ムワット石の採取(6) アルミラージにやられる
実際に強い魔物が出たときのことを考える。
今回のパーティで一番の戦力はサリナだ。ずば抜けた剣技に加えて、あの火球の威力。次に剣技のツキシロ。離れての戦いになるなら、火球が使えるチョコレッタも十分な戦力になる。戦力的には、僕が一番低いと思う。
「強い魔物が出てきたら、サリナの火球で仕留めるのがいいと思う。サリナが詠唱する間、チョコレッタも火球を撃って時間稼ぎしてほしい」
皆が同意する。
「弱っちい魔物はどうするの?」
問題はそこなんだよな。弱い魔物は、数が多いだろう。
「一つ一つなら僕らが斬り伏せられると思う。だけど、たくさん来たら面倒だよね」
「そうですね。『青の月』で活発化して、多方面から押し寄せられたら……」
「弱い魔物って、体が小さいことが多いよね。ちょっと思いついたことがあるんだ。チョコレッタ、『土属性魔法』スキル、持ってるよね?」
「持ってるけど……今まで一度も発動できたことがないの……」
「えっ!? そうなの? そっかぁ……。無理かなぁ。石の壁みたいなもの、それも低めの壁をこの周りに作れたらって思ってたんだけど」
「ごめんなさい……」
チョコレッタがしょんぼりする。出来ないものは仕方ない。
ところがツキシロが口を開いた。
「試されてはいかがでしょうか」
理由を聞くと──。
「我々は、ユリアス様の“あるスキル”によって能力が少なからず上がっております。チョコレッタさんも今なら発動できるかもしれません」
「うん? ……試してみようか」
今まで出来なかったとしても、僕の『統制』スキルの影響で発動するかもしれないという。
ダメ元で試してみよう。
あまり期待しないでねと言いながら、チョコレッタが初期魔法の一つだという『ソイルウォール』を発動する。
土がモコモコと盛り上がり、15cmほどの高さの、壁というには低すぎる土の塊が出来た。長さは2mほど。
「あっ! できたっ!」
チョコレッタは喜んだが、すぐに肩を落とす。
「これじゃ、ダメよね……?」
さすがに15cmでは、小動物ほどの魔物でも飛び越えてしまうだろう。魔力を分けてあげられたらいいけれど、サリナに与えるようにはいかないだろうし、どんな影響があるか想像できない。
「あっ! そうだ!」
僕は閃いた。
「あのさ。もう一度、発動してくれる?」
「なにか思いついたのね? いいわよ」
僕は手を出し、魔法陣を出そうとするチョコレッタの手に自分の手を重ねた。チョコレッタは驚いた顔をしたが、詠唱を始める。
「土の精霊よ。邪なるものを防ぐ壁を与えよ」
チョコレッタの手に魔法陣が浮かび上がり、僕の手から魔力が引き出される。
「ソイルウォール!」
『ごごごっ』と音がして土が盛り上がり、1mほどの高さの土壁が出現した。長さも3mほどに伸びている。
「すごっ! どうして? こんなやり方あるの?」
「小さい頃に読んだ本に、こういう場面があったんだよ」
「そうなの? すごいね! どんな本?」
チョコレッタは目を輝かせている。サリナもツキシロも驚いた顔だ。
「子供向けの本でね。『魔術師ピッピの冒険』っていう本」
「あーっ! 知ってる! わたしも読んでたよ!」
僕はその物語の中で、主人公がピンチの時、仲間の魔術師たちが手を重ねて力を分け合い、危機を乗り越える場面を思い出していた。架空の話だし、現実で出来るかはわからなかったけど、試したらできた。
「でも、これでも低いよね? 大きな魔物は乗り越えちゃうよ」
「いや、これくらいでいいんだよ」
あまり高いと視界を遮るし、強い魔物が体当たりすれば崩れてしまうだろう。でも、狙いはそこじゃない。
「いいの、いいの。小さな魔物対策だから。このくらいの高さが障害になると思う」
「そう? じゃあ、役に立つのね?」
チョコレッタは心底嬉しそうだ。
僕とチョコレッタは魔力回復のポーションを飲みながら、僕らのスペースの周りを土壁で囲った。なかなかの出来栄えだ。
土壁の囲いが出来上がったあと、チョコレッタが一人で試してみると、若干低くて薄い壁ではあったけれど、一応作れるようになっていた。こうして、チョコレッタは『ソイルウォール』を自分のものにすることができた。
さらに、土壁の幅のある上部を使ってモエーネの根を置き、火を灯せばもっと周囲が明るくなるのでは──という話になり、僕らはそれぞれモエーネを探しに出かけることにした。
野営地を少し離れると、目の前には広大な草原が広がっている。柔らかい風に草がさわさわと揺れ、まるで緑色の波がうねっているみたいだ。遠く地平線まで続く大地は陽の光を浴びてきらきらと輝き、ところどころ黄色や白の小さな花が風に揺れている。空はどこまでも高く、雲はゆっくりと流れていった。
サリナが南、ツキシロが西、僕とチョコレッタは二人で東へ。野営地の周りはすでに採り尽くしているので、少し離れた場所を探すことにする。
僕が一時間ほど採取していたとき、突然、右足首に激痛が走った。
「つああっ!」
足首を見ると、何かが刺さっている。そこから魔力が「ズッ」と吸い取られるような感覚。
「ん!?」
それは『アルミラージ』だった。見てみたいとは思っていたけれど、こんな出会い方をするとは……。慌てて足首から引き抜く。尻尾を掴むと動きが止まると聞いていたので、丸いふさふさの尾をぎゅっと握ると大人しくなるアルミラージ。
僕の近くにいたチョコレッタが、叫び声を聞いて駆け寄ってきた。
「どうしたの?」
僕の手で尻尾を掴まれ、持ち上げられているアルミラージを見たチョコレッタは──。
「可愛い!!!」
と一言叫んだ。
吸われた魔力は大した量ではないが、右足が痺れている。毒のような効果があるのだろうか。アルミラージの毒性については聞いていなかった。
僕の怪我を見て状況を理解したのか、チョコレッタは顔を青ざめさせ、目を潤ませながらあたふたと手を動かしている。
「ど、どうする? どうしたらいい? 痛い? 血、出てる? 毒かも? ねえ、私どうしたらいいのっ!?」
僕の周りをぐるぐると回りながら、ポーションを取り出しかけては閉まい、手を胸元でぎゅっと握りしめて落ち着かない様子だ。
「だ、大丈夫だよ。そろそろ帰ろう。戻ったらポーションもあるし」
「う、うん……。ほんとに? 一人で歩ける? ほら、肩、貸そうか? おんぶでもいいよ! 重くないからっ!」
「歩けるよ」
平気そうに笑ってみせたが、実際はかなり痛む。ズキズキする足を引きずりながら、生け捕りにしたアルミラージをぶら下げて野営地へ戻った。まだ二人は戻っていなかったけれど。
ポーションで傷を治していると、サリナが帰ってきて「大丈夫ですか」と大騒ぎする。
「大丈夫だよ。このくらい」
と言ったけれど、しばらく大騒ぎが続いた。ちなみにアルミラージは、しばらくチョコレッタにモフモフされた後、怒り心頭のサリナに処分され、アンフィへのお土産となった。