マーベラの傷
アルセイデスの森に入って、早、三日目。やはりこの森は危険だと痛感している。数時間おきに魔物と遭遇しては戦うことを繰り返している。
先程もハイオークの集団(7頭)を倒したばかり。漂う魔素が濃いので、魔力の回復が早いのが救いだ。
一休みしながら、皆の様子をみる。
ティアもラナも疲労の色が隠せない。アントラー達は、それぞれにレベルやスキルが上がったと話をしている。急激なレベルアップは身体が馴染むまで強い倦怠感に苛まれる。
今日はこの辺で休むとしよう。
「今日はここまでにするよ」
「「はい」」
心做しか皆の返事に安堵の響きが感じられた。
宿営の準備が整ったら、スイレンに声を掛ける。
「スイレン。アントラーの者たちに『癒し』を頼める?」
「はい」
癒しをかけてもらった者達の顔から緊張が解れたのが分かった。
この森で緊張感を無くせば、死につながることになりかねないが、彼らも三日間、頑張ってきたのだ。せいぜい癒されて少しでも英気を補ってもらいたい。
僕達、いわゆる幹部で守りを固めることにしよう。
「ティア、ラナ。どうだい?後悔していないかい?」
「「いいえ。していません!」」
癒しを掛けてもらったとはいえ、なんだ、元気じゃないか。
「そうか。ならいいんだけど。無理はいけないからね」
「「はい!」」
「それより、お父様。わたし、新たな変化技を覚えました」
「へえ。どんなの?」
「うふふ。『変化!バッタの脚!』」
すると、ティアの足が変化した。そして、
「えいっ!」と飛び跳ねた。4、5メートルは跳んだだろうか。
「すごいじゃないか」
「えへへ。この脚は『メンライダ』の脚なのです。さっき、オークに追いかけられた時に変化できて、逃げられたのですよ」
「そうか、そうか。すごいぞ」
「ユリアス様。わたしも『火炎』を覚えました」
ラナはテグミネの魔法陣を覚えて展開、発動できるようになっていた。
「ラナもすごいな。魔術師の素質があるのかもしれないね」
二人とも喜んでいるが、二人の成長が本当に嬉しいのは僕達保護者だろう。見守るいくつもの視線が生暖かい。
皆がそれぞれ休む中、マーベラに話しかける。気になったことがあるんだ。
「なあ、マーベラ。また、足を怪我したの?」
「ん? ああ、クリールキングが群れて襲ってきたじゃん!? そん時にさ。でも、かすり傷で大したことないよ」
「あのさ。初めて会った時にもさ、やはり右脚を怪我してたよね」
「あん?そうだっけ?」
「うん。それから、ゼル村で『セキガン』とやり合った時も。リザードマンと戦った時もね」
「うん?どういうこと?」
「たぶんだけど……」
僕は思っていることを伝える。
マーベラはいつも右足を怪我する。何か理由があるはずだ。知っているだけで4回もなので、偶然とは思えない。
マーベラの右脚は移動する際に軸足として、最後まで残るのではないかと思う。
「そうか。嬉しいな。ユリアスはちゃんとアタシを見てくれてるんだね」
マーベラは人間になったはずなのに、身体を擦り寄せて頬をなめる。
「こ、こらっ!やめなさい!」
「へへへ。やめなーい!」
久しぶりにじゃれあった気がする。
「それでね。今更、重心移動の方法を変えるのは難しいよね?」
「うん。どうしていいか分かんないよ」
このままではまた怪我するだろう。ならば、予めガードしておけば?
「えっと。テグミネ、アルキバ。ちょっと来て」
僕はアンフィ系の二人を呼んだ。この二人は「ユリアス魔物・魔術研究所」の研究員でもある。そして、錬金術師のペン・ショー兄に師事していると聞いていた。
「……ということで、マーベラの足首を守る防具が欲しいんだ。二人で作れないかな?」
二人は顔を見合わせる。
「分かりました。できると明確にはお答え出来ませんが、やってみます」
「ありがとう」
早速、二人は話し合いしはじめた。
「予備の剣を出してください。その中から材料が得られそうですから」
テグミネの言う通りに隊として持参してきた予備の剣を並べた。
アルキバは何やらブツブツ言いながら、メモを取っている。
「アルキバは研究所と話をしているのですよ。息子を通じてショーさんと」
なるほど。念思か。念思と言うよりは念話だね。
やがて、アルキバはメモを手渡してきた。
「この材料があれば良いそうです。先生はすごく乗り気でいい物を造ると仰っています」
そのメモにはショー兄が必要とする金属や植物などが書かれていた。
マーベラ本人は「そんなに急に作らなくても、帰ってからでいいんじゃないの?」なんて言っている。
まだまだ行軍は続くのだ。できる限り不安は取り除きたい。何しろ、マーベラはこちらの主戦力なのだから。
メモに書かれた金属は予備の剣から抽出出来そうだという。あとは5種類の魔植物だ。どれも聞いたことがない。
「ツキシロ」
「はい。サリナ様、お呼びですか」
「貴方、たしか、魔植物鑑定スキルを持っていましたね?」
「はい。青の月の時にアイーダ草原で」
ああ、あの時に色々と魔植物を集めたからな。その時にスキルを得たのか。
「ツキシロ。この魔植物を探せますか?」
「分かりませんが、森に生えているのですね?それならば探してみます」
「頼みましたよ」
直ぐにツキシロはスイレンとサリナ系のザニアという者を連れて森の中へ出ていった。
ガディアナが「どうせなら、今ある素材も生かせないでしょうか」と進言をくれる。早速、皆の手持ちの素材を並べてみる。
カーバンクルの鏡、ハイオークの牙、カラカラの嘴、バクランの牙、ブルーボアトルの蹄、ブラックウルフの牙、グリーンヘビラの鱗、クリールキングの爪。
結構あるね。カーバンクルはこの森にはいないけれど、何かの役にたつだろうと鏡を10枚ほど持ってきていたのだ。
何故かイーナが口角をあげて、何やら企み顔をしている。
「イーナ?」
「ユリアス様。どうせなら、魔物狩りをしましょう」
この三日間は魔物に攻められて凌いできた。今度はこちらから進んで狩ろうという。
皆の顔を見ると、乗り気だ。もちろん、僕も! 守るより攻める方が気分的に楽しいじゃないか。
「よーし! 魔物狩りだーっ!」
「「「おうっ!」」」
皆疲れていたはずなのに、そんなのはどこかへ吹き飛んだらしい。
テグミネとアルキバはマーベラの防具の準備にベースに残る。改めて材料をショー兄と吟味し直すらしい。話し合いの途中で興味をそそられたシマール副所長も加わっているとか。
ひょっとしたら、凄い防具ができちゃうんじゃないだろうか。
「ティアとラナも、るすば……」
「「嫌です!!」」
二人は本当に仲が良いし、やんちゃだ。
「し、仕方ないなぁ」
「私に付いて来なさい」
アンフィがこれまで通りに守ってくれることになる。
僕はテグミネとアルキバが集中できるように宿営地を水のドームで覆う。カシェの泉の修行で得た『水の囲い』というスキルだ。『水の宝玉』を置いてドームが薄まらないようにしておく。
基本的に三人一組となり皆が森へ魔物を狩りに出るのであった。