鍛錬(4) 魔植物採取
ダンゴムシは、力持ちのルドフランがベースへ運んでいる。いくら彼でも、さすがに重そうだな。
「ルドフラン。無理しないで、休み休みでいいからね」
「お気遣いありがとうございます。ですが、大丈夫です」
そう言うなら大丈夫なのかな。ベースに戻った頃には、ちょうど昼ご飯の時間になってた。
「昨日の鹿を食べよう」
そう言って僕は火を起こした。ある魔物植物から抽出した油を薪にかけて、魔力を込めると火がつく。あたりには湿った苔や落ち葉の匂いがうっすら漂っていて、火の煙に混じるその香りが少し心を落ち着かせてくれる。
鹿は昨日のうちに捌いておいたから、その一部を焼くことにする。味付けは塩だけなんだけど、ルドフランが教えてくれた胡椒みたいな風味のする野草の汁をかけると、なかなか美味しい。
肉を焼きながら、これからのことを考える。一昨日からルドフランは寝てないはずだし、帰りの日程を考えると、鍛錬に使える時間はあと一日だけかあ。
一応レベルも上がったし、そこまで無理をする必要はないのかもしれない。あんまり無理をすると、サリナがきっとうるさく言いそうだしな。
「ルドフラン。ご飯を食べたら、少し寝なさい」
「いえ。サリナ様に怒られます」
やっぱり、サリナへの忠誠心はすごいな。
「あのね。僕は、あと一日は鍛錬するつもりなんだよ。考えたくないけど、もしものときにルドフランが万全じゃなかったら、本当に困るからさ。だから、ちゃんと休まないとダメだよ」
ルドフランはしばらく黙って考えていた。
「分かりました。一時ほど休ませていただきます」
納得してくれたみたいだ。ゴロンと地面に横たわった彼は、ぴくりとも動かなくなった。きっとすぐに眠りに落ちたんだろうな。
僕がひとりで魔物討伐に行けば、きっとルドフランは飛び起きてついて来るに決まってる。だから今日はあまり大きなことはできない。眠ったルドフランの少し離れたところに座ってみたけど、やっぱりひまだな。
結界の張ってあるこのあたりなら、大丈夫だと思う。僕はベースの周りを少し散策することにした。魔物植物でもないかな、ってあたりをキョロキョロしてみると、木々の間から差し込む柔らかな光が、ゆらゆら揺れる葉の影を地面に映してる。風が吹くたび、枝葉がざわざわ揺れて、小さな赤や青の小鳥が枝から枝へ飛び移るのが見えた。
そのとき、大木に絡みついた蔦を見つけた。上の方には、赤い実みたいなものがついてる。
「あっ。あれって……」
見覚えがある。たしか、聴覚を研ぎ澄ます魔法薬『クリンイヤー』の原料だったはずだ。魔植物名は『ミミリン』。高く取引されるんだよな。
「よいしょっと」
大木を登って採取する。木肌は苔でしっとりしていて、手のひらに冷たい感触が伝わる。よく見ると、実というより茎の節くれみたいだ。普通の植物で言うと、虫こぶみたいな感じだな。腰の麻袋がいっぱいになるくらい採れた。
「これって、そのまま食べたらどうなるんだろう?」
地面に降りて、ひとつ齧ってみた。口に入れた瞬間、森の澄んだ空気とはまるで違う、鋭いえぐみが舌に走った。
『ピン』
なにかスキルを獲得したみたいだ。
【魔力探索スキル Lv.3 …耐毒体質を持ち、ミミリンの似果実を摂取することで得られたスキル。発動すると中程度の魔物の魔力を感知できる。持続時間は1時間5分。】
これは嬉しいスキルだな。魔力を感知できれば、危険を避けられるし、討伐のときにも無駄に迷わずに済むし。耐毒体質と関わりがあるってことは、やっぱり毒性があるのかもしれないな。
そして、さらに嬉しいことが起きた。サリナとアンフィのレベルが上がったことが分かった。共成長スキルって、やっぱりすごいな。
僕がレベルアップした影響で、二人のレベルが上がったんだろう。共成長スキルのおかげで、僕が強くなるとテイム体たちも一緒に成長する仕組みみたいだな。
サリナはアントラーとしてのレベルが二つ上がってLv.12に、アンフィは一つ上がってLv.6になったみたいだ。スキルアップはしなかったみたいだけど、それでも嬉しいな。
アンフィもレベルが上がったことで、間接テイム体も一緒に成長できることが分かった。サリナの半分くらいの成長幅みたいだから、直接テイム体とは伸び方に差があるのかもしれないな。
結局、ルドフランは二時間ほど眠ってから起きてきて、その後は魔物植物の採取に時間を使うことになった。
・精神安定効果のある『ビューラ』。
・洗浄剤の成分になる『キレイダネ』。
・乾燥剤として役立つ『ミズトリノキ』の枝。
などなど、なかなかの収穫だったけど、荷物の量は相当なものになっちゃった。森の奥からはときどき、不思議な鳥の声や虫の羽音が聞こえてきて、風が運んでくる木々の匂いが一層濃く感じられる。
「二度に分けないと運べなさそうだな」
一度運んでいる間に、魔物に持ち去られる可能性もありそうだよな。
「あの、ユリアス様。我らの同胞を呼んではいかがでしょう」
そういえば、サリナは従える者たちと念思でやり取りできるって言ってたっけ。
「そうだなぁ。今から来てもらうとして、いつ頃ここに着くのかな? それに、この場所が分かる?」
「それは大丈夫です。我ら一族特有の匂いを付けていますから。今晩中には到着するでしょう」
「そうなのか? なら心強いな」
「はい。では、話をしてまいります。少々お待ちください」
というわけで、荷を運んでくれる者たちが来てくれることになった。でも、その者たちに名前をつけるのは慎んでほしいって、サリナから言われてるんだよな。
名前がないのって不便じゃないかなって思ったけど、聞いてみたら、名前をつけるとアリ型に戻れなくなるんだとか。だったら、戻らなくていいような住まいを用意してあげればいいんじゃないかな。
今回の収穫で、きっとかなりの稼ぎになると思う。ドワーフたちに頼んで、屋敷を増築するか、新しい家を建ててもらおうって決めた。
荷物の運搬の目処がついたおかげで、さらに素材集めに集中できる。
僕たちはまた、魔物植物の採取を続けた。