、大事な日には雨が降る。


碌に衛生管理をしていない場所に少しいれば、すぐ倒れ、丈夫な家に住まなければ数日で家が朽ち果てる、



 人なんて簡単に死ぬ生き物だ。


転べば、頭の打ちどころが悪ければ死ぬ。


ちょっとした衝撃を胸に受ければ、タイミングが悪ければ死ぬ。


軽い怪我?入り込んだ細菌なんかが下手なものなら、ものの数日で四肢を失うだろう。


死ぬことにフィクションのような派手な不運はいらない。


ただちょっとした事故と、特大の不運があれば、人は簡単に死ぬ。


そして、そんな乱数まみれの(クソったれな)世界で、俺は不運に愛された。



 ああ、不運だ。超不運だ。生き延びれる気がしない。


……なんとか生きてるけど。



 Q.さて、問題です。

そんな不運に呪われた男は今、何をしているでしようか。


 A.今、俺は…



「ふっざけんなァ!!クソったれがァァ」



 怒号を振り撒きながら、追いかけてくる蜂から逃げています。


ちょっとした事故どころじゃありません。


フィクションでも中々ないような特大の不運に見舞われています。


ボロボロの学生服を纏い、汗やら涙やら血やらを流すのを気にも止めずに鬼の形相で田舎道を走ってます。


周りの人の気配はゼロです。蜂が逃げる気配もゼロです。



……俺の人生、今日で終わりそうです。




 俺の偽名は百歳(ももとせ) (のぞむ)



百歳まで生きたい不運な高校2年生だ。






 俺がこの場所で学生となったのは一年前。


 例の組織から、何故か日本という国の千葉の田舎の日々ヶ崎と呼ばれる市で学校に通えと指示されたのが原因だ。


そんでもって、当然のように俺の意見なんて片耳も傾けて貰えずそのまま異動。



 そうして百歳(ひゃくさい)まで生きる事を(のぞむ)という俺の願望丸出しの偽名を使い、この国で学生としてやってきました。


……そして今日、その望みが潰えそうです。



「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬゥゥ!!ちょっ誰かー!ヘルプミー!!」



 大声をあげ、惨めったらしく助けを呼ぶ。


もう五分位こうして走ってるだろうか。


依然として後ろから聞こえる羽音は変わらない。


とはいえ、いまだにこうして逃げられていると考えたらまだ良かったかもしれない。


蜂の種類のよっては簡単に人に追いつける種もあるらしい。


そう考えるとよ…いや良くねぇよ、ちっとも安心出来ねぇよ。


数匹に追いつかれ、服に乗ってくる。


それを手ーー予め手袋を着けておいた手ーーでそれを払うという繰り返し。


当然、俺の不運さから分かるように、蜂に追われるのが初めての経験なんてことはない。


だが……前追われた時はもっとすぐに居なくなってた!


こんな何分も追われるなんてことはなかった!



 巣を壊すってのはやっぱやばかったのかなぁ。



 そんなことを考えながら、己の脚力という脚力を使い、風を切って走って行く。


靴は既に泥だらけ、汗が目に入っては視界がボヤける。


そして段々と周りの景色は近所の田舎道から住宅街へと変わり、足が踏み締める地面もコンクリート状のものへと変化した。



「ちょっマジでヤバい、普通に死ぬんだけど!誰かー!」



 そう必死で呼びかけるものの、依然として周りに人の気配はゼロ。


流石に家の位置学校から遠すぎたかなぁ、と頭によぎった瞬間、すぐにヤバいヤバいという言葉が頭の中を埋め尽くす。



 そしてふと、この状況になった今朝のことが頭をよぎった。


……………

……




 薄暗い部屋の中、俺はモニターを一つ一つ丁寧に見る。


家に設置した監視カメラをチェックし、危険がないかを確認しているのだ。



「よし、大丈夫そうかな」



 ひとしきり確認し、次にと俺はカバンの方へと視点を移す。


カバンを開き、中にある一通りの教材と一通りの緊急時の道具セットを確認。


そしてそれも大丈夫そうなことを確認し、「ああ、そうだ念の為にこっちも」と懐に手を入れる。



 俺は懐に忍ばせた黒く光るそれを取り出した。



 BU9--ベレッタ ナノ(銃種--拳銃)


