留守番
ユリアス様が出立なさいました。護衛の者を一人お連れとはいえ、心配でなりません。娘のアンフィも落ち着かない様子で、そわそわしています。
私たちはシムオール市の郊外に住んでおります。ここはもともとユリアス様の祖父上のお屋敷だったそうで、広く五部屋と地下室があります。そのうちの一つがユリアス様の御部屋で、私も一部屋を与えられております。最近ではアンフィも、間接的とはいえユリアス様に仕える身となり、一部屋をいただきました。地下は私たちアントラー族に与えられており、大きく拡張され、私の配下とアンフィの配下を合わせて百二十名がそこで暮らしているのです。
もっとも、私たちの配下は普段、手のひらほどの大きさのアリに似た姿をしておりますから、それほどの広さは必要ございません。必要なのは、私たち母娘が配下を生み出す部屋と、そのための物資を蓄える貯蔵庫くらいのものです。
「おや?」
「お母様? どうなさったの?」
「ユリアス様にお供している者が、お名前をいただいたようですわ」
「あら!? ……ユリアス様らしいわね。となると、一部屋ご用意した方がよろしいのではなくて?」
私と私の配下、私とアンフィ、そしてアンフィとアンフィの配下は、それぞれ念思で意思の疎通ができます。私はユリアス様のご動向を、配下を通じて逐一報告させているのです。
「ああ、そうね。ユリアス様もお好きですものね、そうしたことが」
私たちは空いている部屋を、『ルドフラン』と名付けられた配下のために整え始めました。
私たちはユリアス様に名を授けられたり、直接魔力をお与えいただくと、人型の姿に固定されます。いわゆるアリ型には戻れなくなりますが、それは私たちにとっては好ましいことで、魔力・体力・知力の全てが高い状態で安定し、過ごしやすくなるのです。
「でも、お母様。この調子でユリアス様が他の方々にもお名前をお付けになったら、お部屋が足りなくなってしまいますわ」
「そうね……。お名前をいただくのは光栄なことだけれど、少し慎重にしていただくようお願い申し上げるわ」
あのお方のことです。目につき、交流をもった者にはすぐにお名前を与えたくなるのは、目に見えておりますもの。
ルドフランの部屋が整った頃、アンフィがお茶を勧めながら問いかけてきました。
「お母様、わたくしはユリアス様がご成長なさった折、どのようにお仕えするのがよろしいとお考えですか?」
「どういう意味かしら?」
「いまはお母様を介してユリアス様にお仕えしています。でも、いつかは直接お仕えしたいと思っているのです」
なるほど。そういうことなのね。アンフィは、私を介しての間接テイム体ですもの。直接ユリアス様に仕えたいという気持ちは自然なことでしょう。
「良いことだと思うわ。そのためには貴女もさらに成長しなくてはなりませんね」
「はい。精進いたします」
アンフィが成長し、跡継ぎを育てるようになれば、今度はその子が間接テイム体となるかもしれません。そうなると、私を介した者はいなくなるわけで……。私もアンフィの妹を生み出すことを考えなくてはならないかもしれませんね。
「そうだわ、アンフィ。これからは私たち、配下の者たちのことを家族と呼ぶようにしましょう。ユリアス様は『配下』や『従者』という言い方をあまりお好みではないようですから」
元より私の魔力を核に生まれた者たちです。配下の者たちは全て雄なので、アンフィが娘であるなら、彼らは私にとって息子たちということになります。これまで私は彼らを下僕としか認識していなかったけれど、これからは考えを改めなければいけません。
その後も、私たちはやきもきしながら留守を守っておりました。
「私はユリアス様のところへ向かいます!」
「どうなさったの!? お母様!」
「どうもこうもございません! ユリアス様がまた危ないことをなさったのです! たった今、シープキラーに襲われたとの報せが……!」
「えっ!! で、間に合うのですか!?」
ルドフランがすでに退治したと連絡は受けています。
「そ、それはルドフランが討ち果たしたそうなのですけれど……」
「……お母様。それなら心配しても仕方ございませんわ。お帰りをお待ちしましょう」
「…………」
昔から、ユリアス様には心配ばかりさせられてまいりました。あのご容姿に似合わず、やんちゃで本当に困ったお方ですわ。アンフィに諭され、ようやく少し落ち着いてきました。
「アンフィ。貴女の配下からも一人選びなさい。私からルドフラン、そして貴女のところから一人を、今後はユリアス様の護衛につけることにいたしましょう」
こんなことが度々あっては堪りませんもの。備えは常に必要です。
準備といえば、私は日々飛行の訓練をしております。ユリアス様と共にいたことで得られたスキル『飛翔』を、使いこなせるようにならねばなりませんから。飛べば飛ぶほど、必要な魔力も少なくなり、自由に飛び回れる感覚が確かに増してまいります。
飛んでいる私を、アンフィは少し羨ましそうに見つめていますが、それを思うとわずかな優越感があります。しかし、それも束の間のことでしょう。ユリアス様や私が成長すれば、アンフィもいずれ新たなスキルを得るに違いありません。私はユリアス様の最初のテイム体であり、同じ立場の者が増えようとも、**「最も信頼されている者」**という誇りだけは譲るつもりはございません。
そのために、家族たちにも日々、鍛錬と知識を蓄えさせております。
それでも、その後も次々と連絡が入り続けました。やきもきする留守番の日々は、まだ続きそうです。