訪ねてきた2人
シムオールの街門が見えてきた頃、僕たちはちょっとした騒ぎの真っ最中だった。
「ほらイーナ、もう少ししっぽをまとめて!」
「ニーナ、耳が増えてるってば!」
それはワイルドキャッスルの姿、それも大きくなった状態では、街の人たちが恐れてしまうからだ。そこで荷台役の二人には、荷を引く馬に変化してもらうことにしたのだけど──イーナが変化した馬の尻尾は二本も生えているし、ニーナのは耳が四つに増えていて、ご愛嬌と言うほかなかった。
街へ入る前に、サリナには先行してギルドへ向かってもらい、僕たちの帰還を伝えてもらった。あわせて、ギルドに買い取ってもらいたい魔石や採取物が大量にあるので、後で屋敷まで見に来てほしいと伝言も頼んだ。
バタバタしたけれど、どうにかシムオールの街へ入り、ようやく家に戻ってきた。
とりあえず荷を置き、一息つく。
庭には、森で集めた素材が小山のように積み上がり、その山のそばでワイルドキャッスルたちがごろごろと横になってくつろいでいる。僕もその横に腰を下ろし、サリナの帰りを待っていた。
しばらくすると、遠くから歩いてくるサリナの姿が見えた。その後ろには、ジュオンさんとエリナさんも続いている。
「戻りました。ユリアス様」
「おかえり、サリナ。それにジュオンさん、エリナさんも」
僕が立ち上がって声をかけると、ジュオンさんとエリナさんもそれぞれ頷き返したが、どこか落ち着かない様子だった。二人とも視線を庭に走らせ、ワイルドキャッスルたちをちらちらと窺っている。
ジュオンさんの手が無意識に腰の剣に伸び、エリナさんも同じように柄に指をかけたまま、じり、と足をずらした。
もちろん、いきなり斬りかかるようなことはない。サリナが事前にワイルドキャッスルたちのことは説明しておいてくれたからだ。それでも、巨大な魔物が庭でごろごろしている光景は、さすがに落ち着かないらしい。
「大丈夫ですよ。彼女たちはもう仲間ですから」
そう言う僕に、ジュオンさんはまだ目を細めてワイルドキャッスルたちを見ていた。
「う、うむ。話は聞いているが……。しかし、他の者に見られると、討伐隊を差し向けられるぞ」
それは困る。
「ねえ、みんな、人間の姿になってくれる?」
ワイルドキャッスルたちは「わかった」と声をそろえ、ぱっと魔力の光に包まれた。次の瞬間には、全員が人間の姿に変わっていた。彼女たちの変化能力は本当に見事だ。
僕が振り返ると、ジュオンさんはようやく肩の力を抜き、エリナさんも剣から手を離した。
「これでいいですよね」
そう言いながら、僕は二人に手を向ける。
「じゃあ、中へどうぞ」
僕はジュオンさんとエリナさんを屋敷の中へと招き入れた。
「まさかお二人がお見えになるとは思っていませんでしたよ」
「直接、聞きたいことがあったのでな」
ジュオンさんが少し真剣な表情で言った。
「それに、どのような物をお持ち帰りになったのか、拝見したいと思いまして」
エリナさんが落ち着いた声で言い、僕をじっと見つめる。
本当なら、ギルドに買い取ってほしい物を引き取ってもらうだけなので、普通に何人かの職員が来るものだと思っていた。ジュオンさんはギルドの副マスターだし、エリナさんは受付嬢だ。そんな二人がわざわざ足を運ぶとは思いもしなかった。
ジュオンさんは少し顎に手を当て、視線を僕に向けた。
「ユリアス、今回お前が足を踏み入れたというブカスの森だが……あそこは、この十年ほど誰も中へ入っていないか、入っても戻ってこなかった場所だ」
ジュオンさんの声は落ち着いていたけれど、その瞳には鋭い光が宿っていた。
「俺としては、そこでいったい何があったのかを、詳しく聞かせてもらいたい」
僕は少し身を乗り出す。
「えっと、ブカスの森のことですか? 確かに、中は想像以上に大変でしたけど……」
ジュオンさんは頷きながら、さらに問いかける。
「噂では、森全体が魔力に覆われ、内部の様子が変わり続けているとも言われている。実際に目にしたものを、できるだけ詳しく話してくれないか」
エリナさんも静かに息をのみ、僕を見つめていた。
僕は、ブカスの森での出来事を大分かいつまんで話したのだけれど、それでもジュオンさんとエリナさんは、話の途中で「おお」とか「まあ」などと、小さく声を漏らして驚いていた。
話が一段落すると、エリナさんがふと庭の方へ視線を向けた。
「あれほどの高品質で、あの量の品々……大変な金額になります。売却してくださるのは大変ありがたいのですが、ギルドに今あるお金では到底足りません。どうか、分割でのお支払いをお許しください」
その言葉に、僕は首を縦に振った。
「構いませんよ。分割で大丈夫です」
エリナさんはほっとしたように息をつき、ジュオンさんも小さく笑みを浮かべた。
「さあ、ここからが本題です」