日本では非合法の代物。銃だ。拳銃だ。


犯罪に巻き込まれることなんてよくある俺が用意した、生きる為の道具。


俺は黒く小さく、携帯性を上げる為に凹凸(おうとつ)をなくした特徴的なその銃の引金機構やら機関部の接合部分なんかを一通り確認する。



「うん、これも大丈夫」



 そうして確認ができたら、再び懐に銃を戻し、俺はカバンを手に取った。


そして鏡で念の為身だしなみを確認し、念の為にと再びモニターをチラリと見ておく。


そこでまた大丈夫だと確信が持てると、ようやくドアノブに手をかけ、そろーりそろーりと家から出る。


俺はゆっくりと周りに危険がないかをチェックした。


……大丈夫そうだ。そう安心したと共に、俺の視界に黄色い影が入った。


そして、それが何かなんて考える暇もなく俺は足を踏み出す。



 そして……地面の下にあった蜂の巣を踏み抜いた。




「うん、やっぱあれ避けようねぇよなあ」



 改めてそう再確認する。


モニターを見ても蜂の姿なんてなかったし……いや、まあ最近見ること多くなったなぁとは思ったけどさぁ。


っていうか危険をあのモニターで発見出来なかったらなんの為のモニターだよ!


ほんと……あの位置死角とかじゃなかじゃなかったのになんで気付かなかったんだろ。


あれでダメならなぁと、死ぬ直前の諦めかかった思考が頭をよぎる。


地面に巣があったことからもこの蜂がスズメバチ科の何かという知識くらいは俺にはある。


すなわち、刺されたらthe end.終わりだ。


しかし、もうかなりの体力が削られ、こうして走っているのも限界が近づいて来ている。



「ハァ、ハァ…いやマジでヤバい、死ぬ!」



 未だに後ろから聞こえる羽音は少しは静かになったものの以前として健在で、それとは対照的に俺の体力はみるみるうちに消えて行く。


一年間慣れ親しんだ学校への通学路を辿るものの、同学年の生徒は未だに見えない。



 マジで死ぬ!ガチで終わる!


アナフィラキシーとかいうアレルギー運ゲーに勝てる気しねぇもん!


