僕の仕事
ツチグサレ消滅遠征から婚姻式・昇爵の儀、青の月の夜の魔物狩りとそれに伴って増えた所領、各村の陳情に対する対処など半年の間、結構忙しかった。
いくつかの懸案事項は残っているけれど、やっと落ち着いたかな。
それでは通常の仕事を……と思うのだけれど、僕には仕事がない。
エリナ姉さんや奥さん達には「ぶらぶらするのが仕事」と言われている。
ぶらぶらって表現はどうかなって思うんだけれど、要は領内を見て回るのが仕事。その際には思ったことを直ぐに言って欲しいと言われている。
コルメイスの街を歩いてみる。同行するのはサリナだ。
第一街区は賑やかで活気がある。種々の店が立ち並んでいるのだけれど、全体的に統一感があって、ゆったりとした造りなので洗練された感じがする街だ。
その街の一角で言い争う声が聞こえる。
「あんたはまたこんな高い値で売ってるのかい!」
「お前さんには関係ないだろう!仕入れたものをいくらで売ろうがオレの勝手だ!」
「いいや!あんたみたいのがいるとこの街の評判が落ちるんだよ!
適正価格ってもんがあるだろう!」
近くの者に聞くと両者は同じ物を取り扱っているらしい。具体的にはゼル村の乳製品だ。
片方が適正な価格で販売していて、文句を言われている方が高値で売っていると。領外からの商人に高値で売っているということだ。
基本的に正規に仕入れたものならば、物の値段は売る者が決める。なので高く売っている者が間違っているわけではない。
だが、あそこの街には高く物を売りつける店があるという評判がたつのは良くない。
その店の前はいつしか人だかりができていた。商売にならないだろう。
「ちっ!分かったよ。下げるから帰れ!商売の邪魔だ!」
店主が目の前で値段を下げて、文句を言っていたおばさん店主も帰っていった。
自分の店に帰っていくおばさんを『街を思ってくれる人がいるのは嬉しいことだな』と見つめていると、「どうされましたか?」とサリナが尋ねてきた。
「いやね。ああいう方が街の秩序を守ってくれているだなってね。応援したいな。実際にはなんにもできないけどさ」
と答えた。
「そうですね……」
サリナもおばさんを目で追っていた。
それから、また、ぶらぶらしていると車輪が一つ外れた荷車が道の端にある。その持ち主なのだろう。一人の男性が懸命に直そうとしていた。
「大丈夫?大変そうだね」
何か手伝えないかと声をかけると
「あっ。伯爵様!とんでもない!一人で直します」
と恐縮されてしまった。
何故、外れてしまったのだろう。コルメイスの路はコロン族によって綺麗に石畳が敷かれて凹凸もなく整っている。
どこかに不備があるのだろうか。
「いえいえ。この街ではないんでさ。街の外の路なんです」
シロコ村からの荷物を運んできたそうだが、その路は凸凹なんだそうだ。歩く分には全然問題ないのだけれど、荷車を運ぶことを考えると轍なんかがあって多少の労力なんだそうだ。
土の路だし、水捌けは良くしているけれど、雨が降ると多少はぬかるむからな。
「私が急いだもんで。普通に運ぶ分には問題ない路ですよ」
「そう? あまりに酷いところがあったら言ってね」
「へい」
話をしている間に荷車は直って、お辞儀をしつつ去っていった。
「ねえ、サリナ」
「はい」
「路を直すのって大変だよね?」
「そうですね。人手も必要になります」
「そっか。今度、路の状態調べてみようか」
僕の領に住んでくれている人々に、なるべく不便がないようにしたいものだ。
今日は色々な場面に出くわして面白かったな。
それから5日後……。
コルメイスで『商業会議所』という組織が出来た。
商人の集まりで、物の適正価格の把握や逸脱する者への指導監督する組織だという。コルメイスで商いをするものは例外なく入会する必要があり、その商いも会議所によって認可される。
「あの時に注意をしていた婦人を所長に任命しておきました」
えっ!?
あの時に僕が呟いた後に、直ぐにサリナは動いてくれたらしい。
その組織は領が(要はユリアスが)、支援することになったということだ。
「そうなんだね。街が良くなるといいよね」
「ええ。それからもう一点話されていた件なのですが」
「えっと、なんだったかな?」
「郊外との路の整備ですわ」
ああ、そんな話もしたっけ。
「それについては私が」
ツキシロだ。
「状態を調べたところ、そこまで酷くはありませんでした。ですが、良くなるのに越したことはありません。
昨日から整備をはじめています」
「そうなの? みんながいい路だって言われるような路にしてね」
「はい。コロン族も張り切っていますから、立派な路になるでしょう」
それは良かった。コロン族も最近では、他領から移住してきた人が増えたって言ってたしね。
みんなのお陰で、どんどん領地が良くなっていっているようだ。