おさだとの生活 1~4
おさだとの生活 1
夜遅くにたばこを切らしてしまい、マンションすぐ近くのコンビニに行った。
たばこと、もうそろそろ来そうな客のためにプリンを2つ買ってマンションに帰った。
部屋のドアの前に立つと、室内からルンバの異常な作動音と微かな悲鳴が聞こえてきた。
嫌な予感がした俺が慌ててドアを開けると、廊下の先をガタガタとボディを揺らしたルンバが通り過ぎ、長い髪の毛をルンバに巻き込まれたおさだがか細い悲鳴を上げてジタバタ暴れながらルンバに引きずられて横切っていった。
俺はため息をはき、やれやれと思いながらルンバに引きずり回されるおさだを助けに行った。
おさだはテレビから出てくる時に、時々長い髪の毛をルンバに巻き込まれて酷い目に合う。
これで5度目だった。
せめて髪の毛をまとめるかどうかしたら?
と言ったことがあるが、どうやらおさだのアイデンティティーなのでそれは出来ないらしい。
邪魔そうなんだけどな~
おさだは今、プリンと一緒に自分の髪の毛も食べそうになっているし、白い服もちょっとこぼしたプリンで汚れている。
色々と不器用らしい。
続く?
おさだとの生活 2
夕方に用事を済ませて帰って来たら、おさだがもう部屋にいる。
いつもより早くて珍しいなと思っていたら、おさだは何か慌てている様子だった。
おさだは話せない。
身振り手振りと不完全な念話でしか俺達は意思を疎通出来ないのだ。
苦労しておさだの言う事を聞くと、明日この近くの廃墟でおさだ達の寄り合いがあると言うのだ。
そして地方にいるおさだの友達達が前のりと言う感じでここに泊めて欲しいと言う事だった。
テレビとかから自由にあちこちに行けるのにわざわざ前乗りで近くに泊まるの?
俺は不思議に思い聞いた所、おさだ達も長距離の移動は草臥れると言う事だった。
まぁ、良いは良いけど、最近やっとおさだに慣れて来たところにまたぞろぞろ似たようなのが部屋にいるのは嫌だと言ったら、おさだは身振り手振りと不完全な念話で俺の目に届くところにいないから安心して欲しいと言う事だった。
まぁ、それなら良いよと言ったら、おさだは身振り手振りで感謝をしつつもうこの部屋にいると言う事だった。
俺はぎょっとして部屋の中を見回したがどこにもおさだの友人たちは見えないので安心した。
どこかに隠れていてくれているんだろう。
さて、用事で草臥れた俺は今日はお風呂が面倒くさいのでシャワーを浴びることにした。
俺がシャワーの準備に服を脱ぎ替えの下着を持ちタオルを持って浴室に行こうとしたら、一緒にテレビを見ていたおさだが慌てたそぶりを見せた。
俺は気にせずにすっぽんぽんになって浴室のドアを開けた。
いた。
浴室一杯におさだの友達がまるで満員電車の様に中に立っていた。
ドアを開けた俺に気が付いたおさだの友達達は皆が身を寄せて俺の場所を空けて作ってくれた。
俺は引きつった顔で浴室を見ていたが、おさだの友達達は身振りでどうぞどうぞとしていた。
俺は優しい男だ。
今更シャワーを浴びるの中止にしたらおさだの友達達が気を悪くするだろう。
俺は仕方なく浴室に入ってシャワーを浴びた。
おさだの友達達は実体を消してくれたが、中々落ち着かなくなり、そして頭を洗う時に友達達は気を利かせてくれるのだろうか手を伸ばして手だけを実体化して俺の髪の毛を洗ってくれた。
何本もの手が同時に俺の頭を洗ってくれてあっという間に頭がきれいになった。
何とかシャワーを終えてダイニングに戻った。
おさだは手を合わせて俺に謝っていた。
浴室は暗いし湿気があっておさだの友達達には良い環境らしい。
明日の夕方には寄合に参加して朝方にそれぞれの場所に帰ると言う事で、やたら部屋に出て来られても困るので俺は浴室を明け渡す事にした。
寄合は2年に1回だとの事で俺は少しほっとした。
あんな狭い所にぎゅうぎゅう詰めで大丈夫なのか、おさだに聞いたが、あまり苦にならないらしい。
しかし何日も長時間体を寄せていると合体してしまい引き剥がすのに苦労するとの事だ。
一晩くらいなら大丈夫との事だ。
やれやれ、俺は早めに夕食を済ませておさだと寝床に入った。
え?いっしょに寝るのだと?
