ムワット石の採取(9) 魔物がたくさん
先ほどから、『魔力探索』が使えなくなった。スキルの発動時間を超えたようだ。これから1時間は探索できない。しばらくは周囲への注意を怠らないようにしなくては。
「大量に、オロチの眷族が現れたようです」
サリナが告げる。2メートルほどの『シマヘビラ』がオロチの周囲に集まってきたらしい。『シマヘビラ』自体はEクラスでさほど脅威ではないが、20匹も出現したとなると厄介だ。
「大丈夫かな……?」
「あの娘たちなら大丈夫でしょう。オロチ以外は恐れることはないはずです」
そうだよね。アンフィたちも20人ほどは連れてきているし……。そう自分に言い聞かせていた時――
「ちょっとー! こっちも大変よ!」
チョコレッタに呼ばれて駆け寄ると、30羽ほどのカラカラが群れを成して押し寄せてきていた。
すぐにスペースを飛び出し、片っ端から斬り捨てる。剣を振るたび、羽ばたきと甲高い鳴き声が耳を打つ。戦いの最中、視界の端に文字が浮かんだ。
【称号:カラカラハンター】
なんだか、あまり嬉しくない称号を手にしてしまった気分だ。
その後も、アミラージ、バジャー、カラカラといった低ランクの魔物たちが次々と襲ってくる。個体の強さは大したことはないが、数が多い。こちらも手を休める暇がない。
「『ビャッコ』です。あれに追われて、小型の魔物が逃げ込んできたのでしょう」
ツキシロが指し示す方を見ると、白い狐がカラカラをくわえていた。全身を覆う毛は月光を受けて白く光り、鋭い瞳がこちらを睨む。Cクラスの魔物だ。跳躍力に優れ、5メートル近く跳ぶことができるという。
あれを倒さないと、このあたりは雑魚魔物で溢れかえってしまう。すぐに僕は駆け出した。隣にはサリナが並ぶ。
「サリナ! 僕は下から! サリナは上から!」
短く作戦を告げると、サリナが無言でうなずく。僕が下から狙い、ビャッコを跳ばせた隙を上から討つ作戦だ。
「それっ!」
脚を狙った僕の剣は、ビャッコに軽々とかわされた。狙い通り跳び上がらせたものの、サリナの剣も空を斬る。ビャッコは再び地面に着地した。
「俊足!」
僕は俊足スキルを最大限に発動する。右へ、左へ。空気を切るように体が走り、剣を振り抜く。
上からはサリナが剣を構えて急降下してくる。ビャッコはその鋭い一撃を辛うじてかわすが、そのまま僕の正面へと飛び出した。
「とりゃっ!」
手応えがあった。剣がビャッコの首元を深々と断ち切る。ビャッコは短い悲鳴をあげ、倒れ込んだ。
【テイマーLv.19】
レベルが上がった。俊足スキルも1つ上がり、レベル3になっている。
ビャッコを討ち取り、スペースへ戻ると、周囲の小型魔物たちも、すでに脅威ではない程度に数を減らしていた。
「オロチも森へ入っていったようですよ」
サリナが息を整えながら教えてくれる。どうやら僕たちがビャッコと戦っている間に、アンフィたちがオロチの眷族を討ち取り、気配減少スキルを使いながら攻撃を繰り返していたらしい。結果、オロチは進むのを諦めたようだ。傷一つ負わせることはできなかったようだけど。
その後も、中型魔物が現れては討伐する戦いが続いた。そして、ついに長い夜が終わり、青い月はゆっくりと空の端へ沈んでいった。
そして――朝が来た。
東の空が薄く白みはじめると、草原の一面に白い霧が立ちこめ、冷たい空気が肌を撫でていった。夜の闘気と血の匂いを帯びていた風が、少しずつ澄んでゆき、空気が入れ替わっていくのがわかる。
太陽が顔を出すと、草の葉の先に露が光り、小鳥たちが囀りを始めた。金色の光が霧の粒を散らして、ゆらめくように揺れている。その景色は、まるで魔物の影をすべて洗い流すようだった。
その眩しさに、僕は思わず目を細めた。胸の奥に、じわりと充実感が広がる。長い戦いを乗り越えた達成感だ。
けれど同時に、体の奥の方からどっと疲れが押し寄せた。剣を握る手が重い。足もじんわりとだるい。息を吐くたびに、眠気がこみ上げてきそうになる。
それでも、悪くない。
青い月の夜を無事に越えた。皆も無事だ。そう思うと、疲れさえも心地よく感じられた。
マーベラたちチェンジャー団も、グレーボアやシープキラーを数頭討伐したらしい。
「ふうー、大変だったわねー。それにしても、この魔石の量! 見たことないわよ」
討伐の成果として集まった魔石は想像以上の量になっていた。スペースの周りには、拾いきれていない魔石や遺物がまだゴロゴロと転がっている。これから交代で睡眠を取りつつ、魔石を拾うのが残りの昼間の仕事になりそうだ。
翌夜は驚くほど平穏で、臭いの消えた僕たちは街へと帰ることになった。大量の荷物を抱えて――もっとも、運搬を引き受けてくれたのはチェンジャー団だったけれど。
「お疲れ様。私が青い月の日を忘れていて、迷惑をかけたわ。無事で本当に良かった」
姉さんは心底ほっとした顔で僕たちを出迎えてくれた。心配してくれていたのだろう。目の下には隈ができている。美容に手を抜かない姉さんには珍しい姿だ。
依頼達成の書類を書き込み、諸々の手続きを進めながら、僕は皆に報告した。
「僕さ。あんまり嬉しくない称号を手にしたよ」
みんなが興味津々の目を向けてくる。
「【カラカラハンター】」
「ぷっ! ふははははは! ユリアスくんらしいわねー。ふふっ、あー可笑しい! ぷぷっ」
「もう、そんなに笑わないでよ!」
「ごめんごめん。でも称号持ちなんて、そう簡単になれるもんじゃないのよ。自信持ちなさい。ふふっ」
「姉さん! まだ笑ってるじゃないか!」
この称号を得たことで、俊敏性が1.2倍になったらしい。どうりでビャッコと戦っていたとき、体の動きがいつも以上に軽かったわけだ。特に左右に動く時に。
その夜、依頼達成の祝いを兼ねて食事をしたのだけれど、疲れ果てたのかチョコレッタは倒れ込んでしまった。……実際は眠っていただけだったけど。
結局、チョコレッタは僕の屋敷で二晩を過ごすことになり、回復した彼女はムワット石と20個もの魔石を手に、ホクホク顔で帰っていった。
------------------------------
【今話の初登場の魔物】
《シマヘビラ》
『オロチ』の眷族.
スネーク型のEクラスの魔物.体長2mほど.
締付け力があり巻き付かれたら厄介.
《ビャッコ》
マムル(獣)型フォックスタイプ.Cクラス.
体長(高さ2m,長さ3m).跳躍力に優れ5mほど跳ぶ.