vsリザードマン(3) 僕とルドフランとマーベラ
僕は少しでも奴らを村から遠ざけるため、5体のリザードマンたちを囲むようにしながら、東方向へと移動していった。
すると、大将らしきリザードマンがすっと離れた。代わりに4体が前面へと出てくる。4体で片をつけようというのか。ずいぶん舐められたものだ。
「そりゃっ!」
ルドフランが左端の1体に斬りかかる。だが、リザードマンは剣を受け止め、逆に押し返してきた。両腕で剣を振りかぶり、今度はルドフランへ振り下ろす。だが、ルドフランも『ガシッ』とそれを受け止める。
ちょうどリザードマンが僕に背を向けた形になった。目の前には長く太い尾がある。尾の先から2mほどで背中の中央あたりに繋がっている。
「俊足!」
僕は尾を踏みつけ、そのままリザードマンの身体を駆け上がった。目の前に後頭部が迫る。
「ていっ! 挨拶代わりだ!」
拳を叩きつける。手応えあり! これでぐらついてくれれば、ルドフランが仕留めてくれるだろう。
だが……。
ぐらり、とリザードマンが揺れたかと思うと、音を立ててそのまま倒れてしまった。
「えっ? えっ!?」
「ユリアス様! 止めを!」
慌てて僕は剣を引き抜き、リザードマンの首に突き立てた。
まさか、挨拶代わりのつもりが倒してしまうなんて。
大将を除く残りの3体が僕とルドフランに迫ろうとした、そのとき――大きな影が割り込んだ。
「ぐるるるるっ!」
影は1体のリザードマンを踏みつけていた。
「バンダースナッチ!?」
バンダースナッチがバキッとリザードマンを踏み潰す。その姿は、マーベラが変化したものだ。
「お前も《変化師》か!?」
大将が問い詰めると、人の姿に戻ったマーベラはニヤリと笑う。
「そうだけど? 何か?」
挑発的な笑みを浮かべる。
「やりますね。私も負けられません」
ルドフランは再び、1体に狙いを定めた。
彼は剣の柄に魔石をはめ込む。刃が淡く光り、そこに魔力が宿っていくのが見えた。
そして、コマのようにくるくると回りながら斬りつける。
斬撃は致命傷には至らない。だが、ルドフランの剣は、硬いリザードマンの皮膚に、確実に細かい傷を刻んでいった。
魔石によって魔力を帯びた剣は、普通の剣では到底傷をつけられないリザードマンの身体を、しっかりと切り裂くことができるのだ。
大将のそばにいたもう1体は、大将の元へ戻り、二人で戦況を見守っていた。
やがて、血だらけになった1体が地に伏した。
残りは2体だ。僕たちは三方からじわじわと間合いを詰める。
大将を守ろうと1体が剣を構えた――が。
「貴様は邪魔だっ!」
その瞬間、大将が剣を振り抜き、守ろうとしたリザードマンの首を跳ね飛ばした。
同士討ち……いや、同士ではないのだろう。弱者を切り捨てたに過ぎない。僕たちのファミリーでは、絶対にあり得ないことだ。胸がムカムカする。
さらに、大将は倒れた仲間の魔石を掴むと、むんずと握りしめ、魔力を吸収していく。仲間の魔石から魔力を奪うなんて、吐き気がするほどの行為だ。
大将の身体が少し大きくなり、その周囲に今までのリザードマンとは比べ物にならない魔力が渦巻く。
大将がこちらへ近づき、尾をひと振りした。乾いた音が響き、ルドフランが弾き飛ばされた。
しかし、ルドフランは空中でくるりと身体をひねり、猫のように着地する。ダメージはほとんど無いようだ。
「変化師! 相手してやる!」
大将はマーベラの方へ向き直り、剣を構えた。尾は我々の方へ向けられ、右へ左へとしなり、牽制している。その動きは他のリザードマンとは違い、しなやかでまるで鞭のようだ。
どうやら、ターゲットをマーベラに絞ったらしい。ブンブンと剣を振るうが、マーベラの身軽な動きには当たらない。当たらないが、こちらも攻め手に欠ける。
「なんだ。逃げてばかりか?」
大将が挑発する。
動きがありそうだ。僕はルドフランの元へ駆け寄り、声をかける。
「ルドフラン。一度でいい。あの尾を止めてほしい。少しの間でいいから」
