公爵との会談
一週間後、グリオリラ公爵が僕の屋敷にやってきた。
「グリオリラ閣下。出向かねばならぬところ、このような所へお越し頂き御礼申し上げまする」
「パドレオン卿。いいのだ。ワシが望んだことなのでな。先程、新しき街を見聞させてもらった。よい街であるな」
「はっ。お褒め頂き恐縮でございます」
「旦那様。閣下もお疲れでございましょう。お部屋にご案内いたしましょう」
サリナの上手い誘導で応接室へ通す。
どうも、貴族の言い回しや所作は苦手だ。
部屋に入ると、エリナ姉さんが迎えてくれる。もちろん、姉さんは扉の傍で立ったままだ。
「閣下。どうぞ、あちらへ」
迷いのない動きで公爵を席へ誘う。このような所作を姉さんはいつ覚えたのだろうか。
一通りの貴族の挨拶を済ませると、公爵は「人払いを」と言ってきた。
僕は姉さん一人を残して退室させた。公爵にも一人の男性が残った。
「ふう。ここからは無礼講だ。ユリアス君」
「はい。助かります。まだ、貴族の慣習に慣れていないもので」
「はははっ。正直だな。おい、エリナ!何か飲み物くれ!」
「まったく、テノーラも相変わらずねー。ちょっと待ってなさい」
扉を少し開けて外の者に飲み物を頼んだようだ。直ぐに、コリン茶が運ばれてくる。それにしても、やはり、姉さんは公爵とも旧知だぅたようだ。底がしれない。
「ふうーっ。美味いな、このお茶」
「ユリアスの好きな茶なのよ。気に入ってもらって良かったわ」
「うむ。しかし、本当に草原に街を作るとは驚いたよ。まだ、拡げるつもりのようだしな。草原側の区画はなんだ?焼き畑ではないよな?」
「ああ、あの区画ですか。あれは魔泥炭を採取するんですよ。質の良い泥炭です」
「おう?泥炭か!採算はどんな感じなんだい?」
「ダメダメ。内情を教えられる訳ないでしょ! まあ、十分な利益が得られるとだけ言っておくわ」
「そうか。領民も2000人くらいになりそうと言うし、男爵領も先が明るいな」
「お陰さまで」
「それでな。そちらで3人ばかり預かってもらいたい者達がいるんだが……」
どういうことだろう? 僕が訝しんでいると、傍付きの人に何やら耳打ちした。
傍付きの方が一旦部屋を出ていき、1人の男を連れて戻ってきた。
「あれ!?イード大将!」
その男は都市軍の大将だった。
「ユリアス様。お久しぶりでございます。私、パドレオン領にお世話になりたいとお願いにあがりました。このとおり、公爵閣下には許可をいただいております」
「はあ!?」
ちょっと待ってよ。なんで?
詳しく話を聞くと、もう一度、己自身を見つめ直して、鍛えあげたいとのことだ。前回の件で、自分の未熟さが身に染みたのだそうだ。
「分かったわ。イード、我が領は何かと甘くないからね。一旦下がって、サリナさんと話してちょうだい」
なんか、僕抜きで姉さんが話まとめちゃったけど? まあ、姉さんには敵わないから何にも言わないけれど。あとの二人というのも、あの時に従事していた魔術兵なのだそうだ。その二人も面倒見ることになった。
場が落ち着いたら、公爵が会談の要件を聞いてきた。ある程度の情報は流しているはずだけれど。
「そうね。本来の話をはじめましょうか」
僕は今後起こりうる危険について話をする。具体的にはツチグサレによって棲家を失くした魔物達が周囲の森へ移動していること。前回のオーク達が攻めてきたのも、それが要因と考えられること、などだ。
「なるほどな。前回の時はうちの兵達が失礼した。役に立たなかったと肩を落としていたよ」
「いいえ。不慣れな魔物討伐で要領を得なかったのでしょう」
「そう言ってもらえると、面目が立つ」
都市兵達も剣技はそんなに悪くはなかった。要は戦い方だったんだろうと思う。
「それで、前人未踏の森へ行くんだろう?アルセイデスの森とか言ったか?」
「ええ。そうです」
「聞くと20名弱と言うじゃないか。大丈夫なのか?」
「多ければ良いってものではありません。我が領の精鋭で向かいますから。もちろん、油断は出来ないですし、苦戦すると思いますが」
「そうか。ワシに出来ることはないか?ユリアス殿だけの問題ではないぞ。むしろ、シムオールの危険の方が大きいんだからな」
