イードの奮闘記(1) 人材確保へ向かう
俺はシムオール都市を退去して、パドレオン男爵領へやってきた。男爵であるユリアス殿に格の違いを見せつけられて、己も精進したいと思ったのだ。
旧知であるエリナに指図されるのは癪だが。学生時代からエリナに勝ったことがない。まさしく目の上のタンコブなのだ。
「イード。貴方はユリアス程ではないけれど、人を使うのが上手いわ。その手腕を生かしなさい。ただし、軍の中心部という訳にはいかない。ここではワイルドキャッスルやアントラー達が中心の軍だからね」
「ああ。今更、軍の役職など要らんよ。それで俺に何をしろと?」
「あら。大分、話が分かるようになったじゃない」
「茶化すな!」
「ふふふっ。あのね、貴方、コルメイスの守兵団の組織を作りなさい」
「はあ? さっき言ってたじゃないか。ヒューマンは及びじゃないって」
「そうは言ってないわよ。普通の人間はってことよ。言っておくけれど、総指揮官のマーベラは人間だからね」
「そうなのか? なんか人間離れしてないか?」
「まあね。ここだけの話になるけれど、ユリアスの力でワイルドキャッスルから人間になったのよ。正真正銘の人間にね」
「そんなことがあるのか!?」
「あるのよ。きちんと医者に診てもらって証明されたわ。言っておくけれど、他言無用よ。もし、漏らしたら……」
エリナの目が鋭く光った。
「そ、そんなことしねえよ! ま、マーベラ殿とかの話はもういいよ。それで、守兵団?」
「そ、守兵団。コルメイスも大分人が増えたわ。今後、更に増えるでしょう。となるとね、治安維持をしなくちゃならない訳よ」
ああ、そういう事か。対魔物の戦力としてではなくて、治安維持を主とした自警団的な組織を作りたいんだな。
「分かった。どのくらいの規模だ?」
「そうねえ。とりあえずは14、5名かしらね。街は案外広いから、必要なら、イードの判断で増やしていいわ」
「そうか。引き受けるに当たって、条件がある」
「はん?何よ、言ってみなさいよ」
「おいおい。そう喧嘩腰になるなよ。俺を領兵の訓練に参加させてくれ。それが条件だ」
「ふーん。それはいいけれどね。
ならば、週に二日ね。二日なら訓練に参加する時間を作れるでしょ!?」
「おう。作る作る。頼むよ」
こうして、俺はパドレオン男爵領に根を張ることになった。
いきなり、小さいながらも組織を作る羽目になるとは思わなかったが、必要とされているならば嬉しいことだ。
まずは街を見て廻る。新しい街だけあって活気がある。それだけに小さな諍いは多そうだ。
第一街区は商業街が中心か。領特産の魔小麦や乳製品の店が多い。魔石屋もある。シムオールの他の市村では魔石屋はほとんど見かけないのだが、ここでは良く手に入るのだろう。何軒かある。同様に土地柄で薬草店も多い。なにせ、周囲はアイーダ草原だ。
その他、飲食店、魔道具屋、大工、設備屋、まさに多種雑多な店が並んでいる。それも各店舗がゆったりとした敷地を持っているので、すっきりとした洗練された街並みなのだ。
第二街区は第一街区同様の店舗もあるが、職人街の装いだ。鍛冶屋、仕立て屋、家具屋、焼物屋、材木屋、石材店などと、それぞれの工房なんかが多い。草原に面した方面は魔泥炭の採取やそれに付随する乾燥するための施設が建設中だったりする。
自警団的な役割からすると第二街区の住民の方が血の気が多そうだな。守兵団の拠点は第二街区が適しているだろう。
拠点が決まれば団員集めだ。
ところがこれが中々集まらない。職に溢れているような輩がいないからなのかもしれない。人々の暮らしを守るのも立派な仕事なんだがな。
「イード。人集めに苦労しているようね」
「ああ。俺を頼ってきた二人だけは確保したんだがな」
「三人じゃ、どうにもならないわねぇ。
……そうだっ! イード、あんた、ズンバラへ行ってきなさいよ」
「はあ? 何しに?」
「あんたって鈍いわねえ。人材確保に決まってるでしょ! シムオールから引き抜くのは良くないでしょ!? 領内の二つの村も活性化してきているから、そこからも人は抜きたくない。
となれば、近場でといったらズンバラじゃないの。無理やり引き抜くってことじゃなければ問題ないわよ」
相変わらず、頭の回転の早い女だ。
でも、確かに妙案かもしれない。最近のズンバラ都市、その中でもカトゥチャという街はメディシナルの森と接していて、魔物が頻繁に出るようになったとかで、住民もかなり疲弊していると聞く。
