ムワット石の採取(1) 魔術師の少女
僕たちは、それぞれの依頼を無事にこなしていた。
とはいえ、ギルド・ユリアス支社への依頼はまだ少ない。たまに本部であるシムオールのギルドから案件を回してもらえる程度だ。
支社に直接持ち込まれる依頼は、先日信頼を得たゼル村や、僕が警護した商人の紹介案件くらい。
「今は焦らず、コツコツ実績を積めばいいのよ」
姉さん――エリナさんはそう言ってくれる。
彼女は営業も頑張ってくれていて、安価な依頼――たとえば「薬草採取」や「小さな魔石の調達」(いわゆる加工しやすいクズ魔石)――も少しずつ増えてきていた。
僕は屋敷のすぐ隣にあるギルドに、一日に何度か顔を出している。食事も姉さんが屋敷に来て一緒にとるので、ギルドはほとんど屋敷の別棟のようなものだ。
その日もいつものように顔を出すと、見慣れない少女がギルドの受付に立っていた。ローブは少し汚れていて、旅の疲れがにじんでいる。
僕たち「ユリアス・ファミリー」以外の来訪者は珍しい。たまにジュオンさんが来るくらいだ。
「どなた?」
声をかけると、少女はこちらを振り向いた。
「貴方がマスターユリアスね」
じろじろと上から下まで、値踏みするような目。
「違いますよ。このギルドのマスターはエリナさんです」
公の場では“姉さん”とは呼ばないと決めている。
「ふうん? でもユリアスギルドなんでしょ? 変なのー」
「ああ、それは場所の名前由来です。それに、正式名称は『シムオールテイマーギルド・ユリアス支社』ですから」
奥から出てきたエリナ姉さんが、さらりと補足する。
「へぇー、ま、そんなのどうでもいいけど」
なら聞くなよ、と心の中でツッコミを入れる。
「依頼しに来たんですよね?」
「そう。依頼を出して、それを私が受けたい」
ん? どういうことだ?
姉さんに同席を求められ、僕も席に着く。
依頼内容は【ムワット石の採取】。そこまでは普通なのだが、依頼を出した本人がそれを受けたいと言い出したのだ。
「貴女はギルド員ではないでしょう? ここは限られたメンバーしか登録していませんし、シムオール本部でも貴女の名前は見たことがありません」
「……なんでそんなこと分かるの?」
「私は本部の登録事務もしていたのよ。全メンバーは把握しています」
少女は言葉を失う。
「それで、貴女の名前は? この依頼書に書かれている“ガル・チョコレッタ”が貴女なの?」
「そうだけど……」
「じゃあ、なぜ自分で依頼を出して自分で受けるの? 意味がわかりません。ちゃんと説明なさい」
エリナ姉さんの声が少し厳しくなる。苛立ちが表に出てきている。
「まあまあ……チョコレッタさん、だよね? 君は魔術師なのかな? そんな感じがする」
「うん。魔術師ギルドに所属してる。ランクはEだけど、れっきとした魔術師よ」
その言葉には、誇りが感じられた。
「なるほど。じゃあ、事情を詳しく話してくれるかな。僕たちが協力できるかもしれないから」
「うん。あのね……」
話を聞くと、どうやら嫌がらせ……というより、パワハラのような話だった。
テイマーや討伐系のギルド員は単独でも依頼をこなせるが、魔術師はそうはいかない。特に低ランクなら、魔法の詠唱に時間がかかるし、護衛も必要だ。
あるチームに加入しようとしたら「ムワット石を持ってこい」と条件を出され、しかも「自分で採ってこい」と言われたという。
「それでギルドに依頼して、依頼を受けた証明を残したいんだね?」
「うん。そうすれば“自分で取った”って証明できるから」
「なるほど……で、その依頼料は誰が?」
「わたし……」
その瞬間、エリナ姉さんが大きなため息をついた。
「――馬鹿にしてるわね、そいつら!」
ピシッと音がしそうな勢いだ。
「そのチームの名前と、“石を持ってこい”って言った奴の名前を教えなさい!」
「はいっ!? でも、どうするんですか……?」
気迫に押されて、チョコレッタは敬語になっている。
僕は知っている。ジュオンさんが言ってた。「エリナを怒らせるなよ。どんな手を使ってでも潰してくるぞ。力があっても権力があっても関係ない」って。
「心配しないで。その依頼、私たちで受けるわ。――ユリアス!」
「うん、分かった!」
「あの……依頼料は?」
「気にしないで。あとでそいつらからきっちり分捕るから」
にこりと笑うエリナ姉さんの笑顔が怖い。……黒エリナ、発動!
こうして、【ムワット石の採取】という依頼を受けることになった。