二組の婚姻
僕はカシェの泉へ向かいレーシィの森を歩いている。今日は泉の守護役を交代させるのだ。今まで何度か交代しているんだけれど、僕自身が赴くのは、はじめての時以来の2回目になる。
同行者はガディアナとツキシロ、それと交代要員のムネアカアントラー、アントラーから2名づつ。
まず、はじめに『挨拶の広場』と呼んでいる場所で癒し効果を付与した銀の指輪を置く。
「ゆりあす。ひさしぶりひさしぶり」
すぐにフッケバインのマウデンが飛んできた。
「久しぶりだね、マウデン。中々来れなくてさ、ごめんね」
「ゆりあす。いそがしいいそがしい?」
「うん。忙しいんだ。指輪はどう?」
「ありがとうありがとう。きれいだねきれいだね。きれいできもちいいきもちいいね」
癒しの効果は効いているようだ。喜んでくれている。マウデンが指輪を置きに行って戻って来るのを待って、再び泉へ向かう。マウデンを頭に乗せて。
「ねえねえ。このひとはじめて。はじめてはじめて」
「ああ、そうだったっけ。マウデン、この人はツキシロだよ。よろしくね」
「つきしろつきしろ。よろしくよろしく」
ツキシロも挨拶を返していた。ここが魔物の多い森の中とは思えない雰囲気だ。それでも当然、魔物は出る。僕らがリラックスして進めるのはガディアナとマウデンのおかげだ。特にマウデンは強い魔物ではないのだけれど、知性のある森の魔物達に一目置かれている。機嫌を損ねたら、魔物であっても道に迷ったり、強い魔物のところに誘導されたりしてしまうという(ガディアナ談)。知性のない、又は知性の低い魔物はそんなの関係なく行動しているけれど。そういう魔物はそれほど脅威ではないのだ。とはいえ、ヒューマンにとってはそれでも十分に脅威。
例えば……。
「うわっ! また『カーバンクル』だ! いてててっ」
襲ってきたカーバンクルは体を齧る。しかも数が多い。以前も襲われたっけ。強めに殴打すれば倒せるんだけど。
「ふう。皆、遺物は拾っといてね」
退治した後は、遺物である頭部の鏡を拾う。この鏡は魔力攻撃を跳ね返せるので、とても高値で取引されるのだ(50銀貨)。鏡一枚で一般の人の5ヶ月分の収入くらいかな。20程倒したので10金貨くらいになる。
それから、小用を足そうと茂みをかき分けたら、気持ち悪い大きな魔物がいた。百の目と脚を持ち、百足のようでもあり、芋虫のような感じもする不気味な魔物。
マウデンに聞くと『ハンドレットオーム』という魔物らしい。
その魔物の目から『ビュッ』と腰の辺りに液体をかけられる。すごくネバネバしていた。慌てて距離をとったけれど、ネバネバは魔物と繋がっていて、離れない。剣に魔力を流して切って離れることができた。
「うえっ。気持ち悪い!」
魔力を流したまんまハンドレットオームを半分に斬る。
「ゆりあす。きったらふえるよふえるよ」
マウデンが言うんだけれど……。
半分に切った体は、ぽんっと元の大きさに復元する。両方ともなので、同じ大きさの魔物が2体になってしまったということだ。
「どうすんの?」
「さすさす。させばいいよいいよ」
斬らずに突きさせばいいのかな?
横を見るともう一体のハンドレットオームのネバネバにアントラーの1人が腰くらいまで捕まってしまっていて、ガディアナもツキシロも他の面子も助けようとしていた。僕もこちらを早く片付けて加勢しなくては。
剣を突き立てる。が、魔物を包むネバネバネバネバにボヨンと弾かれて刃が通らない。ネバネバは攻守に使われているようだ。
「ゆりあす。まりょくたりないたりない」
うん?もっと魔力を込めろって?
ならば……。僕は剣の柄の魔石に魔力を通して、水の膜を纏わせた。
「これでどうだっ!」
「ずっ」と刃先はネバネバごとハンドレットオームの体を貫いた。地面に張り付け状態になって多数の脚がわしゃわしゃと動く。その上で百の目が僕を一斉に見る。気色悪い!
