学園からの報告は続く
エリナ姉さんとの話を終えて会議室に戻った。
扉を開けると、視線が一斉にこちらへ集まる。
再び報告が続くけれど、領の幹部たちの険しかった顔が、いつの間にか和らいでいる。一安心だ。
僕はそっと椅子に腰を下ろした。書類をめくる音と、誰かの小さな咳払いが、静かに部屋を満たしていく。
初年度分の報告が終わって、話は来年度のことに移った。
正直、細かいところはあまり分かっていないけれど──
どうやら初年度は、全員が同じ講義を一通り受ける仕組みだったらしい。
けれど次の年からは、みんなの適性や希望に合わせて、いくつかの専門的な講義に分かれていくのだそうだ。
たとえば、初期魔術の授業ひとつ取っても、「基本魔術」と「魔術師」の二つに分かれるとか。
しかも、魔術系の授業を取らないという選択もできるらしい。
なんだか難しそうだけど、好きなことを深く学べるのは、きっといいことなんだろうなと思う。
その後も、各初歩の講義から次の段階へ進んだ講義内容が、次々と告げられていった。
第2期生も受け入れるそうだけれど、講師の数は足りるのだろうか?
ちょっと気になったので、思い切って聞いてみた。
「わかりました。学生も多くなるようですし、講師の数は足りていますか?」
答えてくれたのは、コルーラさんだ。
「なかなか、厳しいですね」
コルーラは少し眉を寄せ、唇をきゅっと結ぶ。
「複数の講義を受け持ったりする方もおられる状況になります」
やっぱり、思った通り足りていないみたいだ。
それを聞いて、チョコレッタが口を開いた。
「失礼いたします。もし、講師の人数が足りないのであれば……新設される“魔術師”の講義について、魔術師ギルドから講師をお招きするのは、いかがでしょうか」
場の視線がチョコレッタに集まる。
彼女は少し緊張したように背筋を伸ばしながら、言葉を続けた。
「魔術師ギルドには、各属性に特化した方々がおられますし……日によって講師を交代していただければ、それぞれの得意な属性を詳しく講義していただけるかと存じます。たとえば──火系統ならファルメアさんとか、ええと、水なら……あっ、アクエリーネさんとか」
途中で思い出すように名前を挙げる声が、やや勢いを帯びる。
彼女が口にしたのは、確かシムオールの魔術師ギルドの人たちだ。この領ができたばかりの頃に、手伝いに来てくれていたので覚えている。
そして、ふと我に返ったように言い直した。
「……いえ、失礼いたしました。つい、普段の調子で……。要するに、各都市の魔術師ギルドにお願いすれば、講義の幅も広がりますし、専門性も深まるのではないかと思いまして」
そう言ってから、チョコレッタはすっと視線を横に向けた。
「グオリオラ公爵。各都市のギルドに、そのような依頼をすることは可能でしょうか?」
いきなり話を振られたテノーラ──グオリオラ公爵は、一瞬ぽかんとした顔になった。
「……私がか?」
しばし目をしばたたかせたあと、テノーラはゆっくり顎を引き、落ち着いた声で答えた。
「ふむ……働きかけるとしよう。ただ、魔術師たちが講義のような公務に応じるかどうかは……。まあ、説明してみるが」
すかさずエリナ姉さんが静かに口を開いた。
「グオリオラ公爵。それでは、恐れ入りますが──」
その声音はあくまでも柔らかい。けれど、その奥に、鋭い光が隠れている。
「講師候補の名簿を、来月末までに取りまとめていただけますか? 各属性ごとに、それぞれ何名ほど依頼できるかも、合わせてお示しいただけると助かります」
テノーラは、露骨に固まった。口元がわずかに引きつる。
「ら、来月末……だと?」
エリナは、ゆるやかに微笑んだ。
「ええ。皆さまのご都合を鑑みると、それくらいがよろしいかと存じます」
その言い方は、やわらかい絹のように滑らかで、それでいて断りを許さない鋼のような重みを含んでいた。
そのとき、僕の隣で、コゾウが小さく息を呑むのが分かった。
そして、周囲に聞こえないように、そっとつぶやいた。
「テノーラさん、気の毒なくらいだな……」
コゾウは、僕の方をちらりと見やりながら、ひそひそ声で同情の言葉を漏らす。
その一方で、テッテラさんが口元を手で押さえ、肩を小刻みに震わせていた。どうやら、必死に笑いをこらえているようだ。
「ぷっ……、エリナにしてやられたようじゃの」
いかにも楽しそうだ。
しかし、あのチョコレッタが立派に意見を言うなんて成長したな。彼女をブカスの森街区の長にして正解だった。
ふう。長かった報告は終わった。