エリナさんが少し緊張した面持ちで言うと、懐から一枚の板を取り出した。それは、ギルドで最初に見せられた、レベルやスキルの情報を映すあの板だ。
僕は言われるままに、その板の上に手を乗せる。
「う! レベル16!? いったい、いくつ上がったの?」
エリナさんの目が大きく見開かれた。
「9つです」
僕が答えると、今度はエリナさんが板に顔を近づけるようにして、数字をのぞき込んだ。
「それに、保有スキルを示す値が広がっています。ユリアス君! あなたはどれくらいのスキルを得たのですか? 本当はこういうのを聞くのはいけないのだけれど……教えてください!」
いつもとは違う、少し熱を帯びた口調で、エリナさんは身を乗り出してきた。
「さあ、さあ!」
僕の腕をつかんで、ぐいぐいと揺さぶる勢いだった。
本来は、エリナさんが言う通り、保有スキルの数やレベルを人に話すものではない。自分の力を明かすというのは、それだけで弱点をさらすようなものだからだ。
けれど──エリナさんの迫力に押されてしまった。
「わ、わかりました。ちゃんと話します」
僕は一度息を整えてから、エリナさんとジュオンさんの方を見た。
「僕のスキルは、この通りです」
•間接テイム Lv.2
•共成長 Lv.6
•体力・魔力回復 Lv.2
•俊足 Lv.2
•魔力探索 Lv.3
•統制 Lv.1
•解毒 Lv.2
すべてを言い終えると、エリナさんは息を呑んだまま僕を見つめていた。ジュオンさんも、ゆっくりと腕を組んで首をひねる。
「……信じられん。もう七つもスキルを持っているとは」
ジュオンさんが低く呟いたそのとき、エリナさんがすっと顔を上げた。
「ジュオンさん。驚くのはそこではないでしょう? もちろんスキルの数も驚きますが、問題はスキルの中身です」
エリナさんは、紙に書き出したスキルの一覧を指でとんとんと叩いた。その指先が示しているのは、「間接テイム」と「統制」の部分だった。
指し示された紙面を見つめていたジュオンさんだったけれど、やがて目を見開き、「あっ!」と短く声をあげた。
何かに気づいたようだ。けれど、僕にはまだそれが何なのか分からなかった。
「お疲れのところお邪魔しました。これで失礼します」
ジュオンさんが急に真面目な顔で頭を下げると、エリナさんも小さく会釈し、二人はそそくさと帰り支度を始めた。
去り際、エリナさんがふいに振り返る。
「明日からしばらくこちらに参りますから」
それだけ言い残すと、エリナさんも足早にジュオンさんの後を追っていった。
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シムオールのテイマーギルド本部に戻ったジュオンとエリナは、人気の少ない執務室に入ると、ほぼ同時に深いため息をついた。
「気づいたでしょう?」
エリナが静かに言った。その声には、屋敷にいたときよりもずっと鋭い響きがあった。
「ああ、統制スキルか……やばいスキルだな」
ジュオンが腕を組み、低い声で続ける。
「そのスキルによって、テイム体以外も従えることが出来るということだ。現にユリアスは、もうワイルドキャッスルの群れを率いている」
「ええ。しかも、テイム体の枠も増えているし、間接テイムもできる」
エリナは少し目を伏せ、そして顔を上げる。
「……以前、ユリアスの持つ武力は軍の小隊程度って話をしたわよね」
その口調は屋敷でユリアスに接していたときとは違い、どこか事務的で冷静だ。だが、これが本来のエリナなのだろう。
「ああ。だが、もう既に小隊どころじゃない。一軍に匹敵するだろうな」
ジュオンが静かに言ったその声は、恐れと期待の入り混じったものだった。
「これが周りに知られたら?」
エリナが低く問いかける。その瞳は鋭く光っていた。
「抱えこもうとするだろうな」
ジュオンがわずかに眉をひそめる。
「まだ、甘いわね。神輿に担いで、クーデターだって起こせるわよ」
エリナの声は冷たかった。まるで事実を述べるだけのように、感情を交えずに言い放つ。
「あっ、そ、そうだな。どうする?」
ジュオンが言葉を詰まらせながらも問い返す。
二人はしばし黙り込み、それぞれの視線を机の上に落とした。
そして、どうすべきかを巡り、ジュオンとエリナは話し込むのだった。
結論として、二人は「統制」のスキルのことは外部には一切秘匿する方針で一致した。
それだけではない。ユリアス本人にも、このスキルの危険性や真の意味を詳しくは伝えず、公表しないように釘を刺しておく──ということに落ち着いた。
「……あとは私がコントロールするわ」
エリナが静かに、しかし自信に満ちた笑みを浮かべて締めくくった。
ジュオンはその横顔をしばし見つめ、何か言いかけたが、結局黙って小さく息を吐いた。