それはそうだ。コルメイスの街は色々と防護策を練っている。無策のシムオール都市とは違う。
「うーん。そうですねー。まずは連絡を密にしたいですね。それと、僭越ながら、いざと言う時は都市兵は我領の指揮官に従っていただきたい」
「ああ、そのくらいなら…」
「ちょっと、お待ちください」
いきなり公爵のお付の人が話を遮った。
「なんだ?」
話を遮られた公爵が不機嫌そうだ。
「無礼講との事でしたので。私も意見を述べさせていただきたいですな」
なんかこの人嫌だ。公爵は別にして、他の人を見下している感じがする。
「貴方誰?」
「失礼致しました。私、マジカルト・ダンダルと申します。士爵を賜っております。お見知り置きを」
「それで?」
姉さんが迎撃体制だ。もの凄く機嫌が悪い時の表情だ。
「先程もパドレオン卿が申されましたが、戦い方さえ整えば、オークや少々の魔物など、都市兵で対処できましょう。もちろん、卿の兵達がお強いのは承知しておりますし、万一のことを考えれば、共闘は賛成致します」
「ふむ。『だが』と続くのだな?申してみよ」
「では。どう考えましても、公爵直轄軍と男爵軍とでは主となる指揮系統に問題ありと見えます。公爵軍指揮の元に男爵軍が指揮下に入るのが自然でございます」
「一理あるわね。ところで、公爵軍兵の職種は何?」
「はっ? それは『兵士』ですが?もちろん部隊長には『剣士』職も数人揃えておりますよ」
「では、ダメね。弱いもの。弱い者が強い者を従える?ちゃんちゃらおかしいわね」
「なっ!それでは聞きましょう。出来たての領兵の職種はなんでござろうか?特異な一部の者ではなく一般兵の職種は?」
「全て『剣士』以上!ちなみに今回の指揮官予定者は『剣客』」
「ま、まさか!?」
「本当ですよ。私も『剣士』程度の職は副職種として持ってます」
「もうよいか!ダンダラ!ワシは知っているのだ。前回、総指揮を取った将は『ナイト・コマンダー』の職持ちだ。ついでに言えば、男爵の奥方はお二人とも『剣豪』。我が都市軍が適う相手ではないのだ」
「くっ!……」
しかし、ダンダラさんはそれでも引き下がらない。
「わ、分かりました。守備兵の扱いはそれでいいでしょう。
では、ツチグサレとかいうキノコの消滅隊です。我らの都市にも影響があるというならば、シムオール都市としても兵を差し向けるべきです」
「人がおらぬではないか!? 魔術兵も弱い。民間のギルドの方が強い魔術師を抱えているぞ。テイマーしかりだ」
その軍の構成はどの都市でも同様だ。元々、他国からの侵略を正規軍として迎え撃ったり、治安維持のために組織されているのである。対魔物には専ら、ギルドが都市からの依頼という形で対応している。これも、魔物の脅威の頻度が低いために常備軍として抱えておけないからだ。
今回の遠征は、完全に対魔物だ。対象はキノコだが、そこまで行くのに魔物退治は避けられない。
それでも、ダンダラさんは納得しない。
「先程のエリナ殿の言葉をお返しいたしましょう。今回の遠征の指揮はパドレオン卿ですな?」
「ええ。そうですが?」
「卿は聞いたところBクラスとか?間違いないですかな?」
「そうですよ」
「ふふっ。ならば私が同行して指揮を取りましょう。なにせ、私はAクラスのテイマーですからな」
へえ。こういうマウントの取り方してくるんだー。
「なぜ?さっきも言ったけれど、弱い者には従えないわ」
「なに?私が弱いと?ならば見せましょう。召喚!」
ダンダラさんは腰袋から、恐らく召喚玉を出したのだろう。
僕は召喚玉は使わない。テイムモンスターを閉じ込めるなんて出来ないし、したくない。
ダンダラさんの玉がボワッと変化する。
現れたのは『クリール』だ。いや、デカいし、爪も長い。クリールキングか。クリールキングは確かBクラスだったな。
「私のテイムモンスターはこいつです。ふふふ、更に言えばこいつは10頭のクリールを従えています。ご希望ならばそいつらも連れて来ておるので呼びますが?」
「なるほど。ならば呼んでください」
「へっ?呼んでどうするので?」
「だから、うちのエリナ執政官が言ったではないですか。弱い者には従えないと」
「はははっ。この後に及んで戯言を。まあ、良いでしょう。呼んで来ましょう」
