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レインボーモール異常アリ:sideヒューズ



 巨大複合施設『レインボーモール』は、もちろんゲーム上に設定された架空の存在だ。

 衣類を中心としたブランド街、和洋中が揃ったレストラン街、雑貨店や電気屋などの外部テナントが立ち並ぶショッピング街。

 メインストリートは吹き抜けになっており、上階からある程度は下が狙える構造である。



「あー、めんどくせぇなー……」



 プレイヤーNo.29『ヒューズ』は、レインボーモールの警備監視室でふんぞり返っていた。

 ぶっきらぼうな口調に、穴だらけのオレンジ作務衣姿。

 今にも破けそうなガテン系の格好に反して、豊満な胸部が衣服を張っている。

 くわえ煙草からは白煙が立ち上り、雰囲気に圧を添加していた。



「ブラックのやつの担当だろ? オレの管轄外だ。自分でやっとけ」

「でも、だけど……自分でやるのは、やっぱり嫌で」



 ヒューズの前には、三人のプレイヤーが横並んでいた。

 全員が不死能力者であり、ブラックの支配下にある。



「気持ちは分かるけどよ、ならブラックにやらせろよ」

「そ、それだけは無理っ!!」



 突然の絶叫に、ヒューズの言葉も途中で止まった。

 三名は全員が体を震わせ、恐怖に歯が鳴り止まない。



「──ったく、警備員に医者の真似事させるなってのによぉ」

「うぅ……でも、だけど……」

「わかったっつーの。そっちの方が五月蠅くなくてすみそうだ」

「ほ、本当ですか!?」

「早く寝転がれ。あと、片づけはテメーらがやるんだぞ」



 不満を垂れ流しつつも、ヒューズは椅子から立ち上がって作業机に手を伸ばす。

 ペンチにバール、金槌……。

 揃えられた精鋭の中から、ヒューズは『マルノコ』と呼ばれる工具を手に取った。


 まるでどこかのゲームに敵キャラとして登場しそうな愛称だが、工具の正式な書き方は『丸鋸』。

 木材などを真っ二つに切断する電動ノコギリの一種だった。



「痛みは消されてるとしても、そこから溢れる血で気分が悪くなったりはするだろうな」

「わかって、ます」

「ならいい。利き手じゃない方の薬指と、両足の小指だ。いくぞ」



 マルノコが騒音を奏でながら回転を始める。

 木材だろうか、コンクリートだろうが、真っ二つにできる一品だ。

 人間の指の一本を落とせない道理はない。


 叫び声はない。


 全員分の切断作業は十分たたずに終了し、終わった者から止血と掃除が始められた。

 ヒューズも刃に付いた血を拭いながら、顔面蒼白の三人に声をかける。



「これで、全員分の()()の用意ができたな?」

「……はい。私たちで最後でした」

「ずいぶん遅かったな?」

「えっと、その……なんというか」



 どこかバツが悪そうに、三人は目を背けている。



「ブラックに、反抗、していたので」

「……そうかよ」



 予想できていた答えではあった。

 そりゃあ、ブラックに切断を頼みたくなんてないはずだ。



「仕込む場所は覚えてるか?」

「そこは、指示書としてもらっているので、はい」

「ならいい。ま、頑張れや。ここで見ててやる」



 掃除が終わったヒューズは、後ろを見ずに手を振りながら、モニター監視業務へと戻った。

 術後の三名は互いに顔を見合わせながら、戸惑いを振り払うように口を開く。



「あ、あの。ヒューズさん!」

「アン? まだ用があるのかよめんどくせぇ」

「いえ、あの。まだヒューズさんから『改造』を受けてない気がするのですけど」

「……ああ、なるほど」



 椅子は回転し、振り返ったヒューズは犬歯むき出しの猟奇的な笑みを浮かべていた。

 まるで興奮時のブラックと同じ目に見えて、三名は揃って一歩後ずさる。



「安心しろ、もう済ませた」

「……済ませたって」

「もうおまえらの改造は立派に終わってるってことだ。切断した指にも仕込んでおいたから、残機を使い切るまで来なくて良いぞ」

「はぁ……」

「わかったらさっさと持ち場に戻れ、じゃないとブラックに言いつけなきゃならねえぞ?」



 あの女の名前が出ると、途端に三人は背筋を伸ばして逃げていった。

 所行の全てを知っているわけじゃない、だが不死者の恐怖の対象となっている事くらいは嫌でもわかる。



「あーあ、協力してるオレが言えた事じゃねーが、あいつはろくな死に方しねぇよな絶対」



 不死者は全員がブラックの道具と化し、組織はまるで軍隊だ。

 あの恐ろしい能力を向けられたらと思うと、ヒューズだって背筋が凍る。



「やだやだ、もう下手に敵対できねえし。それにオレのイデオと相性良いのも確かだしな~……お?」



 増えてきた独り言は、監視画面に写った映像が中断させた。

 即座にトランシーバーを手に取り、ブラックとのホットラインを繋ぐ。



「もしもし、こちらヒューズ。南西側屋外駐車場方面に集団を発見だ。どうぞ」

『こちらブラック。侵入者了解しました。ヒューズさんは引き続き、イデオの発動タイミングを見計らってください。どうぞ』

「りょーかい。せいぜい、デカい花火を見せて貰うさ。通信終了」

『通信終了』



 画面に映ったプレイヤーは五名。



「白衣のチビ、桃色ジャージ、金髪ヤンキー、メガネスーツ、男か女かよくわからんやつ……か。なんだこの、サーカスの芸人集団みてぇなバリエーション」



 文句を垂れているように聞こえるが、そうではない。

 ヒューズはついに来た祭りの時間に心躍らせていたのだから。



「早く来い。こちとら能力を使いたくてウズウズしてんだよ……!」



 警備室に窓がないことを残念に思いながら、ヒューズは戦場に咲く華を夢想し、舌で唇を潤した。


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