爵位
シロコ村の依頼を達成してからしばらくして、僕はシムオール都市長公邸に呼ばれた。都市長はグオリオラ・テノーラ公爵だ。
「エリナ姉さん。どうしてこうなった?」
「何度も説明したでしょ!シロコ村とゼル村を救ったからよ」
直接はゼル村からリザードマンを撃退し、シロコ村のメンライダを駆除したことらしいけれど、ムサ・シーガワ侯爵からの強い推薦もあったらしい。侯爵はユリアス魔物・魔術研究所副所長のムサ・シーマル伯爵の父親だ。
何やら姉さんの意図が絡んでいるような気がしてならない。
「僕が貴族なんておかしいって……」
「大丈夫よ。私がフォローするから。それに研究所の後援者が誰か知っているでしょ!?」
「えっ?まさか?」
「ふふふ、そうよ。イブも賛成してるのよ」
「そ、そんな呼び方いけないよ!?」
「メンライダの魔石も売ってあげたし、あの娘には貸しも沢山あるから、そんなことで文句言わせないって」
我が研究所の後援者は二人いる。一人はシーマル副所長の父親であるシーガワ侯爵だ。そしてもう一人は『カラブレット・イブロスティ』だ。女王陛下である。一応、個人名ではなく『イブロスティ財団』という組織の後援だけれど、どうみても個人的な支援なのは明白なのだ。
女王陛下を愛称呼びする姉さんの人脈が怖い! それにあの浄化作用のあるメンライダの魔石を1瓶1金貨で2瓶売ったという(姉さん曰く格安だというけれど真偽は不明だ)。僕から1瓶あたり20銀貨で買ったのに!ぼろ儲けじゃないか!女王陛下相手に!?
結局、断る術もなく僕は男爵位を賜った。同時に領地も授かるのだが、ビレッジ・ユリアスと呼ばれる個人の敷地の他に、ゼル村とシロコ村の2村が僕の治める地となる。
両村の人達は喜んでくれたけれど、荷が重い。
「さてとパドレオン・ユリアス男爵。これから統治に関して決めなければならないことが沢山ありましてよ」
姉さんが少しおどけて言う。
「それなんだけど。執政官に『パドレオン・エリナ』を任ずる。
……という訳で、後はお願いしまーす」
僕は逃げ出した。後ろで「ちょっと、丸投げする気ーっ!?」と声が聞こえた気がするが気の所為ということにして逃げた。
僕には他にも考えなくてはならない事が沢山あるんだもの。
パドレオン領となるからにはギルドもシムオールの支社のまんまとはいかないだろうし。これもギルマスの姉さんに丸投げ案件だね。屋敷の建て替えもある。男爵家に相応しく建て直すように公爵から言われた。まあ、この辺りのことは姉さんに頼るしかない。
問題は僕自身のことだ。僕とサリナ、アンフィの関係だ。
サリナとアンフィを連れてアイーダ草原へ出た。他の誰からも邪魔の入らない場所で話をしたいのだ。ムワット石採取の時に利用したスペースに着く。そのスペースはすでに魔雑草が蔓延っている。チョコレッタと共に築いた背の低い土壁だけ残っている。また、落ち着ける空間にしてから二人と話し合いだ。
「ねえ、二人とも。改めて人間となってくれてありがとう」
「私達も本当に嬉しいですの。ユリアス様に喜んでいただいたことが特に」
「うん。それでね……。これからの僕達のことなんだ」
二人は真剣な表情で聞いてくれる。
僕のテイムモンスターだった二人は人間となった。この時点で僕がテイムすべき相手ではなくなっているのだ。人が人をテイムするなんて恐ろしいことだ。奴隷制度がなくなって数百年というけれど、『奴隷』という事実ができてしまう。なので倫理的に認められていない。
「私達がそれを望んでいてもですか?」
「望んでいてもだよ」
二人は悲しそうな顔をする。
「でも、僕達はこれから夫婦という新たな関係を築くじゃないか」
二人は顔を赤らめる。妻とか奥さんとか夫婦と言う言葉に、最近は過敏に反応して照れるのだ。
なんとか人の世の理を説いて二人とのテイム契約を解除する旨を伝えた。「仕方ありませんわね」と最後には納得してくれたようだ。
「そうなるとね。テイマーである僕にはテイムする者がいなくなっちゃうんだよ。どうしたらいいと思う? 君達が僕がゼル村へ行っている時に君達ファミリーの後継者を育てていたのは知っているよ。彼女達にするのが自然なのかな」
二人は顔を見合わせ「少々、話をさせてください」と相談しはじめた。アンフィを間接テイムした時もそうだったし、おそらくはそうなるんだろうな、と二人の話が終わるのを待つ。
結構、色々なことを話したのだろう。二人が僕に向き直ったのは小一時間過ぎた頃だった。
その結果、僕の新しいテイムモンスターは『パドティア』に決まった。きっと役に立つという。
アントラー達はどうするのかは引き続きサリナ達が面倒見るそうだ。人となっての彼女らの職種は『女王(アントラー族)』となっているそうで問題は無いらしい。
「それに新たな娘達は私達のテイムモンスターとして契約するつもりです」
サリナ達は人になる少し前にテイマーのスキルを得ていたようだ。両者ともレベルは(1)だそうだけれども。
僕のテイム枠、間接テイム枠には空きがある。それも考えなくてはならないかもしれないな。
「ユリアス様。お母様に促されて書物などで調べてみましたが、ユリアス様は複数のモンスターをテイムできるお方です」
今までのテイマーでは最多で7体のモンスターをテイムしていた記録があるとのこと。彼女達曰く、僕はそれ以上となると確信しているそうだ。
「共成長、間接テイム、そして統率というスキルを所持しているユリアス様です。決して身贔屓で言っておるわけではないのですよ」
なるほど。なんだか納得出来てしまう。
「そこでアンフィと決めました。ユリアス様、新たなテイムモンスターを探しましょう」
「はい?」
「ユリアス様はまだまだ大きくなられるお方です。ユリアス様をお支えする者を増やさねばなりません」
「はあ…。そういうもの?」
「そういうものですわ。ふふふふ。
それで、1体のモンスターをテイムしたとて数は増えません。私達のように群れを率いる者が良いと思われます」
「なるほど」
「アントラーの亜族に『ムネアカアントラー』というのがおります。その女王をテイムすることにしましょう。小さな群れでさほど増える訳ではございませんので住居の問題もないかと……」
「そうなの? というか、今、アントラーはどのくらいいるの?」
「えっと、私が180の空きが20、アンフィは?」
「私はMax120の内、今は100ですわ。私とお母様で280ですね」
「えっ!そんなに!? 宿舎って100名位しか入れなかったんじゃなかった?」
「そのことならエリナに地下を広げてもらったのですよ。地下3階です」
「あら、お母様。今は地下5階ですわよ。あと200程の空き部屋を確保してましてよ」
「い、いつの間に……」
アントラー族の中で人型に固定されているのは合わせて140名だという。
ちょっと待ってよ…。アントラーが280、チェンジャー団が12名、凡そ300名の生活費はどうなっているのだろうか。不安になって聞いてみると。
「ユリアス様の財産はそれなりにございます。常に魔石を手に入れておりますもの。この間のムワット石でもひと財産になりましたし。今後も任務や素材などの採取などで収支はプラスですね。それらを何もせずにおられますと2年で底をつくでしょうか」
「そうか。ありがとう、教えてくれて」
やはり統治する上で経済のことも少し学んでおこう。
話は逸れたが、僕はムネアカアントラーの女王に会いに行くことになった。