都市軍と合流
—–シムオール市西部・タワント村—–
村の北に広がるアイーダ草原。その一角に現れたオークたちが、村を睨むように立ち並び、今にも襲いかかってきそうな気配を漂わせていた。
「大将! オークなど恐るるに足らず。出撃いたしましょう!」
「待て。公爵の命令だ。援軍が来てから動け、と」
「なぜです? 援軍なんて、所詮ぽっと出の“男爵”でしょうが!」
“大将”と呼ばれているのは、シムオール都市軍を率いる男、イードという。
「これ、言い方に気をつけろ。相手は貴族だぞ」
そう諭しつつも、イード自身も援軍には良い感情を抱いていなかった。自分の軍では手に負えぬと見なされたも同然だからだ。
「まあいい。来たらお手並み拝見といこうじゃないか」
「はあ。しかし、あのエリナの身内というのも気に入らないんですよ」
「はん? エリナの身内だと?」
「ええ。エリナの甥とかいう話です」
イードは露骨に顔をしかめた。どうやら、エリナに関して何か因縁があるらしい。配下の男も同様に良い印象を持っていないようだ。
「甥、か。ならば、それなりに腕は立つかもしれんな」
「かもしれませんが、まだガキですよ。あの狡猾なエリナとは違います。私もイード大将も、一度も勝てなかったじゃないですか」
「……昔の話はするな」
どうやら三人には過去の因縁があり、その勝負はエリナの優勢で終わっていたようだ。
「となると話は別だな」
「どうなさるおつもりで?」
「向こうから攻めてきたら、我が軍も応戦せざるを得まい」
イードはオークを刺激し、敵から仕掛けさせる策を選んだ。攻められた形にすれば、公爵の命令である“援軍到着まで待機”を破る口実が立つからだ。
イードはオーク討伐の訓示と称して兵を集め、その裏で数名の部下に命じ、密かにオークへ火矢を放たせた。
狙い通り、オークたちが荒れ狂い始める。
「皆の者! オークに動きあり! 本来なら援軍を待つべきだが、そうも言っていられん。村を――ひいては市を守るのだ!」
『『おうっ!』』
兵の士気は高く、イードは鼓舞するのに長けているようだ。
しかし、オークたちは騒いではいるものの、こちらへ攻め込む気配はなかった。イードは「危険」と決めつけ、兵に突撃を命じる。
最初に襲われたのは、真っ先に剣を振りかざして突撃した兵20名だった。
「おわっ!? なんだ、なんだっ!」
突然、足を取られ、兵たちは次々と倒される。
「ゴ、ゴブリン!?」
無数のゴブリンが草むらから飛び出し、兵たちに襲いかかる。一人の兵に対して7、8体が取り付く勢いだ。
ゴブリンは小鬼とも呼ばれる小型の鬼族種で、個体としての力は弱い。だが、集団で襲いかかるため厄介なのだ。オークにたどり着く前に、30余りの兵が倒された。
「ゴブリンなんて、聞いていませんでした! 一体どこから……」
このあたりでゴブリンの出没など聞いたことがない。本来、西の方に生息するはずなのだ。
「知らん。だが、事実は事実だ。恐るるに足らん」
総兵300のうち10%にあたる30名を失ったが、イードは冷静だった。
「オークが動かぬなら好都合。油を撒き、草原を焼け! ゴブリンも隠れられまい」
ほどなく草原の一部が燃え、ゴブリンたちは隠れ場所を失い散っていった。
「よし、仕切り直しだ。突撃せよ!」
直後、『ブキャーッ!』というオークの断末魔が響く。
「ふふっ……意気揚々とやって来る男爵は、どんな顔をするだろうな」
援軍が到着しても、出番は残さぬつもりでいた。イードは満足げな笑みを浮かべる。
「大将! パドレオン男爵がお見えになりました」
「はあ? 随分早いじゃないか。到着は明日くらいのはずだろ?」
「そう聞いておりましたが……」
「まあいい。すぐ行く」
イードの前に現れたのは、噂通り幼さの残る少年だった。
