鍛錬(3)ダンゴムシ退治
2日目の夜は、それなりに騒がしかった。僕が張った結界札は2種類ある。
一つは、人間には感じられないが、魔物の嫌がる匂いを発するもの。どちらかというと、人家で使う虫除けのようなものだ。
もう一つは、魔力を外に漏らさないための札。こちらが主力で、魔術師の魔法陣が組み込まれている。一定範囲内に複数の札を貼り、それぞれに魔力を込めることで発動する仕組みだ。
深夜、突然強い魔力を感じて、僕たちは飛び起きた。眠り自体が浅かったから、すぐに反応できた。感知した魔力は、相当大きい。
『ぐるるっ』
目の前に現れたのは、ウルフ型の魔物――《シープキラー》だ。
「ルドフラン!」
僕が叫ぶより早く、彼はすでに臨戦態勢をとっていた。
結界札は、魔物の侵入を完全に防げるわけじゃない。侵入しづらくはするけれど、空腹や興奮状態の魔物にはあまり効果がないのだ。
シープキラーは僕たちを一瞥し、すぐに僕のほうへ向き直った。僕のほうが狙いやすいと判断したのだろう。それは正解だ。
相手はCランクの魔物だ。Fランクの僕では到底かなう相手じゃない。一太刀も浴びせられなくても当然だ。
「ルドフラン!僕がやる!」
「ユリアス様!無茶です!」
そのやり取りの間に、シープキラーが襲いかかってきた。僕は精神を集中させ、全身と長剣に魔力を纏う。
鋭い爪が振り下ろされる。咄嗟に身をかわし、剣を振り抜いた。
「チッ」と、小さく肉を裂く感触があった。さらに集中する。相手は前脚の力が強く、爪が鋭い。初撃さえ躱せれば、勝機はある。
『がるっ!!』
僕はぎりぎりまで引きつけ、横へ飛びながら剣を薙いだ。
手応えがあった!
『どさっ』
気がつくと、シープキラーは首を切断されて横たわっていた。
「ユリアス様!ご無事ですか?」
「ああ、大丈夫。結局、ルドフランに助けられちゃったな」
そう。シープキラーの首を落としたのはルドフランだった。僕の剣が斬ったのは右前脚だけ。脚を斬られたシープキラーが僕に噛みつこうとした瞬間、ルドフランが一閃したのだ。
『ピンッ』
その時、頭の中で心地よい音が響いた。どうやらスキルかレベルが上がったようだ。
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テイマー Lv.9
スキル1: テイムスキル Lv.2
スキル2: 間接テイム(固有スキル)Lv.1
スキル3: 共成長 Lv.5
スキル4: 体力・魔力回復 Lv.2
スキル5: 俊足 Lv.1 … スキルを発動すると通常の1.5倍の速度で行動できる。発動時間5分。(NEWスキル)
♦♦♦♦♦
やった!レベルが上がった。それに《俊足》スキルも嬉しい。熟練のテイマーは数多くのスキルを持っているらしい。こうやって少しずつスキルが増えていくのだろう。
「ユリアス様。肘を怪我されているようですが、ヒールをおかけしてもよろしいでしょうか?」
「ん?ルドフラン、ヒールが使えるの?」
「はい。それ故に、私が同行を命じられたのだと思います」
なるほど。過保護なサリナらしい心遣いだ。
「では、お願いするよ」
ルドフランにヒールをかけてもらうと、すぐに痛みが引いた。
疲れているはずなのに、気が張っているせいか眠気は来ない。ルドフランといろいろ話しているうちに、いつの間にか眠ってしまった。
翌早朝、ダンゴムシの魔物を倒すため、昨日見つけた水の流れの場所へ向かう。
そこは細いせせらぎの脇にあり、水がさらさらと音を立てて流れていた。せせらぎの流れに沿うように小さな平地が広がり、そこにダンゴムシは昨日と同じように、どっしりと鎮座している。
背後は鬱蒼とした深い森が迫っていて、木々の影がまだ朝の光を遮っていた。わずかな霧が立ちこめ、空気はひんやりとしている。
そのダンゴムシの背後では、ボア型(猪型)の魔物がダンゴムシを舐めているように見える。
「あれは何をしているんだと思う?」
「さあ、何でしょうか。夜露でも舐めていたのでしょうか」
僕らが一歩踏み出すと、ボア型の魔物は逃げていった。ダンゴムシの背後を調べてみる。
「ん?これは……」
ダンゴムシの背中はアダマントのように硬い鎧で覆われているが、中央やや下に鎧の継ぎ目がある。その隙間から、薄い水色の液体がツーッと流れていた。その色合いに見覚えがある。
「これ、ポーションじゃないか?」
「は?回復ポーションのことですか?」
「うん。さっきの《グレーボアトル》は怪我してたし、それを舐めてたんじゃないかな」
試しに、空の硝子瓶に植物の茎を伝わせて液体を集める。日の出までの小一時間で、2本分ほど集まった。全部を取りきれたわけじゃないが、ダンゴムシから流れた液体は結構な量だったと思う。やがて、日の光が差し込む頃には液体の流れは止まった。
「さて、倒すよ!」
ダンゴムシの動きが落ち着いたので、昨日の続きだ。
『ガキンッ!』
やはり硬い。うっすらと見える継ぎ目を狙って剣を振るうが、まったく刃が立たない。どうしたものか……。
ルドフランは周囲を警戒しながらも、退屈なのか木を「ドンッ」と叩いて、落ちてきた木の実を拾っている。
「あ、そっか。試してみよう」
拳に多めに魔力を集め、横からダンゴムシを叩いてみた。微かに衝撃が伝わる感覚があった。
「ん……」
さっきより集中して、拳だけに魔力を注ぐ。
「そりゃあっ!」
渾身の力を込めて拳を打ち込む!
「パカッ」
軽い音がして、ダンゴムシが少し開いた!
僕は何発も拳を叩きつけた。十発、二十発……。何十発か打ち込んだとき、ダンゴムシは大きく口を開け、脚を揃えてぴくぴくと痙攣しはじめた。
僕は剣を引き抜き、ダンゴムシの体をそっと押し開く。ルドフランも隣にしゃがみこみ、一緒に中を覗き込んだ。
ダンゴムシの内側は外殻と同じように硬質で光沢があり、けれども所々に細い隙間が見える。そこには無数の鋭い歯が並んでいて、わずかに光を反射していた。
冷たい空気が漂い、ふたりとも無言のまま息をのむ。ルドフランが小さくつぶやく。
「瀕死のようですね。このように倒す魔物がいるとは……」
やった!これで未知だった魔物を倒せた!