クロム領攻撃される
猛吹雪の日、クロム領から緊急の連絡が入った。
領の外れの方にある村落が何者かに襲撃されたというのだ。
「奴が絡んでいるわね」
「おそらくはそうでしょう」
姉さんとアンフィがこそこそと何やら話をしている。奴とは誰なのだろう? 僕に言ってこないということは知らなくてもいいことなのか。
「ユリアス。直ぐにツキシロとバテンカイトス、ボタインを出すわよ」
「分かった」
僕も行きたいと思ったけれど、多分行かせてもらえなそうだ。
五日後に報告があった。
攻撃してきた者達は依然として村落を占拠している。しかし、捕らえられていた村民は助け出したそうだ。
村落は砦のように作り変えられて、中々堅固。さらに南部に隣接するヘルベーゼ領にも侵略して、村落を含め擁壁で囲っている。
それなりの広さになっているそうだ。
略奪者のリーダーはグレンと名乗っている。
「侵略されたヘルベーゼ領って穀倉地なんだよね?」
「そうです。ナタネーナという魔草の産地です。ナタネーナから抽出される油を確保する目的でしょう」(コゾウ)
ナタネーナ油は燃料として利用されているものだ。
「広さで言えば、クロム領よりもヘルベーゼ領の方が侵略されております」
そう説明したのはドリアンナ・アキサイロ元侯爵だ。アキサイロさんは隠居して嫡男のアキトントンさんに家を継がせた。
そのアキサイロさんはなぜかパドレオン伯爵家の客分として迎え入れている。貴族相手の渉外力があるそうだ。
「それでクロムのところの人達は無事なの?」
それが一番気にかかることだ。
「はい。怪我人が7名出ましたが、亡くなった者はおりません」
「怪我人が出たの!? 大丈夫なの?」
片足をなくした者が一番の大怪我で他は軽傷だという。大怪我の者と5名ほどが当初捕らえられていたが、クロム領に滞在しているムネアカアントラーのイラソルが潜り込んで助け出した。
怪我人は村長だというが、顔見知りだったらしく、クロムが涙ぐんでいる。
ふつふつと怒りが湧いてくる。
「アンフィ。不自由のないように偽足を作って。他の怪我人も十分な手当てを。その家族にもフォローして」
「「「はい」」」
幾人かが返事を返してくれる。
「それじゃあ、村落を奪い返すよ」
盗られてしまった領地を取り返すのは当たり前じゃないか。
「ちょっと待って、ユリアス」
「待たないよ、姉さん。僕達の武力ならば取り返せるはずだよね!?
僕の知らない政治的なしがらみとか思惑とかがあるんだと思うけれど、まずは奪還するよ。後のことは姉さん達にお願いするけれど、今じゃないよ。クロムには領民の財産を守る義務がある。その寄親である僕にもあるはずだよ。これは譲れないこと」
元々、貴族同士の体裁とかに興味はないんだ。それは僕の立場的には駄目な事なのかもしれないけれど、家族、仲間、領民、繋がりのある人達、それを守ることが第一だ。
「……分かったわ。ただし、ユリアスが現地に行くことは駄目よ。これは私達が守らねばならないことだから、譲れないわよ」
姉さんが力を込めて言った。
「分かったよ」
「うん。それじゃあ、色々と考え直さねばならないことがあるけれど、ユリアスの命令として『奪還』するわよ」
「「「はい!」」」
「よし。それじゃあ。向こうの戦力と砦(?)の様子は? それに対してのこちらの戦力と配置を教えて」
すぐに説明を受けたけれども、イメージしにくい。
「アンフィ。簡単な現地の模型を作れる?
サリナは現地にいるツキシロのテイムモンスターのスキルを詳しく聞いて、僕に教えて」
「「分かりました」」
「ユリアス。貴方が指揮を執るのね!?」(エリナ)
「うん。マーベラはアドバイスお願いするね」
「はいよ!」
これからも僕はこのような戦闘には出れないかもしれない。でも、僕らには『通信』手段がある。遠隔でも指揮を執れる。
姉さんも反対はしなかった。
コゾウさんもアキサイロさんも推移を見守る姿勢のようだ。
20分程でアンフィの部下が現地の模型を作り終えて、僕の執務室の机に置いた。
「なるほど。(砦の)中の様子は分からないんだね。人数は最低でも40名か。もっと増えてるかもしれないね。
ツキシロのところのシロクマくんと同行させてたトレインさんのスキルは……分かった」
相手方の一番の戦力はツバサバイソンという翼を持ったバイソンの魔物だ。翼を持ってはいるが飛べないらしい。突進力が優れた魔物だという。テイマーがいるのだろう。
「シロクマくんは倒せる? 力は互角だけれど、俊敏さやスキルで勝てるんだね?分かった」
後は擁壁を壊す算段をすればいい。
「擁壁には魔法と物理の障壁があると聞いたけれど、突破できそう?」
「障壁一枚一枚は薄くて弱いんだけれど、幾重にも重ねてあって、正面突破は時間が掛かるかもね」(マーベラ)
時間を掛けたら内側に更に障壁を構築するだろうし、何かの策を講じる時間を与えてしまうかもしれないな。
サリナなら上空からいけるのにな。
あっ、そうか!
「正面、上空がダメなら下でいこう!」
「「「は?」」」
トレントさんの根を擁壁の下に延ばして崩せないだろうか。
「できるって!? よしっ! それならばトレントさんにやってもらおう」
擁壁さえ崩せたらツキシロやバテンカイトス達で勝てそうだ。
方向性は決まった。
細かいことはマーベラが現地と詰めてくれれば大丈夫だね。
準備が整い、僕は『村落奪還作戦』の開始を告げた。
人物説明
バテンカイトス…ヴィアラクテ・バテンカイトス。アルセイデスの森で活躍したヴィアラクテ10将の一人。アンフィ系のムネアカアントラー。身体強化、挑発のスキルを持つ。
ボタイン…ヴィアラクテ・ボタイン。アルセイデスの森で活躍したヴィアラクテ10将の一人。サリナ系ムネアカアントラー。金剛、突進のスキルを持つ。コルメイス都市長(暫定)を務めている。