ドリアンナ侯爵の来訪
それから1週間が過ぎて、今度はドリアンナ侯爵自らが出向いてきた。
30名程の集団だ。一応は「和解」という名目だが、あちらサイドがどういう意図で赴いたか余談は許さないと姉さんは言っていた。
その30名程は武装こそしていないものの、衣服の下に皮の防具のような物を着込んでいるようだ。臨戦態勢ってことかな。
僕はその様子を窓から見ている。
最初に対応するのは姉さん。
やがて来賓室へやってくるけれど、ドリアンナ侯爵のお付はこの間のユーラシドリ伯爵ともう1人だ。
部屋に入った侯爵は驚いた顔をしている。
ここにはテノーラさん、テッテラさん、ともう1人がいたからだ。
「これは御三方がなぜここに?」
「それは私とイスカンダリィ卿は貴族院からの、この小僧は王宮からの立ち会いだ。諸侯の揉め事を収めるのも我らの役目だからな」
小僧って結構な年齢だと思うよ。40代じゃないかな。明らかにテノーラさんの方が年下でしょ!?
それでドリアンナ侯爵は汗が止まらないみたいだ。お付の人が手渡したタオルで拭っている。
僕が挨拶をしようとすると小僧さんがお辞儀をする。
「私はノリブレット・コゾウです。本日はグオリオラ卿の仰られた通りに陛下の名代として立ち会います。よしなに」
あっ。「こぞう」って名前だったのか。
僕は内心、可笑しくなって緊張がほぐれた。
「まあ、挨拶はよろしいでしょう。
皆様、お座り下さい」
僕は予め教えられていたセリフを言って、着席を促す。それに一同が従ってくれた。
席に着くと「双方の言い分に違いがあるようですね」とコゾウさんがこちらとあちらを交互に見る。
どうやら、コゾウさんが取り仕切るというか、司会をするようだ。
僕たちの予定では姉さんが仕切るんだったんだけれど、変更したんだな。
「まずはパドレオン卿の意向から申してください」
答えるのは姉さんだ。
「その前に事実確認をしましょう。感情ではなく、事実を捉えるべきです」
「なるほど、一理ある」(テノーラ)
「それでは、そのように」(コゾウ)
パドレオン伯爵家サイドからの事実。
1.ドリアンナ侯爵旗下のドリアンナ・アキアンドレ伯爵がパドレオン伯爵領民のテイムモンスターに重症を負わせた。
2.アキアンドレは過失ではなく、故意による行為。
3.アキアンドレはパドレオン伯爵を『成り上がり』と称した。
4.パドレオン伯爵旗下のツキシロ騎士がアキアンドレを捕縛。
これに対してドリアンナ侯爵サイドは2.に対して故意かどうか分からないとし、3.についても言った言わないの誤解やすれ違いだ。と主張した(ユーラシドリ伯爵)。
やはり、水掛け論になるよなー。
「では、確かめましょう。ついてきてください」
自ら立ち上がり、一同を促す。
「どこに行くのだ?」
「罪人のいる牢ですよ」
「何!? 本当に罪人扱いしているのか!」(ユーラシドリ伯爵)
「お静かに。ともかく、行ってみましょう」(コゾウ)
「我が領主が行くようなところではありません。ユリアス様はこちらに残ってください」
「分かった」
「ドリアンナ侯爵はどうされますか」
「私は行く。はっきりさせたいからな」
そうして、僕以外は連れ立って出ていった。
ステイラさんが入れてくれたお茶を飲みながら待つ。
小一時間経ってみんなが戻ってきた。
「さて、事実確認は取れました。パドレオン卿サイドの言う事実が真実と認定致します」(コウゾ)
ドリアンナ侯爵側の人達は俯いて黙っている。認めたんだな。
姉さんが深呼吸する。
「それではパドレオン領として正式に謝罪を要求する」
「私に謝罪しろと?」(ドリアンナ侯爵)
貴族にとって頭を下げるのは目上の者に対してだけだ。目下の者に謝罪することはない。「これから仲良くしようではないか」という言い回しが謝罪とされるのである。
「どちらに非があるか判明した今、謝罪は当然のこと」
「分かった……。
パドレオン卿、これからは懇意にしようではないか」
これで普通ならば終わりだ。
ドリアンナ侯爵から差し出された手を僕は拒否した。
僕は自分一人で決めていた。誰にも相談せずに。
「誠意のない謝罪は結構です。
これから我が領はズンバラ都市、すなわちドリアンナ侯爵領との交易は禁止いたします。
どんな身分の者であれ、我が領の者がドリアンナ侯爵領の者に害された場合は、明確な敵対行為行為とみなします。我が領民を守るため武力行使もやむを得ないとお考え下さい」
「なっ!? めちゃくちゃだ!こんなことで!? 」
僕は自分の周りの者達と楽しく暮らしたいのだ。周りの者達がちょっと多くなっちゃったけれどね。
それを絶対に守る。
誠意のない謝罪。それは今後、同様なことが起こる危険性が残るということだ。
「お待ちください」
コゾウさんが口を挟んできた。
「ドリアンナ侯爵は謝罪の意を示されました。パドレオン卿をそれを拒否するということですか?
それならば、陛下の名代として参った私としてはドリアンナ侯爵を保護しなければなりませぬ。国内では少々のいざこざはあるものの、貴族同士の明確な敵対関係は看過できませんからな」
それを聞いてドリアンナ侯爵は安堵の顔をしているし、ユーラシドリ伯爵は口角が僅かに上がりほくそ笑んでいるように見える。
テノーラさん、テッテラさんは慌てているようだ。
姉さんは黙して推移を見守ってくれている。
「それは仕方ありません。コゾウ様にもお立場があるでしょうから。
それでも私は引くつもりはありませんから。
陛下が私の意志を認めないと仰るのでしたら……」
「ま、待て待て! ユリアス殿、そこから先は言ってはならぬ。頼む!」
テノーラさんが慌てて僕の言葉を遮った。
「分かった。貴族院の代表として、私が認めよう。ここは私と陛下を信じて収めてくれないか」
「……分かりました。今後の事はグオリオラ公爵にお任せいたしましょう。こちらのパドレオン・エリナ子爵と相談なさることを提案いたします」
後はテノーラさんと姉さんに任せておけば大丈夫だろう。
ほっと一息ついたのだが……。
『ガチャリッ』
部屋の扉が乱暴に開かれた。
「間に合いましたか!」
ムサ研究所副所長が飛び込んで来たのだった。