そう言って出て行った。しばらくすると本当に10頭のクリールを従えて戻ってきた。正確には従えているのはクリールキングだけどね。しかし、どこに隠してクリール達を公爵領から連れてきたのだろうか。
「じゃあ、僕のテイムモンスターを集めますね。ここじゃ、狭いので訓練所へ行きましょう」
僕は公爵達を促して訓練所へ向かう。その間に僕のテイムモンスターと間接テイムモンスターを集合だ。
「ほう。立派な施設だな。ユリアス殿。ここには魔力障壁、物理障壁を備えているのかな?」
「ええ。その通りです。だいたいは剣技や闘技の訓練に使っているのですけれど、たまに魔術の訓練もするので」
「ふむふむ。私の所にも作るかな」
そんな話をしていると、皆、集まった。
ダンダラさんは不敵な顔をしている。
「それで、ユリアス様のテイムモンスターはどちらで?」
「だから、みんなですよ」
「はい?何を言ってるのですか?」
「もう、面倒くさい方ですねえ。ほらっ!」
僕は人差し指に魔力を集めて「テイム契約」と口に出して放出する。するとオレンジ色の光がガディアナ、ツキシロ、パドティアに伸びる。更にガディアナからカエルラへ、ツキシロからスイレンへと少し薄くなったオレンジ色の光がさした。
これはテイム関係を誤魔化されないように、求められたら示すことが定められている光だ。
「な、な、なっ!?」
「どうです?」
「こ、これは禁忌ではないか!人をテイムするなど、してはならぬことだ!」
「いいえ。彼女らは人ではありませんよ。僕の家族ですけれどね」
「私はムネアカアントラーですわ」
「私もムネアカアントラーです」
「私はアントラーだ」
「私はマンティラ」
「キュキュキュキュッ」
「なんだと!?」
「よく見たら分かりますよ。みんな触覚があるでしょ」
「くっ!し、しかし、強さとは関係なかろう」
「そうですね。丁度、ここは訓練所ですから、勝負しますか?僕は構いませんけれど」
「望むところだ」
「それで、誰を選びます?こちらは誰でもいいですよ」
「はっ、馬鹿にしておるようですな」
「いいえ。後でなんやかんやと言い逃れされるのが嫌なんですよ。僕はこのように幾人ものテイムモンスターがいます。そして、これからも増えますからね。後で数が多いからと言われたくないので、サシでお相手しますよ。もちろん、一番幼い彼女を選んでも文句は言いませんから」
僕もダンダラさんの態度にムカついているので、追い詰めてやった。ちょっと性格悪いかな。
「な、ならば……」
彼が指さしたのはツキシロだった。
「あの、ユリアス様。相手するのは構いませんが、殺めてしまっても?」
「うーん。流石にそれは可哀想かなあ。戦闘不能くらいにしといて」
「畏まりました」
ダンダラさんは憤怒の表情をしているけれど、そんなのは関係ない。
さて、ツキシロとクリールキング&クリールの勝負だが、あっという間で決着が着く。
鞘を付けたままのツキシロの槍に突かれてクリールは全て戦意喪失して、隅に逃げてしまった。クリールキングはツキシロの『急所突き』のスキルで喉を突かれて失神。時間にして僅か3分ほどだ。
ダンダラさんは唖然として言葉もない。
「どうですか?もし、本当に私達と同行するなら、私の指揮下に入ってもらいますよ」
「い、いや。すみません。私が思い上がっておりました」
「では、今日のことは水に流しましょう。私達はお隣同士です。これからもよろしくお願いしますよ」
「はっ。こちらこそ、ご指導承りたく存じます」
最後はダンダラさんも納得して、和解(?)したのである。
それから、公爵とは定期的な連絡をつけることや、いざと言う時の指揮系統などを話し合って決めた。その際にルドフランを男爵領軍副総指揮官に任命しておいた。やることは変わらないけれど、対外的な問題だ。
会談から10日後、僕らはアルセイデスの森へ出立する。
新たな領民となった元シムオール都市軍大将のエーモンド・イードはコルメイス街区守兵団長を任されることになります。
同時期にやってきた元魔術兵の二人はユリアスギルドの所属となりました。Eクラスのリビアント・ハンコックとFクラスのピューロルコ・チャンドです。