表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕はテイマー  作者: 鳥越 暁
伯爵昇爵と領内経営
134/147

道すがら

クロム一行はユリアス領を発ち、クロム領へ向かう。形式上は自らの所領への「帰還」ではあるが、クロムの心には「向かう」という感覚しかない。


彼女にとって本当の居場所は、ユリアス領――すなわちパドレオン伯爵領なのだ。

クロム領は、実父であるデンネンカルロ子爵から分譲された土地にすぎない。それも女王の命令による措置であった。

継母が来て以降、実父との関係は冷え切り、今では完全に袂を分かっている。


実際、領地の整備や産業の基盤を築いてくれたのは、他ならぬユリアス領の人々だった。

そして何より、ユリアス夫妻が彼を養子として迎え、真の家族として受け入れてくれたのだ。


クロムにとって、自分の居場所とは、その温もりの中にある。


「お義母様たちは、大丈夫かしら?」


「大丈夫ですよ。産婆も乳母たちもついていますし」


発って間もないというのに、同じやり取りを何度繰り返したことだろう。

クロムにとって、それほど大切な人たちなのだな――と、答えるユーラシドリ元伯爵も、思わず苦笑するしかなかった。


「そうよ、お嬢ちゃん。それより、右手からカラカラの群れが来るよ」(ゲン)


「えっ!? 皆さん、警戒を!」


カラカラなど、所詮はEランクの魔物。退治するのは造作もない。

あっという間に撃退し、魔石とドロップ品であるくちばしを手に入れた。

それからスノーマウスと呼ばれる魔物を退治しながら進んでいくと、グオリアラ領──正確にはグオリアラ・テノーラ公爵領──を過ぎたあたりから、めっきり人の姿も見えなくなり、家一つない白一色の雪原が広がっていた。


「……なんにも、ありませんね」


クロムがポツリとつぶやく。


「そうですな。雪が消えたら、この辺りはどんな景色になるのだったか」


ユーラシドリ・コンドライト元伯爵が、かつての記憶を探るように言った。


「たしか……荒野だったかしら」


「クロムレイラさんはご存じなのですね?」


元伯爵の問いに、クロムは小さく頷く。


「ええ。この道を通って、コルメイスの近くにあるアイーダ草原を目指していたのです」


 クロムの事情をある程度聞いていたユーラシドリは、まだ幼さの残るその横顔を見て、内心「ずいぶん苦労したのだな」と不憫に思う。


「ぐすっ……お嬢様、申し訳ございません。我々が傍におりましたなら……これからは、必ずお守りいたしますので……」


 クロムの古くからの従者が、堪えきれず涙ながらに言った。


「いいえ。世間知らずだった私が、後先考えず逃げ出したのです。無事だったのは運が良かったのでしょう。でも……今はこうして、あなたたちがいてくれる。感謝しています」


 言葉には後悔も、そして確かな信頼もこもっていた。良い主従だ、と元伯爵は静かに思う。


「……ところでな。あそこの行き倒れ、どうする? 放っとくか?」


 その空気をぶち壊すように、ドワーフのゲンがぶっきらぼうに言って、指をさす。その先には、大きな毛玉のようなものが雪の上に転がっていた。


「……あれですか?」


 クロムが目を細めて見る。獣人だというゲンが近づいて確認すると、それは猫人(ねこびと)だった。毛並みは乱れ、丸くなって動かない。生きているのかどうかも判然としない。


 元伯爵の家臣のひとりが慎重に手を伸ばし、そっと脈を取る。


「とても微かですが、息はあります。仮死状態に近いでしょう」


 一同、顔を見合わせた。このまま放っておいても、誰かに責められることはない。だが、気持ちの良いものでもない。


「助けましょう」


 その一言で、空気が変わった。クロムの声には、貴族の矜持と優しさがあった。


 ゲンをはじめとした建設部隊は、手持ちの材であっという間に簡易小屋を組み立てる。他の者たちは火を起こし、室内を暖め、凍傷を起こしていると思われる手足の先にポーションを塗って応急処置を施した。


 小屋の中には焚き火の暖かな光が揺れていた。毛布に包まれた猫人の少女は、しばらくの間、夢も見ない深い眠りについていたが――。


「……う、ん……」


 小さな声がして、少女がまぶたを震わせる。


「お、起きたか?」


 ゲンが小声でつぶやき、クロムが毛布のそばにしゃがみ込んだ。


 少女は、大きな瞳をゆっくりと開く。その瞳は明るい琥珀色で、まるで朝の陽射しのような温もりを帯びていた。体をかすかに丸めながら、警戒したように周囲を見回す。


「ここは……?」


「安心して。あなたを雪の中で見つけたの。今はもう大丈夫よ」


 クロムのやさしい声に、少女はわずかに頷いた。


「……わたし……フォーレスって、いいます……。にゃ……」


 語尾に漏れた癖のような鳴き声を、恥ずかしそうに口元で押さえる。


「フォーレスちゃん。かわいい名前だね」


 クロムは笑顔を見せながら、毛布を直そうとしてふと手を止めた。毛布の下の身体は、背中から臀にかけてはふわりとした毛に覆われているが、腹側や手足の内側は無毛で、年齢相応とはいえ何も身につけていない。


「……あ、あの、誰か、服……!」


 クロムが後ろを振り返ると、ユーラシドリがすでに背を向けて咳払いしており、ゲンも目を逸らして不自然に鼻を鳴らしている。


「べ、別に気にしてねえがな! だがまあ、その、あれだ。布かなんか……」


「誰か、予備の上着を! すぐに!」


 クロムの指示に、女官のひとりが急いで厚手のチュニックを持ってきて、そっと毛布の下に差し入れる。フォーレスは慌てて体を隠すようにそれにくるまった。


「ごめんなさい……服が、破れちゃって……。お父さんとお母さんと一緒に、狩りをしてたんだけど……スノーベアに、襲われて……ふたりとも……」


 ぽつりぽつりと語られる言葉に、クロムは黙って耳を傾けた。


「それで、ひとりでずっと歩いて……気づいたら、動けなくなって……」


 フォーレスの目に、涙が溜まっていた。誰も口を挟まない。ユーラシドリは目を伏せ、ゲンはそっと顎髭を撫でた。


「大変だったわね。でも、もう一人じゃないから」


 クロムはフォーレスの手をそっと握る。まだ冷たいその手に、自分の体温を分けるように。


「……え?」


「もし、行く宛がないのなら、一緒に来ない? あなたが嫌でなければだけど。私達はあと数日旅をするの。行先は私の領地だから、きっと、あなたの居場所も見つけられるわ」


 フォーレスの目が大きく開かれた。まるで言葉の意味がすぐには理解できないかのように、じっとクロムを見つめる。


「いいの……? わたし、なんにもできないよ……狩りも失敗してばっかりで……」

挿絵(By みてみん)

「大丈夫。できることがなくたって、一緒にいればいいのよ。それに、あなたは生き延びた。それだけで、すごいことだもの」


 クロムのまっすぐな言葉に、フォーレスはついに涙をこぼし、顔をくしゃくしゃにして小さくしゃくり上げた。


「う、うん……ありがとう……」


 こうして、猫人の少女フォーレスは、クロムたちの一行に加わることになった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