援軍任務完了
「もう、始まりました」
先行していたラトレルが戻ってきて、報告したのは、目的地の2キロほど手前だった。
「えっ?もう?」
話を聞くと、あえてこちらを待たずに仕掛けたらしい。予想はしていたことだが、僕らのことをよくは思っていないようだ。僕らというより、僕個人か。いきなり貴族になったのだ。周りからのやっかみもわかる。
「それで?」
戦況を聞くと、隠れていたゴブリンに翻弄されたらしい。僕を疎んじている奴に手を貸すのは馬鹿らしいが、危機に面している人民に非は無い。
「まあ、とりあえず急ごうか」
少し走ったら目的地に着く。
着陣の挨拶をしたけれど、思った通りに良い顔はしなかった。
「男爵にはゴブリンを掃討していただけたらと」
あくまで主戦は都市軍で、こちらは適当に手伝い仕事だと暗に言っているようだ。
「構いませんよ。大分いますね」
「お分かりになるので?」
「ええ。私は探索持ちなんですよ」
「そ、そうでしたか」
探索持ちがいないらしい。それならば索敵部隊が必要だと思うのだけれど、そのような部隊はいなそうだ。僕は魔力探索で着いた時から叢に凡そ1000程の魔力を感知している。ゴブリンだろう。数を言うと驚いていた。
こちらの兵数を聞かれた。
「百兵です」
「ひ、百? ははは。総動員してくださったのですな」
「いいえ。我が領兵の三分の一程です。何しろ街がアイーダ草原の中なので、そちらにも兵を置かねばならないのですよ」
「そ、そうですか」
この間、地区長の要請に出したのは20兵くらいだったので、それを基準にこちらの兵力を少数と見ていたようだ。
まあ、いい。ゴブリン退治ならば、皆も怪我をすることもないだろう。危険な目に会わないならば、それに越したことがないのだから。
今回、僕はサリナとアンフィも連れてきた。アントラー族中心の動員だ。指揮官としてマーベラも同行しているが、他のワイルドキャッスルは留守番である。
サリナ、アンフィには僕が促すまでは発言をしないように頼んでいる。そうでなければ、真っ先にイードに喰ってかかっているに違いない。
ルドフラン達がゴブリンを退治している間に、僕はオークの集団を注視する。やはりハイオークの中に魔法を使用出来る者がいる。防御系の魔法を施しているようで、都市軍の攻めは凌がれているどころか押されている。
そちらを注視しながらも、わざわざ教えてやることもない。ゴブリン退治が終わるのを待った。退治が終わったことを告げると、もう終わったのかと言いたげなイードだ。魔石の山を見て何も言えないようだ。
「そちらは大丈夫ですか?苦戦しているようですが」
「は? 何をおっしゃるので? たかがオークごときに……」
この指揮官は全く戦況を見ていない。
魔法を使えるシルバーオークがいることをルドフランに報告させた。
さて、どうするだろうか? オークを見くびったまま無理な力押しを続けるのか、彼の判断は見ものだ。
「魔術兵を先頭にせよ。魔術兵にオークの障壁を破らせろ。出来ないならば火球を放て!」
へえー、魔術兵などという部隊がいるんだな。初耳だ。
どれほどのものかと眺めていると、5人の者が先頭に出た。あれが魔術兵か。
少しワクワクしながら見ていたんだけれど、大したことはなかった。なんか魔法陣を出して、オークに向かって手を掲げているんだけれど、障壁も破れずにいるみたいだ。
偉そうなことを僕も言っているけれど、障壁を破ったことはないんだよね。一応色々と勉強しているから方法は大体わかるけれど。
そのうちに数体のイエローハイオークが出てきて、棍棒で都市軍兵をなぎ倒している。明らかに都市軍の劣勢だ。
「どうします?」
僕は冷静に問う。このままではオーク達に蹂躙されちゃうでしょ?
