イードの奮闘記(2) カトゥチャの街
森を抜けた俺達だが、カトゥチャの街へは一人で入ることにした。メンティス嬢とツィンナー青年は森でスキル上げに励むそうだ。特に問題はない。
直ぐに門があるが、想像していた以上に立派だ。街壁も分厚い石組造り。恐らく魔物除けの魔法陣などが施されていると思われる。
「通行証を拝見します」
門衛が提示を求めたが、パドレオン男爵領とは通行証は必要ないと聞いている。
男爵領の身分証を出すと、すんなり通過できた。
門衛の話ではチョコレッタという魔術師少女が、先程の森で通行を妨げていたオークの群れを駆逐したことから、男爵領とは良い関係を築いているらしい。
街中に入り、一回りしてみる。聞いていた通りに服飾の街らしく、仕立て屋や布製品の店、革製品の店が多かった。
商人街の中でも人の出入りの多い店があった。流行っている店のようだ。
近ずいて看板を見て驚いた。『コルメイス専門店』と書いてある。
「店主はおられるか」
「はい。私ですが?ご用がおありで?」
「うむ。この店なのだが、コルメイス専門店と銘打っているが?」
「へい。当店はコルメイスの街で売られている物を取扱っております。チーズや魔小麦粉、マンマルポーション、ビークインの球根、薬草、魔道具などです」
なんと店主は定期的にコルメイスへ仕入れに行き、カトゥチャで販売しているという。店の壁にはユリアス殿のサインがある販売許可証が掲示されていた。間違いなくエリナの手配によるものだな。
その店主に小銭を渡し、茶を飲ませてもらいながら、街のことを聞いていく。
この街はそれほど景気は良くないという。隣村の羊毛を製品にしていたのだが、数年前に羊の伝染病でほとんどが死んでしまい、今、懸命に数を増やしているところだという。
「服飾の店も軒並み値が上がり、客も買い控え。暫くは我慢の時でしょうな」
「そうか。大変だな」
「まあ、私の店は違いますがね」
そういう店主の顔色はいい。
「ところで、腕っぷしの強い奴を知らんか? 幾人か雇いたいんだよ」
「それでしたら、夜に酒場に行くといいですよ。景気の良くない店の用心棒をしていた奴らが溢れましたから、夜な夜な酒場でくだをまいてますよ」
「そうか。行ってみることにするよ」
「ええ。それと、身の回りのお世話をする人材でしたら、孤児院に行かれるとよいかもしれませんな」
「おお、孤児院か。そこも行ってみよう」
情報をもらったので、早速、孤児院を訪ねてみる。
「やーっ!」
それほど広くない孤児院の庭で懸命に模擬刀を振っている少年がいる。剣筋は悪くない。めちゃくちゃに振り回しているが、我流なのだろう。
すぐには役に立たないだろうが、数年後を見据えれば、良いかもしれない。
俺は直ぐに孤児院長と話をしてみる。孤児院は近年の景気悪化の影響で、都市からの補助金が減らされて、運営が厳しいらしい。言い方は悪いが口減らしをしたいのだそうだ。
もちろん、本人の意思次第ということで、本人を交えて聞いてみた。
「ぼくは行きたいです」
即答だ。この少年、目の力が強い。きっと強くなる。俺は確信した。
結果的に『ジロータ』という少年と、「どうしても私も行く」という『リシーネ』という少女を連れて帰ることにした。二人は兄妹なのだ。
しかし、この兄妹は人材確保という観点で言えば、プラスではない。後は夜の酒場に期待しよう。
日が沈む前に、一旦、メディシナルの森へメンティス嬢とツィンナー青年を迎えに行って宿に入る。孤児院から身請けした兄妹とともに。
俺は一人、酒場へ入った。
まだ、早い時間だ。それほど人は多くない。だが、この時間に酒を飲んでいるということは、仕事をしていないということだ。
手酌をしながら観察する。
声高に武勇伝を語る奴は大したことがない。そういう奴は必要ないだろう。
隅の方で一人で飲んでいる男が目に止まる。身なりもきちんとしているし、姿勢も良い。脇に置かれている剣も鞘や柄まで手入れがされている。武具を丁寧に手入れする者は総じて腕が良いのだ。俺はその男に興味を持った。
「ご一緒させていただいてよいか?」
その男は怪訝な顔をしながらも、「構わない」と言った。
「余所者か?」
「ああ、コルメイスから来た」
「ほう。新しい街だな」
興味深そうな顔をする。やはり、新しい街が出来るというのは大きなニュースだ。その街のことを聞きたいと誰しもが思うだろう。
ひとしきりコルメイスの話をして、頃合をみて本題に入る。
「ところで、私はイードというんだが、名前を教えてくれないか?」
「ああ。ラウスだ」
「では、ラウス殿。今のジョブはなんなんだい?」
「職は?」と聞いたらば、実際に賃金を稼ぐ仕事としての職種になる。ジョブと言えば、ステータス上の職種と分かるはずだ。
「ジョブか? 『小刀使い(タガーマスター)』だ」
そう言って、脇に挿している小刀に触れた。
タガーマスターとは珍しい。てっきり脇に置いてある剣の使い手かと思っていた。俺の視線に気づいたのか、ラウスは少し笑った。
「この長剣はな、細身で片手で振り回せる。だが、丈夫に拵えてあるんだよ。敵の攻撃を片手で受けるのさ。受け止めておいて、タガーで斬る。はははっ」
なるほどな。この男は本物だ。
「実はな。私はこの街で人を雇いたくてきたんだ。どうだ?話に乗らないか?」
「あん?」
少し訝しむ表情になった。今日会ったばかりの奴に雇いたいと言われたのだ。当然の反応だ。俺は男爵領の身分証を見せて、就いたばかりの役を告げた。
「守兵団か。どうして、私を?」
「腕が立つと思うからだ」
「そうか。私もイード殿はそれなりの人物だろうなとは思っていた。詳しく話を聞こうか」
話を聞くという時点で、纏まったようなものだ。俺の提示出来る範囲の条件と仕事内容を話すと、家族の同行を条件に同意を得られた。
これで一人確保できた。
彼に10人ほど雇いたいので、誰か良い者はいないかと聞くと、「分かった。幾人か声を掛けてみる」と言ってくれた。期待するとしよう。
次の日の昼間、宿に彼が訪ねて来た。なんと11人を引き連れて。一人一人と面談してみると、彼程ではないが、そこそこの腕の者たちのようだった。その場で全員を雇うことにしたのである。
「お役目は終わったのですか?」
メンティス嬢が倒した何かの魔石を手で弄びながら言う。
「ああ。明日には帰ることにしよう。明日に連れて行くのは私の家の下働きもしてもらう兄妹とタガーマスターだ。後は追々、やって来る手筈を整えたよ」
「それは良かったですね。私達もスキルを上げることができましたわ」
「ほう。どれほどか?」
「私はメインのアントラースキルが2つ上がってレベル10に。陽の光スキルがレベル2に。息子は職種が『盾持ち』から『盾使い』へグレードが上がり、『盾殴打』という新たなスキルを得ました」
「おう。素晴らしい!」
やはり元の素質が違うのだろう。彼女達の成長速度が早い。
我ら三人、ともに満足して、コルメイスに帰った。