当たり前だよ、おさだと俺は付き合っているんだもん。
大人同士の付き合いだから当たり前でしょ。
続く?
おさだとの生活 3
今日は夜にマンションの理事会に出て夜8時を過ぎた頃に部屋に戻った。
ドアを開けるとパニック状態になったおさだが天井に張り付いて四つん這いで走り廻っている。
ああ!出たな!奴め!
俺は玄関の靴入れに待機しているゴキジェットを両手に持って靴のまま部屋に上がった。
おさだにアイツはどこにいる?と尋ねると、おさだが震える指で65インチテレビの後ろを指差している。
俺は恐る恐る両手にゴキジェットを構えてテレビの後ろを覗き込んだ。
言って置くが俺はあの虫が大嫌いだ。
恐怖症と言っても良い。
俺はぶるぶる震える手で触角をゆらゆら揺らす黒い奴にゴキジェットを噴射した。
その瞬間。
奴が飛んだ。
奴が飛んで俺の顔に向かって飛んできた。
なんでなんでなんで奴は人間に顔に向かって飛んで来るのだろうか?
下等生物とは思えないずる賢い邪悪な生物だ。
きっと神が人間に嫌がらせをするために作り上げた邪悪な創造物なんだと思う。
俺は悲鳴を上げてゴキジェットを乱射しながら後ろに倒れ込んだ。
ゴキジェットが天井に張り付いているおさだにも命中して彼女が天井から落ちて恐ろしいスピードで俺の後ろに4つん這いで駈け込んで俺の背中にしがみついて来た。
おさだもゴキブリが大嫌いなのだ。
死にかけた自分の肉体をゴキブリに食い荒らされた恐怖の記憶があるらしい。
俺は空中を飛んで来る邪悪な奴に向かってゴキジェットを噴射し続けた。
遂に奴は力尽き床に仰向けに落ちて脚を力無く蠢かせるだけになった。
俺は尚も噴射をし続けて奴に完全に止めを刺した。
また2缶使い切ってしまった…。
俺はゴム手袋をはめて箒とちり取りで奴を拾うとおさだに窓を開けてもらい、外に捨てた。
もちろん箒とちり取りもごみ箱に捨てた。
俺は奴の侵入経路を探した。
この部屋の水回りは全ての奴が入り込めないようにダクトテープとコーキング剤で隙間を全部埋めたのだが…。
俺は6畳洋間の大きな窓の網戸を調べた。
やっぱり。
空気の入れ替えをしようとしたおさだが不完全に網戸を閉めていてその隙間から奴が入り込んできたのだろう。
多少立て付けが悪く、完全に網戸を閉めるのは少しコツが必要なのだ。
やれやれ、マンションの5階と言えども油断ならないな。
俺はおさだに網戸の締め方をきちんとするように言った。
おさだは涙を流して両手を合わせて謝った。
やれやれ、俺たちは気を取り直して遅い夕食を食べる事にした。
しかし、気にくわないのはあの邪悪で醜悪で動きがすばしこい虫の野郎がよりによって俺とおさだの恋のキューピットなのだ。
数か月前、ソファに寝転がりながら大きなテレビを見て寝落ちした俺の元に深夜、おさだがテレビから姿を現したのだ。
寝ぼけて頭がぼんやりしていた俺はテレビから這い出てくるおさだを見てびっくりした。
だがしかし、俺は見た。
幽霊や妖怪よりもゴキブリが遥かに苦手な俺はテレビから這い出てくるおさだの手元にバカでかいゴキブリがうろちょろしていたのを…見てしまった。
ああ!ゴキブリだぁ!と俺が叫び、自分の手元にうろちょろするゴキブリを見たおさだはか細い悲鳴を上げた俺の方に素早く這いずって来て恐怖に駆られた猫のように俺の体に這いのぼったのだ。
その時はまだ水回りのゴキブリ侵入対策をしていなかったのでソファのすぐ横に置いてあるゴキジェットを手に取った俺はおさだが肩に乗ったままゴキに向かってゴキジェットを噴射したのだ。
たっぷり2缶分のゴキジェットを浴びたゴキは死んだ。
俺は肩に乗り頭にしがみついて俺の体に顔を埋めて震えるおさだにゴキは死んだ事を伝えた。
おさだはまだ震えてべそをかいていた。
俺はおさだを肩から下ろして優しく抱いて頭を撫でてもう心配いらないと言った。
その時俺は…おさだを可愛いと思い、つい、おさだの顎をくいと持ち上げてキスをしてしまった。
