推挙されて拒絶して
パワード侯爵はコゾウさん、そしてテノーラさんへと視線を巡らせ、静かに口を開いた。
「私はパドレオン卿が我らの旗頭となることに、何の不満も不安も抱いてはおりません。
しかしながら、卿は伯爵位。陛下が身分にかかわらず実力を重んじてお決めになったと理解はしておりますが……この場にいない他地方の貴族がどう受け止めるか、憂慮せざるを得ません」
――なるほど。結局は僕の爵位を理由に反対するのか。
しかし、パワード侯爵の次の言葉は……。
「そこで、私は僭越ながら――パドレオン卿を侯爵位に推薦させていただきたい」
会場が大きくどよめいた。
……えっ!? パワードさんは反対じゃなかったの?
えっ、えっ!? 僕の昇爵を……進言しているの!?
テノーラさんがふっと口元を緩め、テッテラさんも「うむ」と満足げに頷く。
コゾウさんに至っては、嬉しさを隠しきれない表情だ。……やっぱり僕に甘いんだよな、この人たち。正直、僕に肩入れし過ぎだと思う。
一方で、ミゲル侯爵やマチカルンド子爵、それにその取り巻きの四、五人は目を丸くして固まっていた。
ついさっきまで味方だと信じていたパワード侯爵が、まさか僕の昇爵を進言するとは――想像すらしていなかったのだろう。
ぽかんと口を開けたまま、誰も言葉を発せられない。
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ざわめきが収まらぬ中、テノーラさんが威厳を込めて問う。
「パワード侯爵。――あなたは今日、初めてユリアスと顔を合わせたはずだ。それでいて推挙なさるとは、いかなる理由か。お聞かせ願おう」
その問いに、パワード侯爵は一礼し、さも当然といった口ぶりで答えた。
「理由は明白にございます。パドレオン卿の領は、他に比して類なき充実を誇ると聞き及んでおります。特に水回り――井戸も水路も整い、その清らかさは国中随一」
場が再びざわめく。しかし侯爵は構わず続けた。
「学園都市を新たに築き、多くの才を集めておられる。兵力においても、いまや我が国最強と申してよいでしょう」
普段は寡黙な侯爵が、珍しく熱を帯びて語る。その姿に、多くの視線が驚きを込めて注がれていた。
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ここでテッテラさんが口を開いた。
「ほっほっほ。ケント殿、儂らもそう申しておるのじゃが――ユリアスは頑として昇爵を拒むのじゃよ。そなたから説得してくれんかの」
「なっ……!? もう既に……」
パワード侯爵が目を見開き、すぐさま僕へと向き直った。
「なぜ、お断りになられる?」
「お、落ち着いてください。
皆さんが仰るように、僕はまだ若輩ですし、名家でもない新興の貴族です。陛下のご命令ですから担当相はお引き受けしますが……爵位となれば話は別ではございませんか」
担当相ならば、僕が無理なら誰かが代わりを務められるだろう。
だが爵位が上がってしまえば、その責任は代わりがきかない。――それは僕一代にとどまらず、子孫にまで背負わせることになる。
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「な? こんな調子なのじゃよ」
テッテラさんは肩を竦め、ため息をひとつ。
……なんか、僕が我儘を言っているみたいになってない?
そこでパワード侯爵が、改めて力を込めて言葉を放った。
「あのですな、パドレオン卿。あなたの領をよくご覧なさい。豊富な水に恵まれ、この屋敷、闘技場――いや、訓練場でしたな。それらの施設は、もはや伯爵位に留まるべき規模ではございませんぞ。
あなたに足りないのは身分、すなわち爵位。仮に一つ飛ばして公爵位とされたとしても、私は賛成いたします」
ううっ……熱量がすごい。
それでも僕は――変な軋轢を生みたくない。それによって周りの者に、大変な思いをさせることになるのだから。
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僕の顔を見て説得できないとみたのか、パワードさんはふいに視線を僕の背後へ移した。
……ひょっとして? まさか、だめだよ、相手を考えて――。
「エリナはどう思うのだ?」
ああ、やっぱり……だめだってば。
僕はそっと後ろの姉さんを見た。
――無表情。……これは、怒ってるな。
「わたくしは、領主であるパドレオン・ユリアス伯爵をお支えするのが務めでございます。
主のお考えと差異はございません」
きっぱりと、冷ややかに言い放つ。
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「本心か? それが本心ならば間違っておる。臣下の者は主人の出世を願ってこそだ。ユリアス殿の場合、それが無理なものでもなく、当然の爵位となるに疑いはない」
あっ!? 喧嘩売っちゃった?
「はあ。――皆様、失礼いたします。パワード侯爵とは旧知でございまして、言葉づかいをその関係に沿って改めさせていただきます」
皆が少し引きつつも頷く。
「ケントさん。何を言ってるの?
言っておくけれど、ユリアスも、それに率いられている我が領も――誰の助けも必要としていないわ。
いい? 今度の件だって、ユリアスの優しさから引き受けてあ・げ・る・の!
これ以上しつこく言うのなら、私たちは降りるわ!」
「なっ!?」
パワードさんが言葉を失った。……きっと怒った姉さんの怖さを知っているんだな。
「はい! そこまでにしましょう。皆さんのご意見は分かりましたから」
最後はコゾウさんが割って入り、場をまとめてくれた。……助かった? のかな。