「分かりました。合図をいただければ止めましょう」
僕は大将の真後ろに位置取り、大将が動くたびにその後ろをキープした。
マーベラがバンダースナッチに変化し、襲いかかる。しかし、大将は力で受け止め、押し返す。その剣は的が大きくなったためか、ついにマーベラにかすりはじめていた。
「ふんっ。じゃあ、これはどう?」
マーベラはバンダースナッチの巨体から細身へと変化し、《ビャッコ》となる。まったく驚異的な変化能力だ。
「犬コロからキツネだと!? はんっ」
大将はまったく意に介さぬ様子だ。
「とうっ!」
ビャッコが高く跳び上がった。そうか。高く跳躍するために変化したんだ。
だが、大将は慌てず下から迎え撃つ構えを取る。降りてきたビャッコが貫かれる――そう思ったその瞬間。
ビャッコが黒い塊に変化した。
『キンッ! ドカッ!』
剣を弾き、激突する音。大将が尻もちをつき、目を見開いた。
「あはは。《マンマル》かー」
マーベラが笑う。
そう。剣が当たる直前、マーベラは《マンマル》に変化したのだ。《マンマル》は非常に硬く、剣では刃が立たない。
「なんだ、これは!?」
驚きながらも、大将は何度も剣を振り下ろすが、そのたびに金属音が鳴り響くだけだ。
大将が夢中になっている今が好機だ。
「ルドフラン!」
僕は合図を送り、手に魔力を集める。
「紅蓮の炎よ。我が剣に纏え!」
掌に魔法陣が浮かび上がる。
ルドフランががっしりと尾を掴んだのを見届け、僕は詠唱の仕上げをする。
「ファイヤーブレード!」
僕の剣が炎に包まれる。すぐさま大将へ駆け寄り、その肩口を斬りつけた。『ガシッ』と硬い感触。やはり剣では傷はつかないが、炎だけは大将の腕に移った。
「ぐあっっ!」
大将は憤怒の表情で振り返るが、いつまでも同じ場所に僕がいるわけがない。
腕を炎に包んだまま僕に迫ろうとしたそのとき――。
「どさっ」
大将の腕が、ぼとりと地面に落ちた。
大将の背後には、片目のシープキラーが立っていた。両腕で大将の腕の根元を突き抜いたらしい。
「《セキガンの諸手突き》だ!」
「くっ!」
状況の不利を悟った大将は、尾を地面に叩きつける。その反動で後方へ大きく跳び下がる。二度それを繰り返すと、かなりの距離が空いた。
「小僧、変化師、名は?」
「僕はユリアス」
「アタシはマーベラ」
「覚えたぞ。俺は《ナン》だ」
名を告げると、リザードマンの大将――ナンはその場を去っていった。
僕は大きく息をついた。
「ふぅー。大将は逃がしたけど、任務完了だ!」
いつの間にかツキシロやラトレルたちも集まってきて、みんなで村長宅へ戻ることになった。
「いやあ、凄かったね、マーベラ! バンダースナッチにビャッコにマンマル、そしてシープキラー!」
「えへへ。元々変化には自信あるしさ。アタシはルドフランたちみたいに剣は使えない。だから、変化の練習はずっとしてるんだよ」
「そっか。凄い凄い!
それにルドフランやラトレルもさすが《剣士》だよ!」
僕がマーベラに続いてルドフランたちを褒めると――
「私たちは《剣士》ではございません」
ラトレルがきっぱりと言った。
はて? 確かに剣士だったはずだ。
「私たちはすでに《剣客》となっております」
ルドフランが誇らしげに胸を張る。すごい! いつの間にか職種までレベルアップしているなんて。後で聞いたら、サリナとアンフィはさらに上の《剣豪》になっていた。
「ユリアス様も《ファイヤーブレード》を使えるようになられたのですね」
ラトレルが微笑む。
しかし、そんなに大したことではない。僕はやっと10秒ちょっと炎を纏わせられるようになっただけだ。火属性魔法のスキルを得たことは得たけれど――
【火属性魔法発動(仮)】Lv.0
(仮)って何だ? しかもレベル0って! なんだか落ち込む。
ともあれ、今回は僕たちチームの勝利だ。個人ではなく、みんなで勝ち取った勝利――それがとても嬉しい。
僕たちは村の警備に数名のアントラーを呼び寄せ、村を後にした。