奪われた村(2)
引き続き、クロム領に赴任しているムネアカアントラーのイラソル目線の話。村民奪還作戦実行です。
捕らえられている村民達は村共有の農具小屋に集められているそうです。
一箇所に居るということは助けやすいです。見張りが2人程とか。
夜間は侵略者達も魔物達に警備を任せて寝るそうなので、やはり夜が一番良いということになります。
助け出すのに潜り込むのは私一人です。
ムネアカアントラー種族の固有スキルである【範囲隠匿】のスキルが姉妹の中では私が一番高いからです。レベルは3です。30㎡くらいは察知されないはずです。
細々とした打ち合わせをして夜を待ちます。夜に備えて仮眠も取りました。私達は数日間くらいなら眠らなくても支障はないのですが、万全を期したのです。
いよいよ、夜になりました。冬場独特の曇り空で星影もない漆黒の闇の中です。
問題ありません。我らインセクタル型と呼ばれる者達は夜目が効くのですから。
私とシルビィユ様は所定の場所に来ました。ピサンリとハシントルもそれぞれの場所に着いたようです。
それでは行動を開始しましょう。
ピサンリとハシントルが向かって右端の擁壁の外で魔力を出します。するとその魔力に反応した内部の魔物が移動していくのが気配で分かりました。
そう、彼女達に魔物(敵のテイムモンスター)を引き付けてもらったのです。
目で合図を受けて私はシルビィユ様に身を預けます。私をガシッと掴んだかと思うと中に向けて放り出したのです。
私達アントラー系の者は力があります。私の体を持ち上げて投げるなど造作もないことです。
私は即座に【範囲隠匿】で存在を隠しながら門内に降り立ちました。少々の着地音がしたようですが、ツバサバイソンやストーンドッグは囮のピンサル達の魔力の方へ行っています。狙い通りです。
すぐにでも村民を助け出したいのですが焦ってはいけません。
まずは状況を冷静に判断しなければ…。
わずかな間に村の様子は変わっています。村民が閉じ込められている納屋を確認。聞いていた通りに2人の者が見張っています。手にしているのは剣です。さほど強そうには見えませんね。
納屋から出した後で村外へ連れ出すのですが、門の辺りは魔物達がいます。なので門からは難しいでしょう。
納屋の中に梯子か脚立があれば良いのですが、今は確認出来ません。無かったことを考えて代わりの物を探します。
物色していると村の後ろ…隣接しているヘルベーゼ男爵領の方面に丸太が野積されていました。
あっ。侵略者達はクロム領の村だけではなくヘルベーゼ領にも侵攻していました。
そちら方面は木柵を拵えています。木柵を辿ると先が見えない程なのでかなりの広さを囲っているのでしょう。雪で覆われているので、下に何があるのか不明ですが危険な物はなさそうです。ただ、ヘルベーゼ領に入って20m程のところに小屋というか見張り小屋のような建物が建っていました。周りの雪の状況から急遽建てられたもののようです。中に人の気配がします。集中して探ると、おそらく7名でしょうか。
さて、木柵ですが高さは2m程でクロム領に作られた石壁の半分程度の高さですね。これならば私が抱えれば柵を越えられます。
脱出させるための場所を決めて、念の為に周りの雪を集めて固めておきます。そこだけは1mほどの高さの雪の固まりを作っておきました。私が抱えられなくても越えられると思います。
それから、クロム領の方へ戻って慎重に調べました。石を積まれた壁で堅固にされた村長の家、その周りの家4軒に侵略者達が集まっています。やはり、4、50名ほどの集団ですね。
状況は分かりました。あとは助け出すだけです。私はシルビィユ様に連絡します。
すぐにゴーサインがでました。
また、ピサンリ達が表から魔物達を引き付けます。私は【範囲隠匿】スキルを使いつつ納屋の見張りの元へ。即座に打ちのめして気を失わせました。侵略者なのですから命を奪っても良かったのですが、下っ端など手を汚す価値もないでしょう。
それから納屋を開けて村民達を助け出します。代わりに縛り上げた見張り役の2人を放り込んでおきます。
納屋の中には梯子もありました。ヘルベーゼ領の方まで行かなくて大丈夫でした。
それからはスキルの範囲を少し拡げて全員で壁に向かい村民達を逃がしたのです。
「ありがとうございました」
御礼を言われますが、ユリアス様が後援なさるクロム領の皆様へ当然のことをしたまでです。
「あの、村長は?村長はご無事でしょうか?」
その問いにシルビィユ様がお答えになります。
「ああ、無事だ。足のことは申し訳ないことをしたが、今は意識もはっきりされておる。大丈夫だ」
村人達の顔に安堵の色が浮かびます。
「さあ、今宵はゆっくり休まれるとよい」
村人達を安全なところへ案内して今回の村民奪還作戦を終えたのでした。
「イラソル、ピサンリ、ハシントル、ご苦労だったな。貴女達も休みなさい。
明日にはツキシロ兄さん達もお見えになるからな」
ツキシロ様達にお会いできるのを楽しみに眠りについたのでした。