彼女の唇は柔らかかった。
微かにファブリーズの香りがした。
一瞬抗って抵抗したおさだだったが、やがて腕を回して俺を抱きしめた。
俺たちは抱きしめあってソファに倒れ込んだ。
まぁ、そういう訳で俺達の付き合いが始まった。
あの時のゴキは俺たちの恋のキューピッドだったのだろうか…。
しかし、ゴキブリは大嫌いだ。
今後また侵入したりしたら容赦なく殺すだろう。
続く…でしょう
おさだとの生活 4
ある春の日に珍しくおさだが午前中にテレビから抜け出て来た。
家でパソコンに向かい書類仕事をしていた俺は、おさだが大きな麻袋をテレビの中から引っ張り出そうと四苦八苦しているのを見て手伝ってやった。
おさだは洗濯機を貸して欲しいと身振り手振りと不完全なテレパシーで言って来た。
俺はどうぞどうぞと言うと、おさだは麻袋から大量のあの白い服を取り出して何度も往復して洗濯機に入れた。
白い服の全部に落としきれない染みが付いていた。
普段は近くの川で手洗いで洗濯していたのだが中々汚れが落ちないとおさだは伝えた。
成る程…あの染みは犠牲者の血とかかな…。
洗濯機の使い方などを教えて洗剤を入れ、ボタンを押して洗濯機が動き出すと満足したおさだはコーヒーを飲みながら俺とテレビでユーネクストやネットフリックスやプライムビデオで映画を楽しんだ。
おさだはアクション映画が好きなようで、ジョン・ウィックが今はお気に入りだった。
今日は春一番が吹いているようで少し風が強かった。
やがて洗濯が終わり、おさだが洗濯機の蓋を開けて白い服の一枚を取り出してチェックすると染みが奇麗にとれたようで満足したようだ。
ベランダにある洗濯機の横で少し強い風に着ている服と髪の毛を強い風に嬲られて体をフラフラ揺らしながらおさだは俺に親指を立てた。
そして、壊れて小さい音しか出ないラジオのようなキーキーした声で鼻歌を歌いながらおさだが強い風に嬲られながら服をポールに掛けながら干していった。
やはりなんだかんだ言って女性なんだな服の汚れを気にしていたんだなと俺は微笑ましく思いながら窓際のパソコンで書類仕事を再開した。
その時、微かな悲鳴が聞こえてベランダを見るとおさだの姿が見えない。
あれ?と思うとベランダの手すりにおさだの手が捕まっていた。
おさだが風に飛ばされたらしい。
俺は慌ててベランダに出ておさだの手を掴んだが、軽いと言っても人体を引っ張り上げるのはきつかった。
おさだは洗濯機から出してまだ濡れた白い服を別の手で掴んでいたのだ。
おさだに重いからその服から手を放せと言ったがおさだは顔を横に振った。
どうやら服を落としてまた汚れるのがいやらしい。
おさだにお前は空を飛べたりできないのかと言うと、またおさだは顔を横に振った。
おさだは空を飛べないらしい。
俺は握力に限界が来ている。
その時、俺が掴んでいるおさだの手がおさだの重さに耐え切れずにビューンと伸びて行き、おさだは微かな悲鳴を上げながら落下していった。
なんて事でしょ~う!
おさだ~!
おさだは腕が伸びて落下して行き、マンションの横の自転車置き場の通路に着地した。
びっくりして手を離した俺。
伸びた腕が縮小して行っておさだの体に戻って行った。
おさだは一目散にマンションの入り口に走って行った。
おさだのすぐ横でおしゃべりに夢中だった4人の主婦のうちの1人がおさだを指差して悲鳴を上げたが、他の3人にはおさだが見えないらしい。
しばらく経ってからドアのインターフォンが鳴った。
洗濯した服を握りしめて激しく息を切らしているおさだが立っていた。
俺は直ぐにドアを開けておさだを中に入れた。
エレベーターの使い方が良く判らないので階段を一気に駆け上って来たとおさだは息を切らせながら俺に伝えた。
どうやら、おさだは空を飛べない、強風に飛ばされる事が有る、体が異常に伸びる時がある、おさだを見れる人と見えない人がいる。
…メモして置こう。
続く…と思う?