射程距離∞:side小黒
「3、2、1」
「投擲ー!」
小黒の姿は、変わらず吹き抜けの三階にあった。
投擲タイミングをカウントダウンで示し、控えていた側近が号令に変え、階下の戦闘部隊が何度目かの攻撃を行う。
(いい感じに追いつめていますね。映像映えしていればいいのですが)
プレイヤーキラーにとって、己の勝ち負けは無価値だ。
役割は波乱を生み、見せ場のある映像を提供することのみ。
(残念なのは、あのように引きこもられると、五感を失い絶望する絶叫が聞けないことですね。特にあのジャージの娘などは良い声で泣くでしょうに)
もちろん、仕事中に己の嗜好を満たすのは余裕があるときだけ。
例のターゲットだけでも倒してしまおうと思ったものの、外から回り込ませた手勢は音信不通となり、決定打に欠ける。
(まあ、ともあれ攻撃を続けましょうか)
小黒はイメージを固める。
脳内で、階下から己を見上げていた羽虫の顔を想起する。
あの生意気な白衣の少女のその顔を。
そして、イデオが発動し──教授の五感は絶たれた。
(申請の仕方一つで、どんな能力でも射程や対象を広げることができる。ここに気づかない愚鈍は、安易に『相手のイデオを無効化する能力』などと限定し、一人しか対象にできない能力にしてしまう)
運営として九十九の戦いに介入してきた小黒は、この戦いを熟知していた。
(今回は射程に特化して、『思い描いた対象の五感を操作する能力』としましたが、もうちょっと盛っても良かったかもしれませんね)
そう、目視する必要はない。
どこにいるかを知る必要すらない。
相手の顔を知ってさえいれば、フィールドの端からでも使用できる五感簒奪能力。
これがあるからこそ、カメラを介さずの断続的な攻撃を可能としていた。
(相手なんてものは相対しなければ生まれない。それが原因で、ほぼ全ての能力には射程距離や、目視が条件に含まれてしまう。それに気付くプレイヤーのなんと少ないこと)
無論、初見のゲームでそこまで頭を回せる者などごく一握りだ。
小黒はただ、自分の持ち得る情報の上からプレイヤーを見下し、悦に入っているだけだった。
そのとき、トランシーバーを通してヒューズからの連絡が入る。
『──報告だ。敵は爆弾を誘導してカメラを破壊しやがった。直前まで、屋外への撤退を続けていたぞ。どうぞ』
「了解しました。追加の爆弾は? どうぞ」
『巡回要員に持たせた。すぐ着くだろうぜ。カメラの不備があったが、俺はそっち行った方がいいか? どうぞ』
「ご心配なく。外に出ようとも私のイデオからは逃れられません。とはいえ、追い出しさえすればひとまず戦略的勝利と言えます。追撃計画についてはまた連絡をします。他に何かあれば、どうぞ」
『了解だ……いや、ダメだな、伝えておく』
「?」
『背後の北東部分のカメラ映像が次々に途切れている。別働隊がオレたちを狙っているぞ。どうぞ』
「……なるほど。これで終わりならばつまらないと思っていたところです。私は迎え撃つことにしましょう。ヒューズさんは基本的には現状維持ですが、カメラ無しでは起爆操作も難しいでしょう。独自判断でそこを出ての戦闘を許可します。その場合、私と合流するように。どうぞ」
『了解! ずっと窓のない部屋にいて鈍ってたところだ。暴れさせてもらうぜ。通信終了!』
「ええ、盛大にお願いします。通信終了」
ヒューズは元から爆発ジャンキーだ。
遠目に見ているだけという現状にフラストレーションが貯まっているのは声色で察せられた。
(まあ、派手さは十分。不死者にもそろそろ攻勢にでて貰わないと、VIPたちから『ただの臆病者集団』だと思われかねない。ここらが攻め時なのですが……もう一部隊いるとは。今回は随分と結託者が多い)
映えの面から考えても、少なくとも三名くらいは脱落させておきたいのは変わらない。
ベストはヒューズと合流し、不死者複数を引き連れての一群となっての攻勢だ。
安全圏からの爆破は確かに便利だが、現状でも防ぎ切られているのだから方針変更は必須でもある。
(さて、裏から来る襲撃者の中にも、赤さんの言う最重要ターゲットが混じっていればいいのですが)
などと、思考を巡らしながらも襲撃者を思い描くことは忘れない。
この能力を使い続け、扱いにこなれている小黒には、マルチタスクでの能力発動も造作のないことだ。
盛り上がる反撃をしてほしい。
この場では異常でしかない欲求を抱きながら、小黒は待つ。
次に甘美な音色を奏でてくれる、オルゴールの到着を。
↓広告の下↓にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけると、投稿のモチベーションに繋がります!
さらに『ブックマーク』、『いいね』、『感想』などの応援も、是非よろしくお願いします!
現在、第5章を執筆中。 投稿日は毎週4日で日曜、火曜、木曜、土曜になります。