マーベラとの婚約
話はまたアルセイデスの森に。
一夜明けて──。
マーベラの防具が完成し、僕たちは再び、森の奥のツチグサレを目指して歩き始めた。
「ユリアス様も、マーベラの真っ直ぐな気持ちに気付いておられますよね」
アンフィの言いたいことは分かっている。
マーベラはいつも、まっすぐに想いをぶつけてきてくれる。恥ずかしくなるくらいに。
サリナとアンフィは、マーベラも僕の「お嫁さん」になるべきだ、と考えているらしい。
でも僕には、まだ夫婦ってものがよく分からない。まして、奥さんを複数持つなんてことは──。
「あのさ。アンフィたちは、それでいいの?」
「ええ。出会った時から、マーベラのユリアス様への気持ちは変わっていませんもの。私たちは同士ですから。ふふっ」
なんだか嬉しそうに笑うアンフィ。
「そうか。……マーベラ自身はどう思ってるんだろう? それが一番大事じゃない?」
サリナとアンフィが僕の婚約者になった時、マーベラは「アタシはいいや。ユリアスと一緒にいられればそれでいいからさ」と言っていた。
「本心なわけないに決まってるじゃないですか。私やお母様に遠慮してというより、ユリアス様の負担にならないように、一歩引いたんですよ」
「そう、かぁ……」
さっきも言ったけど、結婚ってよく分からない。
でも、マーベラがいいって思ってくれるなら、僕も嬉しいんだ。
アンフィが、じっと僕の顔を覗き込む。
「ユリアス様。マーベラに気持ちを聞いてみようなんて思っておられませんよね?」
──思ってるよ。だって、嫌々だったら駄目だし。
「それはダメです! あの性格ですもの。“アタシは今のまんまでいいよ”とか言うに決まってます!」
うん……。前もそうだったし、確かにそうかも。
アンフィは、僕のほうからお嫁さんになってくれって頼む方がいいという。そういうものなのかな。
アンフィが、マーベラを連れてきた。
マーベラは「何ごと?」って顔をしている。
僕も、マーベラのことは大好きだ。
いつも真っ直ぐで、曲がったことが大嫌い。優しくて思いやりがあって、ちょっと大雑把で乱暴なところもあるけど、それすら彼女の魅力のひとつだ。
「マーベラ。僕のお嫁さんになってよ」
「えっ!?」
マーベラの動きが止まる。
そしてアンフィのほうを見る。アンフィは柔らかい笑顔で頷いた。
みるみるうちにマーベラの顔が赤くなり、僕をじっと見つめる。
「ほんと? いいの!?」
「うん。なってくれる?」
返事の代わりに、マーベラが体当たり気味に僕に抱きついてきた。
「なる! なるなる! ありがと、ユリアスーっ! 大好きーっ!」
そして、僕の顔をまたぺろぺろと舐めてくる。
「だから! それはやめなさい!」
「やだーっ! 止めないよー!」
こうして、僕の奥さんは三人になった。
サリナ、人間年齢29歳。
アンフィ、人間年齢26歳。
マーベラ、人間年齢25歳。
僕はもうすぐ18歳になるから、みんな僕よりずっと年上だ。
──ずっと仲良く暮らしていこう。
⸻
- 数時間後 ビレッジ・ユリアス -
エリナはルドフランから報告を受けた。
「やるわね! ユリアス!」
立ち上がった勢いで椅子がきぃっと音を立て、エリナは机の上の書類をばさばさとかき分ける。
「えーと、あれでしょ、それからこれもいるわよね……式場の装花! 引き出物! 衣装も確認しなきゃ……!」
羽ペンを口にくわえたまま、部屋の中を右へ左へと歩き回る。
「ルド! ラト! あの子たちが帰ってきたら、式を盛大にやるわよ! 準備しときなさい!」
手に持った羽ペンを振り上げて叫ぶエリナ。その顔には慌ただしさと同じくらい、抑えきれない嬉しそうな笑みが浮かんでいた。
帰還後、ユリアスの結婚式を執り行うことが決まった。
いつ帰ってくるのかは未定だが、サリナの見通しでは、あとひと月ほどだろうとのこと。
妖精のマイムによれば、目的地の近くまでは進んでいるらしい。
エリナはちょこっとした式なんて考えていない。
どうせやるなら、来賓も招いて盛大にやるつもりだ。
「さあ、忙しくなるわよー!」
机に戻るやいなや、また別の書類を引っ張り出してくる。
その動きには、慌ただしさ以上にワクワクがにじんでいた。
ユリアスたちが留守にしているパドレオン男爵領は、明るい空気に包まれていた。
「エリナ様。教会はどこにしますか?」
尋ねたのは、サリナの後継者・ディアドフィンだ。
「教会なんか行かないわよ。牧師を呼ぶのよ!」
この国には二派の宗教がある。
為政者の端くれであるユリアスが、どちらかに肩入れするのは、今の段階では避けるべきだという。
だから、牧師は二派からそれぞれ呼んで、祝ってもらうというわけだ。
それもエリナだからこそ成せる力技だ。
「お披露目はユリアス邸でやるわ。大広間なら200人は入るはずよね。
ステイラ! これから招待客の人選するわよ!」
エリナが選ぶ招待客は、身分も様々だった。
そして名簿には「女王陛下」の名前まであり、周囲がざわめく。
ほかにも、グオリオラ公爵など名だたる貴族たちの名が並んでいた。
それぞれが連絡を取り合い、準備を進める。
さらに、コルメイスをパレードさせるということで、軍部もその練習を始めた。
本来ならパレードなどしないが、武力を見せつける良い機会だとして行うらしい。
「なぜ、そこまで大仰になさるのですか?」
「いい? ユリアスは若くて、貴族になってまだ日が浅いわよね。領地も日々増えてる。
やっかみや妬み……。今後のことを考えると、そういう連中に釘を刺しておく必要があるのよ!」
人間関係──特に貴族関係には、ユリアスをあまり関わらせたくない。
彼には自由に行動してほしい。
エリナはそう願っている。
ユリアスの思考と行動の根源は、親しい者たちが困らず、幸せを感じられるようにというところにある。
領地を増やすのも、強くなって魔石などの収入を増やすのも、そのためだ。
──エリナは、その想いを全力で支えるつもりでいる。