フォーレス コンドライト視線(2)
再び馬車へ戻った私たちは、フォーレスに先日クロム領の端にあるパレト村が襲撃された件を説明した。説明には私見を交えず、極力事実だけを伝える。
これでフォーレスにも、クロム嬢が急きょ帰領する理由が理解できるだろう。
そして、こうした情報を前にして、彼女がどのように思考し、どのような答えを導き出すのか──私はそこに、何より興味があった。彼女の資質を見極めたい。
しかし、フォーレスは「そうですか」と短く答えただけだった。
……それだけか? 記憶力は確かだが、それだけで終わる者なら、私の興味には値しない。
「どう思う?」
私は静かに問いかける。
彼女は小首を傾げ、「何がですか?」と無邪気に返してきた。
「いや、その……。村が攻撃されたことを、どう感じているのか、と思ってな」
だがフォーレスは、なおもきょとんとした表情を浮かべる。
「どうして、デンネンカルロ子爵は今、攻撃してこられたのでしょうか。と思っただけですけれど……」
さらりと言うその口調に、私は一瞬息を呑む。
なに!? 私はデンネンカルロ子爵が攻めてきたとは、一言も言っていない。ましてその可能性すら、まだ口にしていないのだ。
「ふ、フォーレスは、どうしてデンネンカルロ子爵が攻めてきたと思うのですか?」
クロム嬢が、身を乗り出すようにして問いかける。
本来、フォーレスとのやり取りは私が担当すると話していたのだが、抑えきれなかったのだろう。瞳がわずかにきらめき、まるで何か面白い謎解きを前にした子供のように、その目は輝いている。
「えっ? 違うのですか? ご、ごめんなさい」
「いや、謝らなくてよい。私もクロム嬢も、フォーレスがどうしてそう思ったのか、知りたいだけだ」
フォーレスは、わずかに目を伏せて黙り込む。考えているらしい。
──いい。そうだ。そのまま考えろ。思考の過程こそ、最もその者の本質を示す。
「すみません。他にいないと思ったので……。
子爵は、領地の3分の1も取られてしまって、嫌がらせをしても対策されて……。儲けも少なくなったと思うんです。きっと頭にきているんだろうなって」
たしかに、彼女の言う通りだ。ユリアス殿の周辺の者たち、私を含め、当然デンネンカルロ子爵を疑っている。
しかし──この少女は、その結論に、ここまで短い思考で辿り着いたのか。
「そうだな。デンネンカルロ子爵は疑わしいが、人に聞かれるようなところでは口にするものではない。よいか?」
「はい。分かりました」
「あの、フォーレスは『今』なんで? というニュアンスでしたけれど。それは、どういう意味なのかしら?」
クロム嬢が、さらに目を輝かせて問う。
──そうだ。そこは私も引っかかった。どこまで推理できているのか。彼女の才を、もう少し見てみたい。
「えっ? うんと……ユリアス様のご配下の方は強くて、イスカンダリィ公爵様も応援されてて……。
パレト村は農村で、お宝とかないし……。なぜ今なのかなぁって」
うむ。──難しい。何を言わんとしている?
私がフォーレスの言葉の真意を探っていると、先にクロム嬢が声を上げた。
「なるほど、フォーレスは、デンネンカルロ子爵が攻め込む理由がない、と言いたいのですね?」
「はい。そう思いました。攻め込みたい気持ちはあると思うんです。
でも、攻めてもきっとダメそうです。だけど、攻めたのは……なぜでしょう?」
──ははあ。理解できたぞ。
デンネンカルロ子爵がクロム領をよく思っていないのは事実だ。攻めたい理由はある。しかし、攻めたところで、ユリアス殿やイスカンダリィ公爵が背後にいる以上、その後の展開がうまくいくはずもない。
まして、シルビー街のように栄えた場所ではない、何もないパレト村を襲う意味など、本来は無いはずだ。
たしかに「なぜ今、あの村なのか」という疑問は残る。
「なにか、ひとつ足りないにゃ……」
フォーレスが、かすかに聞き取れるかどうかの声で、そう呟いたのを私は聞いた。
──私は、その足りない材料を持っている。
それが、ただの一要素に過ぎぬのか、それとも核心そのものなのかは分からぬが、足りないピースになり得る材料。それは──アキトントンだろう。
子爵位を剥奪され、領地を追われ、王宮の下働きとなりながら逃げ出した男。私とも少なからず縁のある存在。
しかし、その材料を今、フォーレスに与えるのはやめた。
明確な答えが、あまりにも簡単に導き出されてしまうのが怖いのだ。今は、まだその時ではないと判断する。
──いずれ。いずれ話す時が来るだろう。
何かを問いかけようとしたクロム嬢の肩に、私はそっと手を置いて制した。
これ以上は、まだ口にすべきではない。
──もう、この話は終わりだと。
「なかなか面白い話だったよ、フォーレス」
「いえ……」
「フォーレスは、どんな勉強をしてみたいか?」
私は多少強引に、話題を変えた。
「お勉強できるんですか!?」
「もちろんよ。どんなことかしら? 魔物や魔植物に関して? ゲンさんやノハさんともお話していたから、建築についてかしら?」
クロム嬢も乗ってくれた。いや、そこまで深く考えてはいないな。クロム嬢も、単純にその場の雰囲気に乗せられた方か。
「街のことを知りたいです」
「街のこと?」
「ええ。どのようにしたら、暮らす人たちが幸せになるのか、勉強したいです」
ほう。面白い答えだ。
「幸せに暮らすには、お金も必要だぞ。そのためには『経済』というものを学ばなくてはならない。また、仕事も必要だ。その土地に合う仕事、その人に合う仕事だ。それには『産業』というものを勉強しなくてはならない。他にもいくつかあるぞ。どれも大変な勉強だが、できるか?」
「はい。勉強したいです!」
──ふふふ。彼女の記憶力と推察力があれば、どのように育つか。実に楽しみだ。
いずれ「傑者」となる気がする。
彼女を──育ててみたい。いや、育てよう。
「魔物や魔植物の勉強も楽しいんですけどねえ」
クロム嬢の一言に、思わず笑いが起こった。
笑い声に包まれた馬車は、やがてクロム領の境を越えようとしていた。