鍛錬(5) 家族
シムオール市を出てから3日目も夕方となった。魔物植物の採取を止めて夕食の準備をしていると、新たに取得した魔力探索に反応がある。
「ルドフラン!大きな魔力が近づいて来てるよ。警戒して!」
おそらくCクラスの魔物だ。移動速度も速く、こちらに向かってきている。
しかし、ルドフランは平然とした顔で剣を構えることもなく、近づく魔力の方を見ている。どうかしたかと声をかける前に魔力は速度を上げて目の前にきた。
『ひゅっ』という風を切る音がしたと思ったら目の前に立っていた。
「サリナ!君が来たのか!?」
そう魔力の正体はサリナだったのだ。道理でルドフランが平然としている訳だ。
「ルドフラン。知っていたな!?」
ルドフランが目を逸らす。
サリナは得意げな顔をして微笑んでいる。
「私が口止めしたのですよ。お久しぶりです、ユリアス様」
久しぶりもなにも僅か3日離れただけだ。確かにサリナと出会ってから一日とて離れたことはなかったけれど。
「よく来たね」
サリナの顔を見るとなんだか安心する。本当はサリナの目の届かないところで自身を鍛えたかったのだけれど、サリナの顔を見たらどうでも良くなった。
「それで?サリナが荷を運ぶの手伝ってくれるの?」
サリナはにやりと笑うと首を横に振る。
「いいえ。その者達は後から来ますわ。私は飛んで来ましたから早いのです」
どうだと胸を張る。きっと飛ぶ訓練を重ねてきたのだろう。スキルを使いこなせているのは自信ありげな顔を見れば分かる。
「そっか。偉いな、サリナは」
私に謝意を示しながら嬉しそうだ。
僕との再会の時を過ごすと、ルドフランに向き直る。
「ごくろうさま。ルドフラン……良い名をいただきましたね。感謝なさい」
「はい。大変恐縮しております」
ルドフランもサリナも僕に改めて頭を下げようとするのを止めた。
「ユリアス様らしい…」そう呟いて、ルドフランに手を出すように言う。
「貴女は私の長男となります。これを授けます」
彼女が手渡した物は金色の指輪だった。彼女の説明では能力全般を引き上げる効果があるらしい。
ルドフランは目を見開いて驚き平伏した。
「これ程の物を。改めてサリナ様について参ります」
「これ、ルドフラン。立ちなさい。我らは家族です。ね?ユリアス様」
急に僕に振られた。
「あ、ああ、もちろんさ。サリナの長男なら僕とっても家族だよ」
今度は僕に向かって平伏しようとするから慌てて止める。
やはり、サリナは優しいな。時々、口喧しいけれど、僕には姉のような存在だ。
「私のことは母と呼びなさい」
「!? め、滅相もございません!」
「家族でそれではおかしいでしょう。いいから、そう呼びなさい!」
ルドフランは困惑した顔をしながら
「そ、それでは母上と呼ばさせていただいてもよろしいでしょうか」
と小声で言う。
サリナはとびきりの笑顔で頷く。
魔物の跋扈する森の中でほっこりする時間だった。
「ところでユリアス様。お名前をいただくのは数名にしてくださいな。アリ型がいなくなりすぎても困ります」
人型だと住居にも困るし、アリ型ならではの探索や細かい所への侵入に困るとのことだ。細かい所の侵入とは地中の卵の成長に必要な素材集めなんだという。
「そっか。分かったよ。でも、住居のことは心配しないでいいよ」
と言ったところでサリナが来た方向から森がざわついている。少し前に魔力探索が切れてしまっていた。どのくらいの猶予時間を経なければ次の発動ができるのか、まだ分からない。
「来たのかな?」
僕はおそらくサリナの後発の者たちだと予想した。
「ユリアス様。お待たせいたしました!」
「! はあ、アンフィも来たんだね」
「当然ですわ。私は飛べませんのでお母様より遅くなりましたけど。運搬要員を連れてきました」
「ありがとう。助かるよ」
アンフィともわいわいと話した後で、先程の話を続けた。
「でね。住居だけれど、帰ったらドワーフに増築と別棟を建ててもらおうと思っているんだ」
そう告げると2人は喜んでいる。
「あの、空き家となっている隣家とさらに隣に空き地がございますよね」
「うん。あるね」
「そういうことでしたら私やアンフィも資金を出しますから買取りませんか?」
「えーっ!?」
今の土地とその2つを合わせたら広大な広さになる。ちょっとした貴族以上だろう。
その広さをどう使うのか。それに街外れとはいえ結構な金額だろう。
聞くと、これからはアントラーに限らず、仲間や客人が増えることが予想されること。空き地では魔野菜を育てたり魔植物の栽培をしたいこと。それが先を見据えたことだという。資金については蓄えた水晶を売ればかなりの額になるらしい。
「色々と考えくれているんだね。でも水晶はサリナ達にとっても必要なんでしょ?大丈夫なの?」
「それについては私から」
今度はアンフィが話をする。
「先日から私の息子達に水晶窟を探索させていて、採掘させています。まだ数日ですけれど質の良い水晶です」
アンフィは息子達が生まれてすぐに群れの半数程の10名で隣町の丘にある祠のような穴から奥に洞窟があることと水晶の存在を見つけていた。
サリナもアンフィもなんて素晴らしい娘達だろう。
僕は喜んでその提案を受けた。
その夜は久しぶりに家族と食事をする。見張りの者もチームを組んで行動している。
彼女達と談笑しながら、僕の警護役を勤めるというアンフィの長男に名を付けた。守護の神に因んで『ラトレル』だ。来てくれた皆に名を付けたかったけど自重した。
「それで明日はどうなさるの?」
「明日はね。今日の午后と同じように魔物植物とか素材集めをしようと思うんだ。シープキラーとかこの辺りでもCクラスの魔物がいるし、討伐は難しそうだから。ダンゴムシみたいに未知の魔物もいそうだよね」
「それはいいですね。私達もある程度は魔物の気配を察知できますし。それとダンゴムシとやらを見せていただけません?」
「ああ、ダンゴムシならあそこに転がっているよ」
僕はダンゴムシの元へいき見せた。ぐいっと力を込めればパカッと開く。
2人は珍しそうに開いた内側を覗き込む。
「これが脚で、こんなに歯があるのですね」
アンフィがつんつんと歯をつつく。
「これはなんですの?」
「どれ? あれ? こんなのあったかな? ルドフラン。こんなのあった?」
傍らのルドフランも覗き込む。
「いいえ。こんな物ありませんでしたが…」
下の方の歯の間に親指程の白い玉が3つあった。僕とルドフランの2人が覚えていないのだから、退治した時にはなかったと思う。
「あの、ひょっとして、これって卵ではありませんこと?」
アンフィが玉を取り出して手のひらで観察しながら言う。
「確かにアンフィの言う通りに卵のように見えますわ」
卵だとしたら上手くすれば小さなダンゴムシが孵るかもしれない。飼えるかどうか分からないけれど、取り出した卵と思われる玉をガラス瓶に入れ木の枝や落葉を入れておいた。