行ってみるか……。
ズンバラ都市カトゥチャ街へ行くにはメディシナルの森の中を通らねばならない。魔物も多い森は危険もある。俺についてきた二人の元兵士を連れて行くことも考えたが、エリナが他の者を同行しろと言ってきた。二人は門守衛の役に就かせるようだ。
俺は二人の同行者を加えて、直ぐにカトゥチャへ向かう。
同行者は『パドレニア・メンティス』と言う娘と『ツィンナー』と言う青年だ。
『パドレニア』というとユリアス殿のフィアンセお二人の姓だ。
「メンティス嬢はもうすぐ奥方になられる方の縁者か?」
「ええ。わたくしはアンフィの娘です」
「娘? こんなに大きな娘がおったのか!?」
「うふふ。私はアントラーですから、直ぐに大きくなるのですよ。あっ、お断りしておきますが、母上はヒューマンですから」
なんと、アントラーだったのか。寝癖かと思っていたのは触角なのだな。
それに奥方もマーベラ殿と同様にヒューマンとなられたのだろう。詳しくは聞かぬが。
「この者はわたくしの長男です。よろしくお願いします」
アントラーとは直ぐに増えることが出来るものなのか。
しかし、アントラーと言う魔物はさほど強くはなかったはずだ。確かEクラスだ。
道すがら聞いてみると、男爵領のアントラー族は生じた時よりCクラスだという。それもユリアス殿と関わった故のことらしい。
やはり、ユリアス殿は色々な面で只者ではない。
森で魔物に遭遇すると、エリナが何故、彼女らを同行させたのかを理解した。
強いのだ。理屈抜きにして強い。カラカラなどは歯牙にもかけず、クリールやオークもあっという間に駆逐する。
メンティス嬢は空に光の玉を出し、そこから『陽の矢』とやらを魔物に撃ち込む。
ツィンナー青年は大きな盾を使い、クリールの突進を弾き返した。
聞けば、実戦は初めてだというではないか。余程、訓練が厳しく課せられているのだろう。
俺も負けてはいられない。一応、俺も『剣士』職だ。オークなど相手ではないのだ。
「イードさんも中々の剣筋ですね」
褒められるというのは嬉しいものだな。そういえば、ここ何年も褒められたことなどなかった。
「そうか。ありがとう。私の戦いについて気づいたことがあったら、遠慮なく言ってくれ」
「はい。そうさせていただきますね」
「……」
「ん?ツィンナー青年はなにかあるのかな?」
「あの、イードさんは右利きですか?」
「利き腕のことか? それならば右利きだ。幼少の頃までは左利きだったのだが、何かと不便だろう? だから、右利きに直したのだよ。それがどうかしたのかい?」
「やはりですか。ご存知かとは思いますが、足にも利き足というのがあります。イードさんは、見たところ利き足は左です」
利き足というのは聞いたことがなかった。それで、利き足が左だとどうだと言うのだろうか。
「利き足というのは方向を定めるものです。逆の足は踏み出す軸の足。利き腕とバランスが悪いと、力が分散されてしまうそうです」
そういうものなのか。とは言っても、それを指摘されても、どうすれば良いのだろうか。
「これは個人的な感想なのですが、イードさんは両刀使い、いわゆる双剣が良いのではと」
「おう?双剣か!考えたこともなかったぞ。考えてみよう。助言、ありがたく!」
まったく、考えてもみなかったことだ。この青年、まだ、生を受けて1週間だと聞いたが、どこで学んだのか末恐ろしい。
ところがだ。知識面も技術面も、彼は本当にまだまだ未熟で、他のアントラー族の足元にも及ばないという。今は成長する時期なのだそうだ。
「実戦で言いますと、あそこのブラックウルフで例えてみます」
少し先に2頭のウルフタイプの魔物『ブラックウルフ』がいた。1メートル程の小型のDクラスの魔物だ。
ブラックウルフは通常、番で行動し左右から同時に攻撃してくる。
青年はついとブラックウルフに近付くと、案の定、両サイドから攻撃を受けた。
『ガシッ』
『ザンッ』
二つの物音は、片方が盾で左の攻撃を受け止めた音で、もう一つは右手の剣で斬った音だ。
片割れを亡くしたブラックウルフは牙を剥くが、落ち着いて斬り捨てていた。
「私の場合は片方を受け止めましたが、双剣ならば、両方を一時に片付けられます」
「なるほど。他にも利点がありそうだな。勉強させてもらったよ」
「いいえ、思いついたまでです」
男爵領に帰ったら、直ぐに双剣を試してみたい。
その後、幾種かの魔物を討ちつつ森を抜けた。