研究所と市民権
ある日、エリナ姉さんから1冊の書誌を手渡された。『魔物・魔術サイエンス』という学術雑誌だ。
「これ、読んでみなさい。研究所が紹介されているわよ」
「えっ!」
目次を見ると、難しそうな論文やら報告の後に「研究所紹介」という頁が割かれている。早速、開いてみた。
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研究所紹介〔ユリアス魔物・魔術研究所〕
『ユリアス魔物・魔術研究所』は私設の研究施設だが、魔術・魔物研究に於いて、王国内でも有数な成果をだしている。
所長は若干16歳(設立時は15歳)のパドレオン・ユリアス氏、副所長はムサ・シマール伯爵だ。組織の構成は以下の通りである。
所長:パドレオン・ユリアス
副所長:ムサ・シマール
主任研究員:アンフィ
主任研究員のアンフィ氏は研究所内において『魔物研究室』を開き室長(主任職兼任)となった。所内の魔物研究部門である。
アンフィ氏の研究実績は副所長との共著で【ミリアド型魔物の新種〈マンマル〉の形態的記載】が、単独の論文は【〈マンマル〉の卵、孵化の実態】,【〈マンマル〉より排泄されるポーションの成分分析】,【スネーク型魔物〈カビヘビラ〉の鱗の保湿効果】がある。最近発見された魔物・マンマルに関しては第一人者といえる。
魔術研究はシマール副所長が行っているが研究室などは作っておらず、単独で研究している。実績は【火球発動における詠唱と無詠唱の威力差について】,【火球の威力と発動者の魔力量との関係】があり、『火球』の研究に注力している。
以上のように魔物・魔術について精力的な活動をしている研究所だが、この度、独自な魔術具を作成することで知られる若手の錬金術師ペン・ショー氏が入所する。
益々、『ユリアス魔法・魔術研究所』から目が離せないだろう。
※記事内で紹介した論文は過去に本誌にて公表・掲載されている。詳しくはバックナンバーを参照されたい。
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「へーっ、すごいや!アンフィ!」
アンフィが研究所に出入りしていることは知っていたし、マンマルの卵が孵ったのも知っている。僕もマンマルの子供(幼体)を見にいった。
だけど、正式な研究員に、それも主任研究員とは驚きだ。
「あら、アンフィちゃんの実績はその学術誌だけではないのよ」
「うん?」
ギルド資料室へ連れて行かれて、数冊の雑誌を見せられる。『魔物研究』『月刊 魔植物』という雑誌だ。そのいくつかにアンフィの論文や報告文が載っていた。
「ふわあ。アンフィは本格的な研究者じゃないか」
「ええ、そうよ。研究者の間ではもはや著名人ね」
「嬉しいことだね。僕も応援したい!」
「うふふ、本人も喜ぶと思うわ。他の誰よりもユリアスに褒められることが何より嬉しいんだもの、アンフィちゃんにとって。それでね……」
更に嬉しい報告が姉さんから聞かされた。
サリナとアンフィはギルド員として、カラブレット王国シムオール都市において居住権を与えられている。マーベラもそうだ。
サリナはノース鉱山での魔物討伐や各地での素材採集などで実績を積み重ねている。
アンフィはギルド員としては目立った功績はないものの研究者として実績をあげた。
今まで彼女達は私のテイムモンスターとして周りから認知されてきた。テイムされる側のサリナ達がテイムする側のテイマーギルド員となっているのは、姉さんによるカラクリがある。
ルドフラン達はサリナに忠誠を誓っていて命令に従う。アンフィファミリーにしてもそうだ。姉さんはルドフランをサリナの常在型テイムモンスターとして認めさせて、サリナをテイマーとして認めさせたらしい。アンフィの場合ラトレルだ。テイムモンスターではないがマーベルについてのテイムモンスターはタカラナにしたという。
更に、彼女達が独自に実績を積み重ねた結果、姉さんは『市民権』を得られるように各所に働きかけていたという。
それが功を奏し、市民権を得られることが決まったというのだ。居住権と市民権は明らかに異なり、居住権はあくまで住むことを許された権利で、市民権は各種責任も背負うものの信頼度が大きく増す。細かくは色々な面で違うそうだ。
王国は多民族、多人種国家だけれど、亜人族(エルフ、ドワーフ、コロン、猫人、犬人など)の他はほとんど市民権を得ていないのだ。アントラー族としてもインセクタル魔物としても初の権利獲得となるのだそうだ。
とても、めでたい!
「それでね。市民権を得る時に氏を付けなければならないのよ」
市民として氏名が必要だという。
「それなら僕のでいいんじゃない?家族だし」
「それはダメね。今後、貴方の立場も変わるし」
「どういうこと?」
「今はまだ、な・い・しょっ!
だけれども種として人ではないと私たちの姓を名乗るのは認められないわ。なので貴方が彼女達の姓名を考えてあげなさい」
ということで、いきなり宿題を出されてしまった。
次の日は一日中考えてみた。アントラーに由来したものとか特性に由来したものとか色々と考えるけれど、しっくりこない。
そして閃いた。気に入ってくれるといいんだけれどな。
「姉さん、サリナ、アンフィ。決めたよ。
『パドレニア』でどう? 何となく僕との繋がりが分かるしさ」
僕が告げると「パドレニア、パドレニア」と何回か口の中で呟いて
「「とても良いです!ありがとうございます」」
「いいじゃない。貴方らしいわね」
と喜んでもらえた。
こうしてサリナ母娘は
『パドレニア・サリナ』
『パドレニア・アンフィ』
となった。
それにマンティラのパドティアもサリナの養子なので『パドレニア・パドティア』となり、同時に市民権を得た。
「マーベラはどうするの?」
マーベラはサリナ達の市民権獲得を一緒に喜んでくれているが、どことなく寂しそうでもある。
「マーベラについても考えているわよ。もうしばらく待ちなさいな。そう言って安心させてあげなさい」
「ほんと!? ありがとう姉さん!」
姉さんに任せておけば大丈夫だ。
(後日、マーベラには『パドキャスル』という氏名を与えた。パドキャスル姓はマーベラとタカラナが名乗る)
「それよりね。研究所の話の続きなんだけれどね。新しく人が来るでしょ?」
「ああ、何だっけ?なんとかショーとかいう人?」
「そう、その人。貴方知らない?」
「えっ?知らないと思うよ……」
僕が考えているとサリナが
「ユリアス様。あの『ショッチンにいさん』ではございませんか?」
と耳打ちする。
すぐに頭にショッチン兄の顔が浮かんだ。
そうだ。お兄の名前はショーだった。ペン・ショー……間違いない。僕の幼馴染で兄貴分のショッチンだ。
「そうか、お兄か!姉さん、知ってる!幼馴染だよ!」
「でしょう。反応無いから違う人かと思ったわ」
渾名で呼んでいたからパッと思いつかなかったんだ。兄には色々な物を作ってもらったっけ。いつの間にか引越していって、長らく会っていない。
程なくしてやってきた兄は昔の面影を残しつつイケメンになっていた。なんとエルフの奥さんまでいる。
姉さんは直ぐに例のパタパタと広がるシートの製造と販売を依頼していた。(商品名は【マジックシート】)
夫妻は研究所内に居を構える。