そう悲観的な思いを抱きながら、俺は死力を尽くして別れ道を曲がった。



 開けた道へと出た。


そして、そこには1人の女子高生が立っていた。



 第一印象は、綺麗というものだった。


蜂からの逃走中っていうことも忘れ、彼女の艶やかな黒髪と、その後ろ姿に…ただただそんな感情を抱いた。


そして、俺はこの蜂からの逃走中で始めて人と会えたというのに。


感謝を一欠片も抱くことが出来なかった。


そして、そんな彼女は、ゆっくりと俺の方向へと顔を向けた。


耳につけたイヤリングが揺れた。



 そして……俺に向かって殺虫剤を噴射した。



 俺は咄嗟に目を瞑る。


体力を失っていたせいか、足がもつれ、簡単に倒れ込む。


再び目を開けた時瞳に映ったのは、硬いコンクリートだけだった。


そんな俺を尻目に彼女は噴射を続ける。


俺は必死に呼吸を繰り返し、脳に酸素を届けようとした。



「ハァ、ハァ……ハァ」



 呼吸が落ち着くまでしっかりと深呼吸を繰り返す。


繰り返し繰り返し吸って吐いてを続けていく。


そうして……息が落ち着き、脳が回るようになってきた頃には既に噴出音は消えていた。


体を少し起こすと、地面には目の前にいるであろう彼女の影が映っているのが見えた。


俺は……拳を握りしめた。血が滲むほどに。


そして、彼女の影が動いた。



「大丈夫?今日のはいつもよりヤバそうだったけど」



 凛とした声が耳に伝わる。


顔が、醜く歪む。


ダメだダメだと思っても、この気持ちは変わらないと自分の中に激情が走る。


拳が震える……。喉がカラカラに乾く……。


冷や汗が止まらない。体は死んだように冷たくなった。


そして、俺は……立ち上がった。



「大丈夫大丈夫、まあ本当にギリギリだったけど」



普通に返答する。……返答できた筈だ。



 錆びた鉄の味がした。


毎日のように味わっている……血の味だ。



「それじゃ、今日も……」



 彼女はそう切り出して、俺の目をじっと見つめ、真剣な面持ちで口を開く。


いつものことだ。


毎日のように言われているあの言葉がくるだけだ。


落ち着け、落ち着け俺。


俺はそう必死で自分に言い聞かせる。


そして彼女は、



「好きです。付き合って下さい」



そう一言、簡潔に…告白した。


再び、耳につけたイヤリングが揺れる。



 錆びた鉄の味がした。錆びた鉄の味がした。



 ああ、ヤバいな……これはちょっと、……ヤバい。



 錆びた鉄の味がした。錆びた鉄の味がした。錆びた鉄の味がした。錆びた鉄の味がした。錆びた鉄の味がした。錆びた鉄の味がした。錆びた鉄の味がした。錆びた鉄の味がした。錆びた鉄の味がした。錆びた鉄の味がした。



 集中しろ。普通に……答えるんだ。



 錆びた鉄の味がした。錆びた鉄の味がした。錆びた鉄の味がした。錆びた鉄の味がした。錆びた鉄の味がした。錆びた鉄の味がした。錆びた鉄の味がした。錆びた鉄の味がした。錆びた鉄の味がした。錆びた鉄の味がした。錆びた鉄の味がした。錆びた鉄の味がした。錆びた鉄の味がした。錆びた鉄の味がした。錆びた鉄の味がした。錆びた鉄の味がした。錆びた鉄の味がした。錆びた鉄の味がした。錆びた鉄の味がした。錆びた鉄の味がした。錆びた鉄の味がした。錆びた鉄の味がした。錆びた鉄の味がした。錆びた鉄の味がした。錆びた鉄の味がした。錆びた鉄の味がした。錆びた鉄の味がした。錆びた鉄の味がした。錆びた鉄の味がした。錆びた鉄の味がした。錆びた鉄の味がした。錆びた鉄の味がした。



 ピリピリとした舌の痛みを感じる。


俺は彼女の目を見返し、一言答える。



「ごめんなさい」


「……残念、今日もダメだったか」



 彼女は…少し辛そうな顔をしてそう言った。


彼女の名前は白兎(しろうさぎ) 三葉(みつば)



 幸運な高校2年生だ。





 この学校に通うようになってからの俺の一番の不運は、彼女に出会ったことだろう。


白兎(しろうさぎ) 三葉(みつば)


良家のご令嬢で、品行方正かつ超絶美人な女学生。


勉学では模試で一桁の成績を維持し、スポーツでは殆どの競技は軽くこなせる万能人。


その目立った特徴は、まるで創作物に登場するキャラみたいだとネット上で度々話題に挙げられていた。


俗に言われる天才というやつだ。



 ああ、そして彼女が話題に挙がる時にはほぼ必ずこのワードがセットで出てきた。



 ……彼女は、幸運だと。



 曰く、ありとあらゆる運ゲーで理論値(最高値)を叩き出した。


曰く、どんな事故や事件に遭っても大事にならず無傷で帰ってきている。


曰く、曰く、曰く……彼女にはありとあらゆる幸運に関するエピソードが付き纏っていた。



 そんな幸運を彼女が持っているって、話題だった。


そして、同じ学校に通うこととなり……それが真実だと悟った。……悟らされた。



 ああ、本当に素敵で……本当に、妬ましいものを彼女は持っていた。



 妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。嫌いだ。嫌いだ。嫌いだ。嫌いだ。嫌いだ。嫌いだ。嫌いだ。嫌いだ。嫌いだ。嫌いだ。嫌いだ。嫌いだ。嫌いだ。嫌いだ。嫌いだ。嫌いだ。嫌いだ。嫌いだ。嫌いだ。嫌いだ。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。



