鍛錬(1) 森へ
僕は街を出て、『ブカスの森』と呼ばれる森へ向かっていた。
今回の目的は五日間の自主鍛錬。依頼ではないけれど、これからのためにどうしてもやっておきたかった。
荷物はそれなりにあるけど、サリナの従者が黙々と持ってくれている。とても助かる。
街の防護壁を抜けると、そこから20kmほどは一面の草原だ。以前、ビークインの球根を採りに来た場所。魔力が薄い土地だから、大型の魔物が出ることはまずない。
「荷物、持ってくれてありがとう。君の名前は?」
「これが私の務めです。それに、我らには名など不要」
物静かな声だった。話によれば、彼はサリナ直属の運搬部隊に所属しているらしい。なるほど、確かに荷物持ちにはうってつけだ。
でも、名前がないのはやっぱり不便だ。何か頼むにしても、どう呼べばいいかわからない。
(せっかく接点を持てたんだし、名前くらいは付けてあげたいな……)
運搬と力に関わる名前のほうが覚えやすいかも。力……パワー? いや、ちょっと安易すぎる。
確か、神話に“力を司る神”がいたはず。――そうだ、ルドラ。少し変えて……
「ねえ、しばらく一緒にいるんだし、呼び名があったほうが便利だよね。力の神にちなんで――『ルドフラン』。それが君の名前だ。よろしく、ルドフラン」
「名をいただけるとは……これほどの光栄がありましょうか。この任務、命を懸けて果たしてみせます」
なんだかものすごく感激されてしまった。けど、喜んでもらえたなら、よかった。
さて、今回の鍛錬の目的は、ステータスの底上げにある。
ステータスが上がらなければ、スキルもレベルも上がらない。まずは基礎から、だ。
♦♦♦♦♦
体力98/魔力22/俊敏性10/耐毒性1
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これが僕の現在の主要ステータス。細かい項目もいくつかあるけれど、重要なのはこのあたり。
毒耐性は、以前うっかり毒キノコを食べて七転八倒した結果として、なぜか付いていた。苦い経験だけど、ステータス的にはありがたい。
レベル相応に見れば悪くはない。むしろ魔力は高い方だ。ちなみに、魔物であるサリナは魔力120。アンフィも100くらいあるらしい。
この五日間で、できれば体力を100、魔力を25までは伸ばしたい。
ルドフランと話しながら進むうち、森の輪郭が見えてきた。空気が変わる――森の中は魔力が濃く、肌に感じる。
3、4kmほど中へ進んだところで、良い場所を見つけた。四本の大木に囲まれ、下草も少ない。
とはいえ、腰丈ほどの低木はあるので、それを刈るのも鍛錬のひとつだ。
周囲の安全を確保しつつ、5メートル四方の空間を整えるのに半日を要した。夕暮れには、ようやくベースが完成。
「今日は食事して、早めに休もう。本格的な鍛錬は明日からにしようか」
「承知いたしました。私は二、三日程度なら眠らずとも支障はございません。夜間は見張りを担当いたします」
「ありがとう、頼んだよ」
任せられるところは任せよう。甘えるのも生き残る術のうちだ。
夕食をとり、シュラフに潜り込んだ。静かな夜が始まる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――ユリアス様は、不思議なお方だ。
私のような下位の従者に名を与えてくださるなど、考えられないこと。
サリナ様が仕えるだけのことはある。あの方の主として、誠に相応しい。
……それにしても、なんと胆力か。森の魔力に満ちた夜の中で、まるで恐れもせず、眠りについておられる。
「キィィッ」
気配に目を向けると、小型の魔物が数体、ユリアス様の魔力に引き寄せられていた。
この程度なら、眠りを妨げるほどではない。私は静かに槍を構え、魔物たちを始末する。
――? 身体のキレが……明らかに違う。
これが、サリナ様の言っていた「名を与えられれば、力が高まる」という現象か……!
なるほど、これは本物だ。私の中で何かが目覚めるような感覚がある。
明日からの鍛錬が――楽しみでならない。