コロン族(1) きっかけと出会い
ゼル村の件が起こる少し前、僕はシムオール都市の中心街に来ていた。
朝のシムオールは、とにかく活気にあふれている。石畳の通りには色とりどりの露店が並び、焼き菓子や香辛料の甘い匂いが風に乗って漂ってくる。商人たちの威勢のいい声や、客引きの掛け声がそこかしこに響き、店先では値切り交渉をする人々の熱気が渦を巻いていた。大通りを馬車が行き交い、その脇を旅人や兵士たちが忙しそうに歩いていく。まるで街全体がひとつの大きな生き物みたいだ。
昔食べたオムレツが、ふと食べたくなったのが今日ここに来た理由だ。今日は依頼もなく、早朝にそっとビレッジ・ユリアスを抜け出してきた。個人的に、サリナたちの市民権獲得のお祝いのつもりでもあった。
人波をかき分けながら馴染みの店を探す。やっと見つけた小さな食堂の看板を見つけたときは、ちょっと嬉しかった。
オムレツの店で熱々の一皿を頬張る。とろりとした卵の中から顔を出すきのこの香りと、塩気の効いたハムが絶妙だ。昔と変わらない味に、思わず笑みがこぼれた。
食後、せっかくだしと思ってテイマーギルドに顔を出してみることにした。
「登録ですか?」
声をかけてきた受付の女性は見知らぬ人だった。ここで受付をしていたエリナ姉さんは、今は僕のギルドのマスターだから、その後任なのだろう。
「違いますよ」
僕は胸のバッジを見せた。
「ああ、依頼を受けるんですね。……えっ!? Cランク!? ちょ、ちょっと待ってください!」
受付嬢は慌ててベルを「ちりんっ」と鳴らした。するとギルド内の人たちがわらわらと集まってくる。
「おい坊主! 何の用だ? Cクラスだと? ここにはお前みたいなCランクなんざいねぇんだよ!」
男の一人がいきなり胸ぐらをつかもうとしてきた。
「いてててっ! てめぇ、なんのつもりだ!」
僕は男の腕をひねり上げた。伊達に剣技や体術を、サリナの息子たちと訓練しているわけじゃない。
「なんのつもりって、こっちのセリフですよ。僕の名前はパドレオン・ユリアス。確認してみてよ。まあ、今日はジュオンさんに顔を出しに来ただけなんだけどね」
「あっ!? あのユリアスギルドのユリアスか!?」
僕は無言でうなずいた。
そんなやり取りをしていると、ジュオンさんが奥から飛んできた。
「これ! お前ら! この人は間違いなくユリアス君だ!」
その一言で場が収まり、受付嬢は真っ青な顔で僕に頭を下げた。
「あ、あの、すみませんでした! まさかエリナさんのご身内とは……! このことは、どうか、エリナさんには内密に……!」
泣きそうな顔で懇願してくる。どれだけ恐れられてるんだよ、姉さん。
「大丈夫だよ」
そう返して、僕は奥の部屋でジュオンさんと話をした。ほとんど雑談だった。
「チョコレッタって魔術師の娘な。最近、結構頑張ってるみたいだぞ。ランクもDまで上がったらしい。二つ名は“火の玉少女”だと。火球の威力だけならBランク並らしいぜ。特定のチームには属してないけど、あちこちのパーティに呼ばれてるって話だ。なんでも“エリナ姉貴の知り合いなら間違いない”って言われてるらしいぞ」
そっか。チョコレッタも頑張ってるんだな。また一緒に仕事ができたらいいな。
それにしても、魔術師ギルドにまで名が知れ渡ってるとは、さすが姉さんだ。
ジュオンさんは話を続けた。
「それと、変な依頼が入っててな」
「変な依頼?」
「露店を出してる店に、しつこく嫌がらせしてくる連中がいるらしくてよ。商売がままならないんだと。その嫌がらせを止めさせてほしいって依頼だ」
「確かに変な依頼ですね。人間関係のゴタゴタの解決って、僕らの仕事なんですか?」
「ああ、ギルドを何でも屋だと思ってる奴も多いからな。困ったもんだ」
ギルドが弱体化してきたせいかもしれない。その中でユリアスギルドができて、多少は周りの目も変わりつつあるらしい。依頼が増えてきていると聞くと、少し誇らしくなる。
そんな雑談を終えてギルドを出た僕は、さっきの話が気になって露店街へ足を向けた。
