神田アキ①
『最近、ナルと連絡とってるか。』
父からそんなメッセージが届いたのは、マーガリンをたっぷり塗ったトーストを手にして、遅めの朝食をかじろうと、私がまさに口を開けた瞬間だった。
開け放していた窓から、秋らしく涼しい風が入り込み、口を開けたままスマホを睨んだ私の髪を、揶揄うように揺らす。
やがて、根負けしたスマホの画面が消灯し、私はトーストに齧り付いた。
予定のない休日、好きなだけ寝て、外には出ないで、部屋の掃除でもして、図書館から借りっぱなしの小説を読んでしまおう。
視界から消えたメッセージを思考から追いやって、そんなことを、考えた。
父が、私に連絡を寄こすことは珍しい。
しかも、ナルの話題で連絡してくるなんて。
ナルは、私の双子の妹だ。
一卵性双生児で、外見は私とよく似ている。
ただ、中身は全く違う。
双子の思考は相関するだとか、以心伝心なんて言われるけれど、そんなこと、私は一度も体感したことがない。
私とナルは、いつも、違う選択をした。
お誕生日のケーキも、ランドセルの色も、靴も、靴下も、そして、親さえも。
私たちが同じ選択をしたことなんて、ない。
私たちが高校に入学して間もなく、両親から、離婚すると伝えられた。
夕食後のテーブルに、4人で座っていたとき、ただ淡々と、決定事項として離婚という事実が伝えられた。
どうして離婚するに至ったか、聞いたような気もするけれど、覚えていない。
その日の夕食がカレーだったこと、付け合わせのサラダのトマトがやけに大きかったこと、付けっ放しにされたテレビで、それまで一度も見たことのない連続ドラマの最終回が始まっていたこと。
そんなどうでもいいことばかり、覚えている。
父が、「どうするか」と私たちに聞いた。
どうするか、とは、つまり、どちらについていくか、ということだ。
私は、斜め向かいに座ったナルを見て。
ナルも、私を見ていた。
大きな黒目がちのナルの瞳に、ナルと同じ顔の私が映る。
私の瞳にも、私と同じ顔のナルが、映っていたのだろうか。
「私はお父さんと行く。」
ナルの瞳に映った私が、そう言うと、
「私はお母さんと。」
ナルは静かに、そう告げた。
あの日のことを思い出しながら、齧りかけのトーストを、皿に戻す。
頭から追い出したはずのメッセージが、じわりと染み入るように、私の思考を侵食する。
ナルと最後に連絡したのは、いつだったか。
父と母の離婚後、母はナルと一緒に母の実家に戻り、私は父と家に残った。
母の実家は家から電車で30分くらいのところにあったし、ナルと私は、それまでと同じ高校に通い続けた。
両親の離婚という、人生において一大事であるはずの出来事は、私たち姉妹の外面に、何の変化ももたらさなかった。
帰る家が、一緒じゃなくなっただけ。
同じ空間にいる時間が、少なくなっただけ。
私たち二人にとっては、ただ、それだけのことだった。
高校を卒業してからは、それぞれ別の大学に進学し、お互い親元を離れた。
実家まで帰るには日帰り旅行の距離だが、私とナルは、電車で1時間ほどの場所に、それぞれ一人暮らしをしている。
とはいえ、こっちに来てから、ナルと会ったことはない。
お互いの住所を、一度メッセージアプリで連絡しあったはずだ。
あれは確か、引っ越し前、3月のことではなかったか。
今はもう9月も半ば。あれから半年が過ぎた。
メッセージアプリの履歴を見返す。
やはり今年の3月、ナルが私に住所を伝え、私も住所を伝えた。
そして──。
それきりだった。