消えた男
ツキシロ目線の話
今日は雪も降らず穏やかな日だった。
夜になり、その日の出来事を話しながら身重の妻とまったりと過ごしていた時だ。『通信』が入った。
王宮に通信員として滞在しているアーテナーだ。定期報告はアンフィ姉様を通じてなされている。私に連絡が来るのは初めてだ。
「どうした?私に連絡など珍しいではないか」
「夜分にすみません。従兄上にお話しておくべきだと思いまして」
アーテナーは人間社会上では厳密に言えば甥にあたる。サリナ母上とアンフィ姉上が姉妹のように見えるので、我らもそのような関係となっているのだ。公の場では遠縁としているが。
「時間など気にするな。して?」
私は先を促した。
「アキアンドレが姿を消しました」
「なに? 詳しく教えてくれ」
メディシナルの森でユリアス様を侮辱して私が捕らえた奴だ。
奴は子爵だったのだが、爵位は剥奪されて王宮へ連れて行かれて、下働きとして性根を叩き直されているはずだ。
「それが今宵、姿を消したのです」
厳しく躾直すと言っていたので、それに耐えられなかったのだろうか。父親のドリアンナ侯爵に甘やかされていたそうだしな。
「それもありますが、どうやらツキシロ従兄上を逆恨みしているようで……」
「どこまでも性根の腐った奴だな」
「まったくです。影で従兄上とユリアス様に対し『今に見ていろ。必ず復讐する』とほざいていたとの証言があります。
さらに、『良いツテがある』とも」
ツテ? 後ろ盾がいるのか?
「心当たりは?」
「今のところは……。現在調べています」
「そうか。連絡ありがたい。感謝する」
「何を仰っているのですか。従兄上は私の槍の師匠ですよ。当然です。
奴自身がどうやっても、従兄上に太刀打ちできるはずもありませんが、義姉さんの大事な時でもありますから」
「そうだな。どんな輩と繋がっているのかも不気味だしな。
しかし、アンフィ姉様ではなく、私に一報をくれて嬉しかったぞ」
「いえいえ。これは個人的な通信ですから。陛下の見解と今後の調査結果については、明朝に改めてアンフィ母上にすることになっています」
「そうか。分かった」
「はい。では、また……」
アキアンドレ…人は中々性根が変わらぬか……。
アーテナーとの通信を終えて、傍で控えていたスイレンに詳細を話す。
「…という訳なのだ。取り敢えずユリアス様に報告に行ってくる」
会話しながら身支度をしていると。
「貴方。エリナ様の所へ行かれた方が良いわ」
とスイレンが言う。
「なぜだ? エリナ様や他の幹部の方には、明日に陛下から連絡があるのだぞ」
「ええ。でも、ユリアス様がお聞きしたとして? 主の事ですから、ご自身よりも貴方の事を心配されるわ。そうなると貴方には警護が付くでしょう。貴方自身が動けなくなると思うの」
確かにユリアス様ならば私なんぞの事を第一にお考え下さるだろう。
「今宵、アキアンドレが消えたのですよね!? 距離的にも時間的にも明日、明後日に動きはないわ。ご自身がお強いし奥様方もいらっしゃる。余計な気を煩わせるだけよ」
冷静なスイレンに感心する。私はユリアス様に関わることとなると冷静さを失ってしまうようだ。
ここはスイレンのいう通りにしよう。
私はすぐにギルド本部兼エリナ様の屋敷へ赴き報告した。
「そう。……分かったわ。ツキシロはアンフィに予め連絡しておいて。明日、イブからの報告なんかがあってもユリアスには黙っておくようにとね。
ツキシロも配下の者達を含めて武具の手入れだけはしておきなさい」
エリナ様は今回のことをユリアス様に知らせるつもりはないようだ。
「ユリアスを煩わせる案件ではないわ」
スイレンと同じことを言う。
「今のところはね。奴が身を寄せる相手次第では立場上知らせなくてはならなくなるやもしれないけれど、それは最後の最後」
「分かりました。ユリアス様の心労の因とならぬようにするために私はどうすれば良いでしょう?」
「特にないわ。強いて言うならばスイレンを大事にすること。あの子は産まれてくる子をとても楽しみにしているのよ」
それはひしひしと感じている。常にスイレンの様子を気にしてくれてお声かけいただいているのだ。
「ユリアスの事は心配しないで大丈夫よ」
改めてそう言われると安堵感が心中に広がった。
「些細な情報でも集めておくことね」
そう言われて私は自屋敷へ帰った。
「スイレンの言う通りだったよ。エリナ様にお知らせして正解だったようだ」
スイレンは笑っていた。
「ねえ、貴方。私は貴方のテイムモンスターであり、ユリアス様の間接テイムモンスターよね」
「うむ。そうだな」
何故、分かりきったことを言うのだ?
「あのね。おそらく、ガディアナ母上と貴方は近々に人間となると思うの」
「は? 何故そう思うのだ?」
「ユリアス様との縁が古いし、ユリアス様の魔力の恩恵を直接受けるテイムモンスターでしょ」
「それはそうだが……」
「貴方はマーベラ様同様に命そのものをユリアス様の魔力で救われているじゃない」
確かにそうだ。瀕死だった私をユリアス様はご自身の魔力を与えて救ってくださった。
「そうだな。そうなるかもしれないな。私が人になったとして何か問題があるかな?」
私は自分が人になろうがユリアス様をお慕いする気持ちに変わらないと断言出来る。
「そうなると貴方はユリアス様とのテイム契約は解消されるわよ」
「あっ!そうだった」
この国では人間同士のテイム契約は認められていない。人道的な観点からだ。
「まあ、そうなったら、色々と考える必要があるな。だが、今考えることではないだろう」
今はアキアンドレの動きに注視すること、ユリアス様の安全を考えることが最優先なのだ。
「いいえ。ユリアス様のためにも今考えるべきよ。
私は貴方とのテイム契約を解消して、ユリアス様と直接契約するわ」
それにどういう意味があるのだろうか。
「いずれ貴方はユリアス様のテイムモンスターではいられなくなる。それが明日かもしれないじゃない!?」
その可能性はあるが、契約が解消されたとて、ユリアス様との関係が変わる訳ではない。急ぐ必要性を感じない。スイレンにしたって私が契約解消した後でもいいはずだ。
「ユリアス様の周囲の戦力の補強です。
貴方はユリアス様を通じて私と契約していますけれど、ユリアス様との契約が解消された後はどうなりますか?
貴方はテイマースキルを持っていません」
「そうだな」
サリナ母上やアンフィ姉様のように人となった時にスキルを得るとは思うが、それも絶対ではない。得られない可能性もある。
「貴方は私以外の者とテイム契約してくださいな」
ふむ。それが戦力の補強か。
ユリアス様を通じてだが、私が新たにテイム契約をすると、私がいずれテイマースキルを得る確率が上がるのではないかということ。さらにスイレンとの直接契約とユリアス様御自身のスキルを上げる手助けにもなる。
「なるほどな。凄いな。スイレンはよく考えているんだな」
「うふふ。私もテイムモンスターを探しますよ。貴方が契約する者とどちらが良いか…負けませんよ」
「はっはっは。私も負けぬ」
そうだ、そうなのだ。不安を払拭するくらいに我らが強くなれば、何を恐れるなかれだ。
アキアンドレの王宮からの脱走は良い効果ももたらすのである。