 俺は彼女に嫉妬した。


……けれども、そんな彼女への感情を持つ俺に彼女は告白してきた。


きっかけ?そんなの身に覚えもない。


でも、された。された。されてしまった。



 ……だからこそ、こんな感情を持つ俺は告白を受け入れる訳にはいかなかった。


例え嫌いな相手でも、好きな人にこんな感情を持たれていると知られて傷ついて欲しくはなかった。


けど、彼女は断った後でも毎日のように告白してきた。


本意を伝えられない俺は、永遠と彼女と関わり続けてる。


痛みで感情を押し殺し、決して表に出さないように封じ込めて……俺はこの学校で生活している。




「それじゃ、学校行こっか」


「オーケー……っていうかよくあそこにいたね」


「いやぁ、それがさぁ……」




 他愛もない会話を繰り返し、登校していく。


高校2年生の春、ゴールデンウィーク明けの5月8日金曜日。


今日もまた、学校が始まった。




 古びた床板がギシギシと軋む。


階段を落ち着いて一段一段登って行く。


ゆっくりと…下を見ながら慎重に。


なるべく隣に一緒に歩く彼女の姿を視界に入れないようにしながら、自身のクラスのある2階へと上がって行く。


そして登り終えると、体に染みついた動きで自身の教室の前まで歩いていった。



 2年1組。クラス人数は11人。


近くに新しく高校が作られ、完全に生徒を取られていったこの学校は、1学年1クラスで運営されている。


廃校すれすれのおんぼろ高校。



 「俺たちが卒業したらすぐに潰れそうだなぁ」なんてことを考えて気を紛らわせながら、さっと教室の中へと入り、彼女に手を振って自分の席に着いた。


そして机の上に大きく突っ伏して、大きくため息を吐く。


……そして、



あ"あ"あぁぁッ、疲れたぁ!



 今朝の鬱憤を心の中で大声で叫んだ。


実際、こんなにギリギリだったのは久しぶりだ。


生死っていう意味でも、精神って意味でも。



 本当に、本当に今日はキツかった。あんだけ体力を失った後にあいつ(白兎)に会うのは本当にやばかったぁ。


そんでもってその後も何回か車に轢かれそうになるのもかわして……今日の俺、完璧じゃね?



 いやぁ、それにしても……ほんと改めてよく耐えたなぁ、俺。


うん、すごい。マジでよくやった。えらいぞ!



そう疲れた自分を自分で労う。


そうしてそんなことを思いながら、ぐだーっとしていると彼が近づいてきた。



「よお百歳(ももとせ)、元気かぁー?」



 俺の肩を揺り、彼はそうテンション高めに話しかけてくる。


そんな彼の手を振りはだき、俺は再び机に突っ伏す。



「うるせー、俺は今猛烈に疲れてんの!ほっとけ!」



 そう、朝は関わらないぞと意思表明するが、彼はそれを意にも返さず話を続ける。



「ほほーん、さては今日もまた朝からなんかしらの不運に巻き込まれたなぁ」


「まあ、そんなことはどうでもいいんだよ。いや〜、実は今日こそやったろうと思ってさー」



 そして、彼は無理矢理俺に会話に参加させてきた。


そんな彼の名前は神城(かみしろ) (ゆい)


この日々ヶ崎市にある神社の息子で、アニメやらゲームやらを俺に教え込んだ張本人である。


そして、このクラスの中でも一番に顔が広いのも彼だろう。


さて、そんな彼には1人の幼馴染の可愛い女の子がいる。


…さあ、もうこの後の台詞(せりふ)は想像つくだろ?