「だからよ、粗悪品なんて売るんじゃねーんだよ!」
チンピラ風の男たちが、一軒の店の前で怒鳴っていた。
近づいてみると、店主は小柄だった。いや、小柄どころじゃない。普通の人の半分ほどの背丈しかない。そのわりに横幅は普通だから、ずんぐりむっくりだ。僕はすぐに分かった。たしか、コロン族だったはずだ。
「やめなよ!」
僕は止めに入った。今日はやけに喧嘩沙汰が多い。
「なんだお前!?」
「僕はテイマーさ」
また胸のバッジを見せる。
「Cクラス……ちっ!」
男たちは舌打ちしながら去っていった。
「大丈夫ですか?」
「すまねぇな、にいちゃん。俺は平気だが、商品が……。これじゃ商売にならねぇ。俺たちが何したってんだよ!」
その様子を見ていたら、なんだか気の毒でたまらなくなった。
「あの……よかったら、僕の家に来ませんか? 話くらいなら聞けると思うんです」
「無駄だろ? そこのギルドにも頼んでみたが、相手にもされなかった」
「僕の家の隣のギルドでも話してみましょう。お力になれると確約はできませんけど、いろんな意味で頼りになるギルドマスターがいますよ」
「そ、そうかぁ? まあ、藁にもすがりたいって状況だからな。話だけでも聞いてもらうか」
ということで、僕はコロン族のおじさんを連れてユリアスギルドへ戻った。
案の定、姉さんに「また変な奴連れてきたわね」と睨まれたけれど、とりあえず話を聞いてもらうことにした。僕も詳しく事情を知りたくて、同席させてもらう。
「なるほどね。“コロンの矢”にいちゃもんつけるなんて、とんだ輩ね」
「おっ、姉ちゃん話が分かるじゃねぇか! やっぱり美人だからかぁ?」
姉さんは美人と言われて、まんざらでもなさそうだ。確かに姉さんは美人だけど、面と向かっては言えない。
「最初に文句を言ってきたのは兵士なんだ。今日の奴らは、その兵士に頼まれたらしくてな」
「兵士? どこの所属か分かる?」
「いや、兵士っつっても正式な兵士じゃねぇ。地区長の私兵だよ」
「また地区長ね。この間、〆たばかりだっていうのに、懲りないわね」
「えっ、姉さん? 〆たの?」
「あっ、な、なんでもないわよ! 私、そんなこと言った?」
姉さんが慌てて誤魔化している。今の姉さん、完全に【黒エリナ】だ。
ことの発端は、コロン族のおじさんの作った“当たる矢”を誰かが買っていき、数日後に「当たらないじゃないか」と文句を言ってきたことらしい。
「でも、“当たる矢”って商品名は、ちょっと誤解を招く気もしますけど」
僕がそう言うと、反論したのは姉さんだった。
「商品名に問題はないわ。コロン族の矢は本当に当たるもの」
「やっぱり美人の姉ちゃんは分かってるねぇ!」
おじさんは、矢を理解してくれる人がいて嬉しそうだ。
昔、姉さんもコロン族の矢を使っていたらしく、一族の作る矢には標的捕捉の魔法陣が組み込まれているのだという。その分、値段も張るけれど、よほど見当違いの方向に撃たない限り外れることはないらしい。すごい矢だ。
さらに悲劇は続き、おじさんたちコロン族は、その兵士の仲間に執拗に嫌がらせを受け、ついには住む場所まで壊されてしまったらしい。
「どうするの?」
「そうね……。その依頼、受けてもいいけど条件があるわ」
「受けてくれるのか!? 条件ってなんだ?」
「二つあるわ」
姉さん――というか、ユリアスギルドとしての条件は二つ。
一つは、街にいるコロン族をまとめること。
二つ目は、今後作る矢をユリアスギルドで独占販売させること。
おじさんは、あっさりとその条件を受け入れた。なんとおじさんはコロン族の族長だったのだ。
「二週間待ってね。その地区長の私兵と取り巻きは片付けるから」
「お、おう……。にいちゃん、姉ちゃんってなんか怖ぇな……」
僕は黙って小さくうなずいた。
それから僕は、住む場所を失ったおじさんたちコロン族の人たちを、ビレッジ・ユリアスに住まわせることにした。それを告げたら、おじさんに両手を合わせて拝まれてしまった。
こうして、僕の敷地の隅に、コロン族の人たちが住むことになったのだった。