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僕はテイマー  作者: 鳥越 暁
伯爵昇爵と領内経営
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新たな職場

 病を治した私は、パドレオン伯爵領へやって来た。


 なんと、私の病を治してくれたのは、パドレオン伯爵のアンフィ妃だったのだ。


 アンフィ様が名乗られたとき、新たに開かれる学園の講師の職を勧めてくださった。

 恩人からの勧めだ。二つ返事で受けたいところだったが、一応はグオリオラ公爵に伺いを立てることにした。


「良いではないか。私も支援している学園だ。賛成するぞ」


 公爵は快く許しをくださり、話はすぐに決まった。


「だけれど、冬が明けるまでは領の財務管理を手伝ってほしいわ」


 アンフィ妃はそうおっしゃった。

 新興の伯爵領だ。運営も大変なのだろう。資金繰りに苦労しているのかもしれない。元財務官であった私の腕の見せどころというものだ。


「よろしくお願いいたします」


「じゃあ、決まりですね」


 早速、ビュウロンという青年が紹介された。



「シュトローム・ケントです。冬の間、お世話になります」


「おおーっ! こちらこそ、よろしくお願いします!」


 勢いよく手を握られ、ビュウロン殿は満面の笑みを浮かべた。

 うむ。この青年をどう呼ぶべきか。年齢は私の方が上なのは一目瞭然だが、彼もそれなりの役職者に見える。

 私が手伝うとはいえ、一時的には上司のような立場になるのか? だが正式な任命ではない。

 ここは「ビュウロン殿」と呼ぶことにしよう。



「ビュウロン殿。それで、具体的に何をお手伝いすればよろしいでしょうか」


「物品管理です!」


「……は?」


 物品管理、だと?


 ははあ。彼は私が元グオリオラ公爵家の財務官であった経歴を知らぬらしい。


「あの、それでも構いませんが、領の財政を立て直すことに少しはお役に立てるかもしれません。アンフィ妃の了承も得ていますので、財政状況についてお話しいただけますか?」


「は? 財政を立て直す?

 なんだかよく分かりませんが、それがシュトロームさんにお手伝いいただくのに必要なら、やぶさかではありません!」


 こうして、ビュウロン殿から説明を受けることになった。



 いかん。すべてが想定外だ。

 財政難? いやいや。国中探しても、これほど財政が潤っている場所はあるまい。断言できる。


「ふうーっ、良く分かりました。

 なるほど、物品管理が大事ですな」


 話をしている間にも、ビュウロン殿の従者が次々と報告に来る。


「メディシナル竹林から魔石が120ほど届きました!」

「ブカスの森から魔石142個とドロップ品が大量に……!」

「デーアビントルの蜂蜜500瓶はどうすればいいでしょうか!」


 引っ切りなしに飛び込む報告に、目が回りそうだ。



「あの、ちなみに財務は何人で担っておられるのですか?」


「それが……三人ですよ!? 無理でしょう? 人を増やしてくれないんです!」


 ──あ、無理だ。私一人が手伝ったところで、焼け石に水だ。


「ビュウロン殿。しばし、日をくだされ。人を集めます」


「おおー! お願いします! 是非に是非に!」



 それから私はあらゆるツテを頼り、「計算ができる者」という最低条件で人を探し回った。

 半月かけ、なんとか二十名を集めた。

 もっと揃えたかったが、恩のあるグオリオラ公爵家から人を引き抜くわけにはいかない。それ以外のところから人を集めたのだ。



 そして今、私は日々、在庫の管理に明け暮れている。

 在庫管理……簡単に思う人もいるだろうが、とんでもない。大変なのだ。


 私が任されたのは「魔物の遺物」、いわゆるドロップ品の管理だった。

 日々、持ち込まれる品々を書き留め、整理する。たまに引き出される品も同様に記録する。

 最初こそ莫大な物量に驚いたが、すぐに重要さを思い知ることになった。



「さっさと換金してしまえば、これほど苦労はせずに済むでしょうに……」


「それができれば苦労しませんよ」


「できますよ!? 魔石にしろドロップ品にしろ、貴重な物です。すぐに領外からも買い手はつきます。

 経済は血液のように流れてこそ発展するのです。『経済循環理論』という理論があるのですよ」


「ああ、マクーラの著書ですね」


「ご存知でしたか。それでは──」


「その理論は今の当領には当てはまりませんよ。加えて、ボードラーの『国富の原理』やカミノトの『資本形成の原則と適用論』も同様です」


 ──驚いた。どれも経済学の基礎だが、難解な書物だ。彼はそれを理解しているようだ。


「まあ、言わんとしていることは分かりますが、現実に即していない原理原則というものもあります」


 こんな場所で経済談義ができるとは、なんとも面白いではないか。



「互いに仕事の手を止めないのであれば、少々の見解についてはお話できますよ」


 どうやら遠回しに、手が止まっているのを咎められたらしい。


「それでは、ビュウロン殿が参考にされている書はございますか?」


「そうですねー。参考というより、念頭に置いているのは、ミヅッチの『需要と供給』、『供給コントロール法』、それにユネラの『新産業育成と資本』ぐらいですかね」


「は?」


 どの書も、経済学者の中では“読む価値のない駄書”と酷評されている代物だ。評判を聞いていたので、私はちらっと目を通した程度である。


「す、すみません。どの書もざっと目を通した程度で……」


「そうなんですか? マクーラやボードラーの理論は、ある程度熟成した基盤があってこそ成り立つものですけどね。

 ミヅッチの考えは、基礎の基礎だと思うのですが」


「そ、そうなのですか……。勉強し直します……」


「その必要はないかもしれませんけれどね。

 ではこちらからも質問を。物が大量に出回ったら、値はどうなります?」


「下がりますね」


「ですよね。

 だから、魔石にしろドロップ品にしろ、換金できないんですよ」


「あっ!」


 確かに!

 ここに積み上がる品々を、たとえ一割でも世に流通させたら、値崩れは必至だ。経済は混乱するに違いない。


 そうか。そこで「需要と供給」や「供給コントロール」か……。

 改めてそれらの書を読み直す必要がありそうだ。買い直さねばならぬが、古い書物だけに入手は容易ではなかろう。



「複写本なら手に入りますよ。

 エリナ様に申請すれば、数日中に届きます。複写師の手が入るので料金はかかりますが、財務部の予算で申し込んでおきましょう。

 冬が過ぎたらナデージダ学園の講師をなさるのでしょう? 講義の参考になる書が他にもあるかもしれませんし、一度、図書館を覗かれては?」


「是非、そうさせていただこうと思います」



 こうして私は、勉強をやり直しつつ、日々、物品管理と整理に励んでいる。

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