「もっとまりょくまりょく」
突き刺した状態で更に魔力を送る。
「シューッ」とハンドレットオームは縮んでいって魔石と遺物が残った。その遺物は拳大の目玉で、これも何か気持ち悪い。
「ツキシロ。魔力を込めて突き刺して」
もう一体に苦戦しているツキシロにアドバイスだ。
「分かりました」
ツキシロはひと月程前から槍を主武器としている。副職種も槍士を獲得しているらしい。
そのツキシロが柄の魔石を光らせて再び突くと無事にもう一体も魔石となった。
「ふう。魔力大分使ったなあ」
結構な魔力量が減ってしまったので、マンマルポーションで回復させる。このマンマルポーションは本当に優れている。飲めば体力、魔力を回復させるし、傷にかければ治る。
ツキシロもネバネバに捕らえられていたアントラーもポーションを飲んで回復だ。
『ピン』という音とともに【解毒Lv.5】と目の前に浮かぶ。2つスキルアップした。きっとネバネバに毒性があったんだろう。
皆の回復を待つ間にツキシロに槍のことを聞く。
「どうして槍を使うように?」
「剣ではルドフラン兄上には及びませんし、弓はムネアカアントラーが得意ですから。ならば、と思いまして」
なるほど、きちんと考えているんだな。
「柄に魔石を組み込んでいるんだね」
「ええ。オーク討伐の時のユリアス様の剣を拝見して、真似させていただきました。魔石に私の魔力を込めています。使用時に開放させれば、その時の私は魔力が減りませんから」
魔力を貯めておいたことになるのか。使ってしまったら、また余力のある時に貯めればいいわけか。
僕の剣は丈夫なリザードマンの剣を元にしている。剣には威力を増す効果があったようで、ミスリルと金剛石の合金製。柄の部分に魔石を組み込んだんだけれど、その時にショー兄に頼んで水を纏う魔法陣を付けてもらったんだ。魔石はその発動用。
水に魔力が混じると斬れ味が良くなる。炎の場合は威力だけれど、水の場合は斬れ味なんだ。僕には『火』より『水』の方が相性が良さそうだ。
皆が回復したようなので、再び泉へ向けて歩き出す。
道すがら、ビントルの最上位種の『クイーンビントル』に追われて退治しながらも、泉に着いた。
「マウデン、ありがとね」
「ぶじだねぶじだね。またねまたね」
マウデンに別れを告げて、魔大木の洞へ。中の水竜の鱗へ魔力を奉納する。同行者も皆、奉納を済ませた。
その大木の近くにもう一本魔大木がある。ガディアナがそこへ向かって、手を当てた。
すると樹幹に小さな扉が4つ現れる。それぞれの扉からひょっこりと顔を出すのは、見知った顔、今まで守護役を勤めていたもの達だった。
「うわっ。何これ!?」
「私達の住処ですよ。この樹に借りているのです」
ガディアナがさも当然という顔をするけれど、まず、サイズが違うじゃん?みんな、小さくなっちゃってるよ!
扉から皆出てきた。するとビョーンと僕の知っている元のサイズにもどる。
「おお、どういう仕組み? あっ、二ヶ月間ご苦労さま。交代に来たからね」
「ユリアス様、わざわざ、ありがとうございます。それと、仕組みなど細かいことは私達は分かりません。ただ、扉を外側から開くと中に吸い込まれます。中の部屋はとても居心地がよく過ごしやすいです」
まあ、仕組みなど説明されても、きっと分からないな。そういうものだと捉えよう。
魔大木にいた者たちも加えて、泉の縁に向かう。その時に守護役を勤めていた者が言いずらそうに口を開く。
「あのう。ユリアス様。お願いがございます」
とても真剣な顔だ。
「なに?何か困ったことでも?」
先を促すと、『ざっ』と膝まづいて頭を下げる。なになに?何があったのさ!?
「私はムネアカアントラーのローアルと、け、結婚したく存じます!」
えーっ? ちよっと待ってよ!えっと、これは認めてあげたいな。でも、近いとはいえ、違う種族でも大丈夫なのか!?
「そ、それはおめでとう。『ヤルカード』君だよね。このことはアンフィは知っているの?」
確か背が高いので「高い」という意味をもつ『ヤルカード』と名付けたはずだ。名を否定しないので間違っていないようだな。彼はアンフィの息子だ。アンフィは知っているのだろうか。
「母上には先日、お話いたしました。本日、ユリアス様にお伺いするようにと」
どうやら、知っているらしい。反対されている感じではなさそうだ。
次はお相手のローレルの母であるガディアナだ。ガディアナを見たら微笑んでいた。表情で反対ではない、むしろ賛成しているのが分かる。
ヤルカードの隣に『ローレル』と呼ばれる娘が出てきて、同じように膝まづいた。
「分かったよ。おめでたいじゃないか。今後のことなんかは、僕には分からないこともあるから、帰ったら詳しく進めようね」
「はい!ありがとうございます!」
手を取り合って喜ぶ二人が眩しい。後で二人のことをじっくりと聞いてみたい。
そう思ったんだけれど……。
「ユリアス様」
今度はツキシロが真剣な顔をして話しかけてくる。
今度はなに?
「私も是非に婚姻を認めていただきたく!」
は?ツキシロも? これって揶揄われているんじゃないよね?
「あの、ツキシロ? お相手は? もちろんサリナも知っているんだよね?」
「サリナ母上には、ここに出立する前に認めていただきました。ガディアナ様にも」
ガディアナはまた微笑んでいる。ツキシロを見る目は少し生暖かい気もする。
「相手は『スイレン』殿です」
「えっ!ええっ!?スイレンなの!?」
スイレンは先般のオーク討伐時の指揮官の一人として頑張ってくれた。文武ともに優秀なガディアナの長女だ。たしか女王となるスキルも獲得したはずだ。
「もちろん、認めるよ」
もう、それしか言葉は見つからない。細かい事はエリナ姉さんに丸投げすることを決めた。
なんと、アントラーとムネアカアントラーの婚姻が二組も決まった。