奪われた村(1)
クロム領に赴任しているムネアカアントラーのイラソル目線の話
私はイラソル。ガディアナ様の子でムネアカアントラーです。
今、私はユリアス様、ガディアナ様と離れて遠い地に赴任しています。それはユリアス様の奥様であるアンフィ様のご養子となられたクロムレイラさんの領地に来ているのです。
パドレニア=クロムレイラ士爵領は隣のデンネンカルロ子爵に嫌がらせを受けていました。その対応に私達が赴任しているのです。
最初は領地の警らを行っていましたが、私達ムネアカアントラーが得意な水路作りも担当することになりました。
ユリアス様や銀山を管理するシルビィユ様のお働きでデンネンカルロ子爵からの嫌がらせもなくなり平和になりました。ついこの間までは……。
「お姉さま。パレト村が襲われました!」
ピサンリが飛び込んできました。彼女は私ともう1人のハシントルと共にこの地へ赴任してきたものです。
私達はカルベルラという家名をいただき3姉妹とされています。姉妹というのは間違いではありませんから。
「ど、どういうこと!? デンネンカルロ子爵が?」
「それは分かりません」
詳しく話を聞きます。
パレト村はクロム領の南の端っこにある村です。林を挟んでデンネンカルロ領とヘルベーゼ領と接しています。農民の村です。
林からいきなり大きな魔物が領境の木柵を打ち破って侵入し暴れました。村民が逃げ回っている間にいつの間にか数十名の輩が村民達を捕らえたと。
村の男衆が必死に女性と子供を逃したという。懸命な判断でしょう。
稲作を行っている村民が20名程の小さな村です。捕らえられてしまったのは6名ということまで分かりました。
私達は直ぐにシルビィユさんに報告します。シルビィユさんはクロム領の銀山を委託運営されているアントラーです。とても、頼りになります。
「分かった。クロム殿とユリアス様へは私が報告しよう。我らは直ぐに現地へ行くぞ」
やはり、シルビィユさんは頼もしいお方です。
「やはり、疑わしきは隣のデンネンカルロ子爵だが確かではない。我らはパレト村へ向かうが、領境も警備も必要だ。警備には領兵達とキャンブルを当てよう」
ギャンブルさんはシルビィユさんの部下のアントラーです。冬前に赴任して来ました。それなりにお強いそうです。
そうして私達は雪深い中を進み、パレト村の手前に着きました。
村が侵略されたとの報があってから半日、侵略時からは一日あまりです。
「なんと……!?」
簡単な木柵と門であった村の外周は簡素ながらも低い石壁で囲まれていたのです。すぐにでも飛び込んで村人を助け出したいのですが、それは出来ません。
それは門前に大きな魔物が鎮座していて、その背には一人の男性が括られていたからです。
『我々に手を出すならば、捕らえた者達の命はない』
どこからか声が聞こえます。拡声の魔術具でしょう。
魔物に括りつけた村人を見せられたことで牽制されました。
我らが動けずにいると、効果があったとみたのか、魔物が門内へ入っていきました。
「むうう。様子見だ」
とても悔しいことです。
内側から造作しているのか、石壁が少しづつ高さを増しています。
「魔術師によるものだな。土属性の魔術師か……。あるいは魔紙を使っているのか。いずれにしても魔術師がいるのは間違いないな。
それに先程の魔物はテイムモンスターだろう。テイマーもいるようだな」
勉強になります。こういう推察ができるように精進せねばなりません。
今、私達にできることは情報の収集と監視です。
「シルビィユ様。あの程度の石壁など打ち壊すのは容易いのでは?」
時が経てば人質となった村民の身も危うくなります。
「まあ、待て。あの石壁だがよく見てみろ」
シルビィユ様の指し示された方を見ると、数人の者が門の外へ出てきて壁に向かって手を翳しています。
「あっ。障壁を施しているのですね!?」
「ああ。そのようだ。それとて見るからに貧弱な障壁のようだが、立ち代り入れ代わり人が出てきてはあのように……」
つまりは貧弱な障壁ですが、幾重にも重ねているのでしょう。少し厄介かもしれません。
また壁が少し高くなりました。こちらが手をこまねいている間に壁の高さも障壁も増してきます。このままではいけません。
「おお。ツキシロ兄さん達が来てくれるそうだ」
嬉しい報せです。文武に優れたツキシロ様がお見えになるとは力強いです。それまで私達はできることをしましょう。
「ぎぃ」
門が開きました。魔物が出てきてこちらに向かって来るかもしれません。皆が身構えて緊張が走ります。
出てきたのは人でした。2人の男が1人の男を挟むように出てきて、間の男を捨てるように放りだしました。2人の男は門内に戻っていきます。
「あっ。あれは! 村長です!」
身体強化で視力を強化したハシントルが叫びます。
私は周囲を警戒しながら近づくと、ああ、なんということでしょう。村長の右足がありません。大怪我です!
失血のためか、痛みのためか、村長は気を失っています。私は抱えあげて連れてきたのです。怒りが沸いてきます。爆発しそうです。
村長の体は冷えきっているし、顔色も真っ白で血の気を感じない程です。
「ヒール!」
すぐさまハシントルが【治癒】を与え、私はポーションを飲ませます。
「ここは頼む。私は村長を暖かい所へ連れていく」
シルビィユ様がほど近い村落へ連れていかれました。手厚く治療されることを願います。
戻ってきたシルビィユ様は村長から中の様子を聞いてこられました。
40余命の集団でグレンという男が率いているということです。そして、予想通りに多くの魔術師がいると。すぐにバテてしまうそうなので低ランクなのでしょう。
どうやら夜間は大きな魔物と数頭のストーンドッグという犬位の大きさの魔物が放たれていると。夜の防衛体制ですね。
話を聞いた後で私は直訴しました。中に潜り込んで村民を助け出すのです。
「気取られては村民が危うくなるぞ」
心配なさるのはごもっともですが、話を聞く限りツキシロ様達の到着を待つまで村民が持つかも分からないではないですか。
いざとなれば私が命を賭して盾となり彼らを守ります!
「その心意気、分かった」
シルビィユ様も認めて下さり、策を詰めるのです。