「これは男爵様。お早いお着きで」
「初めまして。パドレオン・ユリアスです。緊急事態と伺い、急いで参りました」
「そ、そうですか。ありがたいことです。それで、どれくらいかかっておいでに?」
「そうですね。2時間ほどでしょうか」
「へっ? ぶはははっ! 男爵は冗談がお好きで」
その反応も無理はない。普通なら急ぎでも1日はかかる距離だ。馬を駆っても2時間では届かぬ。
「我が主は事実を述べただけだ。それより貴殿、名を名乗らぬとは無礼ではないか」
静かだが鋭い声が割り込んだ。ユリアスの護衛を務めるルドフランだった。
その瞳には怒りの光が潜んでいる。
「貴殿も軍を率いる身であろう。我が主は公爵の命を受け、この危急の折、全速力で駆けつけたのだ。それを冗談と断ずるとは、軽率の極みではないか」
声は決して荒げず、しかし言葉のひとつひとつが氷のように鋭かった。
「主の力を疑うならば、それは貴殿の視野が狭い証拠。我が主の行いは、決して虚言ではない」
周囲の兵たちは、ルドフランの毅然とした物言いに息を呑む。
「ルドフラン、控えて」
ユリアスがやわらかく制する声をかけた。
「さて、状況は? 公爵からの要請で参ったのですが、我々にすべきことは?」
「それが……オークに動きがあったので、こちらで対処いたしました。男爵には、ゴブリン掃討をお願いできればと」
「構いませんよ。かなりの数がいますね」
イードの目がわずかに見開く。
「お分かりになるので?」
「ええ。私は探索のスキル持ちです」
「そ、そうでしたか」
「ざっと1000体ほどですね。始めてもよろしいでしょうか?」
「1000!? 本当にそんなにいるのですか?」
「ええ。見えないんですか?」
「い、いや……まあ、それくらいかとは思っていたが……。男爵は何名の兵をお連れで?」
「100名です」
「ひ、100!? ははは……総動員してくださったのですね?」
「いいえ。我が領兵の3分の1程度です。街がアイーダ草原の中にあるので、そちらの守備も必要でして」
「そ、そうですか……」
この時点でイードは気圧されていた。都市兵全体で300。パドレオン男爵領がそれと同等の兵を持つと知り、衝撃を隠せない。
一般に専属兵は人口の5%程度が適正とされる。人口6000のシムオール市で兵300は妥当だ。それに対し、パドレオン領は人口1000程度と聞く(二つの村を含む)。そこから300もの兵を出すのは、通常なら経済的に不可能だ。だが、パドレオン領は魔石や貴重鉱物といった高価な産物を収入源としている。魔石は魔物を討伐せねば得られない貴重品であり、その力こそが領を支えているのだ。
イードもその事情を悟り、毒気を抜かれたように沈黙する。
「では、早速」
ユリアスが命じると、ピーコックグリーンの軍勢が素早く焼け跡周辺に散開した。動きは整然としており、わずか15分後には、
「ほとんど片付きましたよ」
戻ってきた兵たちが軍用鞄から、次々とゴブリンの魔石を取り出す。その数は膨大だった。
「す、すごい……」
思わず呟き、イードは慌てて口を閉ざす。
「お褒めいただき光栄です。それより、そちらは大丈夫ですか? どうも苦戦しているようですが」
「は? な、何をおっしゃる。たかがオークごときに……」
だが、視線を自軍へ向けてみると、オークの数が思ったより減っていないどころか、逆に押され始めていた。
「ど、どういうことだ!?」
「ルドフラン、説明を」
「ハイオークの障壁により、都市軍兵の攻撃は通じていません。加えて力もオークの方が上回り、押されているのです」
さらに、ハイオークの中には魔法を使う《シルバーハイオーク》が混ざっており、物理障壁をオークたちへ施しているのだという。
今や、都市軍は完全に劣勢に陥っていた。