チョコレッタvsハイオーク
朝を迎えたわたしたちは、先に進む。
わたしには探索能力は無いけれど、漂う魔素が濃くなってきたのは肌で感じる。オークの巣が近いんだと思う。
『ガサガサッ』
「ひーっ!」
「も、もうっ! びっくりするじゃん!」
「だ、だって……なんかいますよぉ!」
「落ち着いて。カラカラよ」
茂みから出てきたのは、やはりカラカラ。だけど様子が変だ。落ち着きがなく、何かに追われているように見える。
茂みの奥に、何かがいる……。オークだ。直感でそう思った。
「オークがいるわよ。準備して」
茂みの中の気配は、こちらの様子を伺っているようだ。
ファーファはメイスをぎゅっと握りしめ、呟くように唱える。
「メイスよ。我が意を受けて、ランスとなれ……」
メイスが光に包まれ、槍に変わり、炎を纏った。
この“メイス変換術”を初めて見たとき、わたしは彼女をギルドに誘ったの。珍しい無属性スキルで、今のところランスと剣に変えられる。
そして、彼女が火属性魔法を持っているから、武器が炎を纏うのよ。
「いっくわよーっ! ファイヤーカッター!」
茂みに向かって火の輪を三発撃つ。本当はスキル名を言わないでも撃てるけど、叫んだ方が気合いが入るのよね。
『ギャウッ!』
三発目が手応えあり!
間をおかずに、バキバキと枝を折る音と共に、オークが現れた。
「ひぃーっ! このこのっ!」
ファーファは及び腰ながらも、槍を突き出す。
『ぼふっ』と音を立てて、オークは崩れ落ちる。オーク単体はEクラスの魔物。落ち着いて対処すれば倒せる。
続々と出てくるオークたちも、わたしたちは順調に討ち取っていく。
わたしはある試みをしてみる。実戦で試すには絶好の機会だ。
「ファイヤーウォール!」
まずは三体のオークを火の壁で囲い――
「ファイヤーレイン!」
火の雨を降らせる!
逃げ場を失ったオークは火の雨に翻弄され、悲鳴を上げながら『ぼんっ』と魔石に変わった。
――やった! 組み合わせ次第では、かなり有効ね。練度を上げれば、立派な主力になる!
「すごいです、おねえさま! いまの、なんですか?」
「わたしにできることを組み合わせただけよ。それより、ファーファは何体やっつけた?」
「わたしは、えっと……8体ですぅ!」
思ったより頑張ってるじゃないの。わたしは15体。合わせて20体を超えている。
そろそろ、群れは壊滅できそう。
「えいっ!」
ファーファのランスが、最後の一体を貫いた。
ふぅー。終わった。任務完了だ。
「よく頑張ったじゃん」
「えへへっ……メイスのスキルも、ひとつ上がりましたぁ」
実戦ではスキルが上がりやすい。わたしもそうやって成長してきた。
――その時だった。
『バキバキバキッ!』
背後から木が裂けるような轟音と、圧倒的な気配が迫る。
なになになに――!?
目の前に、ずんっ、と巨木が倒れこみ、その向こうから……現れたのは。
「ハ、ハイオーク!? それもイエローハイオーク!」
オークの上位種、ハイオークの中でも特に力の強い個体――“イエローハイオーク”だ。
巨体から放たれる気配に、ファーファは完全に飲まれて、立ち尽くしてしまう。
「ファーファ! 逃げて!」
わたしの叫び声で、はっと我に返り、慌てて逃げ出そうとしたその時――
『ガシィィ!』
イエローハイオークの棍棒が唸る。
ファーファはメイスで辛うじて受け止めたものの、吹き飛ばされ地面を転がる。
「ファーファァァァァァッ!」
動かない。目を閉じたまま、ピクリとも動かない。
――お願い、動いて……! 死なないで……!
『ギャウルルゥ』
イエローハイオークが、こちらに向き直る。
待ってて、ファーファ。すぐにこいつを倒して、そっちに行くから――!
「ファイヤーボール! ファイヤーカッター!」
火球は命中。けれどカッターは棍棒で叩き落とされた。火球も、ダメージは与えたけれど大した効果はなさそう。
――こいつ、Cクラス以上……? もしかしてBクラス級!?
「ファイヤーウォール!」
足止めをかける!