「ぐぬぬ……。ご、ご助力お願い致します」
なかなかに悔しそうだ。
「それでは。都市軍はユリアス様の指揮下に入っていただきます。よろしくて?」
いきなり、サリナがしゃしゃり出てきた。
「こら!サリナ。失礼でしょ!」
「何がでございましょう? このままでは都市軍はどうなりますか? 私共だけで駆逐してもよろしいのですけれど、形だけでも都市軍兵を、と思うのですが」
「お、おっしゃる通りです。……分かりました…。都市軍はユリアス様のご指示に」
悔しそうな顔はそのままだが、背に腹はかえられぬということだろう。何せ、いまの都市兵では状況を打破出来ないのだから。
「では。マーベラ」
言葉短かくマーベラを促す。
「都市軍の皆!これより君たちはユリアス様の指揮下に入る!」
声は辺りに響く。驚くべき声量だ…と思ったら、「拡声の魔術具を使っているのですよ」とアンフィが耳打ちしてくれた。そんなのあるんだ!? 知らなかったよ。
「ユリアス。皆に指示を出してよ」
マーベラが他の者に聞こえないように小声で言う。
僕が?ここは指揮官のマーベラじゃないの? と思ったんだけれど、僕が指示を出すことによって、都市兵も僕の【統制】のスキル下に入るのではないかということだ。
それならばと指示を出すことにする。
「3チームに分ける。指揮は隊長として『ルドフラン』『ラトレル』『スイレン』。都市兵も三手に分かれた後、三人一組となること」
すぐに組み分けを行った。ここでぼくの役目は終わり。
『スイレン』とはムネアカアントラーのガディアナの長女だ。組み分け後は、マーベラの総指揮の元でオーク討伐が行われるのだ。ガディアナはというと、マーベラの補佐をしている。
すぐに戦果が出はじめる。アントラー兵達が魔力を纏った剣で攻め入る。次々と屠るのだが、何体かは討ち漏れてしまう。それらを三人一組となった都市兵が始末するのだ。オーク程度なら三人一組であれば、討つのは造作もない。囲ってしまえば、物理障壁のないところを攻めることが出来るよね。
自分達でオークを討ちはじめると、自信を持ち、動きも格段に良くなっていくのだ。
小一時間すぎる頃にはオーク達をほとんど討伐した。
「凄い。男爵、数々の御無礼、お許し頂きたい。恥ずかしながら、我らと練度が違いました」
「いいえ。お気になさらず。それよりも、ハイオークが残っています。申し訳ありませんが、都市軍兵では荷が重いでしょう。あとは私共だけで始末してもよろしいですか」
イード大将は僕を見下すような態度を改めてくれた。根は腐っていないということなのか。ただ、急に貴族になった僕への嫉妬があっただけなのかもしれない。
「こちらから、お願いしたく存じます。是非に戦いぶりを拝見させてください。あ、これは決して嫌味ではございませんので……」
「ふふふ。そんなふうに受け取りませんよ」
最後はパドレオン男爵軍でハイオークに対峙する。
ハイオーク、遅るるなかれだ。アントラー族は通常はDクラスなのだけれど、僕のファミリーは最低でもCクラスとなっている。ハイオーク自体がDクラスなので、個々でやり合っても問題ない。
案の定、30数体のハイオークは次々と剣の餌食になっていく。
「マーベラ。ごめん。僕も行く!ちょっと試したいんだ」
僕も剣を振るいたい。マーベラの答えを待たずに飛び出してシルバーハイオークの元に走った。
シルバーハイオークの顔は他のハイオークよりも知性が感じられる。手にしている棍棒が魔法媒体のようだ。
「☆▼>≠❉❉彡」
シルバーハイオークが僕には分からない言葉を発すると、棍棒から魔法陣が浮かび、半透明な障壁が僕との間に現れる。遠くから見ていた限り、この障壁は『物理障壁』だ。
僕は剣に魔力を流す。すると剣は薄い水の膜に覆われる。実はこの剣を試したかったのだ。
剣を振ると全く障壁など感じられずに、剣先がシルバーハイオークの体に触れた。
袈裟斬りの剣筋のまま、体はふたつに別れて崩れ落ちて魔石と変わる。なんか、呆気なさすぎてつまらないくらいだった。
こうして、公爵の要請を受けた都市軍への援軍を終えた。数体のオークは森へ逃げて行ったようだが、取り敢えずの危機は脱したはずだ。
最後はとても低姿勢となったイード大将に別れを告げて我が領へ戻るのだ。
道すがら、僕は皆に思っていることを伝える。
「ハイオークも何者かに操られているよね」
「そうですね。あれほど種々なハイオークが行動を共にするとは考えられませんもの」
「でしょ。アンフィ。そこでアンフィにお願いがあるんだ」
僕はオークやハイオーク達の背後を探ってもらうことにした。気配を消したり、薄めたり出来る者がアンフィファミリーに多いんだ。
やはり元を断たないと、また同じことが続くだろう。オーク達はすぐに増えるしね。
アンフィはすぐに対応を約束してくれた。