鍛錬(2)カラカラとダンゴムシの魔物
朝、冷気とともに目が覚めた。辺りはまだ薄暗く、夜明け前だ。隣には、変わらずルドフランが座っている。
「昨晩はお疲れ様。そして、ありがとう」
「おはようございます。大したことはしておりません」
少し離れた地面に、転がっていた魔石を拾う。小さな魔石が七つ。
それを手のひらに乗せて、ルドフランに笑いかけた。
「ご存知だったのですか?」
「もちろんさ」
いくら鈍感な僕でも、魔物が多い森の中で、無警戒に眠れるわけがない。
小さな物音や気配で何度も目が覚めた。その中で、ルドフランが魔物を倒す姿を見た瞬間――妙に安心して、その後は少し深く眠れた気がする。
「その魔石を、どうされるのです?」
「器として使おうと思ってね」
「……器、ですか?」
不思議そうな顔をするルドフランに、僕は説明してあげた。
「このくらいの魔石って、魔力の含有量も質も低いんだ。だけどね、自分の魔力に染めやすい」
僕は魔石を握り、魔力を込める。
内部に残った魔物の魔力を押し出し、自分の魔力で満たしていく。高品質な魔石ではできないけど、この程度ならほとんど力も要らない。
灰色だった魔石は、深い藍色に変わり、星屑のような光がちらちらと浮かび上がる。
これを森に転がしておけば、僕の魔力に惹かれて魔物が近づいてくる。
いわゆる待ち伏せ作戦。魔石の大きさ的に、いきなり大型魔物が来ることもないはずだ。鍛錬にはちょうどいい。
食事と身支度を終え、僕たちは昨日のベースからさらに奥へと進んだ。
30分ほど歩き、1キロ先の静かな場所で、魔石を転がす。
近くの大木の根元に腰を下ろし、目を凝らして待つことにした。
『ガサガサッ』
下草を掻き分け、魔物が現れた。飛べない鳥型魔物『カラカラ』だ。
Dランクで長い嘴と硬い羽が特徴。街道に現れて人に怪我を負わせることもある。
「ていっ!」
魔石に気を取られて無防備に近づいたカラカラを、魔力を薄く纏わせた剣で斬る。
ランクが上の魔物には苦戦するが、油断していたためか意外とあっさり倒せた。
その後、二時間で十羽ほどのカラカラを狩ったところで、さすがに疲労が溜まってきた。
「ふう、一休みしよう」
そう言うと、ルドフランが走ってきて水筒を差し出す。
冷たい水が、火照った喉と体を潤してくれた。
しばらく休んでから、さらに森の奥へ足を伸ばす。空気が変わってくる。漂う魔素が濃くなっているのが肌でわかる。
「さて、この辺りが僕の限界かな」
「ユリアス様。ここまで来ると、魔素密度はかなりのものです。危険と考えます」
ルドフランの忠告はもっともだ。
Fランクの僕が、そう簡単に踏み込むべき領域ではない。だけど、僕はサリナやアンフィの主であるべき存在だ。
彼女たちの仲間――ルドフランのような者たちも守れるだけの力が必要なんだ。
少し開けた陽の差す平らな場所にベースを設けた。
その間にも、ビントルの上位種『キラービントル』や、再び現れたカラカラを退治する場面もあった。
午後になる頃には疲労も濃くなり、僕は結界札を荷物から取り出す。
高価な品だけど、この辺りの魔素濃度では致し方ない。貼り終えたとき、ようやく安堵の息が漏れた。
ふと、耳を澄ますと『チョロチョロ』と水の音がする。
僕たちは音のする方向へ向かってみた。
そこには、細いせせらぎがあった。流れは浅く、土砂が崩れれば止まりそうな程度。けれど、その両脇には苔が生え、確かな命の流れを感じさせた。
僕は少し離れた場所に腰を下ろす。
「ここで何を?」
「待つんだ。水を飲みに、魔物が来るかもしれない。魔物じゃなくてもいい。普通の獣でも、食料になるからね」
「なるほど」
のんびりと座っている間に、ステータスを確認してみる。
♦♦♦♦♦
体力98/魔力25/俊敏性12/耐毒性1
♦♦♦♦♦
魔力が3、俊敏性が2上がっている。魔力は使い切る寸前まで消費していたからだろう。今は12まで回復してきた。
俊敏性も、動き続けていた成果だろう。こうして地道に上げていける――やはり鍛錬に来て正解だった。
そう思っていると、薮の中から鹿が現れた。魔物ではない、普通の鹿だ。
「ルドフラン!お願い!」
声をかけると、ルドフランがすぐに駆け出して鹿を仕留めてくれた。貴重な食料だ。
「ベースに運んで参ります。くれぐれもご注意を」
そう言い残し、彼は鹿を抱えて去っていった。
僕は何気なく、水の流れを眺める。すると、少し滞りがちな場所に、大きな石が鎮座していた。
腰丈ほどの大きさで、艶のある黒。意識すると目立つのに、先ほどまで気づかなかった。不思議な石だ。
「何かの鉱物かな? アダマントに似てるけど……」
僕が近づいて、そっと手を置くと――
『ガバッ』
「うわっ!?」
石が開いた! 思わず飛び退く。
外側には脚、内側には鋭い歯――これは魔物だ!
「……魔物か!」
見た目はダンゴムシに似ている。恐らくそれを元にした魔物なのだろう。
こちらを警戒しつつ剣を構えると、魔物はゆっくりと体を丸め、また石のように閉じた。
――待ち伏せ型か。ならば、こちらから仕掛けない限り、動かないのかもしれない。よし、倒してみよう!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私がベースから戻ってくると、ユリアス様が大きな石に斬りかかっていた。
『ギンッ! キンッ!』と金属音が響き、火花が散っている。
「あ、あの……何を……?」
「ああ、戻ってたんだね。これ、魔物なんだよ。倒そうとしてるんだけど、硬くてさ」
私は森に生きるアントラー族。多くの魔物の知識を受け継いでいる。
だが、これは聞いたことがない。
「私はこのような魔物、存じません。どのような形状を?」
「一見、石にしか見えない。でもパカッと開いて、中に脚と歯があったんだ」
やはり未知の魔物だ。
「魔法薬、出しておいて。珍しい魔物なら、素材として持って帰りたいから」
ユリアス様の言う魔法薬とは、魔物の死後、体が消滅しないようにするためのもの。
これがあれば、魔石や遺物だけでなく、肉体も貴重な資源として持ち帰ることができる。
その後もユリアス様は剣を突き、叩き、斬りつけ、様々な方法で試していた。
一時間以上は奮闘していたと思う。回復スキルで魔力を補いつつ、何度も挑んだ。
そして、夕暮れが森を染め始めた頃――
「今日はここまでにしよう。明日は必ず倒すよ!」
ユリアス様はそう宣言し、私たちはベースへ戻った。鍛錬の二日目が、終わりを迎えた。
イラスト説明
1枚目:カラカラ
2枚目:ルドフラン