増えたオーク
街もだいぶ形になったのは、作り始めてから半年後のことだ。1年は15ヶ月だから、8ヶ月ほどかかった計算になる。意外だったのは、悪名高い地区長が協力的だったことだ。特に実務を行う人材を一時的に貸してくれた。地区長といっても、一般人なので、貴族である僕とのつながりを欲したのかもしれない。
おかげで、いろいろな担当官を置くことができた。例えば、住民登録を行う担当官や、公共設備を管理する担当官などだ。新たな担当官たちは、地区長から送り込まれた人材に教え込まれている。ちなみに新たな担当官は、ヒューマンが多い。
街の人口は今や600人ほどになっている。僕のファミリーだけでは、とても手に負えない規模だ。街のキャパシティや、常に拡張している状況を考えると、今後もまだまだ住民は増えるだろう。
そんな中、その地区長から僕に協力の要請がきた。ギルド宛ではなく、『男爵』宛に助けを求めてきたのだ。
シムオール市の西の街はずれに、度々オークが出没するという。オークの退治自体は難しくないが、問題はその数だ。数十体の群れが現れ、ときには100体を超えることもあるらしい。僕はエリナ姉さんにどうすべきか相談した。
「退治しても、ユリアスに何の得もないわね」
「そうだけどさ。街造りに協力してくれたし、借りを返しておくのもいいんじゃないかな」
「そうねえ……」
その場には領の執行部も揃っていたが、アンフィが口を開く。
「ブカスの森でもオークが増えていますわ。都度、退治はしていますけれど。他の方々はいかがですの?」
「アンフィの言う通りだね。アタシ達も街の周りをうろつくオークを何体か始末してるよ。前は森から出ることなんて滅多になかったのにさ」
マーベラもオークの異変に気づいていたようだ。ゼル村やシロコ村からは、今のところそのような報告はないらしい。ギルドへのオーク討伐依頼は増えており、強くなったチョコレッタを中心に任務を受けているという。
「オークが増えてるって、なんか気持ち悪いから、この要請を受けるよ」
「そうね。男爵として受けるのだから、領兵を束ねるマーベラも支度しなさい」
「分かった!」
すぐにマーベラが出兵させる人員を選抜した。僕は行くことができないらしい。軽々しく領主が出陣するものではない、と言われてしまった。なんと不自由なことか。
出兵の日、僕は見送りに出た。整列した兵たちは、本当に格好良かった。
全員が身につけたピーコックグリーンの軍服は、陽光を浴びるたびに微かに金属のような光沢を帯び、深い青緑の色合いが波打つように揺らめいて見える。布地の折り目ひとつ乱れず、立ち姿はどの兵も背筋が真っすぐで、まるで研ぎ澄まされた刃のような鋭さを感じさせた。
腰に帯びた剣もまた見事だった。全員が同じ型を佩刀していて、白銀の刀身には繊細な刻印が走り、その表面にはうっすら赤い光が脈打つ。コロン族による火属性の付与だそうだ。華やかさだけでなく、実戦での威力も折り紙付きらしい。
これらの装備を整えるのに、相当な費用がかかったとエリナ姉さんから聞かされている。軍服はムワット石とミスリルの繊維を織り込んだ特殊生地で、物理衝撃や魔法に対する高い耐性がある特注品だという。剣はアダマント製。いずれも支給品で、領からの出費だと思うと、僕はため息が出そうになる。けれど、その出費の価値は十分にあった。兵たちは誰もが堂々としていて、一目で精鋭だとわかるほどだった。
そんな兵たちを率いるのはマーベラだ。ワイルドキャッスルが5名、ムネアカアントラーが5名、アントラーが10名。並んだ彼らの気配は、一つの巨大な生き物のように息が合い、統率の取れた空気を漂わせている。
指揮を執るのはマーベラ一人で十分とのこと。彼女の左腕には、指揮官を示す深いエンジ色の腕章が巻かれており、ピーコックグリーンの軍服に鮮やかに映えて、なんだか凛々しくて誇らしい気持ちになった。
―――一週間後―――
マーベラ率いる者たちは、ちょうど一週間後に帰ってきた。往復に一日ずつかかったので、現地での滞在は五日ほどだ。すぐに報告がある。
一日目には、すでにオークが来襲しており、あっという間に駆逐したらしい。数は30体。ワイルドキャッスルの3人で片付けたという。
次に現れたのは二日後(三日目)。倍の60体が出現したが、今度はアントラーの5人が駆逐した。
そして最終日の五日目には、60体のオークに加え、2体のハイオークが現れた。それをムネアカアントラーとワイルドキャッスルが討伐した。
五日目には地区長の兵たちが揃ったため、一旦お役御免となった。ちなみに、最初は地区長の兵も対処していたらしいが、ことごとく死傷してしまい、助けを求めてきたのだという。その数の減った兵の補充がやっと済んだのだろう。
「それで、どうだったの?」