「今日、告白しようと思ってさ…ちょっとエールくれない?」



 耳元に近づき、ボソリとその彼女に聞こえないよう、小声でそう言った。


そしてそれをうんざりした顔で言い返す。



「お前……それ昨日も一昨日もっていうかゴールデンウィーク中にやったるとか言ってたよな?」



 そう言い返すと、神城(あいつ)はギクリとバツの悪い顔で俺を見返す。


ハァっとため息をつき、一言返す。



「このチキンが!」


「う、うるせー!き、昨日や一昨日はたまたまタイミングが悪かっただけ!」


「今日は大丈夫……いや、うん、今日はガチでいける日だから」



 そう真剣な眼差しで俺を見返した。


俺は疑いの眼差しを彼に返す。


そしてそのタイミングで……チャイムが鳴った。



 AM8時40分。始業時間だ。



 先生が教室に入ってくる。


クラスメイト達はどたどたと忙しなく、虫が散るようにさーっと皆が一斉に席に着く。


そして先生はハラリと、出席簿を開いた。



「えーっと今日は……ああ、釧路(くしろ) 美鈴(みすず)が病欠か」



 クラスを見渡し、そう呟く。


そして出席簿に書き込んでいたその時――、



 "彼"は、席を立った。


誰かって?ああ、ごめん……分からねぇんだ。


"彼"としか言いようがない……だって、"彼"が誰だか分からなかったのだから。


クラスメイトの一人である筈の彼。


ああ、その時ばかりは、そうとしか認識出来なかった。



 そして"彼"は、黒く光る()()を持って…()()を先生へと向ける。


俺は()()に見覚えがあった。


SigSauer P320 M17 MHS(銃種--拳銃)


御信用の銃を探している時にチラリと広告で見た。


米軍にも採用されたその茶色の銃を、"彼"は先生へと向けた。



 先生は依然として下を向き、何かを記入していた。


そして"彼"はカシャリとスライドを引く。


そして何をするかなんて考える暇もなく、先生へと"彼"は弾を放った。


パンッと銃声が響く。


先生はその拳銃の激しい衝撃に当てられる。


先生は、頭から血を吹き出して黒板にもたれかかり、崩れ落ちた。


頭に一発…即死だっただろう。


空薬莢(からやっきょう)が地面にカランッと落ちた音が聞こえる。


同時に、複数人の叫び声が聞こえた。



 そして、彼は俺に向かって拳銃を向けた。



 俺は未だに、状況の把握に頭がついてこなかった。


何が起こっているのか…一目で分かるこの状況の説明を自分の頭で処理し切れなかった。


一年とはいえ、やっぱりこのクラスで過ごした日々に愛着心でもあったのだろうか。


不運で事件や事故に慣れていた俺の脳は、突発的な事態に慣れていた筈の俺の脳は、この時ばかりは全く仕事をしなかった。


そして"彼"は、引き金を引く。



 パンッという発砲音の後に、血飛沫が目に映った。



 そして同時に……長い黒髪が目に入ってきた。



 誰かなんてすぐに検討がついた。


今朝あったばかりだ。忘れる筈がない。



 白兎(しろうさぎ)だ。幸運な彼女だ。



 彼女が彼女が彼女が彼女が彼女が彼女が彼女が彼女が彼女が彼女が彼女が彼女が彼女が彼女が彼女が彼女が彼女が彼女が彼女が彼女が彼女が彼女が彼女が彼女が彼女が彼女が彼女が彼女が彼女が彼女が彼女が彼女が彼女が彼女が彼女が彼女が彼女が彼女が彼女が彼女が彼女が彼女が彼女が彼女が彼女が………、