「ストーンウォール!」
さらにもう一重!
「ファイヤーレイン!」
火の雨を重ねる!
――効いて……お願い!
『バコッ!』
……ダメだ! あっさり突破された!
火と石の二重囲いも無力だなんて――!
ごめんね、ファーファ!
棍棒が振り下ろされる――わたしに向かって。
――ああ、わたし、ここで――
目をつぶった。
『ドンッ!』
……え?
わたしに棍棒が当たる音ではない。
恐る恐る目を開けると、彼がいた。
「チョコレッタ! 大丈夫か?」
「だ、だいじょばない……!」
気づけば、わたしは泣いていた。
ユリアスくんが、イエローハイオークを弾き飛ばしてくれていた。
怪物は数メートル先に転がっている。
「ファーファが!」
「大丈夫! 彼女は生きてるよ」
彼女の方を見ると、ルドフランさんが抱きかかえていた。
「気を失っているだけです」
――良かった……本当に良かった……!
「チョコレッタ。ファーファの仕返しをするよ」
ユリアスくんがニコッと笑う。
再び立ち上がるイエローハイオークが、こちらに迫ってくる。
「さっきの良かったじゃない。もう一度やってみようよ」
「ダメよ! わたしの攻撃、全然効かなかったのよ」
「そんなことはないみたいだよ。よく見てごらん」
「え?」
言われてよく見ると、イエローハイオークの肩やお腹が焼け焦げている。
――どの魔法かは分からないけれど、ダメージは確かに入ってる!
「頑張って。チョコレッタが倒してみようよ」
ユリアスくんの言葉に、勇気をもらう。
「ファイヤーウォール!」
火の壁を展開!
「もう一重重ねて!」
「……うん!」
火壁を二重に重ねる。
より分厚く、灼熱の壁が完成する。
「えっと、さっきの火の雨も!」
「うん。ファイヤーレイン!」
イエローハイオークに火の雨が降り注ぐ。
しかし怪物は、手で払いながら前進してくる。
「火の矢は使える?」
「ううん。魔法陣は覚えてるけど、上手くイメージできなくて……」
イエローハイオークは火壁を棍棒で叩きながら突破しようとしている。
「シュッ」
ユリアスくんが背中から弓を取り出し、矢を放つ。
矢は一直線に飛び、イエローハイオークの足に突き刺さった。
「ユリアスくん、弓使えるの!?」
「覚えたんだよ」
――すごい……でも、わたしに倒させてくれるんだね。優しすぎるよ、もう。
「ルドフランも練習だ」
「はい、ありがとうございます!」
ルドフランも矢を放ち、もう片方の足を射抜く。
「ねえ、この矢を見て。これをイメージすればいいんだよ」
「なるほど、実物があればイメージしやすいね」
「それとさ、チョコレッタの火の雨は、火の塊を空に浮かべるじゃない?」
「うん?」
「矢を降らせることはできないかな?」
――それって、魔法陣の種類が違うし、無理じゃ……
「重ねて発動してみなよ。失敗したら僕が倒すから、やってみな」
両手に魔法陣を展開するのは懐かしい気がする。
アイーダ草原でユリアスくんにアドバイスをもらった日を思い出す。
「よし、魔法陣はできたね。次はイメージだよ。矢は手からじゃなくて、雨の代わりに発動するんだ」
「分かった。やってみる」
「ファイヤーレイン・アンド・アロー!」
『グオッフ!』
目の前で、イエローハイオークが炎の矢に貫かれ――
「ぼんっ!」と魔石に変わった。
倒した……倒せたんだ……!
「すごいや! 本当にできちゃうなんて。チョコレッタは凄い!」
「えへへ……ありがとう。ユリアスくんのおかげだよ」
ファーファも目を覚ましてくれたし、今度こそ本当に任務完了だ。
レイン&アローも、もっとしっかりと習得しなくちゃ。さっきのは、半分くらいは火の“雨”のまんまだったし。
今回の任務で、わたしはレベルを上げてBクラスになれた。
スキルも色々と――
「あっ。変な職種が加わったよ。【魔法アドバイザー】? なんだこれ?」
ユリアスくんが呟く。
なるほど、それは正解ね。わたしに対してだけの称号かもしれないけれど。
わたしとファーファは、心強い助っ人たちと共に、ギルドへ帰還するのだった。