屋敷の建設やらなんやら
僕の家――というか、ほとんど屋敷と呼ぶべき建物の建設が始まった。しかも、予定よりずっと広い土地を使ってだ。今はその土地の一角に建てた仮の家で暮らしている。とはいえ、ドワーフたちが建てた立派な家で、部屋数も十分。このまま本宅にしてもいいくらいだ。
工事の様子を眺めながら、僕は隣に立つエリナさんに話しかけた。
「エリナさん。こんなに広い土地、本当に使っていいの?」
「あら、私のことは“姉”と呼びなさいって言ったでしょ?」
エリナさんが身内だと知らされたのはつい最近だ。ずっと天涯孤独だと思っていたから嬉しいには違いない。けど、急に姉と呼ぶのはさすがに恥ずかしい。そもそも姉じゃなくて叔母じゃないか!と突っ込んだら、「叔母と呼ぶのはキツく禁止」ときっぱり言われた。
「もちろんよ。あなたが持ち帰った素材の数々を買い取る資金なんて、ギルドにはとてもないわ。だから地区長に頼んで、この辺りの土地を譲り受けたの。遠慮することないわ。」
「そっか。ありがとう……エリナ、姉さん。」
「ふふっ、そうよ。私はあなたの姉さんよ。」
土地の広さは、国技のベーシボーのスタジアム一個分ほど。ちなみに、そこには五万人も観客が入るらしい。そんな土地を、ケチで有名な地区長が簡単に譲るとは思えないけど……まあ、大人の事情ってやつだろう。
「それで、あの建物がギルドの支社になるの?」
僕の屋敷の隣には、エリナ姉さんの住居兼ギルド支社ができるらしい。いや、“らしい”どころか、もう真っ先に完成している。
「ええ。これだけの土地を遊ばせておくのはもったいないし、チーム・ユリアスを支えるためにもね。」
最近、僕はエリナやアンフィ、そしてワイルドキャッスルたちを率いていることから、僕ら一行をまとめて《チーム・ユリアス》と呼ばれるようになったらしい。ワイルドキャッスルの群れは、そのままの名前じゃ問題がありそうだと、《チェンジャー団》って呼び名になった。マーベラは《ユリアス隊》って呼びたがったらしいけど、僕自身と紛らわしいから却下されたそうだ。
「おーい! ユリアスー!」
手を振りながら近づいてきたのは、大工のゲン棟梁。ドワーフだ。
「明日には屋敷が出来るぞ! 荷を運ぶ準備、しとけよ!」
「さすがゲンさん、仕事早いね!」
「おう! お前ん家は爺さんの代から、ずっと俺が建ててきたんだからな! 任せとけ!」
長命なドワーフのゲンさんは、僕の祖父の頃からの顔なじみだ。
「それと、研究所ってやつは屋敷が終わったら取りかかるから、あと三日はかかるぞ。」
「えっ? 研究所? 僕、聞いてないけど?」
「はぁ? そこのねーちゃんに聞け!」
そう言い残し、ゲンさんは現場へ戻っていった。僕はなんとなく事情が分かった気がした。
「この間、来た人のこと?」
「ええ。その人が、どうしてもここで研究したいって言ってきてね。」
家族じゃない人が敷地内に住むのは、なんだか落ち着かない。
「断れないの?」
「一応、伯爵だしねえ。」
その人は、こっちから呼んだわけじゃなく、突然やって来た。
「カラブレット王国立シムオール魔術研究所所長、ムサ・シマールです」って名乗り、身分証を見せたかと思うと――
「マンマルとやらを見せてください!!」
って、がばっと僕の手を掴んで懇願してきた。ちょっと変な人だ。譲ってくれって頼まれたけど、怪しげな雰囲気にサリナが猛反対して、とりあえず帰ってもらった。
「伯爵だったんだ、あの人。」
「ええ。だから無下にもできなくてね。『建設費用を自分で出すなら研究所を建ててもいいわよ』って言ったら、本当にお金を用意してきちゃったのよ。しかも、ものすごい額で!」
まあ、断れなかったのは仕方ないのかもしれない。
「でも、《ユリアス魔物・魔術研究所》の所長は、あくまでユリアスくんだからね?」
「は? 名前まで決まってるの!?」
僕がジト目でにらむと、エリナ姉さんはいたずらっぽく舌をちょろりと出して笑った。
こうして、しばらく経つとすべての建物が完成した。
•ユリアス邸
•アントラー宿舎
•チェンジャー団宿舎
•テイマーギルド・ユリアス支社
•ユリアス魔物・魔術研究所
•訓練場
なんだか、もう僕個人の敷地って感じがしない。実際、その後に発行された地図には《ビレッジ・ユリアス》と記され、正式に村として認定されてしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「なんとか建設は終わったようだな。」
「ええ、無事に。」
「地区長の方は大丈夫か?」
「問題ありませんよ。叩けば埃が山ほど出る人ですから、きつーく脅し……おっと、説得済みです。何かあったら――」
「ふふっ、大丈夫ならいい。」
テイマーギルドで、ジュオンとエリナは少し悪い顔をしていた。
二人が心配しているのは、ユリアスが他の勢力に取り込まれてしまうことだった。それほど、彼の持つ《統制》というスキルは強力で、場合によっては脅威になりかねないのだ。
「今はワイルドキャッスルの一群れを従える程度だが、スキルが成長すればどうなるか分からん。」
一群れからいくつもの群れへ。さらには軍隊、やがては国すら統制する力へと発展する可能性がある。今の成長ぶりを見ていると、その未来もあながち夢物語ではなかった。だからこそ、あらゆる手を使ってユリアスをこの地に留め、争いの渦に巻き込ませないようにしている。本人にも、スキルの詳細を他人に話すのは厳禁だと伝えてある。
「あの子なら大丈夫でしょう。素直な子ですもの。それに《チーム・ユリアス》がもたらすのは危険ばかりじゃないわ。貴重な素材や、マンマルのポーションみたいな未知の発見だってある。だから研究所を建てさせたのよ。」
「ああ。伯爵の父親まで恫喝してな。」
「さあ、そんなことあったかしら?」
「何にしても、気は抜けないな。ユリアス君には。頼んだぞ、エリナくん。」
エリナは胸をどんっと叩き、任せなさいと言わんばかりに力強く頷いた。