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僕はテイマー  作者: 鳥越 暁
伯爵昇爵と領内経営
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別宮建設 急ぎます

 うーん……。

 イブさんの話は、単に僕が「カラブレット王国東方担当相」という役職に就くっていうだけのことじゃなかった。

 王国を東部・中央・西部に明確に分け、それぞれに担当相を置く仕組みにするらしい。そして、その東部の代表が僕――つまり、「東方担当相」というわけだ。


「イブさん。本当に建てるの?」


「そうよ。建てるの!」


 僕に、東部の貴族たちが集まれる施設を造れって言うんだ。

 造ってどうするの? そんなに頻繁に会合でもあるの?

 しかも「王宮東方別宮」なんてものまで併設……?


「それって、イブさんがこっちに来るための理由づけじゃ……」


「とにかく! これは女王としての命令よ!

……ねえ、お願い。姉のお願い、聞いて?」


 そんな調子で、「王宮東方別宮」を建てることになってしまった。

 しかも、その中に「東方担当貴族院」を入れる形になる。

 当初は、別宮のほうがおまけみたいな話じゃなかったっけ?


 それと、誤解されるので「姉」というのはやめてくださいね。

 叔母である「エリナ姉さん」も、血縁関係のまったくないイブさんも、姉と呼ばせたがるんだ。


「えっと、こちらはイブさんの執務室ですよね? その後方が居住スペース……? まあ、別宮だから仕方ないのかな。

 それで、このスペースは何ですか? 宰相であるコゾウさんの執務室の後ろ……まさか、コゾウさんまで居住スペースを?」


「…………」


 コゾウさんは答えなかった。


「まったく! 貴女たちのわがままもそこまでよ!

 それ以上の無駄な設備は増やさないからね。別宮というけれど、あくまでパドレオン伯爵家の好意で貸すんだから。わきまえてちょうだい」


 エリナ姉さんに一括されて、イブさんもコゾウさんも「はい……」としゅんとなった。


 イブさんは肩をすくめて視線をそらし、テーブルの上の設計図を何も見ていないふりでいじくりはじめる。

 その指先の動きが、ちょっと速い。

 怒られたというより、「しまった、ちょっと調子に乗りすぎた……」と内心で反省しているのが、態度ににじみ出ていた。


 コゾウさんはというと、すぐさま背筋を伸ばし、眼鏡を直すふりをしながら半歩後退。

 まるで「私は主導してませんよ」とでも言いたげな空気を放っている。

 けれど、眉のあたりに「しくじった」という文字が浮かんで見えるのは僕の気のせいじゃない。


 2人とも、エリナ姉さんには逆らわない。

 そうしたほうが、後々ずっと楽だって知っているから。


「それで、どのくらいでできるの?」


 ゲンさんやノハさんに頼めば、着工したら10日もあれば建つ。

 もうすぐクロムのところから帰ってくるというし、ひと月もかからないだろう。


「ひと月くらいですね」


「は、はやいわね……」


 僕の周りの者たちはもう驚かないけれど、普通は異例な速さだもんね。






──その夜 ブカスの森・イブロスティ別荘──


 月の光が梢の間からこぼれ、湿った木の香りと遠くで響く魔物の咆哮が、夜の森に広がっていた。

 風に揺れる葉擦れの音と、時折まじる甲高い羽音が、静けさに微かな緊張を添えている。

 けれど、人の気配と灯りがあるこの場所だけは、別世界のように穏やかだった。


「ふう……なんとか乗り切ったわね」


「ええ。これで、私たちが滞在する理由もできました」


 イブとコゾウ――この国の女王と宰相は、別宮の建設にまでこぎつけたことに、ようやく胸をなでおろしていた。


「まあ、東部がまとまるのは悪くない。変な動きも牽制できるしな」


「テノーラは他人事ねえ」


「そんなことはないぞ!? 私はユリアスの後見となるのだろう? 立派な当事者さ

 だがな、ユリアスの心根は分かっているだろう? あまり心配しすぎなくてもいい。縛りすぎるのも、彼には毒だぞ」


 国としても、ユリアスの存在感が日ごとに増していることは、もはや看過できない。


 とはいえ、ユリアスが国に牙をむくとか、反旗を翻すとか――そんなことは、誰も考えていない。

 心配なのは、彼の力を利用しようとする輩が現れることだ。

 そして、それにユリアスが乗るとは、これっぽっちも思っていない。


 問題は――彼の周りの者たちが、傷つけられること。


 それこそが、ユリアスがもっとも嫌うこと。

 だからこそ、彼が「怒る」事態になる。

 そのときこそが、本当に怖いのだ。


「それで? ユリアス君のさらなる昇爵については?

 担当相にしたって、爵位で上の者たちもいるだろう。変な軋轢にならぬか?」


「それがね。エリナに突っぱねられたのよ。

 “そんなの求めてない”って、けんもほろろだったわ」


「ええ。あれは見事なものでしたね。

 これ以上となると『侯爵』ですし、高級貴族院に入らねばなりません。

 付き合いも格段に増えますから、利点がなければ意味がありませんよ」


 イブとコゾウは、そろって小さくため息をついた。

 テノーラは腕を組み、顎に手をやってしばし沈黙する。


 やがて、ふっと顔を上げると、口元に得意げな笑みを浮かべた。


「それでは……“侯爵相当伯爵”ってのはどうだ?」


「なんか、不格好な位ですねえ。ですが、悪くない意見です」


「そうね。不格好だけど……それでいきましょうか」


「な、なんだ。ずいぶんな言い様だな。他に案もないくせに!

 じゃあ、考えたのは私だから、エリナの説得は二人でな!」


 自分の提案を不格好と言われて、テノーラはむくれた。


「「無理!」」


 そこからは、誰がエリナに伝えるかで一悶着。

 数度のくじ引きの末、結局コゾウに決まった。


「……わたしが……」


 呆然とするコゾウを、イブとテノーラがそっと哀れみの目で見つめていた。


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