「オークなんて簡単だよ。数が多くても問題ないさ。……でも、今度のオークたちはちょっと変なんだよね」
「どういうこと?」
「えっとさ。オークって馬鹿じゃない!? 暴れたりはするけど、物を奪っていくことはないんだよね」
確かに、オークは知能が低い。それに本能で動くので、略奪や物を蓄えることはないはずだ。それなのに、最初に遭遇したオークたちは、食料を両手で抱えていたらしく、それまでに襲ってきたオークたちも、略奪をして去っていたという。その後のオークはすぐに討伐してしまったため、詳しくは分からなかったようだ。
「確かにそうね。ハイオークはどんな種類?」
エリナ姉さんも違和感を覚えているようだ。
「レッドハイオーク。少しは知性のあるやつ」
「それにしても、略奪なんてするかしら?」
なるほど。これは駒だな。
「これって『木を見て森を見ず』ってやつだね」
「あの、ユリアス様。ご説明くださいます?」
「サリナ。オークという弱い魔物ばかりを見すぎているんだよ。知性の低い魔物だからって簡単に考えちゃうけど、たぶんハイオークを含めて、それらを動かしている存在がいるんだ。きっとね」
「ほう。オークばかり見て、背後を見ていなかったということなのですね」
その通りだ。多分、ハイオークまでも従える上位の魔物が背後にいると思う。最初は30体。次に倍の60体。さらにハイオークを追加。こちらの戦力を計っているような気もする。
「次に襲って来るときは、もっと厄介な数だと思うな。もちろん、ハイオークも増えてるはずだね」
姉さんは、一応、地区長にそういう恐れがあると伝えるそうだ。あとは地区長がどう判断するかだろう。
「また準備しといた方が良さそうだね。すぐに要請されるよ」
僕はそうマーベラに指示をした。マーベラも、今度は今回とは違う者たちを選別するつもりのようで、編成を考え始めていた。
それから情報を集めたが、ぱったりとオークは現れなくなった。
ここで予知したのはアンフィだった。
「オークはおよそ2週間ほどで増えますよ。今は個体数を増やしている時期ではないのでしょうか」
魔物の専門家であるアンフィの説明によると、オークは条件が揃えばすぐに子を産み、2週間で成体になるという。条件とは魔力や食料だ。普段は肉食だが、その期間は魔植物を摂取するらしい。発生するのは森の中だろうと考えられる。すぐにブカスの森へ偵察を出したが、そこにはいなかった。きっとさらに奥の森にいるのだろう。
「ところでユリアスーっ」
「何? マーベラ」
「これ、どうする? ギルドの仕事じゃなかったしさ」
いきなり話を変えたマーベラは、軍用鞄から討伐したオークの魔石を取り出した。
「ちょい、待った! こんなに?」
それも当然だ。100体以上は倒しているのだから。
「ていうか、どこに入ってたの? どう考えてもサイズ感おかしいでしょ!?」
鞄の三倍以上の容積ではなかろうか。
「あれ? ユリアスは知らなかったの? この鞄はワームの腸を鞣した物を内側に貼ってあるんだよ?」
「なんで疑問形なのさ」
説明を求めて、姉さんを見る。
「ふふふ。ワームは自分の体より大きな物にも喰らいつくでしょ? それでも飲み込むと、外見は元の姿のままなのはおかしいと思わない?」
「まあ、確かに……」
「それに気づいた研究所の研究員が袋にしてみたのよ。そしたら、ものが入ること入ること」
「それって、アンフィ?」
「いいえ。研究員は私の息子ですわ」
どうやらアンフィの息子は何人も研究員になっているらしい。蛙の子は蛙だ。そういえば、街の造成のときに、大きなワームが出た騒ぎがあったっけ。きっと、そのワームが使われたのだろう。
「でも、すごいね。これ、僕の腰袋にも使ってよ」
「いいわよ。今、兵士の支給品の鞄を作っているから、ついでにね」
僕は領主だよ!? まずは僕のを優先してほしいものだけど……まあ、作ってくれるならいいか。
そんなこんなで、2週間後。やはり再び要請が来た。今度は地区長ではなく、都市長のグオリオラ公爵からだった。これは断れない。いや、断る気はなかったけれどね。
なぜ公爵からの要請かというと、現れたオークの規模が桁違いだったからだ。放っておけない状況なのだ。
シムオール市の西部に面するアイーダ草原に、オークたちが現れた。しかも、その数は300にも達するという。
さらに、確認されているだけでも、複数種のハイオークが30体ほど混じっているとのことだ。報せをもたらした使者の声は震えていた。
アイーダ草原と街との距離を思うと、胸が冷たくなる。いつ街へ押し寄せてもおかしくない――そんな危機が、すぐそこまで迫っているのだ。
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