 俺を庇った。



 両手を開き、全力で俺を、彼女は銃の弾丸から守った。


そしてその結果、代わりに彼女が弾丸を受けた。


起こったのはただそれだけのことだ。


それだけの筈なのに…俺の頭は依然として動かない。



 彼女の肢体がだらりと崩れ落ちる。


俺は咄嗟に、そんな彼女を支える為にそっと後ろから抱きしめた。


短く、苦しそうに彼女は短く呼吸をする。


恐らく、当たったのは肺だろう。


彼女は口から血反吐を吐いた。


そして同時に……俺の脳内に一つの感情が暴れまわる。



 ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。



 この感情は、ダメだ。


身を任せてはいけないと危険信号を脳へ送り込む。



 力なく俺にもたれかかった彼女は、必死で俺の服を掴む。


死ぬまいと。生きようと、掴んでいた。


コヒューコフューと苦しそうに息をする音が俺の耳に入ってくる。



 そして彼女はゆっくりと……口を開く。



 やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。



 この高校生活中、彼女は永遠と俺に好意を伝え続けてきていた。


それ故に、次にくる言葉に想像がついた。


そして今、その言葉は絶対に聞きたくなかった。



「……好き…で……」



 彼女はそう口から思いを発し、ゆっくりと瞼を閉じた。


先程まで凄い力で俺の服を握りしめていたその腕が、ダラリと下がりプラーンと動く。


イヤリングが光を反射しながら少し揺れた。


俺は呆然と彼女を抱きしめた。


彼女は、死んだ。死体となった。骸になった。



 死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。



 ただただそんな事実が頭を流れた。


俺は、本当に自分に嫌気が差した。



「ふざけんな、クソったれが」



 そう呟くと、俺は彼女をゆっくりと床に下ろし、立ち上がる。


そして一つ、呼吸をした。


なんでだろうか、さっきとは打って変わって、頭の中は冷静だった。


俺はさっと、辺りを見渡す。


血が、死体が、惨劇が、クラスメイトとして過ごしていたものたちが目の中に映る。


阿鼻叫喚の声が、耳へと入る。



 そして最後に……"彼"を認識した。


まだ生きて、逃げ回っているクラスメイトを殺そうと狙いを定める……"彼"を認識した。



 俺は、懐の中に手を入れ、拳銃を取り出す。


朝確認し、動作不良はあり得ないであろう、それを取り出す。


そしてカシャリと上のスライドを引いた。




そしてゆっくりと………()()()()()()()()()











 俺は……あいつ(白兎)が死んだ瞬間こう思った。



 最高かよ、と。



 ああ、俺は喜んだ。歓喜した。心の底から嬉しく思った。


だって心から大嫌いなあいつ(白兎)の死に目に会えたんだ。


嬉しくない訳がない。



 そして同時に、本当に……クソだと思った。



 自分を好いている相手が、命をかけて俺を守り、そして死んだ。


なのに守られた俺はそれを喜んだんだぜ?


ああ、つくづく……ふざけてる。


俺は俺の頭に、一つ命令を出した。



 ーー自罰しろ。



と。


 だってそうだろ?悪いやつには罰を与えないと。


そしてこの場で自分を咎められるのは……自分だけだ。


例えこの場から逃げ切れて、生き残れたとしても、こんな感情を持ったのにそのまま気にせずのうのうと生きていくのは、絶対に俺は嫌だと思った。



 ――自罰しろ。



 罰を持ってしてこの罪を(そそ)げ!



 俺は引き金に指をかける。


そして、力を込めた。




 けれど、指は少しも動かなかった。




 なんだ?恐れているのか?死を。それとも……



 そう頭の中で指の動かない理由を探す。


そして……理由に辿り着いた。




 ああ、そうか。


俺……俺、嫌いな白兎(あいつ)が死んで、そしてそれに喜んだこと……、


たったそれだけの理由で死にたくないんだ。



 手がガタガタ震える。指が痙攣する。


今更死の恐怖に怖気付いたのか。


俺の腕は銃口を必死で下ろそうとする。



 そして同時に……自分の名前が……名前(のぞみ)が脳内に反芻(はんすう)した。



 ――百歳(ももとせ) (のぞむ)


 ――百歳(ももとせ) (のぞむ)



 ――百歳(ひゃくさい) (のぞむ)









知るか死ね。




 俺は、頭ごと机にガンッと叩きつける。


拳銃が机に当たり、机に傷が残る。


そして、その反動でカチリと指に引き金を押させた。



 パンッという発砲音の後に、自分がばたりと倒れ込んだのが分かる。


カランッと空薬莢(からやっきょう)が落ちた音が聞こえた。


地面に倒れ込んだ俺の瞳には、"彼"が少し驚いた様子でこちらを見ていた光景が映る。


それが少しおかしくて…俺はちょっと、一矢報えたような気がした。


血がどばぁっと溢れていくのを感じる。


寒いような暖かいような……そんなおかしな感想を抱いて、俺の思考は微睡(まどろみ)に沈んだ。









『次のニュースです』


『午前8時53分ごろ。

千葉県日々ヶ崎市、日々ヶ崎高等学校にて、()()()()で倒れる教員含め9人が教職員により発見されました』


『すぐに近隣の病院へと救急搬送されましたが、未だ意識が戻る気配は感じられません』


()()()()()()()、専門家は――』

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