ムワット石の採取(8) 参戦者
「うわっ! 魔力の強い魔物が出たよ!」
南東の方角から、空気を震わすような魔力が押し寄せてくる。僕はすぐに皆へ叫ぶように指示を出した。
「サリナは飛んで確認してきて!
チョコレッタは火球を発動できるよう準備!
ツキシロはこのスペースの守りを!」
ツキシロが短く「はい!」と返事をし、剣を握り直す。チョコレッタは唇をきゅっと結び、両手を胸の前で構える。火球の魔力が彼女の周りにちらちらと光り始めた。
僕は目を閉じ、全神経を集中して探索を続ける。
「ユリアス様、『バンダースナッチ』です!」
サリナの声が上空から突き刺さる。心臓がドクンと跳ねた。大物だ――Bクラスのドッグ型魔物。討伐の成功例はわずかしかない。
「知ってるわ! ええと、確か……鉤爪で襲ってくるはず! 動きも速い。でも火には弱いはずだわ!」
チョコレッタが息を切らしながら言う。頬に薄く汗が光る。
やがて――草むらをかき分ける重い足音が響く。ずん、と地面が揺れた。視線の先、黒い影がゆらりと姿を現す。
バンダースナッチだ。
全身を覆う黒い毛並みは、月光に青白く光っている。赤い目がぎらりと光り、地面を掻く鉤爪からは細かい土が飛び散った。
距離はまだ14、5メートルほど。それでも、2メートルを超える巨体から放たれる威圧感は、もう目の前に迫っているかのようだ。
「くっ……!」
チョコレッタが火球を放った。だが、バンダースナッチは一瞬で右前脚を振り下ろし、火球を土煙と共に叩き落とす。
「早い!」
僕の声が震えた。その間にもバンダースナッチは地を蹴り、半歩ずつ距離を詰めてくる。地面が揺れるたび、空気が震えた。
サリナが上空から火球を放つ。狙いは正確だった。火球がバンダースナッチの背に炸裂し、火花と煙が夜空を照らす。
「グオッ!」
低く唸り声をあげ、バンダースナッチが転がった。だがすぐに踏みとどまり、血走った目でこちらを睨む。
そこへ、再びチョコレッタが火球を放つ。しかし、今度は毛皮が焦げた程度で、ほとんど効いていないようだ。
「チョコレッタ! 左右に魔法陣を展開して! 両手を合わせて魔法陣を重ねるんだ!」
「分かった!」
チョコレッタの手が素早く宙を描く。両手の間に重なった二重の魔法陣が、赤い光を激しく脈動させた。周囲の空気が熱気で揺らぐ。
僕はその魔法陣に手を添え、魔力を注ぐ。
「撃って!」
チョコレッタの額に汗がつたう。彼女が魔力を解き放つと、巨大な火球が咆哮のような音を立てて飛び出した。
上空からサリナが放った火球と、チョコレッタの火球が、二方向からバンダースナッチを挟む。獣はもがき、絶叫しながら火に包まれた。
夜空を焦がす炎と獣の悲鳴。だが、まだ息絶えていない。バンダースナッチは焦げた体を震わせ、再びこちらへにじり寄ろうとした――
その時だった。
「ビュッ!」
切り裂く風の音と共に、白い影が地面をかすめた。
「マーベラ! 来てくれたのか!?」
現れたのは、間違いなく変化体のマーベラだ。白く艶やかな毛並みが、炎の赤に照らされ妖しく輝く。
マーベラがバンダースナッチの首元に食らいついた。両前脚には、それぞれワイルドキャッスルが噛みつき、獣を押さえつける。獣は悲鳴をあげながら、ずるずるとマーベラたちに引きずられ、僕らから遠ざかっていった。
『キュウ〜ン』
短い断末魔を残し、バンダースナッチの魔力がふっと消えた。マーベラが仕留めてくれたのだ。周りには、僕を守るように立つ4頭のワイルドキャッスルたち。チェンジャー団総出だ。
「ユリアスくーん! アタシ、臭いで近づけないんだ! でも任せて! この辺りの魔物はアタシたちがやっつけるから!」
その声はいつもより力強かった。
やはり、見知った者が援軍に来てくれると安心感が違うものだ。
「すとっ」
ふわりと音もなく、サリナが上空から降りてきた。薄い外套がひらりと揺れ、魔力の余韻が空気を震わせる。
「アンフィたちも来ています。やはり近づけないようですが」
「アンフィも? 嬉しいな。でも無理はしないように言ってね」
「はい。ユリアス様の暖かいお言葉を伝えましょう」
……ちょっと、大袈裟なんだよなぁ。
「あっ。アンフィたちは『オロチ』を発見したそうです。こちらに向かって来そうなので迎撃する意向のようですが……」
サリナの声がわずかに震えていた。無理もない。オロチは大蛇の魔物。Aランクの大物で、討伐されたという記録すら聞いたことがない。
「大きさは?」
「ええと……20m程だそうです」
「……でかい!」
思わず言葉が漏れる。そんな巨体、一体普段はどこに隠れているんだろう。
「くれぐれも無理しないようにって」
「伝えますわ」
後で聞いたところによると、アンフィたちは進路を塞ぎ、何度も体当たりしたり斬りつけたりしたらしいが、オロチにはまるで傷がつかなかったという。それでも必死に攻撃を続けていたら、オロチは進むのをやめ、とぐろを巻いたのだそうだ。
――そうやって、僕たちの場所を守ってくれていたのだ。